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城
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「ん、んんっ」
儚げだったくせに、口付けは荒々しい。
セルフィーユは逃げられないように首を固定すると、上から覆い被さるようにして重ねてくる。熱のこもった唇はぬるりと舌で濡らされて、言葉を発する隙を得て、凛花の口内に入り込んだ。
「んふ、んっ」
セルフィーユは言葉を交わしている時と打って変わって、激しく凛花を求めてくる。息も絶え絶えにして口を開くと、すぐにそれを封じるようにして舌を凛花のそれと絡めた。
激しい愛撫は止まることがなく、押しのける力も効かぬまま、勢いに呑まれて足元がおぼつかなくなった。
「は、はあっ」
甘い吐息にもセルフィーユは退かない。身長差のあるセルフィーユの口付けは長く体制を保つことができず、凛花がよろめくと、此れ幸いと地面へ促した。
どさり、と花畑に身を倒して、セルフィーユはゆるりと指で下顎を撫でていく。そうして、もう一度その形のいい唇を凛花のそれに合わせると、何度も食んで凛花の言葉を封じた。
「ま、ま、て、待って」
辛うじて声を出すと、セルフィーユは鼻がくっつくほどの近さで、囁やく。
「待てませんよ。もう充分待ちました。あなたを探すのにどれほどかかったと思っているのです?いつか必ず見つけると約束しても、これほどかかるとは思わなかった…っ」
セルフィーユの滲むような苦い声は途中で途切れて、その言葉を吐き出すように凛花へ口付けた。口内を蹂躙する勢いが、まるで怒りを携えているようで、凛花は息が止まりそうになった。
「凛花、凛花。もうどこにも行かせたりしません。愛しています、私の凛花」
セルフィーユの言葉と激しい愛撫は、間違いを否定するもので、凛花はその言葉の重みに酔いそうになる。
花の香りの充満する黄色の絨毯の上で、セルフィーユは深い口付けを続けた。
「ちょ、待って、一度、ストップ!」
「ぶふっ」
さすがに外は無理!
セルフィーユは既に凛花のシャツのボタンを外しにかかり、背中か肌に手を触れていた。その邪魔をすべく、セルフィーユの顔を平手で押しのけると、セルフィーユは押しのけられたせいで、息を吹き出した。
「ひどいです、凛花」
「や、外は無理だから!無理!」
「誰も来ません」
はっきりきっぱり言いやるが、やっぱりやる気か。誰も来ないとか分からないではないか。こんなに綺麗な花畑で、湖がある。観光客が来るかもよ!?
言うとセルフィーユは残念そうに眉を傾げる。
「山を降りれば小さな村がありますが、それ以外は何もない土地です。山に用のある者はいません。私を訪ねてきたのは、あなただけです」
「訪ねてませんが…」
それって他人の空似ラキティスさんの話でしょうよ。私じゃないよね。
しかしセルフィーユはかぶりを振る。悲しげに瞼を下ろして、凛花をゆっくりと起き上がらせた。
「ラキティスはあなたの昔の名ですよ。魂は同じなのですから、あなたを一目見てすぐにわかりました」
「はい?」
「つまり、生まれ変わりなのですよ」
セルフィーユはにこやかな笑顔で答えた。
「信じてませんね」
「いやあ~」
いきなり生まれ変わりって言われて信じる人はいないと思う。しかしセルフィーユは凛花の頰を愛しそうに撫でて、当たり前に口付けた。躊躇なさすぎて避けようがない。
「えっとですね。私は退職したばかりですけど、これから転職先探さなきゃならないんですよ。じゃないとマンションの部屋代払えないし、税金払えなくなるしで、明日のご飯もなくなっちゃうんですね。だから、帰らないと」
「家ならば城がありますし、食事もありますよ」
セルフィーユは満面の笑顔で答えてきた。うん、話の論点が合わない。
「私は家に帰りたいんです!」
「なぜですか!?城に住んでいたのですから、前のように一緒に住めばいいでしょう。あなたの部屋もそのままにしてあるのですから!」
あの部屋はラキティスさんの部屋らしい。昔の恋人の部屋を他人に使わせるのはどうかと思います。
「仕事がしたければ、前のように好きに城を使ってくださって結構ですから。何もしないでいいと言っても、あなたは嫌がるのでしょう!?」
ラキティスさんも働いていたらしい、セルフィーユは涙目で訴えてきた。すがるように凛花の両腕をがっちりと掴んでくる。
「帰るなどと言わないでください。やっと会えたのですから!」
絶対離さない。とセルフィーユは凛花をぎゅっと抱きしめた。子供のようにプルプル震えて、本気でしがみついてくる。何だこの子犬。
話している時と迫ってくる時とのギャップがありすぎる。押しのけようとしても、セルフィーユは離れようとしない。
「わかりました。じゃあ、三日だけ」
「三日!?」
衝撃的なことを言われたと、セルフィーユは絶叫する。
「えー、じゃあ一週間?」
「何ですかそれは!ずっといてください!!」
あ、めんどくさいな、この男。黙っていれば綺麗だけれど、話すとものすごく子供っぽい気がする。人にしっかりしがみついて、やはり離れようとしない。
「飽きたら帰るから」
「飽きさせません!」
いや、何に対してだ。どさくさに紛れてまた押し倒そうとする。
「手を出すの禁止!」
「ひどい!!」
セルフィーユは蒼白な顔をした。どんだけだ。
「とにかく、私にも生活があるんだから、飽きたら帰ります」
「わかりました。飽きさせなければいいんですね」
セルフィーユは握りこぶしを作ると、力強く頷いた。
何でこんなことになってしまったのか。凛花はぴらぴらのスカートを履いて、廊下を歩いていた。着ていたスーツが花の花粉で汚れたせいだ。また綺麗にしてくれるらしく、その間珊瑚色のワンピースを着ることになった。
他の色がどピンクとか真っ白とかだったんだよ。そんなの着れないよ。似合わないよ!
子犬の押しの強さで、しばらくこの城にいることになってしまった。離職票届く頃には家に帰ろうと思っているが、さて帰らしてくれるのだろうか。
セルフィーユが飽きるまでここにいるわけにはいかないので、数日毎に帰る旨を伝えるつもりである。しつこく言ってやる。
凛花はため息を吐きながら廊下を歩いた。建物内の部屋の位置を教えてもらい、簡単な地図をもらった。部屋は鍵が開いていたり閉まっていたりするが、無人なので同じような家具が置いてあるだけらしい。他の階に書庫や食堂、お風呂やサロン、ダンスホールなどあり、今は書庫に向かっているところだ。
とりあえず部屋の位置を覚えたい。
外から見た限り、この城は相当広い。セルフィーユみたいにぱっと移動できればいいが、まあ無理な話なので、とことこと歩いていた。しかしだだっ広いな。
「ぴっぴぴ、ぴっぴぴ」
唯一の救いは同行者がいることだ。真っ黒の不思議な鳥が三匹、一緒に書庫へと向かってくれる。セルフィーユを見ると逃げてしまうのだが、いなくなるとどこからか現れて、凛花の近くに寄ってきた。
「さーて、着きました。お邪魔しまーす」
ゆっくりと扉を開けて覗くと、丸い鳥もこそっと覗く。人の真似をするところがかわいい。
「うわあ。広いわあ」
ネットで見るような西洋風の書庫だ。白の壁に金の模様。本棚がずらりと均等に並び、二階建てでずっと続いている。はしごもあって、何だかタイムスリップしたようだ。さすがベルサイユ。
「本は知らない言葉ですねー、何語これ?」
洋書のように見えて、文字が全く違う。まあ、読めませんね。集めの本がインテリアのようにオシャレだが、読めないので雰囲気だけ楽しむことにする。天井には天井画が描かれているが、自分のイメージだと天使やら女神やらがいるのだが、角を持った男とか白と黒の羽が生えた鳥みたいのが描かれていた。なんだかちょっと珍しい気がする。
それはともかく雰囲気はいい。うろつくとキャレルが並び、誰かが本を読んでいたのか、開かれた本が一冊置いてあった。
これだけ広い城なのだから、書庫に来る人もいるだろう。もしかしたら本棚の影に隠れているかもしれない。大声を出してしまったので、今更だが静かに歩く。
「何か読みたい本はありますか?」
「うあっ!」
いきなり後ろにセルフィーユが現れて、凛花は大きく驚くと、セルフィーユが途端泣きそうな顔をする。
「そこまで驚かないでください」
「や、だって、音立てないから」
そうやっていきなり近くに来られたら心臓に悪い。
凛花の叫び声に小鳥たちが再び一瞬で逃げて行ってしまった。
「書庫に来ると思ったので、来てみたのですけれど」
なぜか行く場所を予想されていた。セルフィーユは何かを唱えて人差し指を振ると、一瞬指を光らせた。
その光が書庫を一気に覆い尽くし、光が黒になったかと思うと一瞬で消えた。
「なに…っ!?」
「あなたの言葉に変えただけですよ。こちらの文字は読めないでしょう?」
言われて並んでいた本に目を向けると、背表紙の言葉が日本語に変わっていた。
「ほんとだ…、変わってる」
「奥にはくつろげるソファーなどもあります。こちらへ来てください」
セルフィーユについてくと、奥の部屋はリラックスルームのようにゆったりしたクッションやソファーがある。最近あるブックカフェのようだ。促されて座るとゆっくり沈むソファーが堪らない。本読んだら眠るやつである。
「すごいいー、これ、いいー」
遠慮なく伸びをすると、セルフィーユは隣に座ってにこにこしながらこちらを見ている。
その穏やかな笑顔よ。どこの聖母でしょうか。
「凛花、口付けはダメですか?」
セルフィーユがそっと凛花の唇に触れた。冷たい指先が凛花の唇を抑える。
「え、や。」
先ほど手を出すのを禁止と言ったので、言われたことを守ろうとはしているようだ。すぐに許可を得ようとしている時点で、堪え性がないわけだが。
しかしセルフィーユは唇を押さえたまま、ゆるりと近付いてくる。
いや、許可出してない。出していない!
仰け反るようにソファーに身体を沈めると、セルフィーユは唇を押さえたまま凛花を見つめた。子犬のように眉を下ろして、まるでおねだりするように、待てのポーズで止まっている。
「ダメですか?」
眉を傾げて首も傾げる。子犬のような仕草をするくせに、瞳が色っぽい。やめて、こっち見ないで。
つい、ぶん、っと横に顔を背けた。セルフィーユの顔は刺激が強い。しかしそれが良くなかったらしい、セルフィーユが衝撃を受けたかのように、半泣きの顔を見せた。
「そ、そんなにダメですか!?」
「いやあ、ちょっと、離れようか…」
「そんなっ!?」
あまりの衝撃に半泣きか、セルフィーユが顔を背ける凛花にさらに近付いた。
「ダメですか?口付けてはダメ!?」
「近い、近いって!」
「そんなっ!ひどいです!!」
もう衝撃が強すぎたらしい。セルフィーユがタックルするように人に抱きついた。
「ぐふっ」
大切なおもちゃが取られないように、ぎゅっと抱きしめて顔を埋める子供である。セルフィーユは凛花を上からのしかかるように抱きしめた。
「ちょ、こらっ!」
「嫌です。離れません!」
どこの子供。セルフィーユはいい体格をしているくせに、凛花にくっついたきり離れようとしない。脇の下からすっぽり抱きしめられて、セルフィーユの頭がお腹のあたりにある。そこ、お腹の音聞こえやしませんかね。
話していると本当に子供みたいだ。何だか気が抜けてしまって、凛花は目の前にある頭をゆるりと撫でた。銀色の髪がサラサラで触り心地がいい。お手入れバッチリ。
なでなでしているとセルフィーユの腕の力も抜けてくる。撫で続けるとこのまま眠ってしまうのではないだろうか。
「ん?」
頭を撫でていると何かに当たった。小さなコブのようで、しかし随分と石っぽい。
「くすぐったいですよ」
セルフィーユがころころと笑いながら言った。治りがけのコブだろうか。親指の先ほどの大きさで、しかしつるりとしている。
「これ、どうしたの?怪我?」
「角です。見たいですか?」
「つの?」
一瞬何を言ったのか理解できなかった。セルフィーユは起き上がると、頭の左右を抑えるように触れ、パッと離した。その瞬間、にょきっと、白い塊が生えて後ろに流れた。
「角です」
「え!?」
セルフィーユの頭の左右に真っ白の角が後ろ向きに生えている。くるりと回って少しカーブがかかった、羊とかヤギとかの角みたいだ。
「うわあお」
凛花はとぼけたように驚いてみせる。恐る恐る触れてみると、しっかり硬くて、本気で角だった。
「いつも隠しているんですよ。邪魔でしょう?あなたは気になると思って」
人には生えていませんものねー。とふわふわした感じて言ってきた。
うん、もう何あっても驚かないよ、私は。
「職業柄迫力が必要なんですけれど、私白いので、あってもなくても変わらないんですよね」
「職業柄?なんの職業?」
「魔王です」
セルフィーユはいい顔でそう口にした。
儚げだったくせに、口付けは荒々しい。
セルフィーユは逃げられないように首を固定すると、上から覆い被さるようにして重ねてくる。熱のこもった唇はぬるりと舌で濡らされて、言葉を発する隙を得て、凛花の口内に入り込んだ。
「んふ、んっ」
セルフィーユは言葉を交わしている時と打って変わって、激しく凛花を求めてくる。息も絶え絶えにして口を開くと、すぐにそれを封じるようにして舌を凛花のそれと絡めた。
激しい愛撫は止まることがなく、押しのける力も効かぬまま、勢いに呑まれて足元がおぼつかなくなった。
「は、はあっ」
甘い吐息にもセルフィーユは退かない。身長差のあるセルフィーユの口付けは長く体制を保つことができず、凛花がよろめくと、此れ幸いと地面へ促した。
どさり、と花畑に身を倒して、セルフィーユはゆるりと指で下顎を撫でていく。そうして、もう一度その形のいい唇を凛花のそれに合わせると、何度も食んで凛花の言葉を封じた。
「ま、ま、て、待って」
辛うじて声を出すと、セルフィーユは鼻がくっつくほどの近さで、囁やく。
「待てませんよ。もう充分待ちました。あなたを探すのにどれほどかかったと思っているのです?いつか必ず見つけると約束しても、これほどかかるとは思わなかった…っ」
セルフィーユの滲むような苦い声は途中で途切れて、その言葉を吐き出すように凛花へ口付けた。口内を蹂躙する勢いが、まるで怒りを携えているようで、凛花は息が止まりそうになった。
「凛花、凛花。もうどこにも行かせたりしません。愛しています、私の凛花」
セルフィーユの言葉と激しい愛撫は、間違いを否定するもので、凛花はその言葉の重みに酔いそうになる。
花の香りの充満する黄色の絨毯の上で、セルフィーユは深い口付けを続けた。
「ちょ、待って、一度、ストップ!」
「ぶふっ」
さすがに外は無理!
セルフィーユは既に凛花のシャツのボタンを外しにかかり、背中か肌に手を触れていた。その邪魔をすべく、セルフィーユの顔を平手で押しのけると、セルフィーユは押しのけられたせいで、息を吹き出した。
「ひどいです、凛花」
「や、外は無理だから!無理!」
「誰も来ません」
はっきりきっぱり言いやるが、やっぱりやる気か。誰も来ないとか分からないではないか。こんなに綺麗な花畑で、湖がある。観光客が来るかもよ!?
言うとセルフィーユは残念そうに眉を傾げる。
「山を降りれば小さな村がありますが、それ以外は何もない土地です。山に用のある者はいません。私を訪ねてきたのは、あなただけです」
「訪ねてませんが…」
それって他人の空似ラキティスさんの話でしょうよ。私じゃないよね。
しかしセルフィーユはかぶりを振る。悲しげに瞼を下ろして、凛花をゆっくりと起き上がらせた。
「ラキティスはあなたの昔の名ですよ。魂は同じなのですから、あなたを一目見てすぐにわかりました」
「はい?」
「つまり、生まれ変わりなのですよ」
セルフィーユはにこやかな笑顔で答えた。
「信じてませんね」
「いやあ~」
いきなり生まれ変わりって言われて信じる人はいないと思う。しかしセルフィーユは凛花の頰を愛しそうに撫でて、当たり前に口付けた。躊躇なさすぎて避けようがない。
「えっとですね。私は退職したばかりですけど、これから転職先探さなきゃならないんですよ。じゃないとマンションの部屋代払えないし、税金払えなくなるしで、明日のご飯もなくなっちゃうんですね。だから、帰らないと」
「家ならば城がありますし、食事もありますよ」
セルフィーユは満面の笑顔で答えてきた。うん、話の論点が合わない。
「私は家に帰りたいんです!」
「なぜですか!?城に住んでいたのですから、前のように一緒に住めばいいでしょう。あなたの部屋もそのままにしてあるのですから!」
あの部屋はラキティスさんの部屋らしい。昔の恋人の部屋を他人に使わせるのはどうかと思います。
「仕事がしたければ、前のように好きに城を使ってくださって結構ですから。何もしないでいいと言っても、あなたは嫌がるのでしょう!?」
ラキティスさんも働いていたらしい、セルフィーユは涙目で訴えてきた。すがるように凛花の両腕をがっちりと掴んでくる。
「帰るなどと言わないでください。やっと会えたのですから!」
絶対離さない。とセルフィーユは凛花をぎゅっと抱きしめた。子供のようにプルプル震えて、本気でしがみついてくる。何だこの子犬。
話している時と迫ってくる時とのギャップがありすぎる。押しのけようとしても、セルフィーユは離れようとしない。
「わかりました。じゃあ、三日だけ」
「三日!?」
衝撃的なことを言われたと、セルフィーユは絶叫する。
「えー、じゃあ一週間?」
「何ですかそれは!ずっといてください!!」
あ、めんどくさいな、この男。黙っていれば綺麗だけれど、話すとものすごく子供っぽい気がする。人にしっかりしがみついて、やはり離れようとしない。
「飽きたら帰るから」
「飽きさせません!」
いや、何に対してだ。どさくさに紛れてまた押し倒そうとする。
「手を出すの禁止!」
「ひどい!!」
セルフィーユは蒼白な顔をした。どんだけだ。
「とにかく、私にも生活があるんだから、飽きたら帰ります」
「わかりました。飽きさせなければいいんですね」
セルフィーユは握りこぶしを作ると、力強く頷いた。
何でこんなことになってしまったのか。凛花はぴらぴらのスカートを履いて、廊下を歩いていた。着ていたスーツが花の花粉で汚れたせいだ。また綺麗にしてくれるらしく、その間珊瑚色のワンピースを着ることになった。
他の色がどピンクとか真っ白とかだったんだよ。そんなの着れないよ。似合わないよ!
子犬の押しの強さで、しばらくこの城にいることになってしまった。離職票届く頃には家に帰ろうと思っているが、さて帰らしてくれるのだろうか。
セルフィーユが飽きるまでここにいるわけにはいかないので、数日毎に帰る旨を伝えるつもりである。しつこく言ってやる。
凛花はため息を吐きながら廊下を歩いた。建物内の部屋の位置を教えてもらい、簡単な地図をもらった。部屋は鍵が開いていたり閉まっていたりするが、無人なので同じような家具が置いてあるだけらしい。他の階に書庫や食堂、お風呂やサロン、ダンスホールなどあり、今は書庫に向かっているところだ。
とりあえず部屋の位置を覚えたい。
外から見た限り、この城は相当広い。セルフィーユみたいにぱっと移動できればいいが、まあ無理な話なので、とことこと歩いていた。しかしだだっ広いな。
「ぴっぴぴ、ぴっぴぴ」
唯一の救いは同行者がいることだ。真っ黒の不思議な鳥が三匹、一緒に書庫へと向かってくれる。セルフィーユを見ると逃げてしまうのだが、いなくなるとどこからか現れて、凛花の近くに寄ってきた。
「さーて、着きました。お邪魔しまーす」
ゆっくりと扉を開けて覗くと、丸い鳥もこそっと覗く。人の真似をするところがかわいい。
「うわあ。広いわあ」
ネットで見るような西洋風の書庫だ。白の壁に金の模様。本棚がずらりと均等に並び、二階建てでずっと続いている。はしごもあって、何だかタイムスリップしたようだ。さすがベルサイユ。
「本は知らない言葉ですねー、何語これ?」
洋書のように見えて、文字が全く違う。まあ、読めませんね。集めの本がインテリアのようにオシャレだが、読めないので雰囲気だけ楽しむことにする。天井には天井画が描かれているが、自分のイメージだと天使やら女神やらがいるのだが、角を持った男とか白と黒の羽が生えた鳥みたいのが描かれていた。なんだかちょっと珍しい気がする。
それはともかく雰囲気はいい。うろつくとキャレルが並び、誰かが本を読んでいたのか、開かれた本が一冊置いてあった。
これだけ広い城なのだから、書庫に来る人もいるだろう。もしかしたら本棚の影に隠れているかもしれない。大声を出してしまったので、今更だが静かに歩く。
「何か読みたい本はありますか?」
「うあっ!」
いきなり後ろにセルフィーユが現れて、凛花は大きく驚くと、セルフィーユが途端泣きそうな顔をする。
「そこまで驚かないでください」
「や、だって、音立てないから」
そうやっていきなり近くに来られたら心臓に悪い。
凛花の叫び声に小鳥たちが再び一瞬で逃げて行ってしまった。
「書庫に来ると思ったので、来てみたのですけれど」
なぜか行く場所を予想されていた。セルフィーユは何かを唱えて人差し指を振ると、一瞬指を光らせた。
その光が書庫を一気に覆い尽くし、光が黒になったかと思うと一瞬で消えた。
「なに…っ!?」
「あなたの言葉に変えただけですよ。こちらの文字は読めないでしょう?」
言われて並んでいた本に目を向けると、背表紙の言葉が日本語に変わっていた。
「ほんとだ…、変わってる」
「奥にはくつろげるソファーなどもあります。こちらへ来てください」
セルフィーユについてくと、奥の部屋はリラックスルームのようにゆったりしたクッションやソファーがある。最近あるブックカフェのようだ。促されて座るとゆっくり沈むソファーが堪らない。本読んだら眠るやつである。
「すごいいー、これ、いいー」
遠慮なく伸びをすると、セルフィーユは隣に座ってにこにこしながらこちらを見ている。
その穏やかな笑顔よ。どこの聖母でしょうか。
「凛花、口付けはダメですか?」
セルフィーユがそっと凛花の唇に触れた。冷たい指先が凛花の唇を抑える。
「え、や。」
先ほど手を出すのを禁止と言ったので、言われたことを守ろうとはしているようだ。すぐに許可を得ようとしている時点で、堪え性がないわけだが。
しかしセルフィーユは唇を押さえたまま、ゆるりと近付いてくる。
いや、許可出してない。出していない!
仰け反るようにソファーに身体を沈めると、セルフィーユは唇を押さえたまま凛花を見つめた。子犬のように眉を下ろして、まるでおねだりするように、待てのポーズで止まっている。
「ダメですか?」
眉を傾げて首も傾げる。子犬のような仕草をするくせに、瞳が色っぽい。やめて、こっち見ないで。
つい、ぶん、っと横に顔を背けた。セルフィーユの顔は刺激が強い。しかしそれが良くなかったらしい、セルフィーユが衝撃を受けたかのように、半泣きの顔を見せた。
「そ、そんなにダメですか!?」
「いやあ、ちょっと、離れようか…」
「そんなっ!?」
あまりの衝撃に半泣きか、セルフィーユが顔を背ける凛花にさらに近付いた。
「ダメですか?口付けてはダメ!?」
「近い、近いって!」
「そんなっ!ひどいです!!」
もう衝撃が強すぎたらしい。セルフィーユがタックルするように人に抱きついた。
「ぐふっ」
大切なおもちゃが取られないように、ぎゅっと抱きしめて顔を埋める子供である。セルフィーユは凛花を上からのしかかるように抱きしめた。
「ちょ、こらっ!」
「嫌です。離れません!」
どこの子供。セルフィーユはいい体格をしているくせに、凛花にくっついたきり離れようとしない。脇の下からすっぽり抱きしめられて、セルフィーユの頭がお腹のあたりにある。そこ、お腹の音聞こえやしませんかね。
話していると本当に子供みたいだ。何だか気が抜けてしまって、凛花は目の前にある頭をゆるりと撫でた。銀色の髪がサラサラで触り心地がいい。お手入れバッチリ。
なでなでしているとセルフィーユの腕の力も抜けてくる。撫で続けるとこのまま眠ってしまうのではないだろうか。
「ん?」
頭を撫でていると何かに当たった。小さなコブのようで、しかし随分と石っぽい。
「くすぐったいですよ」
セルフィーユがころころと笑いながら言った。治りがけのコブだろうか。親指の先ほどの大きさで、しかしつるりとしている。
「これ、どうしたの?怪我?」
「角です。見たいですか?」
「つの?」
一瞬何を言ったのか理解できなかった。セルフィーユは起き上がると、頭の左右を抑えるように触れ、パッと離した。その瞬間、にょきっと、白い塊が生えて後ろに流れた。
「角です」
「え!?」
セルフィーユの頭の左右に真っ白の角が後ろ向きに生えている。くるりと回って少しカーブがかかった、羊とかヤギとかの角みたいだ。
「うわあお」
凛花はとぼけたように驚いてみせる。恐る恐る触れてみると、しっかり硬くて、本気で角だった。
「いつも隠しているんですよ。邪魔でしょう?あなたは気になると思って」
人には生えていませんものねー。とふわふわした感じて言ってきた。
うん、もう何あっても驚かないよ、私は。
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セルフィーユはいい顔でそう口にした。
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皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
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