荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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01後悔先に立たず

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――もう、動けない。

肺が焼けるように痛い。
足は鉛みたいに重く、剣を握る手すら震えていた。

さっきの鷲獅子グリフォンは、なんとかいた。
俺が囮になって森の奥へ誘い込んだおかげで、仲間たちは無事に逃げおおせた……はずだ。

あの程度の魔獣、
以前の俺なら難なく斬り伏せられた。

――リオがいたころは。

喉の奥が、かすかにひりついた。
疲労のせいか、それとも別の何かのせいかは分からない。

方向感覚が狂っている。
森の匂いも、風の流れも読めない。
ただ闇雲に走り、ただ必死に逃げ、その結果が――このざまだ。

かつて、俺たちの足取りには迷いがなかった。
罠も奇襲もなく、魔獣に囲まれることなんて一度もなかった。

あれは全部、
リオのスキルが支えていた。

……なのに。

「荷物持ちなんていらない」
「お前がいなくても困らない」

そう言って、俺はリオを追放した。

リオを追放した影響は、すぐに表れた。

最初は、小さな違和感だった。
道を一度だけ間違えた。
魔獣の足跡の読みが外れた。
気に留めるほどのことではないと思った。
――そう思い込みたかった。

だが、変化は積み重なった。

二度目の迷い。
初めての奇襲。
採取品の質の低下。
失敗した依頼。

原因は一つだった。

リオがいた頃は、一度も起きなかったことばかりだ。

偶然ではなかった。
間違いなく――リオが支えていた。

そう認めるまでに、時間はかからなかった。



遠くで、悲鳴が聞こえた気がして目が覚めた。

昨日は、ほとんど気を失うように眠ってしまったようだ。
夏でよかった。冬なら、間違いなく凍え死んでいた。

耳を澄ませると、今度ははっきりと悲鳴が響く。
人の声――女?

身体を起こす。
節々が痛むが、一晩眠ったことで、動ける程度には回復している。
悲鳴の方向へ向かった。

薮を抜けると、ぽっかりとした開けた場所に出た。

大イノシシがいた。大きい。
突進の構えで後ろ足を踏み鳴らし、地面が震えている。
視線の先には、戦士らしき男が片膝をついていた。
頭部を血が伝っている。

一目で、今はもう動けないと分かった。

そのすぐ前に、女の子が立っていた。
小柄な身体で、倒れた男を庇うように位置を取っている。
弓を構え、狙いを外すまいと必死に踏みとどまっていた。
さっきの悲鳴は、この子だろう。

状況の把握は早かった。

このままでは、二人とも助からない。

俺は剣の柄に手をかけた。

痛む肩が軋んだ。
それでも、まだ戦える。
戦士として、ただ見ていることはできなかった。

大イノシシが、低くうなりを上げる。
もう突進まで数秒もない。

女の子は必死に弓を引き絞った。
一歩も引かず、ただ前を向いている。
倒れた戦士を守ろうとする気持ちが、はっきり伝わった。

その姿に、俺はわずかに息を整えた。

足に力を込めて、一歩踏み出す。

――間に合うかどうかは分からない。
それでも、やるべきことはひとつだった。

大イノシシが地面を蹴り、突進してきた。

女の子が矢を放ち、見事、肩に命中。
大イノシシは一瞬たじろぐ。
良い腕だ。

この機会を逃すまいと、俺は踏み込んだ。

全力で走れるほどの体力は残っていない。
それでも、側面へ回り込む距離だけは詰めた。

突然の伏兵に、大イノシシの判断が一瞬遅れた。

狙いを定め、横から剣を振り抜く。
手応えは重く、腕が痺れた。

大イノシシは崩れ落ちた。

勢いで体勢を崩し、俺も膝をつく。
なんとか、しとめることができた。



呼吸を整えながら、俺はゆっくりと二人に近づいた。

女の子は倒れた戦士の肩に手を置き、必死に呼びかけていた。

「父さん……しっかりして」

父娘、なのか。

戦士は重症のようだったが、意識はまだあるらしい。
片目だけこちらへ向け、苦痛に顔をゆがめながらも状況を理解しているようだった。

戦士の娘が俺に気づくと、小さく息を整えて、落ち着いた声で言った。

「助けていただき、ありがとうございます。
 父の手当てをしたいのです。……手を貸していただけませんか?」

年齢に似合わぬ冷静さだった。

俺は黙って頷き、弓使いと共に応急処置に取りかかった。
止血、固定、呼吸の確保。
必要最低限の処置だけだが、何もしないよりはずっといい。

「旅の方、かたじけない……」

戦士が掠れた声で言った。
意識を保つので精一杯、という状態だ。

傷は深い。
このまま放置すれば命は危うい。

弓使いが顔を上げた。

「この近くに、小さな集落があります。
 そこまで……父を運ぶのを手伝っていただけないでしょうか?」

その問いに、迷う理由はなかった。

「ああ、任せろ」

本当は、俺自身が倒れそうだった。
脚はまだ震えているし、腕にも力は入らない。

それでも、最後の力を振り絞って戦士を背負い上げた。

背中にずしりと重みが落ちる。
息が浅くなる。

ふと、思った。

――こんなとき、リオがいれば。
――もっと早く、もっと正確に、もっと冷静に対応できたのだろう。

あいつなら、きっと迷わず処置し、最短ルートで集落へ向かえただろう。

その事実が、静かに胸を刺した。

「……行こう」

そう告げると、戦士の娘も力強く頷いた。
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