荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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12弓刃双華(きゅうじんそうか)

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 スズナの先導で、俺たちは北の森をさらに奥へと進み、
 霧牙むがの砦へと続く獣道へ入っていった。

 スズナはBランク冒険者。
 レンジャーとして一流、その実力はこの四人の中で間違いなくトップだ。

 頼もしさというより――安心感がある。

「この草、覚えておくといいわ。獣道によく生えてるの」
「はいっ!」
「あと、足跡は“土の柔らかさ”からも新しさがわかるから……」
「すごい……そんな見方が……!」

 道すがらスズナは、
 アヤメにレンジャーとしてのノウハウを惜しげもなく教えていく。

 アヤメはそのたびに目を輝かせ、
 新しい知識をスポンジのように吸収していった。

 ――なんだか誇らしい。
 アヤメが、どんどんレンジャーとして成長していく。



 夜。
 森の中の小さな空き地で、焚火を囲みながら簡単な食事をとった。

 炎がぱちぱちと弾け、その明かりに四人の影が揺れる。

「ええ、スズナも〈アレクス勇技総合大学〉の出身なのか?」
 オルフィナが興味深そうに尋ねた。

「そうよ。五年前に卒業したわ」
「じゃあ、私たちの先輩ではないか」
「スズナ先輩……」
「その呼び方。やめて」

 スズナが微妙に照れたように顔をそむけ、
 俺たちは思わず笑った。

 焚火のあたたかさが、胸の中まで染みていく――

 その刹那。

 ――ビリッ。

 皮膚が逆立つような、鋭い殺気が森を走り抜けた。

「……っ!」
 アヤメが息を呑む。

 続けざまに低い唸り声。
 周囲の闇の中、赤い光点がいくつも浮かび上がる。

「狼……!」
 オルフィナが杖を握りしめた。

 完全に囲まれている。

 スズナがすっと姿勢を低くし、俺へ問いかける。

「どうする? リーダー?」

 ――落ち着け。
 こういう時こそ、大学で叩き込まれた“セオリー”を思い出せ。

 〈アレクス勇技総合大学〉の実技で習った狼の対処法。
 群れの連携、突進の癖、目の位置、距離の取り方――

「そうだな。セオリー通りに対処する」

 俺は剣を抜き、周囲を見渡した。

◆ 戦術:基本その1
『最初に飛びかかってくる“突撃役”を崩す』

 狼の群れは必ず、
 「一頭が突っ込み、もう一頭が側面から噛みつく」
 という二段構えの攻撃をしてくる。

 だから――

「まずは“突撃役”を止める!」

 俺が前へ踏み込むと同時に、
 一頭が地を蹴って跳びかかった。

「――えいっ!」

 俺の肩越しに、オルフィナの火球が正確な軌道で飛ぶ。
 日頃の特訓の成果か、その一撃は突撃してきた狼の動きを見事に乱した。

 ボッ!
 火花が弾け、突撃役が体勢を崩して転がる。

 その瞬間、群れ全体のリズムがわずかに乱れた。


◆ 戦術:基本その2
『混乱した一頭を“盾”として利用する』

(ここからが大事だ……!)

 倒れた狼の首根っこを掴み、
 半ば引きずるように持ち上げて盾にする。

 直後――

 ――ガッ!

 背後から突っ込んできた別の狼が、
 仲間の身体に邪魔されて牙を届かせられない。

 視界を遮られると連携が止まる。
 “教科書でも最重要ポイントの一つ”だ。

「アヤメ、今だ!」

「はいっ!」

 アヤメの矢が、混乱した狼の脚を正確に射抜く。
 動きが鈍ったところへ、俺は間合いを整える。

◆ 戦術:基本その3
『最小動作で急所を突く』

(狼相手に大ぶりは厳禁。“最小の刺突”で仕留める!)

 狼の注意が逸れた一瞬――

 スズナが、影のように“消えた”。

 速い。
 踏み込みの動作が見えない。

「はっ!」

 最短距離の突き。
 スズナの短剣が喉元へ吸い込まれるように入り、
 狼は短く鳴いて崩れ落ちた。

 軽さ、鋭さ、精度。
 すべてが桁違い。

(……これが、Bランク……圧巻だな)

 残る一頭は仲間を失い、距離を取って怯え始めた。

「アヤメ、射界を広く取れ。追い詰める必要はない。
 “リーダーを失った狼は撤退する”」

「了解です!」

 アヤメが弓を構え、
 俺は剣で進路を塞ぐように横へ動く。

 狼は数歩後退し――
 やがて闇の奥へと消えていった。

「……よし、撤退したな」

 俺が剣を下ろすと、アヤメが深く頭を下げた。

「アレクス様……オオカミとの戦い方、とても勉強になりました。
 ご指導、ありがとうございました!」


「Sランク冒険者が“弟子のために”教科書通りの戦い方を徹底する――
 ふふ、面白いじゃない」
 焚火の明かりの中で、スズナの目が愉快そうに輝いた。



 戦闘が終わると、スズナとアヤメは素早く倒れた狼へ向かった。
 短剣を抜き、皮の切れ目を作り――そこから、するりと剥いでいく。

「狼の肉はおいしくないから食べないよね」
「はい。臭みも強いので……素材だけ頂きます」

 二人の動きは実に手際がよい。
 すっかり“レンジャーの先輩と後輩”という空気が出来上がっていた。

 素材を袋にまとめたあと、俺たちは焚火の周りに腰を下ろす。
 焚火のぱちぱちという音が、戦いの余韻を静かに洗い流していく。
 アヤメの頬は赤く、しかしどこか誇らしげだった。



「――実はね」
 スズナが火ばさみで薪を突きながら、ふっと視線を上げた。

「ジルドに“隙あらばアヤメを勧誘しとけ”って、頼まれてたのよ。
 ……まったく、あの人しつこい」

「しかしだな……」
 オルフィナが呆れ顔で言う。
「自分の、ええと……その、彼女?だろう?
 その人に別の女を勧誘させるとは、ちょっとひどくないか?」

「ほんとよね。デリカシーのかけらもない。幻滅するレベルよ」
 スズナは肩をすくめた。

 そして――少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、
 隣に座る俺へ体を寄せ、太もものあたりを、そっと指先でなぞった。

「“ミイラ取りがミイラになる”ってことわざがあるでしょ?
 私がこっちに乗り換えちゃおうかしら?」

「だ、だめです!!」
 アヤメが跳ねるように立ち上がった。

 スズナはくすりと笑って、優しく言った。

「冗談よ。あなたの“大好きなお兄ちゃん”を取ったりしないわ」

「~~っ……!」
 アヤメは顔を真っ赤にしてオルフィナの背中に隠れてしまう。

 ……ん?
 ちょっと待て。
 これ、俺……もしかして、モテ期?

(いやいや、落ち着け俺……!)

 鼓動が少し速くなる。だが、ここで調子に乗ったら――

『アレクス様、その勘違い、ちょっとキモいです』

 これが絶対に飛んでくる。未来視レベルで確信できる。

 だから黙っておくのが正解だ。

 ……とはいえ。
 仮に本当にそんな気配があるとしても、それはあくまで――

(“Sランク冒険者アレクス”という虚像への感情であって……
 本当の俺ではないだろう)

 浮つきかけた心を、もう一人の冷静な自分がそっと引き戻した。
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