荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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29友情萌芽(ゆうじょうほうが)

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 午後には作業が一段落し、宿屋で休息していると、
 深夜になって再びハヤテが飛び込んできた。
 
「アレクスさん!  氷狼フロストウルフの群れが出ました!」

 肩で息をしながらも、必死に言葉をつなぐ。

「数が……多いんです! 狩人だけじゃ、止められません!」

 氷狼――牙に凍結属性を帯び、かすり傷でも凍傷を負う厄介な相手だ。
 とはいえ、 霧獣むじゅうを倒した俺たちにとっては、十分対処できるレベル。



 現場へ駆けつけると、月明かりの下で白い影が無数に跳ね回っていた。

「三十……いや、それ以上か」

 氷狼たちの遠吠えと、狩人たちの怒号があちこちで入り乱れている。
 村の手前で、必死の攻防が続いていた。

「行くぞ!」

 俺たちはすぐさま参戦。

 エリオットが支援魔法を展開する。
 
「《 中域力向上プロテス》」
「《 中域攻撃力向上ブレイブ》」
「あと、ええっと……《 中域速度向上クイック》!」

 ――連続詠唱。
 サラマンダー戦から、すっかりジルドを真似したがるようになった。
 ほんと、影響を受けやすい奴だ。

 青白い光が一帯に広がり、
 俺たちと周囲の狩人たちの身体能力が一気に底上げされる。

 オルフィナが高熱の火球を撃ち込み、
 アヤメの矢が次々と氷狼の弱点を撃ち抜く。

 弾かれた氷狼がよろめいた瞬間、俺は地面を蹴り、一気に間合いを詰めた。
 氷狼の懐へ滑り込み、急所へ剣を突き通す。

「まだまだぁっ!」

 アヤメのすぐ横で、ハヤテも懸命に弓を引いていた。
 矢筋はまだ荒いが、必死さだけは一人前だ。

 ――良いところを見せたいのだろう。

 やがて、氷狼の群れは多くの死体を残して森の奥へ退散していった。
 冷たい夜風だけが残り、不気味な静けさが戻ってくる。



 翌朝。
 薄曇りの空の下、今度は氷狼の処理作業が始まった。

 村の男たちが次々と狼を運び、皮を剥ぎ、肉と骨を分けていく。
 昨日に引き続き、俺とアヤメもその輪に加わった。

 そのアヤメの隣で、ハヤテはまたちらちらと横顔を盗み見ている。
 昨日より視線が長い。

 昼になり、女房たちとオルフィナたちが炊き出しを配り歩く。
 温かい肉団子のスープと焼きたての黒パンが、冷えた身体に染みわたる。

 ひとしきり昼食を終え、休憩していると――
 またしても、ハヤテが走ってきた。

「ア、アヤメ! これ……食べてくれ! これも村の名物なんだ!」

 差し出されたのは、焼きりんごの蜂蜜バター包み。
 外はカリッと、中はとろりと甘い匂いが漂ってくる。

「わあ……ありがとう!」

 アヤメが目を輝かせると、ハヤテはまた耳まで赤くした。

「やっぱり甘酸っぱいな」
 オルフィナがまたつぶやく。

 うん? りんごがか?



 その夜。
 宿の静けさを破って、またしても扉が叩きつけられた。

「アレクスさん!! 今度は……大イノシシの群れが……!」

 息を荒げたハヤテが飛び込んできた。
 顔は真っ青、だが目には必死の光が宿っている。

「今まで見たことのない数なんです!」

 オルフィナが腕を組み、眉を寄せた。
「……たぶん、アレクスが呼んだんだと思う」



 現場へ駆けつけると、月明かりの下に影が蠢いていた。
 十、二十、三十……いや、もっといる。

 大イノシシの群れが地響きを立てながら村へ迫っていた。

 しかし、
 いまや、俺たちは、イノシシ狩りに関しては、
 達人の域に達していると言っても過言ではないだろう。

 即座に、エリオットが連続詠唱で魔法障壁を複数展開。
 突進してきた大イノシシたちが次々とぶつかり、速度を削がれていく。

 オルフィナが火球を繰り出す。
 
「ふっふっふ……よいぞ野獣ども!
 わが烈火の炎に焼かれ、チャーシューになるがよい!!」

 中二向上を述べる余裕すらある。

 火球に押され、大イノシシたちは、次々と足を止めた。

「アヤメ、行くぞ!」
「はいっ!」

 俺は足止めされた大イノシシの急所へ正確に剣を突き、
 アヤメはその横から、矢を次々と射込み、とどめを重ねていく。

 彼女の動きは、
 冷静で、無駄がなく、そして鋭い。

 その姿に――
 ハヤテは、完全に見惚れていた。



 数十分後。

 大群は、多くの屍を残し、完全に退散していった。

 残された狩人たちは、しばらく呆然と戦場を眺めていたが――
 やがて誰かがぽつりとつぶやいた。

「……やっぱり、Sランクってのは化け物だな」

「いや、すげぇ……ほんとにすげぇ……!」

 尊敬と畏怖が入り混じった眼差しが、俺たちに向けられる。


 
 翌朝。
 まだ太陽が地平線の上に少し顔を出したばかりだというのに、
 村の狩人たちはすでに動き始めていた。

 今度は、大イノシシの処理である。
 毛皮、肉、骨、牙
 ――使えるところは余すところなく利用するのが狩人の流儀だ。

 もちろん、俺とアヤメもその輪に加わった。

「イノシシスレイヤーの旦那!」

 作業場に入った途端、そんな声が飛んできた。

「……だれだ、その通り名を広めたのは!!」

 アヤメの横には、今日も当然のようにハヤテが陣取っていた。
 昨日よりさらに距離が近い気がする。

 アヤメが手を動かすたび、ちら、ちら。
 横顔を見る時間が、明らかに増えている。

 ……いや、見る時間どころか、今は完全に手が止まっている。

 昼頃になると、女房たちとオルフィナたちによる炊き出しが始まった。

 湯気を立てる温かいスープと、香ばしく焼かれた黒パン。
 働いたあとの身体に、じんわり沁み渡る。

 食べ終えて、木陰で少し休んでいると――

 来た。

「ア、アヤメ! これ……食べてくれ!」

 今日もハヤテが何かを抱えてやってきた。
 差し出したのは、素朴な香りのどんぐり粉の森クッキー(甘栗入り)。

「わぁ……! ハヤテ、ありがとう!」

 アヤメの顔が、ぱっと明るくなる。

 その瞬間、ハヤテの表情はまたしても真っ赤に染まった。

「あのさ……」

「なあに?」

「いや……なんでもない!」

 勢いよく頭を下げ、そそくさと立ち去ってしまった。


 
 その夜は、何事もなく静かに更けていった。
 翌日の夜も同じだった。
 久しぶりに村に訪れた平穏に、狩人たちの顔には少し安堵の色が戻っていた。

 そして迎えた翌朝。
 俺たちは篝村を発つことにした。



 村の出口には、狩人たちがずらりと並んで見送りに来てくれていた。
 笑顔で手を振る者、深く頭を下げる者、
 昨晩の戦いを思い出して興奮気味に語り合う者までいる。

 その中に――ハヤテの姿もあった。

 アヤメが通り過ぎようとした、その瞬間。

「ア、アヤメ!」

 ハヤテが思い切ったように声を上げた。

 アヤメが振り返り、小首をかしげる。

「?」

 ハヤテは拳をぎゅっと握りしめ、顔を真っ赤にしながら言った。

「おれ……おれの目標は、アヤメ、お前だ!
 いつか、お前と肩を並べて戦えるくらい……強くなる!
 そしたら……そしたら、また一緒に戦ってほしい!!」

 声が震えていた。
 けれど、目は真っすぐだった。

 一生懸命に絞り出した言葉だというのが伝わってくる。

 アヤメは、一瞬だけ驚いた顔をしたが――
 すぐに、太陽みたいな笑顔を向けた。

「うん。ありがとう。楽しみにしているよ」

 その笑顔を見た途端、ハヤテはぽかんと口を開け……
 次の瞬間、泣きそうで、それでも嬉しそうな表情になった。

「……っ! が、がんばる!!」

 そして大きく手を振った。

「季節がいい時にも来てくれ! 本当に、また来てくれよ!」

「うん、またねー!」

 アヤメが手を振り返すと、
 ハヤテはますます赤くなりながら、必死に腕をぶんぶん振っていた。



 その様子を少し離れた場所から眺めながら、

「……うかうかしてられないぞ? アレクス」

 オルフィナが横目で俺を見ながら言った。

「……?
 ああ、若い者に追い抜かれないよう、精進するよ」

「いや、そうじゃなくて……」
 オルフィナは額を押さえた。

「……やっぱり、お前は、だめだ!!」

 なぜか強めにダメ出しされた。

 その隣で、
 アヤメは最後に村へ向かってもう一度手を振っていた。

 まだまだ冬の気配は濃い。
 吐く息は白く、森の奥には静寂が広がっている。

 俺たちは肩の雪を払いながら、再び旅路へと歩き出した。
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