荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

文字の大きさ
35 / 46

35忙中多事(ぼうちゅうたじ)

しおりを挟む
 〈 蒼鯨そうげいの翼〉号は、
 明日の〈グラン=メナス〉到着に先駆け、
 今朝、交易港〈リュミエル〉に寄港した。

 そこで新たに乗船したのは、団体客三十名。
 とある貴族と、その従者一行だという。

 ――それはつまり。

 私が管轄する船内食堂―《 碧潮へきちょうの灯》が、
 これまで以上に忙しくなる、ということを意味していた。

 この事実は、
 朝のミーティングで新入りメンバー――アレクスたちにも伝えてある。

「うっ!」

 皆、一様に分かりやすい顔をした。
 もっとも、文句を言われようが、状況が変わるわけではない。

「お客様が増えても、サービスの質は落とさない」

 それが、チーフである私の責務だ。
 そう告げて、全員に気合を入れ直すよう促した。

 ◇

 ランチタイムが始まると、予想通り、食堂は一気に埋まった。

 百席ほどある《碧潮の灯》は満席。
 通路には順番待ちのお客様が長い列を作っている。

 私はキッチンとフロントの中間に立ち、
 料理の出る速度、配膳の動線、客席の回転を見ながら、
 次々と指示を飛ばしていた。

 給仕たちはよく動いている。
 新入りも含め、全員が必死だが、連携は悪くない。

 ――このまま乗り切れる。

 そう判断した、その時だった。

 どかどか、と荒い足音。

 順番待ちの列を無視し、
 十名ほどの男たちが、強引に店内へ踏み込んできた。

 見覚えのない顔ぶれ。
 昨日まで、この船で見かけた客ではない。
 今朝乗船した団体客だろう。

 近くにいたアヤメが、その様子に気づいた。

「……失礼いたします」

 そう言って、彼女は男たちへ近づき、
 先頭に立つ男に丁寧に頭を下げた。

「申し訳ございません。ただいま満席でございます。
 恐れ入りますが、列にお並びいただけますでしょうか」

 その瞬間だった。

 背後にいた大男が、突然、アヤメの身体を抱え上げた。

「きゃあ!」

 短い悲鳴。

 それを合図にしたかのように、
 男たちは一斉に武器を抜き放った。

 剣、短剣、斧――
 軽装だが、無駄のない構え。

 店内が、凍りつく。

 先頭の男が、声を張り上げた。

「この船は、俺たちが頂いた!
 お前たちは人質だ!
 全員、床に伏せろ!!」

 ――海賊。

 今朝乗船した「貴族一行」は、
 最初からその正体を偽っていたのだ。

 客たちの悲鳴が上がり、
 次々と床に伏せていく。

 アヤメは大男に抱えられたまま、必死に足をばたつかせていた。

「なにをするのですか!放してください!!」

 大男は、下卑た笑みを浮かべている。

 チーフとして――
 この場にいるお客様を、守らねばならない。

 私は、ためらわず一歩踏み出し、先頭の男へ近づいた。

「……私が人質になります」

 声は、思った以上に落ち着いていた。

「その代わり、他のお客様は解放してください」

 男は一瞬だけ目を細め――
 次の瞬間、鼻で笑った。

「はっ。都合のいい話だな」

 そう言うと、私の腕を強引に後ろへねじ上げる。

「もちろん、お前も人質だ」

「……っ、痛い!」

 力任せの拘束。
 骨がきしむ。

 ――話の通じる相手ではなかった。

 胸の奥が、冷えていく。
 ああ、ここまでなのか。
 どうにもならないのか。

「……こんな若い子まで、巻き込んでしまった……」

 自責の念に押しつぶされそうになりながら、
 私は隣で捕らえられているアヤメを見た。

 きっと、怯えている。
 そう思った。

 だが――

 アヤメは、表情を消していた。
 じっと、正面を見据えている。

「……?」

 その視線の先へ、目を向けると、
 レグナスがワインの瓶をこちらに投げつけるところだった。

 ワインの瓶が回転しながら一直線に飛んでくる。

 ビュン――。

「ごん!」

 瓶は、アヤメを抱え込んでいた大男の顔面に直撃し粉砕。

「ぎゃああっ!」

 男は顔を押さえ、後ろへ倒れた。
 その拍子に、
 アヤメの身体が宙に放り出される。

 ふわりとスカートが舞い上がり、
 ちらりと白いふとももが のぞく。
 そのふとももには短剣の さやが固定されておりーー

(って、ちょっと、あなた、なに、持ってるの!)

 次の瞬間――

 彼女は着地と同時に、素早く身を ひるがえし、
 短剣を抜き放った。

 一気に間合いを詰め、
 私を押さえていた男の腕を斜めに斬り払う。

「ぐあっ!」

 油断していた男が悲鳴を上げ、
 拘束が解ける。

 私は思わず、よろめいた。

 その背中に、アヤメがぴたりと立つ。

「マリナチーフ」

 低く、はっきりした声。

「下がってください」

 彼女は私を背に かばいながら、
 刃を前に向けたまま、後退を始める。

 近くの男が剣を振りかざしアヤメへと襲いかかる。

 刹那――

「えいっ!」

 背後から、聞き慣れた声。

 次の瞬間、
 氷の塊が、私のすぐ隣を猛スピードですり抜けた。

 空気が裂け、
 凍りつくような冷気が頬を打つ。

 氷塊はそのまま男に命中し――

「ぐあっ!」

 鈍い衝撃音とともに、男が吹き飛ばされた。
 床を転がり、壁に叩きつけられ、動かなくなる。

 私は思わず、息を呑む。

 掛け声の方へ目を向けると――

 そこにいたのは、オルフィナだった。

 両手に、デッキブラシを握りしめ、
 その切っ先を、こちらへ向けている。

 杖の代わりだろうか。
 デッキブラシの先からは、白い湯気が立ち上っていた。

 その姿を見た瞬間、
 胸の奥で、何かがすとんと腑に落ちる。

「ああ……」

 思わず、口をついて出た。

「すっかり忘れていた」

 彼らは――戦士だ。

 料理場からコック姿の男が二人、飛び出してきた。
 アレクスと、エリオットだ。

 アレクスは両手にフライパンを握っている。
 油を拭ったばかりなのか、鈍く光っていた。

 一方のエリオットは、長柄のモップを構えている。

「おい、レグナス!」

 アレクスは叫ぶと同時に、
 片手のフライパンを、迷いなく放り投げた。

 レグナスはそれを空中で受け取る。

「ふむ……」

 一瞬、フライパンを見下ろし、軽く振って重さを確かめる。

「お客様の手前、流血は物騒だな」

 そう言って、口角をわずかに上げた。

 次の瞬間、
 レグナスとアレクスは同時に踏み込む。

 フライパンを手に、
 海賊たちの只中へ。

 金属音が、食堂に響き渡る。

 あっという間に、食堂は乱戦と化す。

 その背後――

 エリオットが、モップを天に掲げた。

 《 中域防御力向上プロテス
 《 中域攻撃力向上ブレイブ
 《 中域速度向上クイック

 最後の詠唱と同時に、
 全員の動きが、目に見えて加速する。

 そして――

「えい!」「えい!」「えい!」

 オルフィナの声。

 次々と放たれる氷塊が、
 正確に、確実に、海賊たちをなぎ倒していく。

 床に転がる者。
 壁に叩きつけられる者。
 武器を手放し、動かなくなる者。

 数で押していたはずの海賊たちは、
 次第に押され――

 やがて。

 最後の一人が、フライパンの一撃で床に沈んだ。

 静寂。

 荒い息と、割れた皿の音だけが残る。

 《碧潮の灯》の海賊たちは制圧された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーに追放された支援術士、実はとんでもない回復能力を持っていた~極めて幅広い回復術を生かしてなんでも屋で成り上がる~

名無し
ファンタジー
 突如、幼馴染の【勇者】から追放処分を言い渡される【支援術士】のグレイス。確かになんでもできるが、中途半端で物足りないという理不尽な理由だった。  自分はパーティーの要として頑張ってきたから納得できないと食い下がるグレイスに対し、【勇者】はその代わりに【治癒術士】と【補助術士】を入れたのでもうお前は一切必要ないと宣言する。  もう一人の幼馴染である【魔術士】の少女を頼むと言い残し、グレイスはパーティーから立ち去ることに。  だが、グレイスの【支援術士】としての腕は【勇者】の想像を遥かに超えるものであり、ありとあらゆるものを回復する能力を秘めていた。  グレイスがその卓越した技術を生かし、【なんでも屋】で生計を立てて評判を高めていく一方、勇者パーティーはグレイスが去った影響で歯車が狂い始め、何をやっても上手くいかなくなる。  人脈を広げていったグレイスの周りにはいつしか賞賛する人々で溢れ、落ちぶれていく【勇者】とは対照的に地位や名声をどんどん高めていくのだった。

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

念願の異世界転生できましたが、滅亡寸前の辺境伯家の長男、魔力なしでした。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリーです。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

僕だけレベル1~レベルが上がらず無能扱いされた僕はパーティーを追放された。実は神様の不手際だったらしく、お詫びに最強スキルをもらいました~

いとうヒンジ
ファンタジー
 ある日、イチカ・シリルはパーティーを追放された。  理由は、彼のレベルがいつまでたっても「1」のままだったから。  パーティーメンバーで幼馴染でもあるキリスとエレナは、ここぞとばかりにイチカを罵倒し、邪魔者扱いする。  友人だと思っていた幼馴染たちに無能扱いされたイチカは、失意のまま家路についた。  その夜、彼は「カミサマ」を名乗る少女と出会い、自分のレベルが上がらないのはカミサマの所為だったと知る。  カミサマは、自身の不手際のお詫びとしてイチカに最強のスキルを与え、これからは好きに生きるようにと助言した。  キリスたちは力を得たイチカに仲間に戻ってほしいと懇願する。だが、自分の気持ちに従うと決めたイチカは彼らを見捨てて歩き出した。  最強のスキルを手に入れたイチカ・シリルの新しい冒険者人生が、今幕を開ける。

俺を凡の生産職だからと追放したS級パーティ、魔王が滅んで需要激減したけど大丈夫そ?〜誰でもダンジョン時代にクラフトスキルがバカ売れしてます~

風見 源一郎
ファンタジー
勇者が魔王を倒したことにより、強力な魔物が消滅。ダンジョン踏破の難易度が下がり、強力な武具さえあれば、誰でも魔石集めをしながら最奥のアイテムを取りに行けるようになった。かつてのS級パーティたちも護衛としての需要はあるもの、単価が高すぎて雇ってもらえず、値下げ合戦をせざるを得ない。そんな中、特殊能力や強い魔力を帯びた武具を作り出せる主人公のクラフトスキルは、誰からも求められるようになった。その後勇者がどうなったのかって? さぁ…

処理中です...