荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう

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36静水深流(せいすいしんりゅう)

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 甲板には、人質どもを一か所に集め、まとめて縛り上げてある。
 老若男女、身なりのいい連中ばかりだ。

 仲間たちは武器を片手に、周囲を警戒している。
 逃げ出そうとする者も、歯向かおうとする者もいない。
 ――上出来だ。

 その光景を、俺は腕を組んで満足げに眺めていた。

 この〈 蒼鯨そうげいの翼〉号乗っ取り計画は、俺の発案だ。

 船を奪い、
 金目の物を根こそぎかき集め、
 人質を押さえ、
 身代金をせしめて、
 煙のように消える。

 無駄がなく、危険も少ない。
 これ以上に“割のいい仕事”は、そうそうない。

 表の世界には冒険者ギルドがある。
 だが裏には、俺たちのような賊が所属する闇ギルドが存在する。

 今回集めた仲間のほとんども、
 その闇ギルドで声をかけて集めた連中だ。

 腕はそこそこ。
 忠誠心は期待しない。
 報酬さえ払えば動く。

 傭兵ではない。
 傭賊――そう呼ぶ方がしっくりくる。

 そもそも、海賊船を持ち、
 常に部下や子分を養うなんて、金がかかって仕方がない。

 船の修理、食料、酒、女、武器。
 固定費が重すぎる。

 だから俺は、あえて“持たない”。

 必要なときだけ雇い、
 用が済めば切り捨てる。

 俺は、コストパフォーマンスを重視する
 ――スマートな海賊だ。

 人は俺を、策士ドロンドと呼ぶ。

 この船に目を付けた理由はいくつかある。

 ひとつ。
 大型客船で、客筋がいいこと。

 ふたつ。
 航路と寄港時刻を、事前に完全に把握できたこと。

 みっつ。
 これが何より大きいが――護衛を雇っていないことだ。

 いくら穏やかな航路とはいえ、
 護衛なしで大型客船を走らせるとは。

 平和ボケも、ここまで来ると滑稽だ。

「……楽な仕事だ」

 俺は鼻で笑い、甲板の縁に視線を向けた。
 海は今日も穏やかで、風もいい。

 さて――。

 そろそろ、大食堂の制圧も終わったころだろう。

 あちらに回した連中も、
 金目の物をかき集めて戻ってくるはずだ。

 多少、騒ぎはあっただろうが、
 所詮は給仕や料理人がいるだけの場所。

 武器を抜いた時点で、勝負はついている。

 俺は、ゆっくりと口角を上げた。

「戻ってきたら、次は船倉だな」

 そのときだった。

 甲板へ通じる扉が、勢いよく開いた。

「――なに?」

 飛び出してきたのは、二人の男。
 一人はコックの格好、もう一人は給仕の制服。

 何事かと目を見張った、その次の瞬間、
 男たちはためらいなく――こちらへ向かって駆けてきた。

「……は?」

 思わず声が漏れる。

 近づくにつれ、違和感は確信に変わった。
 コックの男は、やけに肩幅が広い。
 給仕の男に至っては、それ以上だ。

 なにより――
 二人とも、剣を振りかざしている。

 一目でわかる。

 あいつらは、コックでも給仕でもない。
 ――戦士だ。

「馬鹿な……」

 この船に、護衛は乗っていないはずだ。
 情報は何度も裏を取った。
 雇われた形跡もない。

 まさか――
 最初から、船に紛れ込んでいたというのか?

 異変に気づいた仲間たちが、すぐさま武器を構える。
 甲板は一瞬で乱戦に変わった。

 だが、俺は焦らない。

 こういうときのために――
 人質がいる。

「人質を使え!」

 俺は即座に叫んだ。

「喉元を押さえろ! 動くなと分からせろ!」

 これが、一番効く。
 何度も使ってきた、確実な手だ。

 仲間の一人が、手近な人質へ向かって駆け出す。

 ――その瞬間。

 ゴォッ、と空気を切り裂く音。

 次の刹那、
 巨大な氷の塊が飛来し、仲間の身体を正面から吹き飛ばした。

「がっ……!」

 男は悲鳴を上げる間もなく、甲板を転がり、動かなくなる。

 俺は、反射的にそちらを見る。

 デッキを見下ろす上部船楼。
 そこに立っていたのは――給仕の女だった。

 両手で杖を構え、
 海風にスカートをばたつかせながら、胸を張っている。

「賊よ!」

 澄んだ声が、甲板に響き渡る。

「その汚れた手で客人に触れることは――
 氷理を司り、白き叡智を継ぐこの魔術師が、断じて許さぬ!!」

 ……魔法使い。

 戦士だけじゃない。
 魔法使いまでいるだと?

 一瞬、歯噛みする。

 だが、まだだ。
 想定外はあるが、こちらにも用意はある。

「弓だ!」

 俺は即座に指示を飛ばす。

「あの魔法使いを処理しろ。」

 甲板の左右に陣取っていた弓の手練れが、即座に反応する。
 二本の矢が、空を切って飛ぶ。

 狙いは完璧。
 距離も角度も申し分ない。

 ――いける。

 そう思った、次の瞬間。

 ぱきん。

 乾いた音。

 矢は、魔法使いの手前で弾かれ、甲板に落ちた。

「……なに?」

 魔法使いの横に、もう一人現れる。

 コック姿の男。
 だが、その手には――杖。

 杖……だと?

 防御魔法。
 僧侶か。

「冗談だろ……」

 戦士に、魔法使いに、僧侶。

 護衛がいない?
 ――笑わせるな。

 仲間たちの動きが、目に見えて鈍る。
 一部は、すでに戦意を失い、
 海へ飛び込んで逃げ始めていた。

 ……所詮は、金で雇った連中だ。

 崩れるときは、早い。

「ちっ……」

 これは――まずい。

 こうなった以上、粘る理由はない。
 深追いはせず、即座に く。

 引き際を誤らない。
 それが、俺の流儀だ。

 俺は身をひるがえし――
 退路を確認しようとした。

 その瞬間。

 首筋に、ひやりとした感触。

 ……冷たい。

 刃だ。

 俺は、ゆっくりと動きを止め、
 一拍置いてから、静かに振り向いた。

 そこにいたのは――給仕の少女。

 いつの間にか背後を取り、
 短剣の切っ先を、俺の首筋にぴたりと当てている。

「どこにいくつもり?」

 落ち着いた声。
 呼吸ひとつ乱れていない。

 ……背後を取られた?

 この俺が?

 いつの間に?
 どうやって?

 思考が追いつかない。

 俺は策士ドロンド。
 誤算は、嫌いだ。

 だが――

 どうやら今回は、
 想定以上に大きな誤算を掴んでしまったらしい。
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