SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~

しばたろう

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第9章 SE、馬車に揺られる。

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ガタガタ……と、
車輪のきしむ音で目を覚ました。

頭が重い。体が妙にだるい。
俺は、揺れる馬車の中で意識を取り戻した。

目を開けると、木製の天井がゆらゆらと揺れている。
鼻をくすぐるのは干し草の匂い。
外では、どこかの鳥の鳴き声が微かに聞こえた。

「気がついたか、マイト。」
声の主は戦士レオだった。
彼は馬車の向かいに座り、腕を組みながら俺を見ていた。

「……ここは?」

「森を出たところだ。
 お前、あの戦いのあと、完全に気を失ってたんだぞ。」

レオが低く笑う。
「俺たち全員、ボロボロだったが、
 なんとか森を抜けて近くの村まで運んだ。
 今はギルドのある街に向かってる途中だ。」

「ギルド?」

「ああ。依頼主への報告がある。」

レオは馬車の壁を軽く叩いた。

「オオカミ討伐の成果を正式に報告し、
 報酬を受け取らなきゃならん。
 あれだけの群れを相手にしたんだ。
 記録にも残るだろうな。」

馬車の外では、
御者がのんびりと手綱を引いているのが見える。

太陽は西に傾きかけ、
柔らかなオレンジの光が木々を染めていた。

風は穏やかで、
街道脇の草花がさわさわと揺れている。

ルナは馬車の隅でまだ眠っているようだ。
回復はしたものの、魔力の消耗が激しかったのだろう。
リオンはその隣で静かに祈りを捧げていた。

——穏やかな時間が流れている。
まるで、
あの死闘が夢だったかのように。

俺は体を起こし、外の光を眩しそうに見上げた。
平原の向こうに、遠く街の影が見える。
煙突の煙が、ゆっくりと空に溶けていく。

これから俺たちは、あの街でどんな冒険を迎えるのだろうか。
そんな思いが胸をよぎったとき、
レオがふと真面目な声で言った。

「マイト。実はな……お前に話がある。」

その声音は、どこか真剣だった。

「俺たちのパーティーに、正式に加わらないか?
 丁度、レンジャーの枠が空いているんだ。」

「レンジャー……?」
俺は思わず聞き返した。

「索敵と支援を担当する役だ。森や山での行動に欠かせない。
 お前の観察力と機転、それにあの魔道具の扱いは、
 正直、戦士や魔法使いより頼りになる。」

レオは少し照れくさそうに笑った。
「本当なら、もっと早く誘うべきだったんだがな。」

リオンがやさしく微笑む。
「おまえの冷静さは貴重だ。俺たちには、そういう目が足りない。」

魔法使いルナは、飛び起き、興味深そうに身を乗り出してきた。
「なあ、それ、見せてくれよ! その魔道具、ずっと気になってたんだ。」

俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
“仲間”として誘われるのは、初めてのことだった。

「……ありがとう。俺でよければ、ぜひ。」

そう答えたとき、レオは満足げに頷いた。

レオは軽く息をついて言った。
「決まりだな。正式な登録はギルドでやる。」

俺は頷いた。
その短い言葉の中に、信頼と仲間としての承認が詰まっていた。

馬車は西日に照らされた街道をゆっくりと進む。
平野の向こうには、ギルドのある街の輪郭が、
赤く霞んで見えていた。

馬車の揺れに身を任せながら、
俺はふと思い立ってスマホを取り出した。

戦闘のときに一瞬だけ自分を書き換えたことを思い出す。
「あれ、どうなってたんだろうな……」
とつぶやくと、
隣のルナがすぐに食いついた。

「俺にも見せてくれ。」

「おいおい、爆ぜたりしねぇだろうな?」
レオが笑いながら身を乗り出してくる。

リオンも興味深そうに覗き込み、
「まるで呪文の詠唱文のようだな」とつぶやく。

俺たちは馬車の中で顔を寄せ合いながら、数値をいじってみた。

「レオの戦闘力を少し上げてみようか……ほら、50から60に。」
「お、体が軽くなった気がするな。……お、でもすぐ戻ったぞ?」

「次は俺の魔力をちょっとだけ強化してみようか。」とルナ。
「ちょっとってどのくらいだ?」とレオが眉をひそめる。
「うーん……100倍?」
「バカか、お前。そんなの“ちょっと”じゃねぇ!」

三人のやり取りにリオンまで笑い声を漏らし、
馬車の中がほんのり明るくなった。

いくつか試すうちに、法則が見えてきた。
自分や仲間のステータスは確かに変更できる。
だが、
それはいずれ“元に戻る”。
しかも、
数値を大きく変えれば変えるほど、
元に戻るまでの時間が早い。

おそらく、
僧侶リオンが先の戦闘で使っていた動作遅延の呪文なんかと
同じ理屈なのかもしれない。
一時的な上書き――システム的にいえば、一時変数のようなものだ。

さらに試していくうちに、もうひとつ分かったことがある。

名前や性別など、“その存在の根幹”に関わるステータスは変更できない。
試しにレオの性別を「女」に書き換えようとしてみたが、
入力は即座にエラーとなった。

「おいマイト、何やってんだ!?」
「いや、実験だ。」
「実験てなんだ、実験て!」

笑いながらも、どこかで全員が感じていた。
この現象は、ただの魔法ではない。

俺はスマホの画面を見つめながら、静かに息をついた。
もしかして、
この世界そのものが――コードで書かれているのかもしれない。

馬車の中が落ち着きを取り戻したころ、
俺はスマホを胸ポケットに戻し、背もたれにもたれた。
あらためて深く息を吸う。
ここに来て、はじめて一息つけた気がした。

生きるために必死で、
目の前の現象を受け入れることしかできなかった。

だが、
冷静になった今、ようやく考えられる。

いくつかの疑問点が、
頭の中でくっきりと形を成していく。

思えば、
これまで違和感なんてまったく感じなかった。
あまりにも自然で、当たり前のように受け入れていたのだ。

ひとつは――言語だ。
見知らぬ世界に来たのに、俺は彼らと普通に会話ができている。
いや、それどころか、彼らは明らかに日本語を話している。

それに、顔立ちも日本人そのものだ。
肌の色も、目の形も、髪の色も
――少なくとも、異世界ファンタジーで想像するような
エルフや亜人ではない。

ここは本当に“異世界”なのか?
それとも、どこか別の「現実」なのか?

もうひとつの疑問。
魔法使いや僧侶が戦闘で唱えていた呪文。
ふと、その仕草に見覚えがあった。
……昔、俺が画面の向こうで何度も見た、あの呪文を唱える瞬間の所作だ。

偶然? いや、そんなはずはない。
この世界には“ゲームのルール”が入り込んでいる。
俺が使うスマホのCSSコードも、彼らの呪文も、
どこかプログラム的な法則で動いている気がする。

……だとすれば、ここはまさに“作られた世界”なのではないか?
コードで定義され、ロジックで動いている世界。
俺がかつて開発していたシステムと、
根本は同じ仕組みで構築されている
――そんな考えが頭をよぎる。

そして、もうひとつ。
……俺は重大なことを忘れていた。
なぜ今まで、
こんな大事なことを思い出さなかったんだ!?

俺には――妹がいる。
すぐに、帰らなければならない!
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