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第10章 午後の約束
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今日は、
麻衣子先生とランチに行く。
プライベートで会うのは、もう何度目だろう。
最初は病院での話ばかりだったけれど、
最近では他愛もないことを話す時間のほうが多くなった。
朝倉麻衣子——それが先生のフルネーム。
落ち着いた雰囲気と、どこか親しみを感じさせる笑顔。
白衣を脱いだ彼女は、少し印象が違って見える。
「希星ちゃん、こっちこっち。」
待ち合わせたカフェのテラス席から、麻衣子先生が手を振った。
柔らかな栗色の髪が風に揺れる。
私は思わず小走りになった。
「麻衣子先生、ごめんなさい、少し遅れちゃって。」
「ううん、私も今来たところ。」
先生は笑ってそう言うけれど、
テーブルの上のカップにはもうコーヒーの跡がついていた。
そういう小さな優しさが、麻衣子先生らしい。
ランチプレートが運ばれてくると、
香ばしいチーズとハーブの匂いがふわりと広がった。
昼下がりの陽射しの中で、
先生は肩の力を抜いたように穏やかな笑みを浮かべている。
病院で見せるきりっとした表情とは違って、
今の麻衣子先生は、年上の友人のように感じられた。
しばらく他愛もない話をしていたが、
ふと先生がフォークを置いて、小さく息をついた。
「……希星ちゃんに、ちょっとだけ話しておきたいことがあるの。」
私は姿勢を正した。
先生がこんなふうに前置きをするのは、何か大事な話のときだ。
「本当は、あまり詳しく言えないことなんだけどね。」
先生は少し声を落とし、周囲を見回したあと、柔らかく続けた。
「お兄さんと同じ部屋にいる、
他の三人の患者さんたち
——あの人たちも、似たような症状なの。」
「似たような……?」
「ええ。
どの人も、原因は違うのに、
脳波のパターンだけが驚くほど似ている。
お兄さんと同じように、
“夢を見続けている”ような状態なの。」
私の胸の奥が、ざわりと揺れた。
病室のプレートに並んでいた名前
——神谷獅子、久遠莉温、橘月。
あのときの光景が、頭の中に鮮明に浮かぶ。
「……そんなこと、あるんですか?」
「普通は、ないわ。
でも、
この四人だけは、不思議なくらい反応が一致しているの。」
麻衣子先生は、申し訳なさそうに笑った。
「内緒ね。
研究チームの中でも、まだ正式な報告にはしていないの。
でも、あなたには知っておいてほしかったの。
——お兄さんのことを一番近くで支えてるのは、
希星ちゃんだから。」
私は言葉が出なかった。
嬉しいような、怖いような、複雑な気持ちが胸の中で渦を巻く。
「……ありがとうございます、麻衣子先生。」
そう言うと、先生は静かに微笑んだ。
「ううん。ありがとう、希星ちゃん。
こうして話せて、私も少し楽になったの。」
ランチを終えて外に出ると、
冬の空気が頬に冷たく心地よかった。
並んで歩く私たちの影が、
午後の日差しの中で長く伸びる。
麻衣子先生は、ふと空を見上げてつぶやいた。
「……人の意識って、不思議よね。
夢の中の時間は、現実の何倍にも感じられることがある。
もしかしたら——あの人たちは、
今も“どこか”で生きているのかもしれない。」
私は隣でその横顔を見つめながら、
先生の言葉が胸の奥に静かに沈んでいくのを感じた。
病院に戻る道すがら、
白い建物の窓に夕日が反射し、淡く光っていた。
私はそっとつぶやいた。
「……兄さん、今、どこにいるの?」
麻衣子先生とランチに行く。
プライベートで会うのは、もう何度目だろう。
最初は病院での話ばかりだったけれど、
最近では他愛もないことを話す時間のほうが多くなった。
朝倉麻衣子——それが先生のフルネーム。
落ち着いた雰囲気と、どこか親しみを感じさせる笑顔。
白衣を脱いだ彼女は、少し印象が違って見える。
「希星ちゃん、こっちこっち。」
待ち合わせたカフェのテラス席から、麻衣子先生が手を振った。
柔らかな栗色の髪が風に揺れる。
私は思わず小走りになった。
「麻衣子先生、ごめんなさい、少し遅れちゃって。」
「ううん、私も今来たところ。」
先生は笑ってそう言うけれど、
テーブルの上のカップにはもうコーヒーの跡がついていた。
そういう小さな優しさが、麻衣子先生らしい。
ランチプレートが運ばれてくると、
香ばしいチーズとハーブの匂いがふわりと広がった。
昼下がりの陽射しの中で、
先生は肩の力を抜いたように穏やかな笑みを浮かべている。
病院で見せるきりっとした表情とは違って、
今の麻衣子先生は、年上の友人のように感じられた。
しばらく他愛もない話をしていたが、
ふと先生がフォークを置いて、小さく息をついた。
「……希星ちゃんに、ちょっとだけ話しておきたいことがあるの。」
私は姿勢を正した。
先生がこんなふうに前置きをするのは、何か大事な話のときだ。
「本当は、あまり詳しく言えないことなんだけどね。」
先生は少し声を落とし、周囲を見回したあと、柔らかく続けた。
「お兄さんと同じ部屋にいる、
他の三人の患者さんたち
——あの人たちも、似たような症状なの。」
「似たような……?」
「ええ。
どの人も、原因は違うのに、
脳波のパターンだけが驚くほど似ている。
お兄さんと同じように、
“夢を見続けている”ような状態なの。」
私の胸の奥が、ざわりと揺れた。
病室のプレートに並んでいた名前
——神谷獅子、久遠莉温、橘月。
あのときの光景が、頭の中に鮮明に浮かぶ。
「……そんなこと、あるんですか?」
「普通は、ないわ。
でも、
この四人だけは、不思議なくらい反応が一致しているの。」
麻衣子先生は、申し訳なさそうに笑った。
「内緒ね。
研究チームの中でも、まだ正式な報告にはしていないの。
でも、あなたには知っておいてほしかったの。
——お兄さんのことを一番近くで支えてるのは、
希星ちゃんだから。」
私は言葉が出なかった。
嬉しいような、怖いような、複雑な気持ちが胸の中で渦を巻く。
「……ありがとうございます、麻衣子先生。」
そう言うと、先生は静かに微笑んだ。
「ううん。ありがとう、希星ちゃん。
こうして話せて、私も少し楽になったの。」
ランチを終えて外に出ると、
冬の空気が頬に冷たく心地よかった。
並んで歩く私たちの影が、
午後の日差しの中で長く伸びる。
麻衣子先生は、ふと空を見上げてつぶやいた。
「……人の意識って、不思議よね。
夢の中の時間は、現実の何倍にも感じられることがある。
もしかしたら——あの人たちは、
今も“どこか”で生きているのかもしれない。」
私は隣でその横顔を見つめながら、
先生の言葉が胸の奥に静かに沈んでいくのを感じた。
病院に戻る道すがら、
白い建物の窓に夕日が反射し、淡く光っていた。
私はそっとつぶやいた。
「……兄さん、今、どこにいるの?」
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