51 / 61
第50章 SE、風邪をひく。
しおりを挟む
雨の中での“大ネズミ退治”は、思った以上に過酷だった。
「はっ……はっくしょん!」
春先とはいえ、ずぶ濡れで長時間のクエストは体温を容赦なく奪っていく。
雨粒が服の内側まで染み込み、靴の中はぐしゃぐしゃ。
その日の夜、俺はくしゃみを連発しながら宿へ戻った。
――そして翌朝。
目を開けた瞬間、すべて理解した。
(……これ、ダメなときのやつだ)
頭は割れるように痛い。
関節がバキバキ。
体が熱っぽく、枕に顔を押しつけるだけで世界がぐわんと揺れる。
「……無理。起きられん……」
スマホのないこの世界では、
誰かに連絡する手段は基本“直接会う”か“掲示板”か“手紙”だ。
だが今日はクエストもなく、仲間はみな自由行動。
こんな日に限って、誰一人として宿に寄る気配もない。
そこで、俺は枕元の“唯一の文明の利器”を手に取った。
《リンク》。
異世界でも動く俺の秘密兵器。
LINEを開き、ミカにメッセージを送る。
『風邪ひいて動けない。
帰りに水と食料、頼みたい……』
送信して数秒後。
『おけ!』
即レス。さすがミカである。
こういうとき、ミカは本当に頼りになる。
安心した瞬間、意識がふっと遠のいた。
――そして、夕方。
こんこん。
ノックの音で目が覚めた。
「ミカ……?」
かすれた声で返事をすると、ドアがゆっくり開いた。
「マイト、大丈夫?」
顔をのぞかせたのは――ハルカだった。
「ハルカ……?」
「ミカちゃんに聞いたの。大丈夫?」
(……気が利くのかお節介なのか……いや、ありがとうミカ)
ハルカは椅子を引いて俺の横に座り、そっとおでこに手を当てた。
「熱、あるね。食欲は?」
「ああ……少しは」
「よかった。パン粥、作ってきたの。」
そう言って、バッグから小さな容器を取り出した。
容器を開けた瞬間、
湯気と一緒に、あたたかくてやさしい香りが部屋に広がった。
(……こんなときに、手作り……?
ミカ……これは、ナイスアシスト……)
「ひとりで食べられる?」
「………むりでしゅ」
「しかたないなあ、じゃあ……」
ハルカはスプーンでパン粥をすくい、俺の口元へ。
「はい、あーん」
「あーん……」
やさしい味が口いっぱいに広がる。
「おいしい?」
「……すごく」
ハルカが柔らかく笑う。
「はい、あーん」
「あーん……」
「はい、あーん」
「あーん……」
気がつけば――
俺はスプーンを持つハルカの手を、そっと握っていた。
「……ハルカ。ありがとう」
「ううん……」
顔を赤くしながらも、手を離さないハルカ。
二人の距離がゆっくりと縮まっていく。
――刹那。
ドア、バーン!!
「ハハッ! 調子はどうだ、マイト!!」
レオが爆音と共に乱入してきた。
手を握り合ったまま固まる俺とハルカ。
「おぉ、邪魔をした!」
レオはノールックでドアを閉め――
と思いきや、
ドアがスッ……と数センチ開き、隙間から顔だけ出す。
「どうぞ、続けて?」
「うるさーーい!!」
俺は全力で叫んだ。
レオは、「ルナから聞いたんだ。」と、お見舞いに来てくれたとのこと。
「熱い甘酒を持ってきた。風邪には良く聞くぞ。これ飲んで、早く良くなれ」
そういって、帰って行った。
レオが帰っていってから、しばらくの静けさが戻った。
――と思ったのも束の間。
こんこん。
ドアがまた叩かれた。
「マイト、大丈夫かー?」
そこに立っていたのは、ルナとミカだった。
「ほら、これ。」
ルナは、小さな氷枕を差し出した。
「氷魔法でこしらえてきた。
冷却時間持続のエンチャントを付与してあるぞ。安心して眠れ。」
氷枕を額に当てると、気持ちいいほどひんやりして、一気に頭が軽くなる。
その横で、ミカがウインクしてきた。
“今度おいしいものおごってね。”とでも言いたげだった。
「……わかったよ。あとでな。」
ミカはにっこり笑った。
さらに、少しして――
「お邪魔するぞ、マイト。」
リオンとサオリまで訪ねてきた。
リオンがそっと杖を掲げ、低い声で回復魔法を唱える。
「ケガを治す魔法だから、風邪には効果は薄いが……
なに、それでも、ずいぶん楽にはなるぞ。」
柔らかな光が身体を包み込み、重かった胸がすっと軽くなる。
「無理すんなよ、マイト。」
サオリはぶっきらぼうに言いながらも、心配そうにこちらを見ていた。
そして――
「入るぞ。」
最後に姿を見せたのは、アレクスとレイナさんだった。
レイナさんは、かごいっぱいのリンゴを抱えていた。
「風邪にはリンゴがいいのよ。
はい、ハルカ。これ、マイトにむいてあげて。」
「ありがとうございます、レイナさん。」
ハルカは丁寧に頭を下げ、リンゴのかごを受け取った。
そのあと、皆は「早く良くなれよ」と言い残して帰っていった。
――静寂が戻る。
ハルカは椅子に座り、リンゴをひとつ手に取って皮をむき始めた。
「……みんな、いい人たちね。」
「ああ、そう思う。この世界で俺は本当にいい仲間に恵まれた。」
リンゴの甘い香りが、部屋にほんのり広がる。
少し間を置いて、ハルカは、そっと呟いた。
「みんな、マイトのことが大好きなのよ。」
「そうかなあ。」
「そうよ。でも……」
ハルカは手を止め、ゆっくりと俺の方を向いた。
その瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「マイトのことが、一番好きなのは――私だから。ね。」
月夜は、乙女を大胆にする。
「ハルカ……」
俺は、ハルカの手をそっと握った。
「マイト……」
二人の距離が、ほんの少し、また少しと縮まっていく。
――刹那。
ドア、バーン!!
「ハハッ! 言い忘れたことが!!」
レオが乱入。
「いいかげんに、しろーー!!」
俺の叫びは、夜の街に響き渡った。
「はっ……はっくしょん!」
春先とはいえ、ずぶ濡れで長時間のクエストは体温を容赦なく奪っていく。
雨粒が服の内側まで染み込み、靴の中はぐしゃぐしゃ。
その日の夜、俺はくしゃみを連発しながら宿へ戻った。
――そして翌朝。
目を開けた瞬間、すべて理解した。
(……これ、ダメなときのやつだ)
頭は割れるように痛い。
関節がバキバキ。
体が熱っぽく、枕に顔を押しつけるだけで世界がぐわんと揺れる。
「……無理。起きられん……」
スマホのないこの世界では、
誰かに連絡する手段は基本“直接会う”か“掲示板”か“手紙”だ。
だが今日はクエストもなく、仲間はみな自由行動。
こんな日に限って、誰一人として宿に寄る気配もない。
そこで、俺は枕元の“唯一の文明の利器”を手に取った。
《リンク》。
異世界でも動く俺の秘密兵器。
LINEを開き、ミカにメッセージを送る。
『風邪ひいて動けない。
帰りに水と食料、頼みたい……』
送信して数秒後。
『おけ!』
即レス。さすがミカである。
こういうとき、ミカは本当に頼りになる。
安心した瞬間、意識がふっと遠のいた。
――そして、夕方。
こんこん。
ノックの音で目が覚めた。
「ミカ……?」
かすれた声で返事をすると、ドアがゆっくり開いた。
「マイト、大丈夫?」
顔をのぞかせたのは――ハルカだった。
「ハルカ……?」
「ミカちゃんに聞いたの。大丈夫?」
(……気が利くのかお節介なのか……いや、ありがとうミカ)
ハルカは椅子を引いて俺の横に座り、そっとおでこに手を当てた。
「熱、あるね。食欲は?」
「ああ……少しは」
「よかった。パン粥、作ってきたの。」
そう言って、バッグから小さな容器を取り出した。
容器を開けた瞬間、
湯気と一緒に、あたたかくてやさしい香りが部屋に広がった。
(……こんなときに、手作り……?
ミカ……これは、ナイスアシスト……)
「ひとりで食べられる?」
「………むりでしゅ」
「しかたないなあ、じゃあ……」
ハルカはスプーンでパン粥をすくい、俺の口元へ。
「はい、あーん」
「あーん……」
やさしい味が口いっぱいに広がる。
「おいしい?」
「……すごく」
ハルカが柔らかく笑う。
「はい、あーん」
「あーん……」
「はい、あーん」
「あーん……」
気がつけば――
俺はスプーンを持つハルカの手を、そっと握っていた。
「……ハルカ。ありがとう」
「ううん……」
顔を赤くしながらも、手を離さないハルカ。
二人の距離がゆっくりと縮まっていく。
――刹那。
ドア、バーン!!
「ハハッ! 調子はどうだ、マイト!!」
レオが爆音と共に乱入してきた。
手を握り合ったまま固まる俺とハルカ。
「おぉ、邪魔をした!」
レオはノールックでドアを閉め――
と思いきや、
ドアがスッ……と数センチ開き、隙間から顔だけ出す。
「どうぞ、続けて?」
「うるさーーい!!」
俺は全力で叫んだ。
レオは、「ルナから聞いたんだ。」と、お見舞いに来てくれたとのこと。
「熱い甘酒を持ってきた。風邪には良く聞くぞ。これ飲んで、早く良くなれ」
そういって、帰って行った。
レオが帰っていってから、しばらくの静けさが戻った。
――と思ったのも束の間。
こんこん。
ドアがまた叩かれた。
「マイト、大丈夫かー?」
そこに立っていたのは、ルナとミカだった。
「ほら、これ。」
ルナは、小さな氷枕を差し出した。
「氷魔法でこしらえてきた。
冷却時間持続のエンチャントを付与してあるぞ。安心して眠れ。」
氷枕を額に当てると、気持ちいいほどひんやりして、一気に頭が軽くなる。
その横で、ミカがウインクしてきた。
“今度おいしいものおごってね。”とでも言いたげだった。
「……わかったよ。あとでな。」
ミカはにっこり笑った。
さらに、少しして――
「お邪魔するぞ、マイト。」
リオンとサオリまで訪ねてきた。
リオンがそっと杖を掲げ、低い声で回復魔法を唱える。
「ケガを治す魔法だから、風邪には効果は薄いが……
なに、それでも、ずいぶん楽にはなるぞ。」
柔らかな光が身体を包み込み、重かった胸がすっと軽くなる。
「無理すんなよ、マイト。」
サオリはぶっきらぼうに言いながらも、心配そうにこちらを見ていた。
そして――
「入るぞ。」
最後に姿を見せたのは、アレクスとレイナさんだった。
レイナさんは、かごいっぱいのリンゴを抱えていた。
「風邪にはリンゴがいいのよ。
はい、ハルカ。これ、マイトにむいてあげて。」
「ありがとうございます、レイナさん。」
ハルカは丁寧に頭を下げ、リンゴのかごを受け取った。
そのあと、皆は「早く良くなれよ」と言い残して帰っていった。
――静寂が戻る。
ハルカは椅子に座り、リンゴをひとつ手に取って皮をむき始めた。
「……みんな、いい人たちね。」
「ああ、そう思う。この世界で俺は本当にいい仲間に恵まれた。」
リンゴの甘い香りが、部屋にほんのり広がる。
少し間を置いて、ハルカは、そっと呟いた。
「みんな、マイトのことが大好きなのよ。」
「そうかなあ。」
「そうよ。でも……」
ハルカは手を止め、ゆっくりと俺の方を向いた。
その瞳が、まっすぐに俺を射抜く。
「マイトのことが、一番好きなのは――私だから。ね。」
月夜は、乙女を大胆にする。
「ハルカ……」
俺は、ハルカの手をそっと握った。
「マイト……」
二人の距離が、ほんの少し、また少しと縮まっていく。
――刹那。
ドア、バーン!!
「ハハッ! 言い忘れたことが!!」
レオが乱入。
「いいかげんに、しろーー!!」
俺の叫びは、夜の街に響き渡った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる