SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~

しばたろう

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エピローグ 収穫祭

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 今年も、収穫祭の季節がやってきた。
 街は朝からどこか浮き立っていて、屋台の香りが風に乗って流れてくる。

 広場では、毎年恒例――冒険者すもう大会が開催される。
 私は今年も解説者として、ギルド長の隣に座ることになった。

「いやぁ、今年も人が多いな!」とギルド長は陽気に笑っている。

 私はそれに軽く微笑んで返しつつ、ふと思い出した。

 ――この大会の始まりは、
 “私へのデートの誘いの権利”をめぐる争奪戦だった、ということを。

 今思えば、呆れてものも言えない理由だ。
 けれど、そのおかげで街に毎年の名物が生まれたのだから、
 世の中、何がどう転ぶかは分からない。

 土俵から、大きなどよめきが上がる。
 ギルド最強と名高いパーティの某戦士が、今年も快進撃を見せているようだ。

「さっきの出足払いは、タイミングが絶妙でしたね」

 そう解説しながら、胸のどこかが静かに疼く。

 この場に――
 戦士のように戦う、変わり者の僧侶はもう、いない。
 あの最強戦士に対して互角の取り組みを見せた、無鉄砲な戦士もいない。
 妹のように可愛らしかったあの子も、
 その子がいつも追いかけていた不器用な魔法使いも、もういない。
 そして――

 相撲がとても弱かったくせに、
 不思議な魔道具で、私たちを助けてくれたあのレンジャーも。

 ……誰一人、もうこの世界には、いない。

 大会の歓声を聞きながら、私はそっと目を伏せる。
 ときおり彼らのことを思い返す。
 思い返すたびに、胸の奥が少しだけあたたかく、そして少しだけ、さみしくなる。

 ふと、
 彼らが、私を初めての冒険に連れ出してくれた、あの日のことを、
 思い出す。
 かけがえのない思い出だ。

 もう会うことはないのだろう。
 そう思うと、胸の奥にかすかな風が吹く。

 けれど――
 “世界”は、確かに私たちに教えてくれた。

 あのレンジャー、マイトが、仲間を無事に元の世界へ連れて帰ったこと。
 そして彼らが、元の場所で元気に暮らしていること。

 本当に、良かったと思う。

 ――ただ。

 願わくば。
 また、どこかで、会うことができたら。


 相撲の勝敗を知らせる鐘が鳴り、土俵に歓声が響いた。
 私は顔を上げ、解説席へと意識を戻す。

 今年の収穫祭も、きっと賑やかになるだろう。
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