SE転職。~妹よ。兄さん、しばらく、出張先(異世界)から帰れそうにない~

しばたろう

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最終話 やっと、見つけた

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あの日から、それぞれの時間が動き始めた。



 ルナ――橘 月は、美香(ミカ)を迎えに行った。

 目を覚ました美香は、以前よりもずっと大人びた表情をしており、
 家族はその変化に思わず息をのんだという。
 反抗期まっただ中で、いつも両親とぶつかっていた少女が、
 その日には、まっすぐに感謝の言葉を伝えたのだ。

 まるで――長い時間をどこかで生き、経験を積んできたかのように。
 
 そして、ルナが病室に姿を見せたとき――
 「もう会えないかもって、思ってた。」
 と、涙をあふれさせたという。

 涙がおさまる頃には、
 ミカの周りには少しずつ穏やかな日常が戻っていった。

 季節がひとつ巡る間に、ミカは高校を卒業し、この街へ移り住んだ。
 今ではルナのアパートで、笑い声の絶えない毎日を送っている。 



 リオン――久遠莉温。
 彼はサオリ……こちらの世界では「華(ハナ)」を迎えに行った。

 十数年ぶりに目を覚ました華(ハナ)は、
 泣きながらすがりつく家族を前に、
 ただしばらくの間、ぼんやりと天井を見つめていたという。

 やがて、現実が少しずつ輪郭を取り戻していくように、
 華はゆっくりと視線を家族へ向け、静かに口を開いた。
 
「そうか。私は……夢を見ていたのか。――長い夢だった。
 父さん、母さん、あなたたちのことは、おぼろげだが覚えている。
 長い間、心配をかけたようだ。すまなかった。」

 その口から出たのは、
 六歳の少女ではあり得ない、落ち着いた大人の言葉。

 家族は戸惑うしかなかった。
 
 もっとも――現実世界の知識は、当然ながらほとんどゼロである。

「ちょっと!病室で素振りをしては、いけません!!」

 看護師さんにしょっちゅう叱られたという。

 ◇

 家族をさらに戸惑わせたのは、リオンが病室を訪れた時だった。
 リオンが病室に姿を現した瞬間、
 華の顔がぱっと花開くように明るくなる。

 ふたりは、初対面のはずなのに――
 自然と手を取り合い、冗談を交わし、
 ずっと昔から知っていたかのように寄り添った。

 その光景は、まるで“記憶の残り香”が導き合わせたようだった。

 家族は混乱したが、やがて理解した。
 このふたりは、どこか別の場所で、
 確かに心を通わせていたのだと。

 そして今――
 こちらの世界で改めて結婚式を挙げ、
 ふたりは静かに寄り添うように幸せを育んでいる。 
 


 そして――

 キララは、相変わらず朝倉麻衣子先生のところへ“棲みこんで”いる。

「今は居候だけど、就職したらルームシェアするの。
 だって家賃もったいないし!」

 そう言うキララに朝倉先生は肩をすくめ、

「それまでに私、結婚して出ていくかもよ?」

「えっ!? 麻衣子さん、彼氏できたの!?」

「ふふっ、秘密。」

 ふたりの軽妙な掛け合いを見ていると、
 ギルドでのレイナさんとミカのやり取りを思い出し、
 胸の奥に懐かしさが灯る。

 そして――葵くん。
 彼は相変わらず、キララのそばにいてくれていた。
 研究でも生活でも、さりげなく支えてくれる、とても誠実な青年だ。

「末永く面倒を見てもらいたいものだな。」

 と俺が言うと、キララはすぐに口をとがらせた。

「もう! 大人ってすぐそういうこと言うんだから!」

 そう言いつつ、まんざらでもなさそうに笑う。
 ふたりの距離は、俺たちの長い眠りの時間にも似て、
 ゆっくりと――けれど確実に近づいていっている。



 そして俺たち4人――
 山中真翔(マイト)、
 神谷獅子(レオ)、
 久遠莉温(リオン)、
 橘月(ルナ)。

 自然な流れで一つの答えに行き着いた。

「……なぁ、俺たち、こっちでも同じパーティでよくないか?」

「だな。結局それが一番強い気がするわ」

 話し合うまでもなく、全員の意見が揃った。

 そして、俺たちは4人で起業した。

 事業内容は、
 脳科学や意識研究の分野で必要とされるシステム開発――
 まさに、俺たちと深く関わった世界そのものだ。

 エンジニア:俺とリオン。
 営業:レオ。
 経営・財務:ルナ。

 まるであの世界の役割をそのまま持ち込んだような布陣だ。
 
 会社の名前は、
 英雄アレクスの精神と理念を現実世界でも受け継ぎたい――
 そんな思いを込めて、
 「アレクス・メディカル・アナリティクス株式会社
 (ALEX MEDICAL ANALYTICS)」
 と名づけることにした。

 朝倉先生は、複数の研究室を紹介してくれ、
 立ち上げ時は文字通り命綱のような存在だった。

「君たちなら絶対にうまくいくわよ」

 その言葉に、どれほど支えられたか分からない。



 そして、1年が過ぎた。

 起業は激務だったが、
 ブラック企業のSE時代とは比べものにならないほど楽しかった。
 あの世界のように、
 仲間と一緒に“クエスト”を一つずつクリアしていく日々。

 しかし――ふとした瞬間、
 あの世界で見たハルカの笑顔を思い出すことがあった。

 俺は仕事の合間を縫っては全国の病院を飛び回り、
 ハルカの手がかりを探し続けた。

 だが――見つからなかった。
 
(……どこにいるんだ、ハルカ)

 胸がきゅっと締めつけられる。



 そんなある日のことだった。

 小さな俺たちの事務所の呼び鈴が鳴った。

「はいはーい」

 俺は椅子から立ち上がり、
 普段通りに玄関へ向かった。

 ドアノブを回し、扉を開ける。

 ――その瞬間。

 時間が止まった。

 そこに立っていたのは、
 忘れるはずもない、あの微笑み。

「……」

 声が出ない。

 夢でも見ているのか。

 彼女は、俺をまっすぐ見つめて言った。

「やっと……見つけた」

 その言葉は、
 どんな呪文よりも強く、
 胸に響いた。
 
 目の前の彼女は、
 あの世界で見た姿より少し背が伸び、
 少し大人びて、
 けれど、まっすぐな瞳だけは何も変わらなかった。

 呼吸を整える余裕なんてなかった。

「……ハルカ……?」

 自分の声が、驚くほどかすれていた。

 ハルカは小さく笑い、
 その笑みは、あの世界で見せてくれた表情と同じだった。

「うん。私だよ」

 その瞬間だった。

 ハルカは一歩、ゆっくりと近づいてきて――
 俺の胸に、そっと額を預けた。

 その動作があまりに自然で、
 体温が触れた瞬間、
 俺の中で張りつめていた何かが一気に崩れた。

「……どこに、いたんだよ……」

 気づけば、両腕が彼女の肩を抱き寄せていた。
 強く、でも壊してしまわないように、慎重に。

 ハルカは小さく震えていた。
 怒っているのでも、悲しんでいるのでもなく――
 “たどりついた安堵”そのものの震えだった。
 
 俺の胸に額を預けたまま、ハルカはゆっくりと言葉を紡いだ。

「……わたし、カナダにいたの」

「カナダ……?」

 思わず聞き返す。
 
 ハルカは小さく頷いた。

「うん。そこで倒れて、そのまま……ずっと眠ってたの」

 胸が締めつけられる。

「日本で開発された《オーロラパルス》……」

ハルカは少し震える声で続けた。

「海外にもすぐ伝わって……カナダにも届いたの。
 それで、目を覚ますことができたの」

 俺は息を飲んだ。

 ――届いていたんだ。
 俺たちの作った光が、海の向こうの彼女にも。

「でも、目覚めても……すぐに日本に帰ってくることはできなくて。
 手続きとか、治療とか……いっぱい時間がかかったの」

「……そうだったのか」

「うん。それで……帰国してから、あなたを探したの。
 どこにいるのかも分からなくて……
 でも、ある日ね、ネットであなたたちの会社のことを知って」

 そこで、ふっと柔らかい笑みを浮かべる。

「“アレクス”って名前を見た瞬間、分かったの。
 ――あ、これはきっと、あなたたちだって。」
  
 その笑顔は、あの世界で見た笑顔と
 少しも変わっていなかった。

 胸の奥が、ゆっくり温かくなる。
 あの日々が、この瞬間につながっていたのだと分かって。

 そんな二人を――

 レオが、
 リオンが、
 ルナが、

 後ろから、そっと見守っていた。

 まるで、長い旅路の終わりを静かに祝福するように。
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