悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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03 祝宴にて

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 夜。

 私――エリシア・フォン・アウレリアと、
 魔王ヴァルディス・レグナールの婚約を祝う宴が、
 魔王城の大広間で、静かに、しかし盛大に催されていた。

 天井は高く、黒曜石の柱が並ぶ広間は、
 数え切れぬ魔法灯に照らされ、柔らかな光に満ちている。

 上座には、ヴァルディスと私が並んで座り、
 その両隣を、参謀のセリスと護衛長のグラドが固めていた。

 視線を下ろせば、
 広間は多くの魔族たちで埋め尽くされている。
 
 やがて、ヴァルディスが静かに立ち上がった。

 大きな動作ではない。
 それでも、その場にいた全員が、自然と息を潜める。

「今宵は――」

 低く、落ち着いた声が、広間に響いた。

「私と、このエリシア王女の婚約を祝う宴だ」

 隣に座る私へ、ちらりと視線が向けられる。

「彼女は、恐怖に屈してこの城にいるのではない。
 自らの意思で、ここに座っている」

 魔族たちの間に、静かなざわめきが走る。

「私は、いずれ、この姫を伴侶として迎える」

 ヴァルディスは、杯を手に取った。

「――我ら二人の婚約に」

 一瞬の間。

「そして、新たな縁に」

 その言葉に応えるように、
 広間のあちこちで杯が掲げられる。

「乾杯」

 次の瞬間、
 無数の杯が触れ合い、澄んだ音が重なった。

 ざわめきはあるが、無礼な喧騒ではない。
 どこか、節度と緊張を含んだ祝宴だった。

 長い卓には、所狭しと料理が並ぶ。

 焼き色の美しい肉料理。
 香草の効いた煮込み。
 色鮮やかな果実や、艶のあるパン。

 そして、惜しげもなく注がれる酒。

 ……ただし。

 私の前に置かれているのは、
 透き通ったオレンジ色の飲み物だった。

 ――オレンジジュース。

(そうよね)

 この身体は、まだ十四歳。
 いくら前世の記憶があろうと、飲酒は許されない。

 前世の私は、酒が好きだった。
 晩酌も、祝い酒も、嫌いではなかった。

(この世界でも、早く成人したいものだわ)

 そんなことを考えながら、
 私はオレンジ色の液体を、そっと口に含んだ。

 甘くて、酸味が心地よい。

 ふと、広間を見渡す。

 豪奢《ごうしゃ》ではあるが、
 どこか落ち着いた雰囲気だ。

 暗く、威圧的で、
 おどろおどろしい――
 そうした「魔王城らしさ」は、ここにはない。

(……もう、私向けの演出はやめたのね)

 昼間の謁見の間とは、まるで別の場所のようだった。

 それに――

(料理も、お酒も……)

 人間界のそれと、変わらない。

 正直、
 魔族という存在から、私はもっと――
 身の毛のよだつような食文化を想像していた。

 だが、目の前にあるのは、
 人間の王都の宴席と、ほとんど同じものだ。

 思わず、率直な感想が口をついて出た。

「……魔族も、
 人間と同じものを召し上がるのですね」

 ヴァルディスは、グラスを置き、
 こちらを見て微笑んだ。

「ああ。
 魔力の差はあれど、身体の構造は人間と大差ない」

 当然のことのように言う。

「味覚も、嗜好もな。
 食を楽しむ気持ちは、どちらも同じだ」

 なるほど。

 そう言われてみれば、
 広間の魔族たちも、皆、普通に食事を楽しんでいる。

 角が生えている者は多いが、
 顔立ちや体つきは、人間とほとんど変わらない。

(……見た目だけで、ずいぶん誤解していたわね)

 前世の私も、
 きっと同じ偏見を持っていた側だった。

 さらに、気になっていたことを口にする。

「では……
 人間界に出没する魔獣は?」

 ヴァルディスは、少しだけ表情を引き締めた。

「あれは、我々魔族が操っているわけではない」

 はっきりと断言する。

「魔獣は、もともとこの世界に生息している存在だ。
 魔族とは、別の生き物だ」

 グラドが、低く補足する。

「……よく、人間は混同する」

 ヴァルディスが頷いた。

「確かに、
 魔族が魔獣を使役したり、
 戦の道具として利用することはある」

 だが、と続ける。

「我々が滅びたとしても、
 魔獣がいなくなることはない」

 淡々とした口調だった。

「むしろ、管理する者を失い、
 より手に負えなくなるだろうな」

 私は、静かに息を吐いた。

(……なるほど)

 人間が恐れている「魔族の脅威」と、
 実際の世界の構造には、
 大きな隔たりがある。

 知らないから、恐れる。
 分けて考えないから、憎む。

 前世で、
 何度も目にしてきた構図だ。


 
「ところで……魔王ヴァルディス」

 そう呼びかけた瞬間、彼は小さく手を上げた。

「おっと、我が姫。
 我々はいずれ伴侶となるのだ。そんな仰々しい呼び方は、やめてくれまいか」

 ……それも、そうね。

 どうにも彼は、
 前世の感覚では、年下の――少し可愛げのある青年に見えてしまう。

「では……ヴァルディス」

「うむ。いい響きだ」

 満足そうに頷き、こちらを見る。

「それで、なんだ。エリシア?」

「人間の私が、あなたの妻になることについて……
 反対する人はいないの?」

 ヴァルディスは、少し考える素振りを見せてから答えた。

「そうだな。
 まず、我ら魔族には、人間のような権力争いというものがない」

 淡々と、事実を述べる口調。

「そもそも、魔族は権力そのものに、あまり執着しない。
 だから、反対するかどうか、という発想自体が薄いのだ」

 そして、肩をすくめる。

「魔王が誰と結婚しようが、構わない――
 それが、我らの感覚だな」

「なるほど……」

 私は、素直に頷いた。

「そういうところは、人間とは大きく違うのですね。
 でも……私は、そちらの方がすっきりしていて好きです」

「はは」

 ヴァルディスは、楽しそうに笑った。

「エリシアは、本当に面白い。
 それに――さとい」

 少しだけ、目を細めて続ける。

「なぜ、今まで猫をかぶっていたのやら」
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