悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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15 分岐する運命

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 すでに、眠りの森の幹線道路は完成していた。

 今やこの道は、
 アウレリアの中央と、南の穀倉地帯――サウスヴェル地域を結ぶ、
 物流と兵站の主要動脈となっている。

 森の出入り口から都市へと続く道々には、
 いつの間にか宿場町が生まれ、
 馬車宿、倉庫、飲食店と、
 副次的な商業が次々と立ち上がっていた。

 人が集まれば、金が動く。
 金が動けば、街が育つ。

 眠りの森は、もはや「忌避すべき境界」ではない。
 人と物とを循環させる、王国の要衝となっていた。

 一方で――
 かつて南部と都市部を結んでいた旧来の迂回路は、
 見る影もなく通行量を失っていく。

 その道沿いで商いを営んでいた者たちは、
 店を畳み、別の土地へと移るか、
 あるいは、静かに姿を消した。

 繁栄は、平等ではない。

 だが、もはや誰もが理解していた。
 アウレリアにとって、
 眠りの森の幹線道路は、
 生活と国力を潤す、なくてはならぬ存在なのだと。



 ある午後のこと。

 ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
 私とヴァルディスが、
 セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 穏やかな談笑を交わしていた。

 窓の外からは、

「えいーーっ!」

 カエデが、グラドに稽古をつけてもらっているらしい掛け声が、
 風に乗って微かに届いてくる。

 平和な時間だった。

 ――だが。

 その空気を切り裂くように、
 一通の報せが、魔王城よりもたらされた。

 通知を読み終えたヴァルディスの顔から、
 ふっと笑みが消える。

「……勇者が、まもなく“最果ての塔”に到着するそうだ」
「予想より、早かったな」

 その言葉に、
 セリスがびくりと肩を震わせた。

 私は、紅茶を置き、軽く首を傾げる。

「勇者も、相当頑張ったのでしょうね」
「……愛の力、でしょうか」

 ちらりと、セリスの方を見る。

 彼女は、ティーポットを手にしたまま、
 ぴたりと動きを止めていた。

 私とヴァルディスのやり取りを、
 固唾を飲んで見守っている――
 そんな様子だ。

「では」

 私は、静かに言った。

「次の“策”を、準備しましょう」

「ふむ」

 ヴァルディスは、愉快そうに口元を緩める。

「エリシアの策は、毎回、実に楽しみだ」

「まずは――」

 私は、セリスに視線を向けた。

「セリス卿には、前回同様“神官セリス”に扮していただきます」
「最果ての塔、最上階の玉座の間で、王座に座っていてください」

「……それだけ、ですか?」

 セリスは、恐る恐る、といった調子で問い返す。

「ええ。それだけで結構です」

 私は、淡々と続けた。

「そして、玉座の前には、転移魔法の魔法陣を描いておきます」
「――あの勇者のことです」
「神官セリスを見つけた瞬間、周囲など目に入らず、駆け寄るでしょう」

 私は、小さく笑う。

「そして、神官セリスに気を取られたまま、魔法陣を踏む」

「なるほど!」

 ヴァルディスが、手を打つ。

「またしても、勇者をどこかへ飛ばしてしまう、というわけだな!」

「ええ」

 私は、頷いた。

「ですが、今度は――
 スタート地点へ戻す、などという生ぬるいことはしません」

 静かな声で、言い切る。

「この世界の“果て”へ飛ばします」
「戻ってくるのに……十年は、かかるでしょう」

「それはよい!」

 ヴァルディスは、心底楽しそうに笑った。

「では、セリス。今回も頼むぞ!」

 ――いつもなら。

「また、お二人そろって、悪い顔して!」

 そんな軽口が飛んできても、おかしくない。

 だが。

 今回のセリスは、違った。

 言葉少なに、
 静かに頷くだけ。

「……承知しました」
「必ず、成し遂げます」

 その表情は、どこか思いつめたようで、
 いつもの余裕は、そこになかった。
 


 ――俺は、勇者クラウス。

 祖国アウレリアの期待と重圧を、その身に背負う男だ。

 今、俺は最果ての塔へと向かっている。
 目的は、ただ一つ。

 俺の最愛の人――
 セリスを、必ず救い出すこと。

 ここまで、駆けに駆けてきた。
 休むことなく、迷うことなく。

 もうすぐだ。
 まもなく、たどり着く。

(待っていてくれ、セリス)
(必ず、俺が君を助ける)



 最果ての塔は、想像以上に静かだった。

 なにもない高台に、ぽつんと建つ古びた塔。
 風にさらされ、時に忘れ去られたような、寂しげな姿。

(こんな場所に……)

 ここで、セリスは、たった一人囚われていたのか。

 そう思った瞬間、胸の奥が締めつけられた。
 怒りと悲しみが、入り混じる。

 俺は、躊躇なく塔へ駆け込んだ。

 階段を一気に駆け上がる。
 途中、魔族の襲撃を覚悟していたが――
 何事もない。

(どういうことだ……?)

 だが、立ち止まる理由はない。

 最上階。
 中央の部屋へと続く扉の前に立つ。

 ぎぃ……と、古びた音を立てて扉が開く。

 玉座の間だろう。
 部屋の中央には、王座が据えられていて――

 そこに、彼女がいた。

 玉座に座り、こちらを見つめている。
 その表情は、どこか悲しげで――
 それでも、間違いなく、セリスだった。

「セリス!」

 名を呼ぶ。
 俺は、迷いなく駆け寄ろうとした。

 その瞬間――

「来ないで!!」

 思いもよらぬ叫びに、俺は思わず足を止めた。

「……え?」

「セリス?」

 彼女は、必死な表情で叫ぶ。

「そこに、魔法陣があります!」
「転移魔法です。罠です!」

 言われて、足元を見る。

 よく見なければ気づかないほど薄く、
 床に魔法陣が描かれていた。

(……危なかった)

「ありがとう、セリス」
「だが……いったい、どういう状況なんだ?」

 問いかける俺に、
 セリスは――泣いていた。

 そして、震える声で言う。

「ごめんなさい……」
「私は……あなたを、だましていました」

 その瞬間だった。

 セリスの身体が、淡く青い光に包まれる。
 光が消えたとき――

 彼女の頭には、角が生えていた。

 理解が、追いつかない。

 セリスは、涙を流しながら続ける。

「私は、神官ではありません」
「本当は……魔王軍参謀、セリス・ノクティア」

 胸の奥が、冷たくなる。

「すべては……あなたを、魔王様から遠ざけるための演技でした」

 その言葉の意味を、
 理解するのに、数秒かかった。

「あなたは……善良な人です」
「これ以上、あなたをだますことは……私には、できません」

 不思議なことに、怒りは湧かなかった。

 心を満たしたのは――
 ただ、深い悲しみだった。

「私は、魔王様の命令を破ってしまいました」
「もう……許されることはないでしょう」

 セリスは、微笑もうとして、うまくできずに続ける。

「たとえ、許されたとしても……
 魔王城にたどり着いたあなたに、私は殺される」

「だから……ここで、お別れです」

 胸が、痛む。

「これからも、魔王様は……あなたを罠にかけるでしょう」
「どうか……気をつけて」

 そして、最後に。

「あなたと過ごした時間……とても、楽しかった」

 そう言い残し、
 セリスは部屋の奥へと駆け出した。

「待ってくれ、セリス!」

 俺は、慌てて後を追う。

 次の部屋に飛び込んだ瞬間、
 目に入ったのは――魔法陣の上に立つセリスの姿。

「やめろ! セリス!」

 だが、彼女は振り返り、
 こちらを見て、寂しそうに微笑んだ。

 そして――

 瞬間。
 セリスは、魔法陣と共に消えた。

「……くそっ!」

 拳を握りしめる。

「おのれ……魔王!」

 そのとき、俺は初めて――
 魔王に対して、はっきりとした怒りを覚えた。

「待っていろ……魔王!」



 魔王城。

 転移魔法の光が消えたその場に、
 セリスは崩れ落ちるように立っていた。

 肩が、小刻みに震えている。

 ――泣いていた。

「申し訳……ございません……」

 声はかすれ、言葉は途切れがちだった。

「作戦を……台無しにしてしまいました……」
「どのような罰でも……受ける覚悟です……」

 深く、頭を垂れる。

 その姿を前に、
 私とヴァルディスは、無言で顔を見合わせた。

 そして――
 私が、静かに口を開く。

「……謝るべきは、私のほうです。セリス卿」

 セリスの肩が、びくりと揺れた。

「今回のあなたの行動――
 私は、想定していました」

「……え?」

 セリスが、戸惑ったように顔を上げる。

「あなたが、勇者に真実を告げること」
「命令よりも、自分の心を選ぶこと」

 私は、視線を逸らさずに続けた。

「それを予測したうえで――
 私は、何も告げませんでした」

 沈黙が落ちる。

「それもすべて……
 あなたの飾らない本心を、勇者にぶつけてもらうため」

 セリスの目が、見開かれる。

「そして――
 魔族としてのあなたを、勇者に“信用”してもらうため」

 私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「どうやら……その思惑は、成功しました」
「勇者は、あなたの正体を知った今でも――
 あなたを、愛しています」

 その一言が、
 セリスの胸を撃ち抜いた。

 唇が震え、
 声にならない息が漏れる。

「……方針を、転換します」

 私は、はっきりと告げた。

「これまでのように、勇者を“遠ざける”のではない」
「これからは――勇者を、こちらへ取り込む」

 セリスは、ただ呆然と私を見ている。

「そのための第一歩として……
 あなたの“真心”を利用しました」

 一瞬、言葉を切る。

「……ごめんなさい」

 私は、正面から頭を下げた。

「すべては、魔王様を守るため――
 などという、きれいな言い訳はしません」

「あなたを、傷つけると分かったうえで、
 私はこの策を選びました」

 隣で、ヴァルディスが苦々しく口を開く。

「……俺もだ」
「許してくれ、セリス」

 バツの悪そうな顔で、
 それでも、逃げずに言い切る。

 セリスは、しばらく言葉を失っていた。

 やがて――
 かすれた声が、漏れる。

「……あなたたちは……本当に……」

 そこまで言って、
 言葉は続かなかった。

 次の瞬間、
 堰を切ったように、涙が溢れ出す。

 声を殺そうともせず、
 子どものように、ただ泣いた。

 怒りでもなく、
 恐怖でもなく――
 張りつめていたものが、すべて崩れ落ちた泣き方だった。
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