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15 分岐する運命
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すでに、眠りの森の幹線道路は完成していた。
今やこの道は、
アウレリアの中央と、南の穀倉地帯――サウスヴェル地域を結ぶ、
物流と兵站の主要動脈となっている。
森の出入り口から都市へと続く道々には、
いつの間にか宿場町が生まれ、
馬車宿、倉庫、飲食店と、
副次的な商業が次々と立ち上がっていた。
人が集まれば、金が動く。
金が動けば、街が育つ。
眠りの森は、もはや「忌避すべき境界」ではない。
人と物とを循環させる、王国の要衝となっていた。
一方で――
かつて南部と都市部を結んでいた旧来の迂回路は、
見る影もなく通行量を失っていく。
その道沿いで商いを営んでいた者たちは、
店を畳み、別の土地へと移るか、
あるいは、静かに姿を消した。
繁栄は、平等ではない。
だが、もはや誰もが理解していた。
アウレリアにとって、
眠りの森の幹線道路は、
生活と国力を潤す、なくてはならぬ存在なのだと。
◇
ある午後のこと。
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私とヴァルディスが、
セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
穏やかな談笑を交わしていた。
窓の外からは、
「えいーーっ!」
カエデが、グラドに稽古をつけてもらっているらしい掛け声が、
風に乗って微かに届いてくる。
平和な時間だった。
――だが。
その空気を切り裂くように、
一通の報せが、魔王城よりもたらされた。
通知を読み終えたヴァルディスの顔から、
ふっと笑みが消える。
「……勇者が、まもなく“最果ての塔”に到着するそうだ」
「予想より、早かったな」
その言葉に、
セリスがびくりと肩を震わせた。
私は、紅茶を置き、軽く首を傾げる。
「勇者も、相当頑張ったのでしょうね」
「……愛の力、でしょうか」
ちらりと、セリスの方を見る。
彼女は、ティーポットを手にしたまま、
ぴたりと動きを止めていた。
私とヴァルディスのやり取りを、
固唾を飲んで見守っている――
そんな様子だ。
「では」
私は、静かに言った。
「次の“策”を、準備しましょう」
「ふむ」
ヴァルディスは、愉快そうに口元を緩める。
「エリシアの策は、毎回、実に楽しみだ」
「まずは――」
私は、セリスに視線を向けた。
「セリス卿には、前回同様“神官セリス”に扮していただきます」
「最果ての塔、最上階の玉座の間で、王座に座っていてください」
「……それだけ、ですか?」
セリスは、恐る恐る、といった調子で問い返す。
「ええ。それだけで結構です」
私は、淡々と続けた。
「そして、玉座の前には、転移魔法の魔法陣を描いておきます」
「――あの勇者のことです」
「神官セリスを見つけた瞬間、周囲など目に入らず、駆け寄るでしょう」
私は、小さく笑う。
「そして、神官セリスに気を取られたまま、魔法陣を踏む」
「なるほど!」
ヴァルディスが、手を打つ。
「またしても、勇者をどこかへ飛ばしてしまう、というわけだな!」
「ええ」
私は、頷いた。
「ですが、今度は――
スタート地点へ戻す、などという生ぬるいことはしません」
静かな声で、言い切る。
「この世界の“果て”へ飛ばします」
「戻ってくるのに……十年は、かかるでしょう」
「それはよい!」
ヴァルディスは、心底楽しそうに笑った。
「では、セリス。今回も頼むぞ!」
――いつもなら。
「また、お二人そろって、悪い顔して!」
そんな軽口が飛んできても、おかしくない。
だが。
今回のセリスは、違った。
言葉少なに、
静かに頷くだけ。
「……承知しました」
「必ず、成し遂げます」
その表情は、どこか思いつめたようで、
いつもの余裕は、そこになかった。
◇
――俺は、勇者クラウス。
祖国アウレリアの期待と重圧を、その身に背負う男だ。
今、俺は最果ての塔へと向かっている。
目的は、ただ一つ。
俺の最愛の人――
セリスを、必ず救い出すこと。
ここまで、駆けに駆けてきた。
休むことなく、迷うことなく。
もうすぐだ。
まもなく、たどり着く。
(待っていてくれ、セリス)
(必ず、俺が君を助ける)
◇
最果ての塔は、想像以上に静かだった。
なにもない高台に、ぽつんと建つ古びた塔。
風にさらされ、時に忘れ去られたような、寂しげな姿。
(こんな場所に……)
ここで、セリスは、たった一人囚われていたのか。
そう思った瞬間、胸の奥が締めつけられた。
怒りと悲しみが、入り混じる。
俺は、躊躇なく塔へ駆け込んだ。
階段を一気に駆け上がる。
途中、魔族の襲撃を覚悟していたが――
何事もない。
(どういうことだ……?)
だが、立ち止まる理由はない。
最上階。
中央の部屋へと続く扉の前に立つ。
ぎぃ……と、古びた音を立てて扉が開く。
玉座の間だろう。
部屋の中央には、王座が据えられていて――
そこに、彼女がいた。
玉座に座り、こちらを見つめている。
その表情は、どこか悲しげで――
それでも、間違いなく、セリスだった。
「セリス!」
名を呼ぶ。
俺は、迷いなく駆け寄ろうとした。
その瞬間――
「来ないで!!」
思いもよらぬ叫びに、俺は思わず足を止めた。
「……え?」
「セリス?」
彼女は、必死な表情で叫ぶ。
「そこに、魔法陣があります!」
「転移魔法です。罠です!」
言われて、足元を見る。
よく見なければ気づかないほど薄く、
床に魔法陣が描かれていた。
(……危なかった)
「ありがとう、セリス」
「だが……いったい、どういう状況なんだ?」
問いかける俺に、
セリスは――泣いていた。
そして、震える声で言う。
「ごめんなさい……」
「私は……あなたを、だましていました」
その瞬間だった。
セリスの身体が、淡く青い光に包まれる。
光が消えたとき――
彼女の頭には、角が生えていた。
理解が、追いつかない。
セリスは、涙を流しながら続ける。
「私は、神官ではありません」
「本当は……魔王軍参謀、セリス・ノクティア」
胸の奥が、冷たくなる。
「すべては……あなたを、魔王様から遠ざけるための演技でした」
その言葉の意味を、
理解するのに、数秒かかった。
「あなたは……善良な人です」
「これ以上、あなたをだますことは……私には、できません」
不思議なことに、怒りは湧かなかった。
心を満たしたのは――
ただ、深い悲しみだった。
「私は、魔王様の命令を破ってしまいました」
「もう……許されることはないでしょう」
セリスは、微笑もうとして、うまくできずに続ける。
「たとえ、許されたとしても……
魔王城にたどり着いたあなたに、私は殺される」
「だから……ここで、お別れです」
胸が、痛む。
「これからも、魔王様は……あなたを罠にかけるでしょう」
「どうか……気をつけて」
そして、最後に。
「あなたと過ごした時間……とても、楽しかった」
そう言い残し、
セリスは部屋の奥へと駆け出した。
「待ってくれ、セリス!」
俺は、慌てて後を追う。
次の部屋に飛び込んだ瞬間、
目に入ったのは――魔法陣の上に立つセリスの姿。
「やめろ! セリス!」
だが、彼女は振り返り、
こちらを見て、寂しそうに微笑んだ。
そして――
瞬間。
セリスは、魔法陣と共に消えた。
「……くそっ!」
拳を握りしめる。
「おのれ……魔王!」
そのとき、俺は初めて――
魔王に対して、はっきりとした怒りを覚えた。
「待っていろ……魔王!」
◇
魔王城。
転移魔法の光が消えたその場に、
セリスは崩れ落ちるように立っていた。
肩が、小刻みに震えている。
――泣いていた。
「申し訳……ございません……」
声はかすれ、言葉は途切れがちだった。
「作戦を……台無しにしてしまいました……」
「どのような罰でも……受ける覚悟です……」
深く、頭を垂れる。
その姿を前に、
私とヴァルディスは、無言で顔を見合わせた。
そして――
私が、静かに口を開く。
「……謝るべきは、私のほうです。セリス卿」
セリスの肩が、びくりと揺れた。
「今回のあなたの行動――
私は、想定していました」
「……え?」
セリスが、戸惑ったように顔を上げる。
「あなたが、勇者に真実を告げること」
「命令よりも、自分の心を選ぶこと」
私は、視線を逸らさずに続けた。
「それを予測したうえで――
私は、何も告げませんでした」
沈黙が落ちる。
「それもすべて……
あなたの飾らない本心を、勇者にぶつけてもらうため」
セリスの目が、見開かれる。
「そして――
魔族としてのあなたを、勇者に“信用”してもらうため」
私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「どうやら……その思惑は、成功しました」
「勇者は、あなたの正体を知った今でも――
あなたを、愛しています」
その一言が、
セリスの胸を撃ち抜いた。
唇が震え、
声にならない息が漏れる。
「……方針を、転換します」
私は、はっきりと告げた。
「これまでのように、勇者を“遠ざける”のではない」
「これからは――勇者を、こちらへ取り込む」
セリスは、ただ呆然と私を見ている。
「そのための第一歩として……
あなたの“真心”を利用しました」
一瞬、言葉を切る。
「……ごめんなさい」
私は、正面から頭を下げた。
「すべては、魔王様を守るため――
などという、きれいな言い訳はしません」
「あなたを、傷つけると分かったうえで、
私はこの策を選びました」
隣で、ヴァルディスが苦々しく口を開く。
「……俺もだ」
「許してくれ、セリス」
バツの悪そうな顔で、
それでも、逃げずに言い切る。
セリスは、しばらく言葉を失っていた。
やがて――
かすれた声が、漏れる。
「……あなたたちは……本当に……」
そこまで言って、
言葉は続かなかった。
次の瞬間、
堰を切ったように、涙が溢れ出す。
声を殺そうともせず、
子どものように、ただ泣いた。
怒りでもなく、
恐怖でもなく――
張りつめていたものが、すべて崩れ落ちた泣き方だった。
今やこの道は、
アウレリアの中央と、南の穀倉地帯――サウスヴェル地域を結ぶ、
物流と兵站の主要動脈となっている。
森の出入り口から都市へと続く道々には、
いつの間にか宿場町が生まれ、
馬車宿、倉庫、飲食店と、
副次的な商業が次々と立ち上がっていた。
人が集まれば、金が動く。
金が動けば、街が育つ。
眠りの森は、もはや「忌避すべき境界」ではない。
人と物とを循環させる、王国の要衝となっていた。
一方で――
かつて南部と都市部を結んでいた旧来の迂回路は、
見る影もなく通行量を失っていく。
その道沿いで商いを営んでいた者たちは、
店を畳み、別の土地へと移るか、
あるいは、静かに姿を消した。
繁栄は、平等ではない。
だが、もはや誰もが理解していた。
アウレリアにとって、
眠りの森の幹線道路は、
生活と国力を潤す、なくてはならぬ存在なのだと。
◇
ある午後のこと。
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私とヴァルディスが、
セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
穏やかな談笑を交わしていた。
窓の外からは、
「えいーーっ!」
カエデが、グラドに稽古をつけてもらっているらしい掛け声が、
風に乗って微かに届いてくる。
平和な時間だった。
――だが。
その空気を切り裂くように、
一通の報せが、魔王城よりもたらされた。
通知を読み終えたヴァルディスの顔から、
ふっと笑みが消える。
「……勇者が、まもなく“最果ての塔”に到着するそうだ」
「予想より、早かったな」
その言葉に、
セリスがびくりと肩を震わせた。
私は、紅茶を置き、軽く首を傾げる。
「勇者も、相当頑張ったのでしょうね」
「……愛の力、でしょうか」
ちらりと、セリスの方を見る。
彼女は、ティーポットを手にしたまま、
ぴたりと動きを止めていた。
私とヴァルディスのやり取りを、
固唾を飲んで見守っている――
そんな様子だ。
「では」
私は、静かに言った。
「次の“策”を、準備しましょう」
「ふむ」
ヴァルディスは、愉快そうに口元を緩める。
「エリシアの策は、毎回、実に楽しみだ」
「まずは――」
私は、セリスに視線を向けた。
「セリス卿には、前回同様“神官セリス”に扮していただきます」
「最果ての塔、最上階の玉座の間で、王座に座っていてください」
「……それだけ、ですか?」
セリスは、恐る恐る、といった調子で問い返す。
「ええ。それだけで結構です」
私は、淡々と続けた。
「そして、玉座の前には、転移魔法の魔法陣を描いておきます」
「――あの勇者のことです」
「神官セリスを見つけた瞬間、周囲など目に入らず、駆け寄るでしょう」
私は、小さく笑う。
「そして、神官セリスに気を取られたまま、魔法陣を踏む」
「なるほど!」
ヴァルディスが、手を打つ。
「またしても、勇者をどこかへ飛ばしてしまう、というわけだな!」
「ええ」
私は、頷いた。
「ですが、今度は――
スタート地点へ戻す、などという生ぬるいことはしません」
静かな声で、言い切る。
「この世界の“果て”へ飛ばします」
「戻ってくるのに……十年は、かかるでしょう」
「それはよい!」
ヴァルディスは、心底楽しそうに笑った。
「では、セリス。今回も頼むぞ!」
――いつもなら。
「また、お二人そろって、悪い顔して!」
そんな軽口が飛んできても、おかしくない。
だが。
今回のセリスは、違った。
言葉少なに、
静かに頷くだけ。
「……承知しました」
「必ず、成し遂げます」
その表情は、どこか思いつめたようで、
いつもの余裕は、そこになかった。
◇
――俺は、勇者クラウス。
祖国アウレリアの期待と重圧を、その身に背負う男だ。
今、俺は最果ての塔へと向かっている。
目的は、ただ一つ。
俺の最愛の人――
セリスを、必ず救い出すこと。
ここまで、駆けに駆けてきた。
休むことなく、迷うことなく。
もうすぐだ。
まもなく、たどり着く。
(待っていてくれ、セリス)
(必ず、俺が君を助ける)
◇
最果ての塔は、想像以上に静かだった。
なにもない高台に、ぽつんと建つ古びた塔。
風にさらされ、時に忘れ去られたような、寂しげな姿。
(こんな場所に……)
ここで、セリスは、たった一人囚われていたのか。
そう思った瞬間、胸の奥が締めつけられた。
怒りと悲しみが、入り混じる。
俺は、躊躇なく塔へ駆け込んだ。
階段を一気に駆け上がる。
途中、魔族の襲撃を覚悟していたが――
何事もない。
(どういうことだ……?)
だが、立ち止まる理由はない。
最上階。
中央の部屋へと続く扉の前に立つ。
ぎぃ……と、古びた音を立てて扉が開く。
玉座の間だろう。
部屋の中央には、王座が据えられていて――
そこに、彼女がいた。
玉座に座り、こちらを見つめている。
その表情は、どこか悲しげで――
それでも、間違いなく、セリスだった。
「セリス!」
名を呼ぶ。
俺は、迷いなく駆け寄ろうとした。
その瞬間――
「来ないで!!」
思いもよらぬ叫びに、俺は思わず足を止めた。
「……え?」
「セリス?」
彼女は、必死な表情で叫ぶ。
「そこに、魔法陣があります!」
「転移魔法です。罠です!」
言われて、足元を見る。
よく見なければ気づかないほど薄く、
床に魔法陣が描かれていた。
(……危なかった)
「ありがとう、セリス」
「だが……いったい、どういう状況なんだ?」
問いかける俺に、
セリスは――泣いていた。
そして、震える声で言う。
「ごめんなさい……」
「私は……あなたを、だましていました」
その瞬間だった。
セリスの身体が、淡く青い光に包まれる。
光が消えたとき――
彼女の頭には、角が生えていた。
理解が、追いつかない。
セリスは、涙を流しながら続ける。
「私は、神官ではありません」
「本当は……魔王軍参謀、セリス・ノクティア」
胸の奥が、冷たくなる。
「すべては……あなたを、魔王様から遠ざけるための演技でした」
その言葉の意味を、
理解するのに、数秒かかった。
「あなたは……善良な人です」
「これ以上、あなたをだますことは……私には、できません」
不思議なことに、怒りは湧かなかった。
心を満たしたのは――
ただ、深い悲しみだった。
「私は、魔王様の命令を破ってしまいました」
「もう……許されることはないでしょう」
セリスは、微笑もうとして、うまくできずに続ける。
「たとえ、許されたとしても……
魔王城にたどり着いたあなたに、私は殺される」
「だから……ここで、お別れです」
胸が、痛む。
「これからも、魔王様は……あなたを罠にかけるでしょう」
「どうか……気をつけて」
そして、最後に。
「あなたと過ごした時間……とても、楽しかった」
そう言い残し、
セリスは部屋の奥へと駆け出した。
「待ってくれ、セリス!」
俺は、慌てて後を追う。
次の部屋に飛び込んだ瞬間、
目に入ったのは――魔法陣の上に立つセリスの姿。
「やめろ! セリス!」
だが、彼女は振り返り、
こちらを見て、寂しそうに微笑んだ。
そして――
瞬間。
セリスは、魔法陣と共に消えた。
「……くそっ!」
拳を握りしめる。
「おのれ……魔王!」
そのとき、俺は初めて――
魔王に対して、はっきりとした怒りを覚えた。
「待っていろ……魔王!」
◇
魔王城。
転移魔法の光が消えたその場に、
セリスは崩れ落ちるように立っていた。
肩が、小刻みに震えている。
――泣いていた。
「申し訳……ございません……」
声はかすれ、言葉は途切れがちだった。
「作戦を……台無しにしてしまいました……」
「どのような罰でも……受ける覚悟です……」
深く、頭を垂れる。
その姿を前に、
私とヴァルディスは、無言で顔を見合わせた。
そして――
私が、静かに口を開く。
「……謝るべきは、私のほうです。セリス卿」
セリスの肩が、びくりと揺れた。
「今回のあなたの行動――
私は、想定していました」
「……え?」
セリスが、戸惑ったように顔を上げる。
「あなたが、勇者に真実を告げること」
「命令よりも、自分の心を選ぶこと」
私は、視線を逸らさずに続けた。
「それを予測したうえで――
私は、何も告げませんでした」
沈黙が落ちる。
「それもすべて……
あなたの飾らない本心を、勇者にぶつけてもらうため」
セリスの目が、見開かれる。
「そして――
魔族としてのあなたを、勇者に“信用”してもらうため」
私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「どうやら……その思惑は、成功しました」
「勇者は、あなたの正体を知った今でも――
あなたを、愛しています」
その一言が、
セリスの胸を撃ち抜いた。
唇が震え、
声にならない息が漏れる。
「……方針を、転換します」
私は、はっきりと告げた。
「これまでのように、勇者を“遠ざける”のではない」
「これからは――勇者を、こちらへ取り込む」
セリスは、ただ呆然と私を見ている。
「そのための第一歩として……
あなたの“真心”を利用しました」
一瞬、言葉を切る。
「……ごめんなさい」
私は、正面から頭を下げた。
「すべては、魔王様を守るため――
などという、きれいな言い訳はしません」
「あなたを、傷つけると分かったうえで、
私はこの策を選びました」
隣で、ヴァルディスが苦々しく口を開く。
「……俺もだ」
「許してくれ、セリス」
バツの悪そうな顔で、
それでも、逃げずに言い切る。
セリスは、しばらく言葉を失っていた。
やがて――
かすれた声が、漏れる。
「……あなたたちは……本当に……」
そこまで言って、
言葉は続かなかった。
次の瞬間、
堰を切ったように、涙が溢れ出す。
声を殺そうともせず、
子どものように、ただ泣いた。
怒りでもなく、
恐怖でもなく――
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