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27 静かに結ばれたもの
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ある午後のこと。
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私と勇者クラウスが、
セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
これからのことを、静かに話し合っていた。
窓の外からは――
「えいーーっ!」
威勢のいい掛け声が、風に乗って微かに届いてくる。
庭では、
カエデがグラドに稽古をつけてもらっている。
先ほどまで、この席にはヴァルディスもいた。
「エリシア。
私が留守の間に、クラウスに、少し状況を説明しておいてもらえると助かる」
そう言い残し、
商人ヴァルスとしての顔に戻った彼は、
慌ただしく仕事へと出ていった。
……本当に、よく働く魔王である。
◇
私は、カップを置き、
改めてクラウスへ向き直った。
これから話すのは、
勇者としての戦い方ではない。
剣でも、魔法でもない――
もっと、厄介な話だ。
魔族と魔獣の違い。
その力関係と、生態。
なぜ魔族が眠りの森を通行できるのか。
眠りの森の幹線道路がもたらした、現実的な経済効果。
そして――
アウレリア王国が、魔族と手を組むことによって得られる未来。
私は、順を追って説明していった。
クラウスは、途中で口を挟むこともなく、
ただ黙って、真剣に耳を傾けている。
……本当に、
この青年は根がまじめだ。
◇
「……しかし、だ」
ひと通り聞き終えたあと、
クラウスは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「王女」
「いくら理屈としてはメリットがあっても……」
「魔族と“同盟”となると、
心理的に、国王は受け入れられないのではないか?」
ずいぶんと、踏み込んだ問いだった。
だが、
この数日で、彼は私に対しても
かなり気楽に話すようになっている。
それだけ、
本気で考えている証拠でもあった。
◇
「ええ。クラウス」
私は、うなずいた。
「だからこそ――
最初から『魔族と同盟』とは言いません」
クラウスが、少し目を見開く。
「時を待つ必要があります」
「それまでは、極秘裏に、経済基盤を強化していきます」
私は、紅茶を一口含み、続けた。
「まずは、経済でつながる」
「いきなり正体を明かす必要はありません」
言いながら、
我ながら可笑しくなる。
――まるで、
自分が魔族であるかのような口ぶりだ。
◇
「そして、クラウス」
私は、視線をまっすぐ彼に向けた。
「世論形成には――
あなたの力が、必要になります」
「俺の……?」
「ええ」
私は、迷わず言った。
「勇者は、“歩く正当性”です」
「剣ではなく、存在そのものが、国を動かす力になる」
「勇者クラウスが視察し、
問題なしと判断した」
「それだけで――
貴族の反発は激減し、
領民の不安は、大きく下がるでしょう」
クラウスは、ぽりぽりと頬をかいた。
「……そんなもんかね」
だが、その声音には、
冗談とも本気ともつかない、重みがあった。
◇
「いずれにしても」
私は、静かに締めくくる。
「一度、父――
アウレリア王国とは、
正式に話をしなければならないと思っています」
クラウスは、ゆっくりとうなずいた。
窓の外では、
剣の音と、若い声が、
相変わらず平和に響いている。
だが――
この静かな午後の会話こそが、
やがて、国の形を変える第一歩になることを、
私は、はっきりと感じていた。
◇
私は、十五歳の誕生日を迎えた。
ヴァルスの屋敷では、
ヴァルディスが、クラウスが、セリスが、グラドが、カエデが――
皆で、ささやかながらも温かな誕生日の会を開いてくれた。
笑い声と、料理の香り。
それだけで、胸が満たされる。
「おめでとう、エリシア。
出会ってから一年だ。早いものだな」
ヴァルディスはそう言って、
小さな箱を私の前に差し出した。
「……開けても?」
うなずくのを見届けてから、
私はそっと、蓋を開ける。
中にあったのは、
装飾のない、細いシルバーの指輪だった。
ひどく、静かな光をたたえている。
「派手なものは、似合わないだろう」
そう言って、
彼はごく自然な仕草で私の左手を取り、
薬指に、その指輪を通した。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
不思議と、言葉が出てこない。
「……ありがとう、ヴァルディス」
やっと、それだけを口にする。
「すてき……」
カエデは、素直な声でそう呟く。
「みせつけられたな」
クラウスが、半ば呆れたように、半ば笑いながら言った。
一年前。
魔王城の寝室で、ひとり、声を殺して泣いていた私は――
まさかその一年後、
魔王と、勇者と、仲間たちに囲まれて、
こうして誕生日を祝ってもらっているなんて、
夢にも思わなかった。
本当に、いろいろなことがあった。
それは、私だけではない。
ここにいる彼らにとっても――同じだろう。
左手の薬指に感じる、
わずかな重みを確かめながら、
私は、そっと目を閉じた。
ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
私と勇者クラウスが、
セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
これからのことを、静かに話し合っていた。
窓の外からは――
「えいーーっ!」
威勢のいい掛け声が、風に乗って微かに届いてくる。
庭では、
カエデがグラドに稽古をつけてもらっている。
先ほどまで、この席にはヴァルディスもいた。
「エリシア。
私が留守の間に、クラウスに、少し状況を説明しておいてもらえると助かる」
そう言い残し、
商人ヴァルスとしての顔に戻った彼は、
慌ただしく仕事へと出ていった。
……本当に、よく働く魔王である。
◇
私は、カップを置き、
改めてクラウスへ向き直った。
これから話すのは、
勇者としての戦い方ではない。
剣でも、魔法でもない――
もっと、厄介な話だ。
魔族と魔獣の違い。
その力関係と、生態。
なぜ魔族が眠りの森を通行できるのか。
眠りの森の幹線道路がもたらした、現実的な経済効果。
そして――
アウレリア王国が、魔族と手を組むことによって得られる未来。
私は、順を追って説明していった。
クラウスは、途中で口を挟むこともなく、
ただ黙って、真剣に耳を傾けている。
……本当に、
この青年は根がまじめだ。
◇
「……しかし、だ」
ひと通り聞き終えたあと、
クラウスは慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「王女」
「いくら理屈としてはメリットがあっても……」
「魔族と“同盟”となると、
心理的に、国王は受け入れられないのではないか?」
ずいぶんと、踏み込んだ問いだった。
だが、
この数日で、彼は私に対しても
かなり気楽に話すようになっている。
それだけ、
本気で考えている証拠でもあった。
◇
「ええ。クラウス」
私は、うなずいた。
「だからこそ――
最初から『魔族と同盟』とは言いません」
クラウスが、少し目を見開く。
「時を待つ必要があります」
「それまでは、極秘裏に、経済基盤を強化していきます」
私は、紅茶を一口含み、続けた。
「まずは、経済でつながる」
「いきなり正体を明かす必要はありません」
言いながら、
我ながら可笑しくなる。
――まるで、
自分が魔族であるかのような口ぶりだ。
◇
「そして、クラウス」
私は、視線をまっすぐ彼に向けた。
「世論形成には――
あなたの力が、必要になります」
「俺の……?」
「ええ」
私は、迷わず言った。
「勇者は、“歩く正当性”です」
「剣ではなく、存在そのものが、国を動かす力になる」
「勇者クラウスが視察し、
問題なしと判断した」
「それだけで――
貴族の反発は激減し、
領民の不安は、大きく下がるでしょう」
クラウスは、ぽりぽりと頬をかいた。
「……そんなもんかね」
だが、その声音には、
冗談とも本気ともつかない、重みがあった。
◇
「いずれにしても」
私は、静かに締めくくる。
「一度、父――
アウレリア王国とは、
正式に話をしなければならないと思っています」
クラウスは、ゆっくりとうなずいた。
窓の外では、
剣の音と、若い声が、
相変わらず平和に響いている。
だが――
この静かな午後の会話こそが、
やがて、国の形を変える第一歩になることを、
私は、はっきりと感じていた。
◇
私は、十五歳の誕生日を迎えた。
ヴァルスの屋敷では、
ヴァルディスが、クラウスが、セリスが、グラドが、カエデが――
皆で、ささやかながらも温かな誕生日の会を開いてくれた。
笑い声と、料理の香り。
それだけで、胸が満たされる。
「おめでとう、エリシア。
出会ってから一年だ。早いものだな」
ヴァルディスはそう言って、
小さな箱を私の前に差し出した。
「……開けても?」
うなずくのを見届けてから、
私はそっと、蓋を開ける。
中にあったのは、
装飾のない、細いシルバーの指輪だった。
ひどく、静かな光をたたえている。
「派手なものは、似合わないだろう」
そう言って、
彼はごく自然な仕草で私の左手を取り、
薬指に、その指輪を通した。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
不思議と、言葉が出てこない。
「……ありがとう、ヴァルディス」
やっと、それだけを口にする。
「すてき……」
カエデは、素直な声でそう呟く。
「みせつけられたな」
クラウスが、半ば呆れたように、半ば笑いながら言った。
一年前。
魔王城の寝室で、ひとり、声を殺して泣いていた私は――
まさかその一年後、
魔王と、勇者と、仲間たちに囲まれて、
こうして誕生日を祝ってもらっているなんて、
夢にも思わなかった。
本当に、いろいろなことがあった。
それは、私だけではない。
ここにいる彼らにとっても――同じだろう。
左手の薬指に感じる、
わずかな重みを確かめながら、
私は、そっと目を閉じた。
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