悪役令嬢の私が姫に転生した件  ――それはいいのですが、なぜ魔王城に幽閉から始まるのですか?

しばたろう

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27 静かに結ばれたもの

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 ある午後のこと。

 ヴェルハイムにある商人ヴァルスの屋敷では、
 私と勇者クラウスが、
 セリスの淹れてくれた紅茶を口にしながら、
 これからのことを、静かに話し合っていた。

 窓の外からは――

「えいーーっ!」

 威勢のいい掛け声が、風に乗って微かに届いてくる。
 庭では、
 カエデがグラドに稽古をつけてもらっている。

 先ほどまで、この席にはヴァルディスもいた。

「エリシア。
 私が留守の間に、クラウスに、少し状況を説明しておいてもらえると助かる」

 そう言い残し、
 商人ヴァルスとしての顔に戻った彼は、
 慌ただしく仕事へと出ていった。

 ……本当に、よく働く魔王である。



 私は、カップを置き、
 改めてクラウスへ向き直った。

 これから話すのは、
 勇者としての戦い方ではない。
 剣でも、魔法でもない――
 もっと、厄介な話だ。

 魔族と魔獣の違い。
 その力関係と、生態。
 なぜ魔族が眠りの森を通行できるのか。
 眠りの森の幹線道路がもたらした、現実的な経済効果。
 そして――
 アウレリア王国が、魔族と手を組むことによって得られる未来。

 私は、順を追って説明していった。

 クラウスは、途中で口を挟むこともなく、
 ただ黙って、真剣に耳を傾けている。

 ……本当に、
 この青年は根がまじめだ。



「……しかし、だ」

 ひと通り聞き終えたあと、
 クラウスは慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「王女」
「いくら理屈としてはメリットがあっても……」

「魔族と“同盟”となると、
 心理的に、国王は受け入れられないのではないか?」

 ずいぶんと、踏み込んだ問いだった。

 だが、
 この数日で、彼は私に対しても
 かなり気楽に話すようになっている。

 それだけ、
 本気で考えている証拠でもあった。



「ええ。クラウス」
 私は、うなずいた。

「だからこそ――
 最初から『魔族と同盟』とは言いません」

 クラウスが、少し目を見開く。

「時を待つ必要があります」

「それまでは、極秘裏に、経済基盤を強化していきます」

 私は、紅茶を一口含み、続けた。

「まずは、経済でつながる」

「いきなり正体を明かす必要はありません」

 言いながら、
 我ながら可笑しくなる。

 ――まるで、
 自分が魔族であるかのような口ぶりだ。



「そして、クラウス」

 私は、視線をまっすぐ彼に向けた。

「世論形成には――
 あなたの力が、必要になります」

「俺の……?」

「ええ」

 私は、迷わず言った。

「勇者は、“歩く正当性”です」
「剣ではなく、存在そのものが、国を動かす力になる」

「勇者クラウスが視察し、
 問題なしと判断した」

「それだけで――
 貴族の反発は激減し、
 領民の不安は、大きく下がるでしょう」

 クラウスは、ぽりぽりと頬をかいた。

「……そんなもんかね」

 だが、その声音には、
 冗談とも本気ともつかない、重みがあった。



「いずれにしても」

 私は、静かに締めくくる。

「一度、父――
 アウレリア王国とは、
 正式に話をしなければならないと思っています」

 クラウスは、ゆっくりとうなずいた。

 窓の外では、
 剣の音と、若い声が、
 相変わらず平和に響いている。

 だが――
 この静かな午後の会話こそが、
 やがて、国の形を変える第一歩になることを、
 私は、はっきりと感じていた。
 

 
 私は、十五歳の誕生日を迎えた。

 ヴァルスの屋敷では、
 ヴァルディスが、クラウスが、セリスが、グラドが、カエデが――
 皆で、ささやかながらも温かな誕生日の会を開いてくれた。

 笑い声と、料理の香り。
 それだけで、胸が満たされる。

「おめでとう、エリシア。
 出会ってから一年だ。早いものだな」

 ヴァルディスはそう言って、
 小さな箱を私の前に差し出した。

「……開けても?」

 うなずくのを見届けてから、
 私はそっと、蓋を開ける。

 中にあったのは、
 装飾のない、細いシルバーの指輪だった。

 ひどく、静かな光をたたえている。

「派手なものは、似合わないだろう」

 そう言って、
 彼はごく自然な仕草で私の左手を取り、
 薬指に、その指輪を通した。

「……あ」

 思わず、声が漏れる。

 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
 不思議と、言葉が出てこない。

「……ありがとう、ヴァルディス」

 やっと、それだけを口にする。

「すてき……」

 カエデは、素直な声でそう呟く。

「みせつけられたな」

 クラウスが、半ば呆れたように、半ば笑いながら言った。


 一年前。
 魔王城の寝室で、ひとり、声を殺して泣いていた私は――
 まさかその一年後、
 魔王と、勇者と、仲間たちに囲まれて、
 こうして誕生日を祝ってもらっているなんて、
 夢にも思わなかった。

 本当に、いろいろなことがあった。

 それは、私だけではない。
 ここにいる彼らにとっても――同じだろう。

 左手の薬指に感じる、
 わずかな重みを確かめながら、
 私は、そっと目を閉じた。
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