騎士ヴィアンの訳アリ事情

カリノア

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8:――し損ねました………

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「待った、待った待ったっ!! 我ら『葵』団員らは、ヴィアン・ソロディアが団長の座に収まる事を認めないっ!!」
 唐突に、何の前触れもなく乱入してきたのは、『葵』の皆さんでした。
「国王陛下と教皇猊下御前である。無礼であるぞっ! 慎めっ!!」
 団員さんたちに向かって声を荒げたのは、国王陛下の背後に控えていたカイルディア殿下だ。何だか、少し焦っているように見える。
「殿下っ! 納得のいかぬのなら、ヴィアン本人に申し立てよと申されたのは貴方様ではありませんかっ!!」
「式の最中に事を起こせとは言っておらぬ。やるなら宴会の余興にでもやれと申したのだ」
「一緒ではないですか!」
「どこがだっ!?」
 水掛け論だ。正直どうでもいい。―――いや、良くない。殿下そんなこと口走ってたんですか!? いい迷惑なんですけど。ってか、そんな事のために私は誓約の言葉を遮られたわけですか。
 観客の皆さんも、ぽかんとしちゃってますよ。あ、イレオン卿が「やっぱりこーなると思った」的な感じの顔をしている。居合わせてたんなら止めてくださいよ。何の為の王族補佐官ですか。仕事してください。
 会場は妙な静けさに包まれた。あまりに奇妙な出来事すぎて、誰もがどうしたらいいのやら、自らの行動を決めかねているようだ。団員の皆さんは鬼の形相でこっちの睨みつけてはいたが。
「あ~と、一つ提案があるんだが」
 そんな感じで口を開いたのはキース父様だった。
「何です? キース」
「何、簡単な事だ」
 アレク父様の問いかけに、キース父様は意味ありげに口角を上げた。この顔をした時のキース父様は、たいていとんでもない事をやらかすのだ。
 悪戯の画期的なアイディアを思いついた子供のように、キース父様は言った。
「ヴィー、相手してやれ」
「え、嫌です」
「って、即答かよ。そこまでバッサリ切られるとさすがの俺でもヘコむんだが」
 当り前じゃないか。何で民衆の面前でわざわざ、これから部下になる予定の騎士たち相手に剣を抜かなければならないんだ。無意味この上ない。勝手に凹んでいてください。
「いいから。ほら、相手してやれよ」
「嫌ですって」
「多少の腕慣らしにはなるかもし―――」
「関係ないですよ」
「そうですよ、キース。こんな所でヴィーが剣を抜いたら、大変な事になるじゃないですか」
「それはどういう意味ですか? アレク父様」
「ヴィーは黙っていて」
「あ、はい。カリメア母様」
「『グズナイサ・ローネ』に押さえ込んでいてもらえばいいじゃないか」
「あれは確かに史上最強の封魔具ですけれど、ヴィーの魔力を完全に抑えつけられるほどの力はありませんわぁ」
 今日は水掛け論をしたくなる日なのだろうか。論じてくれてても別にいいが、ここではしないでほしい。
「そいつらの相手が終わったら、俺も相手してくれよっ! ヴィアン!!」
 呆れ半分、どうにでもなれ感半分に、父様たちの論議を聞いていると、『緑牙』の席から、聞き覚えのある腹に来るような大声がした。
「貴方はちょっと黙っていってくださいよっ!?」
 やっぱりいたのか、サム。まったく、油断の隙も無い。
「何だよケチだなー。これでお別れなんだから、最後に一回くらい相手してくれたっていいじゃないか。『緑牙』には、団長以外俺と張り合える人材がいないんだよぉ」
「十分ですよ!!」
 まったく、何贅沢を言ってるんだ、あの熊男は。団長だけでも一兵卒には贅沢すぎるというのに。
「いいだろう!? 別にっ!」
「いいえ、駄目ですっ!!」
「我らが愛しい養い子の成長を見たいだろうっ!!?」
「かなり見たいですけれど、いけませんわっ!!」
 ……………。
「やっぱり、殿下。決闘をさせてくださいっ!!」
「何度言ったら分かる。許可するわけにはいかん!!」
「『黄星の魔術師』殿もああ申されていますし」
「『紅星』も『蒼星』も反対しているだろうが」
「もうどうでもいいですから、やらせてくださいよっ!!!」
「式が終わった後になっ!」
「我慢できませんっ!!!」
「子供かっ!」
「あんな細腕で、剣が本当に持てるか確かめたいんですよっ!!」
「お前ら、後で後悔する事になるぞっ!?」
 ……………。うん、これは―――――。

 カオスだな。式に出席していらっしゃる、貴族の方々がぽかんとしていらっしゃいますよ。

「分かりましたよ、決闘いたしましょう」

 もう面倒臭いから――――徹底的に叩き潰して「お終い」にしましょう。
「おっ、やっと分かってくれたか。ヴィー!」
 いえ、まったく、キース父様。
「駄目ですわぁっ! ヴィーッ!!」
「撤回してくださいっ!」
 私も喜んでそうしたいところですよ、カリメア母様、アレク父様。
「今無理にしなくてもいいだろう、ヴィアンっ!!」
 私が喜んでしたいように見えますか? 殿下。
「さあ、お手合わせをっ! ヴィアン・ソロディア殿っ!!」
「イケイケ―!!」
「そうだそうだぁああぁっ!!! そんな女顔の団長なんぞ、俺らは認めないぞおおおっ!!」
 君ら、ちょっと暑苦しい。あと、頭悪そうな賛同の仕方しないで、全体の品位が下がる。
 って、言うか、女顔っていうなっ!! 人が気にしている事をわざわざ言ってくるって……鬼畜かっ!? 貴様は。
「ほ、本当にここでやると言うのか? ヴィアン。考え直した方がよいのではないか?」
 考え直したら、また時間の無駄にしかならない水掛け論が始まってしまうではありませんか。国王陛下。
「面白い展開になってきましたね。流石は我らが新たなる勇者殿です」
 流石は「救世の勇者」を崇める教会の教皇様でございます。実に楽しそうですね。あと、「勇者」っていうのやめてください。
「さあ、ご照覧あれ。ここにいらっしゃる観客の皆々様」
 私が剣を構えると、それまで呆然と状況を見守っていた官局の皆さんがやっと目が覚めたかのように湧いた。いい反応、有難うございます。
「っちょ、ヴィーっ!!」
「キース父様、アレク父様たちを押さえておいてください」
「おお、了解だ」
「ヴィー、お願いですから会場を壊滅させないでくださいましっ!?」
 私を何だと思っていらっしゃるんですか、カリメア母様。私はそんな怪物じゃないですよ。そんな真剣な顔で言われたら、冗談で返していいものか困りじゃないですか。
「大丈夫ですよ、ちょっとだけこれから部下になる方々に、『教育的指導』をするだけですから」
 にっこりと笑ってみせる。安心してくれていいですよー。
「嘘だ、騙されんぞっ!」
 殿下、私だって傷つく心くらいは持ち合わせているのですが。あちらの柱で身を守りながらご見物ください。何かの破片が飛んできたら危ないですからね。
「ルールは特になくてもいいですよね。好きに切りかかってきてください。一人ずつでも、複数でも構いませんよ? あ、でも、私が自分に対してだけ、ルールを作るのは構いませんよね?」
 私は、殿下を近くの柱の陰に押しやり、改めて剣を構え直した。
「ふざけた事を……っ!」
 『葵』の一人が、苦々しく絞り出すように言った。
「ふざけてはいませんよ? 申し出てきたのは、あなた方です。私には、それを受けて立つ義理も無ければ責任も無い。それなのに、私は聞き分けの悪い あなた方のためにわざわざ受けてやろうと言っているんです。むしろ感謝してほしいものですが」
 冷たく言い放つ。吹雪でも演出で出してやろうかと思ったが、魔力の無駄なのでやめにした。
 ――――て、待て待て。ヤバい。挑発しすぎたかな。
「では遠慮なくいくぞ――っ!!」
「え、あ、ちょっとま……――っ」
 待って待って、今来ないで。
「おりゃああああぁああぁあぁ!!」
 いや、来ないで本気でヤバいからあああぁああぁ!!
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