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結界の消滅
しおりを挟む「ヴァル! ナヴァルグース!」
「セリィ、帰ったか!」
皇都郊外にあるギルヴァート大公家の邸宅。
馬車を飛ばして帰ってきたセレイディアは、屋敷に入るなり愛おしい夫の名を声を張り上げて呼んだ。
すぐに夫は、屋敷の奥から妻の呼びかけに応えて駆けてきた。
「無事か!?」
「ああ、私は大事無い。子どもたちは?」
セレイディアの夫―――ナヴァルグースは、謁見服もそのままにした妻の無事な姿に安堵したようだった。
「不安げだが、問題ない。無事だ」
「そうか。良かった」
家族の無事を確かめ合い、セレイディアは安心した表情を見せる。だが、それはすぐ上に立つ者の表情にかき消された。
「状況は」
「竜王の封印が解かれたようだ」
ナヴァルグースには、先に連絡を入れていた。
皇城からは、どんなに飛ばしても馬車で2刻はかかる。時間を無駄にしたくないセレイディアは、その間に、屋敷で調べられることは屋敷にいる者たちに調べてもらっていたのだ。
調べてもらった答えは。
「は?」
「竜王の封印が解かれた」
素っ頓狂な声を漏らした妻に、ナヴァルグースは一文一句違わず繰り返した。
「………ルースが失敗したというのか?」
「そうとも言えるし、違うとも言える。少なくとも、彼は意味なく行動を起こすような人間じゃない」
「どういうことだ」
何とも言えない苦い表情で、ナヴァルグースは続ける。
「今から約2刻前、今日午後2時45分、何者かの手によって、竜王の封印が解かれた。これは間違いない。結界が消滅していた」
「その衝撃で、あの閃光か……っ。ギルヴァート一族以外の者に封印の位置がバレたのか!?」
「それはまだわからない。だが、事態は一刻を争う」
「どんな阿呆だ、そんな愚行を犯したのは!」
もう一度、あの悲劇を繰り返そうというのか。
憤激する妻に、ナヴァルグースは数瞬躊躇ってから、言った。
「ルースと、連絡がつかない」
「………ッ」
「セリィがこっちに向かっている間に何回か連絡をつけようとしたんだが、全て向こうで切られている」
「ルキシエンス……っ!」
「ルースは稀代の魔道士だ。それは間違いない。しかし、そうはいっても……かのルルスインカの大結界をそう易々と破壊できるものなのか?」
「無理だ。不可能ではないかもしれないが、限りなく不可能に近いがな」
「1000年もの間持ち堪えた結界だ。いつ壊れてもおかしくなかたんじゃないか?」
「そう思える代物だったらどんなに良かったか」
自然に壊れるような、そんな可愛い代物ではない。アレは、初代の執念と執着心の塊だ。
「だが……いくらルルスインカの編み上げた結界だと言っても、1000年の間に幾度となく人の手が入っている。その過程で劣化した可能性は十分あり得る」
最初こそ一分のすきもない完璧な結界だったのだろうが、1000年も経てば状況は変わるものだ。
1000年は、人間にとって永遠にも等しい。
「状況映像は手に入ったのか?」
「ああ。………結界があった場所は、ふっ飛ばされていた」
「結界が破壊された衝撃でか」
「そういう感じではなかったな。何というか……例えるなら、大きなクレーターがいくつもあいた感じだな」
セレイディアの執務室に到着すると、ナヴァルグースは部屋の中においてあった装置を一つ手に取った。
「これを見てくれ」
ヴォンと音を立てて装置が起動すると、空中にある画像が現れた。
「結界の展開されていた土地は、たしか平坦な場所だったはずだが」
画像いっぱいに広がる土地は、破壊の限りを尽くされていた。
地面にはあちこちに大穴が空き土が掘り返り、周囲を囲む森の木々は見るも無惨になぎ倒されている。
「何があった……?」
これは、結界が壊されたときに出来るような破壊のあとではなかった。明らかに、故意を持って破壊されている。
「分からない。俺たちがこれを撮った3時過ぎには、既にこうなっていた」
「こんなだいそれた事ができるのは、それこそ高位魔導士くらいしか……」
「それでも一人では不可能だ。そんな事ができる人間は、国内外確認されていない」
「いや、それだけじゃない」
なにかひらめいたように、セレイディアは画像を凝視した。
「何?」
彼女はそのまま、夫に振り返る。
「竜だ」
「……!」
ナヴァルグースは驚愕も顕に息を呑む。
「竜人が、現れたというのか……っ!?」
「何故疑問に思う? そう考えるほうが自然だ」
セレイディアは顎に手をやって考え込む。
「だが、かの種族は王が封印されてから、破壊の限りを尽くして姿を消したはずだぞ」
「完全に消息を絶ったわけではない。現に、数百年前に何度か我が一族の者に接触してきたと記録に残っているし、人里離れた土地で姿が確認されたという話もある」
「なっ」
「私たちはルルスインカの『護り』のおかげで、難を逃れただけだ」
これも、封印を完璧にするための処置の一つ。
「ヴァル、考えてみろ。彼らが、崇拝する王が――――1000年探し求めた王が、復活を果たしたと知ったら」
「――――取り戻しに来るのが、当然」
ナヴァルグースは最悪の事態に顔をしかめ、舌打ちをする。
「1000年前の災厄を、再現しようっていうのか」
「そうと決まったわけじゃない。――が、そんな愚かなことを考える、頭のおかしいやつがいないと言い切れないのが悲しいがな」
人間は、時としてとんでもなく愚かになる。
「何よりまず、愚弟の無事を確認しなければ」
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