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狂喜と憤怒
しおりを挟む竜王シツェーリオンの封印結界。
この存在を知らないマレビュート皇国人はいない。いてもせいぜい、言葉の分からぬ赤子くらいなものだろう。
約1000年前、世界は戦渦にあった。
戦争の起こった理由は至極簡単。
資源のほしい人間と、それに抵抗する竜人。この二勢力が争ったためである。
人間は、魔力を欲していた。だが長い間、どうすれば魔力が多く手に入るのか分かっていなかった。
魔力とは、そこら中にふよふよ自然発生するもので、いわば空気と同じだと考えられていたのだ。
しかし、この前提が、ルルスインカのある研究によって打ち壊された。
魔力は、精霊が生み出している。
これが分かったとき、人間の国では上へ下への大騒ぎになった。
空気中に浮いている魔力は、精霊が生み出したものの残滓だということが分かったのだ。つまり、精霊を捕まえることができれば、大きの魔力が自然と手に入ることになる。
人間の国の王は、大々的に精霊を捕獲することを国民に進めた。捕獲した精霊は国に届けて、その代わりに多額の報奨金を渡すという。
王はこれで魔力不足に陥ることはなくなると高笑いした。
魔力はすべてのものの動力源である。なくてはならないものだったが、その存在自体がそもそも多くはなかった。
それが、今後は解消される。最も大きな頭痛の種が消えると分かって、高笑いしないほうがおかしい。
しかし、ことはそんなに簡単には運ばなかった。
精霊が、捕まえられないかったのである。
精霊なんてそこら中にいるものだ。ただし、魔力のない人間には見えない。見えない物を捕まえることなど出来はしない。
もちろん、魔力を持つ魔道士も協力していた。だが、そもそもの数が少ないので結果は芳しくない。
王は唸った。せっかく魔力が多く手に入ることが分かったのに、それをお預けされるのは堪ったのもではない。
王は宮廷魔道士たちに何とかするように言った。宮廷魔道士たちは一生懸命頭を捻った。
ここで最初からルルスインカに頼らなかったのは、つまらぬ意地である。ルルスインカは宮廷魔道士ではなかった。人間に馴染まず、毛嫌いし、いくら王が宮廷魔道士にならないかと勧誘してもうなずかない変わり者。
それが宮廷魔道士から見たルルスインカである。
ルルスインカは、一年を通してあまり人間の国にいない。
竜王国に入り浸っているのだ。
そこではた、と宮廷魔道士たちは気がついた。
竜だ―――と。
竜王国は魔力濃度が他と比べ物にならないくらい濃い。それはつまり、あの国には、精霊が多く滞留しているからに他ならないのではないか。
それは何故か?
竜人だ。
この考えが正しかったことは、すぐに分かった。
竜人も周りには精霊が多い。竜人は、聖霊に好かれる体質らしかった。
王はすぐさま竜人たちに協力を取り付けようとした。
しかし、これも簡単にはいかない。
竜人は、竜王にしか従わない。王の意思なくして竜人達は動かない。
人間が竜王に意思を伝えるのは一苦労だった。竜王国に足を踏み入れることが出来るのは、魔力に耐性を持つ強力な魔道士だけである。そのなかでも、ルルスインカ並みの魔力量を持つ魔道士だけ。そんなの、彼くらいしかいないではないか!
人間の王は、ルルスインカに命じた。竜王に協力を要請しろと。
ルルスインカは竜王と懇意にしているという。成功率は高そうだった。
しかし、仮にも相手はかの偏屈魔道士ルルスインカである。彼はこの命令を真っ向から無視した。
人間の王は、竜人を資源を手に入れるための種としか考えていない。そんな連中と、大切な仲間を関わらせるのをルルスインカは嫌がった。
竜王本人は、そんなルルスインカの心情を受け入れ、民が人間の王に協力するのを良しとしなかった。
時は少し流れる。
この頃、人間たちは妙な動きを見せるようになっていた。
竜人が、人間に攫われるのである。
はじめはまだ力の弱い子供からだった。たまたま竜人が人間の国にやってきたところを、人間は狙った。
竜人は人間より遥かに力が強い。が、捕獲するのは不可能ではなかった。
当時の宮廷魔道士たちの技術の粋を集めて、竜人を生け捕りにする道具を開発したのである。
竜人が自分たちに協力してくれないものだから、強硬手段に出たのであった。
これに竜人達は怒った。激怒した。
竜人は元来温厚な種族である。これは彼らが血に狂う定めにあるからだ。
一度狂えば、狂い死ぬまで破壊を止めない。手当り次第破壊し尽くし、殺す。
それを食い止めるに竜王がある。竜人たちは王に負担をかけまいとするため、争いを避ける。
その竜人たちが、怒りのために我を忘れた。これほどの恐怖が、他にあるだろうか。
竜人は温厚な種族だが、消して慈悲深くはない。この頑然たる事実を、人間たちは忘れていた。
竜人たちは、同胞が人間の手によって辱められることを良しとしなかった。
竜人たちは怒りのまま人間の街を破壊した。そして同族たちを憎き人間の手から奪い返した。しかし、その中には助からない命もあった。
竜人たちの、人間への憎しみは深いものになった。
人間たちはこれに反省はしなかった。大いなることを成し遂げるためには、『多少の』犠牲は必要だと声高に言ってのけたのである。
その姿勢がまた、竜人たちの嫌悪を呼んだ。
いよいよ竜人たちが報復を人間たちに見舞おうとしたとき。
竜王が、ルルスインカの手によって封印された。
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