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大災厄
しおりを挟む竜王が、ルルスインカの手によって封印された。
騒然となった。
竜人たちは、それまで人間の中では唯一仲間だと信じてきたルルスインカの裏切りに激怒した。
人間たちは、それまで不服従の意を覆さなかったルルスインカの行動に訝しみながらも喝采した。
竜王を手中に収めた人間は、これ以上竜人を狩る必要はなくなった。
竜王は、ほかの竜人と比べ物にならないほど精霊に愛されている。竜王一人いれば、十分な魔力量を、いやそれ以上を確保することが出来たのだ。
人間の王はそれまでの不敬を赦し、ルルスインカを称賛した。彼に自分の三番目の娘を降嫁させ、新たに大公家を興すことを許した。
人間たちは竜人を狩らなくなった。
しかし、はいそうですかと竜人たちが黙っているわけがない。
王を奪われた竜人達は、王を探して人間の街を破壊した。
ある街は親も子も分からぬほど真っ黒に燃やし尽くされ、万物が焼き焦げる異臭が辺りに充満した。
ある街は水没し、瓦礫と泥と水の厄手から逃れられなかった人間の哀れな残骸が黒く淀んだ水に呑まれて消えた。
ある街は、ある日の昼間に真夜中以上の暗闇に呑まれ、闇が晴れたときにはそこには静寂だけが残されていた。
こうして歴史と地図から姿を消した街々は数知れず。
人々は明日は我が身と恐怖と絶望の中で日々を過ごすことになる。
竜人達は荒れるに荒れた。
彼らはもはや天災と化していた。破壊と死の権化である。
マレビュート皇国も例外ではなかった。
街が破壊され、人口が減り、国は目に見えて衰退した。
竜を捕獲する道具を開発したからと言って、それが万能であるわけではない。怒り狂った竜の前には、無力にも等しかった。
しかし、かの国には竜王が封印されていた。
そこから生み出される膨大な魔力によって、マレビュート皇国は瀬戸際で滅亡を回避したのだ。
竜王が自分たちの手にある限り、滅びはない。彼らはそう己に言い聞かせ、絶望の中に希望を見出した。
自分たちが竜王を封印したことがそもそものきっかけであったことは、このとき彼らの頭にはない。その日の死を躱すだけで精一杯だったのだ。
それに、彼らは竜王がどこに封印されたかなど知らない。竜王を返すことなど、人間には出来ない。出来るとすれば、それは封印魔術を施行した、ルルスインカのみである。
肝心のルルスインカは、姿を消していた。
竜人たちに報復されることを恐れ、人間に囲い込まれることを嫌った大魔道士は、結婚した王の3との間に双子の姉弟をもうけた後、行方をくらませた。
人々はルルスインカを崇める一方で、事の後始末を放棄した無責任者と彼を罵ることになる。
ルルスインカの後始末は、彼の子孫たちに受け継がれた。
1000年たった今でも、それは続いている。
やがて竜人達は人間を滅ぼす無益さに気がついたのか、人間への攻撃を止め、人間たちから姿を消した。
だが、彼らは今も王を探し求めている。
竜王を解き放つわけにはいかない。そうすれば国全土が魔力不足になることを必至だったし、何より竜人たちが今度こそ人間を滅ぼしにかかることは当然に思えた。
竜王の封印結界は、未だルルスインカの直系の子孫たちしか知らない。 それが唯一の希望でもあった。
彼らはルルスインカの死後500年経った辺りから、50年おきに封印結界の修復を行っている。
これは国の意向であると同時に、ルルスインカの意思でもあった。
決して、竜王の復活を果たしてはならない。
その意思とともに、ギルヴァート家は現代までマレビュート皇国に大公家としてその存在を知らしめてきたのである。
こうして、マレビュート皇国は竜王封印よる恩恵と災厄を経験した過去を歴史書に記したのであった。
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