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00-00 始まり
しおりを挟むあるのは昨日の記憶。
いつもの図書館のいつもの席で論文のまとめをしていた。
一三時を少し過ぎた図書館は人もまばらだ。
子供の問いに答える母親の声と、本のバーコードを読み取る電子音とが遠くに聴こえるだけだった。
Sは目の前のモニターに映る参考文献の論考に批判的な感情を抱いていた。
主張が政治的により過ぎているといういつもの不満だが、どういうわけか、学会ではそういった論文でも体制の主張に沿っていれば受け入れられていた。
ここでいう体制というのは国などのことではない。それはもっと大きな意思のようなもので誰も否定できなかった。
まともな論文は黙殺され、それを書いた人物は時間差で学会から抹殺された。
「まともなことを書きながら殺されない方法はないか……」
気づくと声に出していた。
こんな思考を抱えながら書かなければいけないことに慣れてしまっている自分に驚いた。
机に座って論考を進めている自分と、理不尽に抗おうとしている自分とが分離しているようだった。
浸透されているんだ。
この異常を前提に思考し始めている自分自身に恐怖を覚えた。
喉が渇いて水筒から水を飲んだ。
冷たい水は口に入るとやけにひやりとした。
舌の上で氷の塊になっていくように感じられた。それを舌先で確かめる。
そうして舐めていると、ついにはチリチリと痛みが走った。血の味がした。水は氷になり、氷はガラスに変わっていったようだった。
舐める。血が噴き出す。乾く。また舐める。乾く。また舐めたくなる。
血は乾ききれなくなって、口の中にどんどん血が溜まっていった。
それでも構わずに舐めたい気分だった。どうしてだろう。
ついにガラスは舌を縦にぱっくりと切り裂いた。氷のガラスと熱い血とが混ざり合い、鉄のいいにおいが鼻腔を抜けていった。
血に意識を向けている間に、気づくと氷のナイフは喉まで進んで、今度は滅茶苦茶に暴れだした。体の内部は縦に斜めに切り裂かれていった。
切られたと思った体は何故か空洞のようで、空を掻いたナイフの先から勢いよく血が飛び散った。その赤黒い悪意の色は、皮膚で出来た伽藍堂の内壁にべったりと張り付くのだった。。
Sは陶酔していた。
次の瞬間、暴れ回るガラスのナイフだったはずの水は、爬虫類がうねるかのような感触で食道を落ちていった。
皮膚一枚の空洞の身体の中に、食道がぶら下がり、その管をイモリのような生き物が頭をぐりぐり押し進んでいく。
ぬめるような快感があった。
世界は白く点滅した。
Sは世界を感知した。
図書館内のすべての人間の感覚が流れ込んできた。
世界と同期できたと感じた。
図書館という建物も、遠くに見える木々も街も、空も山も何もかも、一括りに自分と同時であった。
それは視覚ではなく、匂いに近いもので、煙のように纏いついた。
そうして世界は音を立て、横に傾いて、それから縦に伸びた。
倒壊するようにホワイトアウトした。
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