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01-01 8歳 ユマ
しおりを挟む女の声が聞こえた。
女の声はなぜこうも美しいのか。
気づけばそんなことを考えていることが度々あった。
またいつもの迷路に迷い込んだと思った。
これは眠りか。
だんだん意識が鮮明になってくると、額は固い机の上にあることがわかった。いつの間にか眠ってしまったらしい。
「こら、寝てんじゃないわよ。こら、こーおら!」
頭を上げると赤い瞳がこちらを覗いていた。
赤?
一瞬頭がおかしくなったのかと思った。しかし、顔を上げて声の相手をよく見ても、やはり相手の目の色は赤だった。
赤というだけではない。虹彩が小さく、ほぼ点のように瞳孔だけがぽつんと赤く光っていた。
絶句した。
じっとこちらを見つめる相手は、外形こそ人間にしか見えないが瞳は明らかに違う生物だ。
「……すいません」
害意はないようなので、絞り出すように言った。
すると相手の赤い虹彩は瞳いっぱいに広がった。
強膜の白がほとんどなくなった。
どうやらその変化は許したという意味らしかった。少なくとも怒りは消えたようだ。
ぞっとした。
周りがざわめいた。
その時になって初めて自分が教室にいることがわかった。
生徒の一人として座っていて、目の前の赤目の女は教師のようだ。
赤目教師は授業を続けるために静かにというそぶりで皆を振り仰いだ。そうして瞳を震わせると、電磁波のような、静電気を帯電しているような波動を出した。それと同時に脳内に文字と映像が浮かんだ。
「日本が滅んで、そのあとに世界はローテクノロジー状態を維持する方針を取ったところまで話したわね」
「どうしてローテクノロジーにする必要があったんですか?」
緑の髪の少女が勢いよく手を挙げて聞いた。
「教概には人類の保全のためとしかないわ。私が思うに、ハイテクノロジー化してしまうと誰も管理できなくなるからじゃないかしら。一人の失敗が世界の失敗になってしまう。人類というのは管理されなければおかしくなってしまうのよ。そういう意味では、やっぱり人類の保全のためね」
「ピュレちゃん、ほんとにわかってんの?」
体格のいい銀髪の尖り鼻の少年が茶化すように言った。
「教概は絶対なんだから、そう書いてあればそうなのよ」
「はーーい!」
これがいつもの流れのようで反論する子はいない。
よくわからないが、赤目の先生は生徒から慕われているようだ。
それから、歴史の授業は続いた。
ここは二〇八四年らしい。
日本が滅んでから六四年後の世界。
つまり、僕がいたはずの世界からも六十四年後の世界なのだという。
日本国は分割され、一部を漢栄、一部を米共和国、一部をユーラシア共同体がそれぞれ保持することになったそうだ。その仲介を新連合王国が務め、統治初期の金を工面することで話がまとまったらしい。
国際決済銀行が税務の管理を行う決まりとなり、この辺の話はまた赤目教師の余計な無駄話らしく、生徒たちはよくわかっていないが、その話を聞くと旧秩序と何も変わっていないと思った。
日本は解体され、危険な日本思想を持つ日本人は排除されたらしい。
その他の話としては、世界は鬼石という原料によって動いていることがわかった。それは石油の代替燃料と言えるようなもので、日本が滅んだ後に発見された。
また、日本人を排除したタイミングで何故か日本文化が世界中に広まった。それと同時に鬼石も発見され始めた。
日本文化はそれまでも世界に浸透していたが、日本人が世界から排除されることでより思慕されるものとなり、一気に全世界のものとなった。日本文化の伝播に初めは反発していた地域もあったが、鬼石が発見されると日本文化のほうも自然となじんでいったらしい。
「そういうわけで、鬼石は配置によって特別な力を出せるのよ」
「そんなんもう知ってるよ。何回も聞いたしなぁ」
さっきの銀髪少年が後ろの席の友達の肩を小突いている。
「シーハン君。静かにしないと大変なことになるわよ」
赤目教師の赤い虹彩が微妙に揺れて一気に収縮した。周囲に静電気が盛り上がるような不快感がまき散らされた。
それまで教室にあったざわめきは、湖面が一瞬で洗われたかのように澄んで平らになった。口を開くものは一人もいなくなった。
「鬼石の話は何度聞いても足りるってことはないのよ。わかったわね」
赤目教師は妙に優しい声で、頬でも撫でるように言った。
「はい。僕もそう思ってました」
銀髪少年は背筋を伸ばし、うんうんと何度も頷いた。
僕にとってみれば、初めての授業であり、鬼石の不思議は興味深かった。
それからは騒ぐ者も、質問する者もいなくなった。
赤目教師の授業はすらすらと進んだ。
鬼石は不思議な物質で、配置とあるきっかけで特別な現象を起こすという。石油のようにそれを使うのではなく、それが配置されることで特別のエネルギーを生み出す。使用可能なエネルギー量と鬼石の減耗の耐用性が正の不釣り合いで、エネルギー効率が著しく良いらしいのだ。
鬼石は一定量あれば世界を賄えるほどのエネルギーを生み出すが、ローテクノロジー化を決めた今でも、裏では鬼石の奪い合いが行われている。それが国際情勢を不安定にしているようだ。
ふっと静電気の波が弱くなった。
どうやら授業は終わりのようだ。
「ユマくん、もう授業中に居眠りしないようにね」
赤目教師が瞳孔を小さくしてこちらを見た。
ぞっとして言葉が出ず、無言で頷いた。
「ユマ、どうしちゃったの? 居眠りなんて珍しい。」
授業中に手を挙げて質問していた緑の髪の少女が、気安げに肩を叩いてきた。
叩いたというより殴ってきたというほうが近い。
どう反応していいかわからず黙っていた。
少女は訝し気にこちらを覗きこむ。
クラスメイトとして接したほうがよさそうだが、日本人が排除された世界となるとどうするのがいいのか。
僕が日本人だということはバレていないのか?
「今日はいつもよりも目がはれてぼんやりしてるよ。夜更かししてエッチなものでも見てたんでしょ?」
と少女は茶会して笑っている。
「ほら見てみな」
少女は手にトランプ大の鏡のようなものを出した。
突然に何か異常なことが起きたのだと感じた。少女の手のひらに上に霜のついた小さな板が浮かんでいる。それを少女は鏡だという。
「どうしたの? ほら、見てみなよ!」
恐る恐るそれを覗くと僕の瞳は緑色だった。
いや、それよりも、そこに映る自分はどう見ても十歳以下にしか見えない。
どういうことだ。
60年後に来て三十歳は若返っているなんて……。
おかしなことが一度に起こり過ぎて思考が追い付かない。
周りの生徒たちがざわつき始めた。
それに気づいたのか、
「こらー。鬼式錬成陣をここで使っちゃダメでしょ!」
赤目教師が走って来て少女の鏡に触れた。その瞬間に少女の手の中の鏡は砕けて霧散した。
「ピュレちゃんごめん。ユマがあんまりぼんやりしているからさ」
少女はすまなそうに、また一方では甘えたように体をくねらせた。
「大事故になったらどうするの?」
「わたし鏡しか使えないから大丈夫だよ。大変なことにはならないでしょ?」
「それでも駄目なものは駄目なの」
ピュレちゃんと呼ばれた赤目教師は子供のようにふくれた顔で少女を睨みつけた。
瞳孔が今まで見た中で一番小さくなっていた。ビリビリするような波動が幾重もの波になって感じられた。
「それよりピュレちゃんのほうが暴走しそうだよ」
ミワに言われて、はっと気づいた赤目教師は波動を収め、跳ね返ったスカートの裾を直した。
「ミワさん、気をつけなさいね!」
と赤目教師は気まずそうに去っていった。
「いや、ピュレちゃんがでしょ」
ミワと呼ばれた少女は小さくつぶやいたが、赤目教師には聞こえていないようだった。
「もうもうもうもう! ユマのせいだからね!」
少女はこぶしの腹で俺の胸を殴り始めた。
本人は軽いつもりで何度も殴る。痛みは堆積していく。
なんだか面倒くさい奴らしいな。
何度目かのパンチに僕はもうどうでもよくなっていた。
早く目が覚めればいいと思っていた。
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