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01-03 29歳 研究員
しおりを挟む目覚めてから数日は混乱していた。
巨大施設内で研究者をしているらしい私は、過去何年にもわたる記録がすぐに参照できたので、自分がどんな人物なのかも、ここが何処でどんなことをしているのかも大体の把握は出来た。
いやむしろ逆に、この施設の管理はずさんで、まともな研究所であれば一介の研究員には知られてはいけない内容にまでアクセスすることが出来た。
専門知識がすらすらと頭に入ってくる。
またはすでに頭に入っていることは不思議だった。
しかし、専門性のある分野こそ、一度手順が知れればあとはほとんど自動化しているようなものだ。それを破ることはかえって周りにとって害になるのだから、私は何の問題もなく、過不足なく働くことができた。
どんな組織であっても、事実や検証より社会性が幅を利かせるのだ。
困ったのはいやに馴れ馴れしい何人かの男たちで、予想するに過去に関係があったと考えるのが妥当だろう。
少しでも隙を見せると体に触ろうとしたり、嗜虐的な言葉を投げてよこしたりする。
男とはそういうものだ。一度でも関係を持つとその後も自分に気持ちがあるものだと勘違いする。魅力のない男ほどそういう傾向は強く、女になってみてほとほと嫌気がさす。
この体の元の持主は趣味が悪い。いや、もしかしたら私が二九歳まで生きて、その記憶をなくしているだけかもしれない。または、男たちとは何の関係もなくて、ただあいつらが特別におかしい可能性もあるかもしれない。
女は関係するとすぐに相手を好きになる。あれはあれで鬱陶しかったが、男を相手にするのも同じく面倒なものだと知った。こんなことは、どの世界でも同じらしい。
初めはあの図書館の記憶から60年以上も経っているとわかって、夢かと思ったが、何日もこの世界にいるので、夢というより幻覚かもしれない。
薬でも飲まされて、病院の夢の中にでもいるのだろうか。
もし幻覚だとしても、男女の傾向が通用するのならば、思考の働きを辿って考える自由もあるのだろう。そうだから、考えることも無駄ではないだろう。そうやって、ここ数週間は生きている。女として生きる不思議を味わっている。
鬼石の働きも不思議だ。
世界の表向きの共通認識としては、鬼石というものは日本文化の世界拡散が起こった後に、世界中で発見された奇跡のエネルギー生産物とされている。しかし、本当のところは人体内に生じる凝結物で、これは原始的な恐怖心が物質として人体内に結晶化したものであることがこの研究所で発見された。
鬼石は人間に恐怖を与えることで生じさせられる。特に15歳以下の子どもは鬼石を凝結させやすく、その中でも10歳以下の子どもから取れるものは純度が高い。
どのようにすれば鬼石が効率的に採取できるのか、鬼石をどのように配置すれば最もエネルギーを取り出せるのか、他の使い道はないのか、そのようなことを研究しているのがこの巨大施設なのだ。
人体を媒体にして集積された、この世界のエネルギーが鬼石なのだ。
この場合、世界というのは全宇宙や多次元をも含むらしい。その辺は60年も前の時代から来た私にはまだよくわからない。いや、誰もよくわかっていないのかもしれない。
鬼石の生成過程は秘密にされている。しかし、それは人道的な意味で秘密となっているのではない。15歳以下の子どもに極限の恐怖を抱かせれば鬼石が取り出せることがわかってしまったら、誰にでも鬼石を生産することが可能になるからだ。利害という意味から秘密になっているのだ。そのことのために、私を含めた研究員は、この施設内に実質的に軟禁状態にある。非人道的な研究が当たり前に行われていることを鑑みると、秘密を漏らしたものは何の躊躇もなく殺されるだろう。実際はどうかわからないが、研究員の多くはそう考えているようだ。
この研究所のさまざまな情報にアクセスできるのも、知り得た情報を実質的には外に持ち出し得ないからだろう。むしろ網はもっと広汎で、外に出したとしても、それが拡散できないような措置がすでに取られていると考えたほうがよさそうだ。メディアも何もかもが、この研究所の資本などに牛耳られていると想定したほうがいい。そういうところまで考えが及ぶと、増々圧迫を感じて、研究員は従順に振る舞るしかない。皆どこか怯えた目で過ごしている。その鬱憤が女へのちょっかいとして執拗に発散されているのかもしれない。
こんな差別的な考えはよくないだろうか。女が男へ仕掛ける場合もあるのだし。
内通者もいるらしい。そういうやつには反吐が出る。
ただそれでも私は他の研究員たちよりも状況を楽観視している。
鬼石はその配置によってエネルギーを取り出すことが出来ると書いた。それを活用エネルギーとして、資源として、使うというのが一般の理解だけれども、ある一人の研究者の論文に他の可能性が記されているのを見つけた。それは機密情報扱いになっていたが、私は他の研究者のように怯えてはいないので次々に調べていった。
鬼式錬成陣という記述を見つけた。
鬼石を体内に埋め込んで、それを定まった手順で一定の配置に辿り着かせると、様々な現象を生じさせることが出来るというもので、それは鬼式錬成陣と名付けられていた。
この現象については、こことは別のある機関ですでに研究が進められており、子どもたちによる鬼式錬成陣部隊まで作られつつあるという。
鬼式錬成陣はその個人の特異な体の動きに連動し、基本の術式以外は、個人の個性に依存して発生するものらしい。しかし、そこまで昇華させた術式を発動する者は稀だと言われている。
もし私も鬼石を体に埋めて、私固有の身体の使い方と鬼石の融合を図れば、この施設を抜け出した後も生きてゆかれるかもしれない。
その修練が数日前に納得いく段階まで来たのだ。
私は右腕の肩の下あたりに青い鬼石を一つ、左乳房の左下に赤い鬼石を一つ、右の太ももの付け根の内側に透明な鬼石を一つ、それぞれ埋め込んだ。微調整のため、足首にも小粒な鬼石を三つ貼り付けた。それらを体の動きを使ってそれぞれに操作することでそれぞれの関係性と手順とを変え、物体への分子干渉ができるようになったらしい。原理はわからない。結果はわかる。そのようなものだ。
今なら扉でもなんでも分散させて通り抜けることが出来る。
私は研究所のさまざまなデータを振動情報にして鬼石内に取り込んだ。
さあ、この施設を出て行こう。
机と水と空気との分子構成を変化させて人体を作り出した。そしてこれを燃やした。
よく調べればバレてしまうが、もし調べなければ私が死んだと思ってくれるだろう。少なくとも時間は稼げるだろうし、最悪の場合でもこの施設を牛耳っている連中の表向きの発表には利用されるはずだ。
実際の解決よりも一応の解決というものがより必要とされるのだ。奴らがメディアを抑えているのだとしたら、この世に存在するはずもない人間がいくら喚いても、陰謀論というレッテルを張り付け、言論統制すれば奴らの問題は消え失せる。
執拗に追い回されたり殺されたりする可能性は低くなるはずだ。
一つ不安なことがある。
私の部屋には誰かが出入りしたらしい痕跡がある。
私はここ数週間は特に敏感になっていた。
脱出計画を練り、それを実行していく中で、少しの失敗もあってはならないからだ。
部屋のあちこちにトラップを仕掛けた。
例えば、引き出しを開けると引き出しの裏に張り付けてあるティッシュが切れる仕組み。
本をごくごくわずかに浮かせて傾かせ、動かしたことが分かる仕組み。
研究端末の上に目視できないほどの埃を乗せて触ったことが分かる仕組み。
それらのトラップが私に侵入者の存在を教えていた。
しかし、誰かの侵入に気づいたとしても、騒ぎ立てることはできない。
また相手も密告する気はないらしい。何人かの男たちの変態行為であればいいと、希望的観測を抱いていた。
思えば今回の脱出計画は計画とも言えないようなものだった。
こんなことをしたことがないのだから仕方がないが、殺されていてもおかしくなかった。
目の前で燃える偽装死骸を見て、そんなことを考えた。
施設の見取り図で調べてあった一番壁が薄く、一度の鬼式錬成陣で外に出られる場所から脱出した。
そこは荒野だった。
天空までひと繋がりの大きな風が吹いていた。
世界が胸いっぱいに吹き込むようだった。
さあ、行こうか。
抜け出した施設は、荒野にぽつんと立つ建物らしく、ここから逃れる先には木々の遮りも何もないので、すぐに見つかってしまいそうだ。
自分の周りの空中の分子を振動させた。
姿が見えないようにした。
どこまでいけるか。まあ、やってみよう。
これが現実かどうかもわからない。
気楽にいこうか。
そんな気持ちになっていた。
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