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02-01 8歳 施設
しおりを挟む歴史の授業が最後の6限目だったようだ。夕食までは自由時間らしい。
「ユマ、今日はなにするの?」
ミワと呼ばれた少女が付きまとってくる。
「うーん。まずはここがどんな所かが知りたいかな」
「なにそれ? 新しい遊び?」
「まあ、そうだね。案内してくれたら教えてあげるよ」
適当に合わせて、ここの情報を仕入れることにした。
「ふうん。暇だから、まあいいけど」
ミワは両手を背中で組み、体を反らせ、脚を交差させて立っている。
大人ぶりたいのか自然なのかわからないが、八歳の少女の自意識が滲み出て可愛らしい。
細い猫っ毛をピンでとめて額を出している。性格の活発なのと、髪や体の綺麗に繊細なのとが正反対で、頭を撫でてやりたくなる。
「ミワはきっと将来美人になるよ」
思わず口を突いて出た。
「なっ、なによ、きゅうにぃ」
ミワは照れて赤くなった。
八歳の子どもでもこんな反応をしただろうか。俺にはわからない。ただ、ますます可愛く思えてきた。
「さっ、さあ、いくよ」
階段を先になって急ぐミワは、背後から見ても恥ずかしがっているのがわかる。
「なあ、ミワってスカート短くない?」
「なっ、なに!? またそうやってぇ」
ミワは踊り場にスカートを抑えてしゃがみ込み動けなくなった。
右手でスカートを抑え、左手で俺を殴ってくる。離れているから、ミワの左手は宙を掻く。
それを俺は受け止めて、
「ごめん。変な気は起こしてないから大丈夫。もう見ないから案内してくれよ」
ミワの手は小さく柔らかかった。それを受け止めた自分の手も小さく柔らかいことに気づいた。
ミワが左手で殴ろうとしたのは左利きだからだろうか。そんなことがふと気になって、右上の宙を見ていた。
「案内してあげるけど。本当に見ないでね」
真っ赤になったミワは俯いて、こちらの目も見れないで言った。
階段はミワが俺の腰を後ろから両手で抑えて押すようにして上った。
建物の最上階に着いた。
「まずここが職員室よ。職員室はふたつあって、こっちは一番上の階の職員室。一階にもあるよ。んで、この辺は最上級生の教室だよ」
「最上級生って、この学校は何年まであるの?」
「学校じゃないよ。軍施設だよ。六歳から教練がはじまって、十五歳まで訓練するけど、人によってそれぞれ違うとかなんとかっていってたよ」
「軍!?」
「そだよ。私たちは選ばれた最高の軍隊なんだよ。世界に悪者があらわれたときに戦うことになってるんだよ」
「悪者ってなんなの? なんで子供が戦うんだよ?」
「悪者は日本思想を持った人たちだよ。すっごい悪いことするんだよ。子どもが戦うのは、子どもだけが鬼式錬成陣の本当の力を引きだせるからだよ。大人は鬼石がないと鬼式錬成陣を使えないし、使ったとしても力が小さいから、あんまり役に立たないんだよ」
ミワは自分が物知りだとでも言いたいようで、胸を張って見せた。薄い胸は膨らみ始めていたが、柔らかい後れ毛からはまだ子どもの匂いがした。
どちらともつかないこんな時期の子どもが、軍のことを語るとは悲しい気がした。より残酷という気がした。
それからもミワは案内を続けてくれた。ほぼ日本の学校の作りと同じで、仕組みも似たようなものだった。
日本思想を排斥する仕組みを作っておいて、日本の仕組みは取り入れている不思議が残った。
日本の仕組みを日本の仕組みではないと喧伝し、自分たちに不都合な仕組みや出来事は日本のものだとしてしまうということが行われているのではないか?
いつものやり方か。
これはもっと情報を集めて、落ち着いて考えたほうがよさそうだ。
「これで地上はぜんぶだよ。あと地下もあるよ」
「地下? 学校に地下があるの?」
「だから、学校じゃないってば。地下はね、鬼式錬成陣の能力がおとっているか、まったくない人がいる場所なんだよ。いってみる?」
「えっ、そんなところに入って見てもいいの?」
「いいんだって。みんなはこうならないようにって、いましめっていうの? それでたまに見たほうがいいみたいだよ。授業でもたまにいくよ」
地下への通路には何の制限もなく、守衛もいなければゲートもない。監視カメラのようなものも見つけられなかった。
他と違うのは透明なフィルムが何層にも垂れ下がった通路を通ることだ。別の場所であるという意識づけの効果以外のものはないように思われたが、実際はどうかわからない。
そうして、垂れ下がるフィルムを抜けたその先の重い金属性の開き戸を開けると、そこには苦痛に耐える少年少女たちの姿があった。
教室の壁をすべてガラスにした区画がいくつもあった。ガラスはいわゆるマジックミラーで、あちらからこちらは見えていないようだ。
ガラスの教室にいる子どもたちは、苦痛耐性の試験でもしているかのようだった。
教室内にはさまざまな器具や拘束具などがあり、それらに縛り付けられた子どもたちが殴られ、電気を流され、細く長い針を刺されていた。放置されてやせ細っている者もいた。
拷問を受けた後には、体をスキャンして何かを見ているようだった。白い服をきた作業員が一人ずつついていた。。
「どう? すごいでしょう?」
目の前の光景に目を奪われていた僕は、横から無邪気なミワの声がして驚いた。
「これが普通なのか?」
「そだよ。ミワたちも能力がなくなると、ここに落とされるんだよ」
ミワがこの光景を当然のことのように語り、何も感じなくなっていることが恐ろしかった。
「苦痛に耐えると、鬼石が体の中に結晶化してくるんだよ。それを取り出してみんなのために使えるから、この子たちもいいことをしてるんだよ」
背後で腕を組んだまま、くるんと振り返ったミワの髪は奇麗な円運動をした。首筋とうなじの形のいいのがはっきり見えた。肌理の細かい白い肌だった。美しさと残酷さと無知とが複雑に入り組んでいた。
こういう子どもを生み出し続けているのか。
奥には立ち入り禁止になっている通路が幾つか見えた。
ここにあるのはまだ公開してもいい部類なのだろう。
無能力の子どもたちは何をするんだろうか。それも気になった。
「能力がまったくない子たちは何をしているの?」
「鬼式錬成陣がまったく使えないのも珍しいんだって。大人でもほんの小さいけいせき?くらは残るのに。まったく使えない人たちは珍しいから、それを研究するらしいよ」
「そうなんだぁ」
適当に返答をした。
もうこれ以上はいたたまれない。
ここで虐待を受けている子供たちも可哀相だが、それと同時にミワのような洗脳された子ども達も可哀相で見ていられない。
「でもね、地下から地上に上がった子もいるんだよ」
「えっ! どうやって?」
「ああいう訓練を受けているとね、たまに体から黒い煙が出てくる子がいるの。そういう子は鬼式の能力がすんごくあがるんだよ。そうすると軍に入れるようになるんだよ」
そういう希望があると吹き込まないとこのシステムを維持できないのか、それとも本当にそういう子がいるのか。
「例えば、うちのクラスにもいたりするの?」
「いるよ。マーナちゃんだよ。ってユマも知っているでしょ! うちの隊の隊長なんだから」
「隊長? どういうこと。もう編成されているの?」
「わたしもよくわかんなけど、4人で組みを作って、それが4つ集まったのが一番小さい隊だよ。マーナちゃんはわたしたちの4人の組の班長で第6小隊の隊長だよ」
「わたしたちって、誰なんだ?」
「バカ、ユマ。ユマとわたしとマーナちゃんと、カルメちゃん。でもカルメちゃんはどこかにいなくなったよ……」
ミワは俯いて言葉を切った。いや途切れたというほうが正しい。
失踪者まで出てるのか。これはいろいろと面倒な施設だな。今日はこれ以上聞かないでおこう。
地下の存在は衝撃的だった。それに地下から上がった人間が本当にいるとは意外だ。そういう風に洗脳された可能性も否定できないが、ひとまずは信じておこう。
すべてを疑いだしたら切りがない。
「ミワ、今日はありがとう。楽しかったよ!」
そう言って、つい子どもにやるように、ミワの頭を撫でた。
「うぅ、なによぅ。大人ぶっちゃって」
ミワは表面上では反抗して見せて、内心では喜んでいるのがはっきりわかった。やはり子どもだ。
僕はミワのことが可愛くて仕方がなくなり、父性からミワを抱きしめた。
「ちょ、ちょっと。恥ずかしいよぅ」
ミワは俺の腕の中で体をくねらせてから、あきらめたように力を抜くと、結局はしがみついてきた。
女は幼くても女なのかもしれない。
どんな女にもどこかしら可愛いところがある。それを見つけられるかどうかは男の側の問題だと思う。
そんなことを子どもを抱きしめて考えている自分の危なさに気づいた……。
あぶねぇあぶねぇ。
「夕食にいこうぜ!」
「うん。いこう。あっ、階段はわたしが先に降りるね」
可愛いことをいうミワがおかしくって、
「見えても大したことないよ。柄も子どもっぽかったし」
僕がそういうと、急にミワの顔色が変わった。
「はぁ!?」
じ、地雷を踏んだ。
それからミワは黙った。
はぁ!? しか言わないのが余計に怖い。フォローしたつもりが完全に墓穴を掘った。
「いやぁ……」
こっちをぎりりと睨んだ後、ミワは走って行ってしまった。
この施設といい、子どもたちとの付き合い方といい、今後面倒なことが目白押しだ……。
先が思いやられる。
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