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12巻
12-3
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一方、アランは何やら自分の荷物をごそごそと漁っていた。
それを見たルトヴィアスが彼に声をかける。
「アランさん、何持ってきたんですか?」
「釣り竿だよ~。俺の地元の町、この川の上流にあってさ、子供の頃はよく釣りをしたんだ」
「へえ~」
どうやらアランは自前の釣り竿を持参したらしい。
「ルトくん、釣りしない?」
「え、俺は……」
アランは二本持ってきた釣り竿のうちの一本をルトヴィアスに差し出す。ルトヴィアスは戸惑った様子で、助けを求めるようにリサを見た。
しかし、そんな彼にアランは笑顔で迫る。
「初めてなら教えてあげるよ~」
「でも――」
「せっかくだし勝負しよう」
アランが勝負と言った途端、ルトヴィアスの目の色が変わる。それを見てアランはにやりと口角を上げた。
「初めてみたいだから、ハンデつけたげる」
「……ビギナーズラックという言葉を知りませんか?」
ルトヴィアスはアランの言葉に煽られ、やる気になったようだ。釣り竿を受け取って川の方へ歩いていく。
長らくカフェ・おむすびの常連だったルトヴィアスは、アランとももちろん顔見知りだ。しかし、初めは少しギクシャクしていたのだ。
というより、ルトヴィアスがアランのことを敵視しているきらいがあった。
アランがカフェ・おむすびで働き出したのは、ちょうどルトヴィアスが料理人を目指し始めた時期で、リサやジークから料理を教えてもらいたいと切望していた頃だった。ゆえにアランに対して、羨望と共に嫉妬心を抱いたようだ。アランもそれがわかっていて、わざとからかっていたような節がある。
ルトヴィアスが料理科に入り、精神的にも技術的にも成長したことで、アランに対する態度は軟化した。
しかし、わだかまりは完全にはなくならず、お互い料理人として尊重し合ってはいても、仲よくはなりきれない微妙な関係になっていたのだ。
そんなアランとルトヴィアスが釣り勝負とは、リサとしても結果が楽しみである。
「さて、私もその辺を散策してくるとするかね」
セビリヤが「よいしょ」と言って敷物から立ち上がる。
「お昼ご飯作って待ってますね」
「楽しみにしてるよ。ああ、野外を散策するのは何年ぶりかな」
そう言いながらセビリヤは嬉しそうに笑う。
動植物学の研究者だったセビリヤは、若い頃いろんな場所を巡り、動植物の観察をしていたと聞く。今は一線から退き、料理科で講師をしてくれているが、その頃の血が騒ぐのかもしれない。
川からの涼しい風が吹く中、メンバーはそれぞれ好きなように時間を過ごし始める。
リサは背中のクッションに寄りかかりながら、その様子を穏やかに見守った。
第四章 バーベキューは豪快にいきましょう!
バーベキューの醍醐味といえば、普段は作れない豪快な料理を作ることだ。たとえ普段と同じメニューだったとしても、家で作るものより不思議とおいしく感じられる。
そんなわけで、今回のバーベキューでもリサはいろいろな料理を考えてきていた。
まず、一番時間がかかる料理から作り始める。
ダッチオーブンを使った煮込み料理だ。
「さて、ぼちぼち作りますかー」
リサが敷物から立ち上がると、ジークとメリルが咎めるような視線を送ってきた。
「リサは座っててくれ。俺がやるから」
「えー、でも料理したい……」
野外で豪快に料理をする機会なんてそうそうない。この機会を、リサはおそらくメンバーの誰よりも楽しみにしていたのだ。
「ジークってこんなに過保護だったのか……?」
リサとジークのやりとりを見て、ラインハルトが驚きと呆れの交じったような顔をする。
「心配なのはわかるけど、大丈夫だって~」
リサは説得するように言うが、ジークは首を縦に振らない。
すると見かねたラインハルトが何かを準備し始めた。
荷物を入れてきた木箱をひっくり返し、竈の周りにいくつか並べて置く。さらに敷物の上に置いていたクッションを持ってきて、その木箱の上に載せた。
「ほら、リサさんはこれに座ってもらえばいいだろ?」
「うわぁ、ラインハルトくんありがとう!」
リサは笑顔でお礼を言う。ラインハルトは木箱で簡易な椅子を作ってくれたのだ。
「俺は料理できないけど、火の番はやるから、おいしいもの作ってくれよ」
そう言って、彼はにかっと笑う。こういう気遣いもでき、男らしくて頼れるところがラインハルトのいいところだ。
こうなるとジークも反対できず、ぐうっと息を詰まらせる。
彼とてリサのことを束縛したいわけではない。心配であるがゆえのことなのだ。本当はジークもラインハルトと同じように、リサのおいしい料理を期待している。
「……重い鍋を運んだりするのは俺がやるからな」
「うん、よろしく!」
ジークが折れたところで、いよいよ料理開始だ。
まずは煮込むのに時間がかかるものから仕込む。リサの指示でジークが取り出したのは、一羽丸ごとの鳥肉だ。
ラインハルトが火おこしの準備をしながら、「丸焼きか?」と尋ねる。
それを聞いたリサは思わずクスリと笑った。
たしかにこの形を見ると丸焼き――ローストチキンを想像するが、今日作るのは違う。
鳥肉の中には、クロード領原産のもち米に、刻んだ香草と唐辛子に似たペルテンという野菜を交ぜたものを詰める。中身がこぼれ出ないよう、端に木串を刺して止めていた。
それをダッチオーブンに入れ、ぶつ切りにした白いネギのような野菜――ニーオレをたっぷりと入れる。鳥肉の周りに敷き詰めるような感じだ。
さらにセベルという、しょうがに似た根菜を千切りにして加え、塩を少し振りかける。
最後に、鳥肉が完全に浸るくらいの水を入れ、竈の上にセットした。
「沸騰するまで中火で、そのあとは弱火ね」
「了解!」
ラインハルトは任せろと言わんばかりに応えると、竈に組んだ薪に、着火用の魔術具で火をつけた。
こちらの世界には木炭がないので、今回のバーベキューは薪で行う。野営で薪を使い慣れているラインハルトの存在は、かなりありがたかった。
あっという間に着火し、火が大きくなる。火はダッチオーブンの底にしっかり届き、中身が加熱され始めた。
丸ごとの鳥肉を使ったこの料理は参鶏湯。韓国のスープ料理だ。
じっくり煮込むと鳥のエキスがスープに溶け出し、さらにお肉もほろほろになっておいしい。
ダッチオーブンは保温効果に優れているので、時間がかかる煮込み料理にぴったりだ。
時季的に熱いスープはどうかと思ったが、一品くらいあってもいいかと考え、参鶏湯を作ることにしたのである。
火加減の調整をラインハルトに託し、リサは次の料理に移る。
バーベキューやキャンプといえば、やっぱりカレー。
今回はひき肉を使ったキーマカレーを作るつもりだ。
「次はカレーね」
「ああ」
リサがジークに指示を出すと、少し離れたところから「カレー!?」という声が聞こえてきた。
声のした方を見てみると、リクハルドと一緒に付近を散策していたヴィルナが、急いでこちらに向かってくる。
「リサさん、カレー作るの!?」
そばに来るなり、そわそわしながら確認してくるヴィルナ。
リサは笑顔で頷いた。
「うん。野菜とひき肉のキーマカレーだよ」
「やった!」
ヴィルナはよほど嬉しかったのか、両手をぐっと握る。
「カレーって、たしか総帥が好きな料理だったよね?」
リクハルドが思い出したように言った。総帥とは、ヴィルナの父ロディオンのことだ。彼らの母国ニーゲンシュトックの騎士団で総帥を務めている。
ロディオンは以前、リサがフェリフォミア騎士団に野外料理の指導をした際、たまたま視察に来ていて、その時作ったカレーをいたく気に入っていたのだ。
ヴィルナから聞くところによると、ニーゲンシュトックに戻ってからも、リサの作ったカレーを再現しようと、たびたび料理人に作らせているらしい。
「なんか暑い時ってカレーが食べたくなるよね! 暑い、辛い、でもおいしいって感じで!」
「ふふ、わかるわかる」
ヴィルナの抽象的な言葉に、リサは笑って頷く。
たしかに暑い中、汗をかきながら食べるカレーは無性においしい。
「カレー作るなら私も手伝うよ!」
「本当!? 助かる~」
ヴィルナの申し出をありがたく受けたリサだが、ヴィルナには料理ではなく、カレーに使う竈の火おこしをお願いする。
「任せて!」と請け負うヴィルナも端からそのつもりだったらしい。というのも、彼女は料理が苦手なのである。
参鶏湯を煮込んでいるのとは別の竈で、ヴィルナが火をおこし始める。彼女も騎士団の野営で薪の扱いに慣れているのか、あっという間に火がついた。
その竈にジークが鍋をかける。
鍋が温まったところで油を引き、あらかじめみじん切りにしてきた野菜を投入。きつね色になるまでじっくり炒めるのがポイントだ。
焦げつかないよう木べらをしきりに動かしながら、ジークがヴィルナに「火が強い」「今度は弱い」と細かく注文をつけている。
それに文句を言いつつも、ヴィルナは火ばさみを巧みに使い、火加減を調整していた。
「やっぱり仲いいですね、あの二人」
隣にいたリクハルドがリサに話しかけてくる。
「そうですね。学院時代から一緒だったって言ってましたし」
「……ヴィルナはこのままフェリフォミアにいた方がいいのかも」
リクハルドが切なそうに呟く。すぐ近くにいるリサには聞こえたが、ジークと賑やかに言い合っているヴィルナの耳には届いていないだろう。
「うーん、それはどうでしょうか」
「どう、とは……?」
「ヴィルナさん、ニーゲンシュトックに『帰る』って言ってましたよ。当たり前かもしれませんが、帰るっていうのは、そこが自分の居場所だって思ってるからじゃないですか?」
「ヴィルナが……」
リサの言葉に、リクハルドが嬉しそうに頬を緩ませた。
「もちろん私も、ヴィルナさんがニーゲンシュトックに帰っちゃうのは寂しいですよ? でも一生会えないわけじゃないし、手紙とかでもやりとりできますしね」
物理的には離れてしまうが、友達であることは変わりない。
それに国が違ったとしても、会う方法がないわけではないのだ。
――同じ世界にいるんだからね。
リサは元の世界に、もう会うことさえできない人たちがいる。それを思えば、近いうちに訪れるヴィルナとの別れは、そんなに辛くなかった。
「それに」
リサはセンチメンタルな気持ちを振り払うように明るく続ける。
「ヴィルナさん、帰る理由を聞かれた時、照れつつも嬉しそうにしてましたから!」
ヴィルナがニーゲンシュトックに帰る理由は、リクハルドとの結婚だ。幼馴染で長い間婚約していたリクハルドと、ついに式を挙げるという。
フェリフォミアにいるのは、ヴィルナが二十歳になるまでという約束だったらしいのだが、なんやかんやと延びてしまっていた。フェリフォミア騎士団の水がヴィルナに合っていて、居心地がよかったようだ。
しかし、昨年の夏。
リサとジークが新婚旅行でニーゲンシュトックに行った際、案内を買って出てくれたヴィルナとリクハルドが大喧嘩し、あわや婚約解消!? という状態までいってしまった。
だが、結果的に婚約は解消されず、むしろ二人の仲が深まることになったのだ。
また、新婚のリサとジークに触発されてか、ヴィルナもリクハルドとの結婚をより現実のものとして意識したように思える。
だからこの一年は騎士団の仕事を徐々に引き継いだり、お世話になった人に会いに行ったりしていたと、リサはラインハルトから聞いていた。
その姿はニーゲンシュトックに帰り、リクハルドと結婚するのを待ち望んでいるように見えた。
ヴィルナの気持ちは実にわかりやすかったが、ニーゲンシュトックにいたリクハルドにはわからなくて当然だ。
もしかしたら彼は、ヴィルナが嫌々帰ってくるのではないかと不安になっていたのかもしれない。
「ヴィルナさんが、こんなに長くフェリフォミアにいられたのって、リクハルドさんの存在があったからなんじゃないですか? 自分の帰りを絶対に待ってくれてるって、信じてたからだと思います」
リサが微笑みながら言うと、リクハルドもふわりと柔らかく笑った。
「ふふ、そうかも。僕もヴィルナが帰ってくることは疑いもしなかったからね」
小さい頃はずっと一緒だった二人。だからこその信頼関係がある。
もちろん素直になれなかったり、喧嘩したりすることもあるけれど、心の奥底では固い絆で結ばれていた。
ふと視線を動かしたリクハルドにつられ、リサもそちらに目を向ける。
そこには火の調整をしながらも、ジークが作るキーマカレーに熱い視線を注ぐヴィルナの姿があった。
彼女が不意に顔を上げる。
どうやらリサとリクハルドが自分を見ていることに気づいたらしい。
「リクハルド、カレーもうすぐできるよ!」
ヴィルナは屈託のない笑顔で、片手に持った火ばさみを振る。
「いや、しばらく煮込むから食べられるのはまだ先だぞ」
「ええ!? そんなっ!!」
ジークの突っ込みに、絶望したような顔をするヴィルナ。
表情豊かな彼女の大きなリアクションに、リサとリクハルドは思わず顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく肩を震わせ、笑いをはじけさせた。
第五章 それぞれの川遊びです。
ルトヴィアスは釣り竿を手に、せせらぐ川をぼーっと見つめていた。
よくわからないうちにアランに乗せられ、彼と釣り勝負をすることになってしまった。ルールは『より多くの魚を獲った方が勝ち』というシンプルなもの。
ハンデらしいハンデはないが、釣り初心者のルトヴィアスに、アランがある程度のレクチャーをしてくれた。
釣り竿の先に疑似餌と仕掛けをつけ、それを流れに沿って動かせば魚が食らいつくという。
当初は意気込んでいたルトヴィアスだが、しばらく経つと疲れてきてしまった。
何しろ仕掛けは川の流れに流されていくので、時々糸を引き上げてはまた投げるという作業が必要になる。
これが結構疲れるのだ。
ルトヴィアスはちょっと休憩しようと思い、仕掛けを川に流した状態のまま、周りに目を向けてみる。
視界に入るのは、楽しそうな顔で釣りに勤しむアランの姿と、その近くで川に足首までつけて涼むヘレナの姿。
アランは少し前にさっそく一匹目を釣り上げ、きゃあきゃあ喜ぶヘレナの前で得意げになっていた。この勢いで二匹目もゲットしようと、すぐさま仕掛けを投げ入れている。
ルトヴィアスより八つも年上だというのに、とても無邪気に楽しんでいた。
彼のこういうところが少し疎ましくもあり、そして羨ましくもある。今でこそ普通に話せるが、出会った頃は敵意を向けてばかりいた。
アランがカフェ・おむすびで働くようになったのは、ちょうどルトヴィアスが料理人になろうと決めた頃だった。
リサ、ジーク、ヘレナの三人で営業していたカフェに、突如やってきた四人目の店員。
それまで王宮の厨房で働いていた彼は、カフェの即戦力となった。あっという間に馴染み、仕事を覚えていくアラン。リサもジークも一目置くようになったし、これから料理人としてさらに成長していくことを期待していた。
それが、とてつもなく羨ましかったのだ。
まだ学院の初等科に通っていたルトヴィアスは、リサやジークが作る料理を、ただ食べることしかできなかった。
リサの監修のもと創設されることになった料理科も、できるのはまだ先で、たとえ予定が早まったとしても、年齢的に進学することができない。
幼く、何もできない自分がもどかしかった。
正直に言ってしまえば、ルトヴィアスのアランに対する態度は、やつあたりだったのだ。たぶんアランもそれがわかっていて、ルトヴィアスに優しく接してくれていたのだろう。
今考えると、ひどく幼稚でどうしようもない子供だった。そんな自分を恥ずかしく思う。
やがて料理科に入り、料理を学んだことで、アランのすごさを身をもって知った。もちろんリサとジークがすごいのは知っていたが、二人への尊敬の念も増した。
アランのすごさは応用力と発想力だ。さらに言えば柔軟性もある。
リサとジークの作る料理は、この世界ではいい意味で異質と言える。
使う道具から始まり、調理法や食材の組み合わせ、そして味まで、どこをとってもオリジナリティにあふれている。
何より抜群においしい。料理の世界において『おいしい』というのは絶対の正義だ。
そんな二人のすごさを素直に受け入れ、自分なりに応用するのは、決して簡単なことではない。
特に長い間、料理人としてやってきた人は、既存のやり方に慣れている。そんな人ほど、リサやジークの型破りな料理法をなかなか受け入れられないらしい。
だからアランの応用力や柔軟性は、カフェ・おむすびに合っていたのかもしれない。彼はめきめき頭角を現し、今では二号店の店長にまでなっている。
「あ、引いてる!」
アランの竿がしなるのを見て、ヘレナが声を上げた。
「っしゃあ!」
上手くタイミングを合わせて、アランが竿を引き上げる。
すると仕掛けの先には、ピチピチと活きのいい魚が食いついていた。
「もう二匹目! すごいすごい!!」
「今日は調子いいなぁ」
なかなかの釣果にアランは上機嫌で呟く。
釣れた魚を針から外し、水を張ったバケツに入れた。
「ルトくんはどう?」
まだ一匹も釣れていないルトヴィアスの方をヘレナが覗き込んでくる。
「いや、俺は全然……」
もとより釣りをしたかったわけではないので、やる気もそこまでない。投げっぱなしだった仕掛けを引き上げるが、当然そこに魚はついていなかった。
「ビギナーズラックはなかったかぁ」
さっきのルトヴィアスの言葉を覚えていたアランが、からかうような笑みを浮かべる。
――せっかくこの人のこと見直してたのに! やっぱり苦手だ!!
ムッと顔をしかめるルトヴィアス。だが、そこであることを思いついた。
「ふん、ちまちま一匹ずつ釣るなんて俺の性に合わないし、効率が悪いんですよ! ――シャーノア!!」
ルトヴィアスは自身の精霊であるシャーノアを呼んだ。
リサの精霊バジルと共に、水面付近をふわふわ飛んでいたシャーノアが、すぐにこちらにやってくる。
「なんですか? マスター」
「魚を水ごと掬えるか?」
「もちろん!」
ルトヴィアスの言葉に頷いたシャーノアは、魚が集まっているところに飛んでいく。そして小さな手をさっと振った。
「それっ!」
すると、まるで水が生きているかのように動き、塊になって宙に浮かび上がる。その中に魚が何匹もいるのが見えた。
シャーノアはその塊をルトヴィアスのもとへ運んでくる。
バケツの上まで来ると、塊は溶けるように形を変えた。重力に従い、魚ごとバケツの中に落ちていく。
「ええっ!?」
ヘレナが驚きの声を上げる。ルトヴィアスは一瞬のうちにアランの釣果を上回ってしまったのだ。当のアランも目を見開いて仰天していた。
「もしかして精霊が……?」
「はい、俺の精霊は水と相性がいいので、このくらいわけないです」
アランもヘレナも精霊を見ることができない。彼らの目には水が勝手に動き、魚ごとバケツの中に入ったように見えただろう。
「すごい。たしかにこれなら、あっという間に魚が獲れるわね……」
「いや、そうだけど、釣りの醍醐味は……」
ヘレナは唖然としながらも頷き、アランは釣り本来の楽しみとは程遠いやり方に遠い目をしている。
「アランさんのペースだと、人数分の魚が釣れる頃には日が暮れてますよ。それに、より多くの魚を獲った方が勝ち、っていうルールだったじゃないですか。釣った方が勝ちとは言ってませんでしたよね?」
ルトヴィアスはニヤリと笑う。
それを見たルトヴィアスが彼に声をかける。
「アランさん、何持ってきたんですか?」
「釣り竿だよ~。俺の地元の町、この川の上流にあってさ、子供の頃はよく釣りをしたんだ」
「へえ~」
どうやらアランは自前の釣り竿を持参したらしい。
「ルトくん、釣りしない?」
「え、俺は……」
アランは二本持ってきた釣り竿のうちの一本をルトヴィアスに差し出す。ルトヴィアスは戸惑った様子で、助けを求めるようにリサを見た。
しかし、そんな彼にアランは笑顔で迫る。
「初めてなら教えてあげるよ~」
「でも――」
「せっかくだし勝負しよう」
アランが勝負と言った途端、ルトヴィアスの目の色が変わる。それを見てアランはにやりと口角を上げた。
「初めてみたいだから、ハンデつけたげる」
「……ビギナーズラックという言葉を知りませんか?」
ルトヴィアスはアランの言葉に煽られ、やる気になったようだ。釣り竿を受け取って川の方へ歩いていく。
長らくカフェ・おむすびの常連だったルトヴィアスは、アランとももちろん顔見知りだ。しかし、初めは少しギクシャクしていたのだ。
というより、ルトヴィアスがアランのことを敵視しているきらいがあった。
アランがカフェ・おむすびで働き出したのは、ちょうどルトヴィアスが料理人を目指し始めた時期で、リサやジークから料理を教えてもらいたいと切望していた頃だった。ゆえにアランに対して、羨望と共に嫉妬心を抱いたようだ。アランもそれがわかっていて、わざとからかっていたような節がある。
ルトヴィアスが料理科に入り、精神的にも技術的にも成長したことで、アランに対する態度は軟化した。
しかし、わだかまりは完全にはなくならず、お互い料理人として尊重し合ってはいても、仲よくはなりきれない微妙な関係になっていたのだ。
そんなアランとルトヴィアスが釣り勝負とは、リサとしても結果が楽しみである。
「さて、私もその辺を散策してくるとするかね」
セビリヤが「よいしょ」と言って敷物から立ち上がる。
「お昼ご飯作って待ってますね」
「楽しみにしてるよ。ああ、野外を散策するのは何年ぶりかな」
そう言いながらセビリヤは嬉しそうに笑う。
動植物学の研究者だったセビリヤは、若い頃いろんな場所を巡り、動植物の観察をしていたと聞く。今は一線から退き、料理科で講師をしてくれているが、その頃の血が騒ぐのかもしれない。
川からの涼しい風が吹く中、メンバーはそれぞれ好きなように時間を過ごし始める。
リサは背中のクッションに寄りかかりながら、その様子を穏やかに見守った。
第四章 バーベキューは豪快にいきましょう!
バーベキューの醍醐味といえば、普段は作れない豪快な料理を作ることだ。たとえ普段と同じメニューだったとしても、家で作るものより不思議とおいしく感じられる。
そんなわけで、今回のバーベキューでもリサはいろいろな料理を考えてきていた。
まず、一番時間がかかる料理から作り始める。
ダッチオーブンを使った煮込み料理だ。
「さて、ぼちぼち作りますかー」
リサが敷物から立ち上がると、ジークとメリルが咎めるような視線を送ってきた。
「リサは座っててくれ。俺がやるから」
「えー、でも料理したい……」
野外で豪快に料理をする機会なんてそうそうない。この機会を、リサはおそらくメンバーの誰よりも楽しみにしていたのだ。
「ジークってこんなに過保護だったのか……?」
リサとジークのやりとりを見て、ラインハルトが驚きと呆れの交じったような顔をする。
「心配なのはわかるけど、大丈夫だって~」
リサは説得するように言うが、ジークは首を縦に振らない。
すると見かねたラインハルトが何かを準備し始めた。
荷物を入れてきた木箱をひっくり返し、竈の周りにいくつか並べて置く。さらに敷物の上に置いていたクッションを持ってきて、その木箱の上に載せた。
「ほら、リサさんはこれに座ってもらえばいいだろ?」
「うわぁ、ラインハルトくんありがとう!」
リサは笑顔でお礼を言う。ラインハルトは木箱で簡易な椅子を作ってくれたのだ。
「俺は料理できないけど、火の番はやるから、おいしいもの作ってくれよ」
そう言って、彼はにかっと笑う。こういう気遣いもでき、男らしくて頼れるところがラインハルトのいいところだ。
こうなるとジークも反対できず、ぐうっと息を詰まらせる。
彼とてリサのことを束縛したいわけではない。心配であるがゆえのことなのだ。本当はジークもラインハルトと同じように、リサのおいしい料理を期待している。
「……重い鍋を運んだりするのは俺がやるからな」
「うん、よろしく!」
ジークが折れたところで、いよいよ料理開始だ。
まずは煮込むのに時間がかかるものから仕込む。リサの指示でジークが取り出したのは、一羽丸ごとの鳥肉だ。
ラインハルトが火おこしの準備をしながら、「丸焼きか?」と尋ねる。
それを聞いたリサは思わずクスリと笑った。
たしかにこの形を見ると丸焼き――ローストチキンを想像するが、今日作るのは違う。
鳥肉の中には、クロード領原産のもち米に、刻んだ香草と唐辛子に似たペルテンという野菜を交ぜたものを詰める。中身がこぼれ出ないよう、端に木串を刺して止めていた。
それをダッチオーブンに入れ、ぶつ切りにした白いネギのような野菜――ニーオレをたっぷりと入れる。鳥肉の周りに敷き詰めるような感じだ。
さらにセベルという、しょうがに似た根菜を千切りにして加え、塩を少し振りかける。
最後に、鳥肉が完全に浸るくらいの水を入れ、竈の上にセットした。
「沸騰するまで中火で、そのあとは弱火ね」
「了解!」
ラインハルトは任せろと言わんばかりに応えると、竈に組んだ薪に、着火用の魔術具で火をつけた。
こちらの世界には木炭がないので、今回のバーベキューは薪で行う。野営で薪を使い慣れているラインハルトの存在は、かなりありがたかった。
あっという間に着火し、火が大きくなる。火はダッチオーブンの底にしっかり届き、中身が加熱され始めた。
丸ごとの鳥肉を使ったこの料理は参鶏湯。韓国のスープ料理だ。
じっくり煮込むと鳥のエキスがスープに溶け出し、さらにお肉もほろほろになっておいしい。
ダッチオーブンは保温効果に優れているので、時間がかかる煮込み料理にぴったりだ。
時季的に熱いスープはどうかと思ったが、一品くらいあってもいいかと考え、参鶏湯を作ることにしたのである。
火加減の調整をラインハルトに託し、リサは次の料理に移る。
バーベキューやキャンプといえば、やっぱりカレー。
今回はひき肉を使ったキーマカレーを作るつもりだ。
「次はカレーね」
「ああ」
リサがジークに指示を出すと、少し離れたところから「カレー!?」という声が聞こえてきた。
声のした方を見てみると、リクハルドと一緒に付近を散策していたヴィルナが、急いでこちらに向かってくる。
「リサさん、カレー作るの!?」
そばに来るなり、そわそわしながら確認してくるヴィルナ。
リサは笑顔で頷いた。
「うん。野菜とひき肉のキーマカレーだよ」
「やった!」
ヴィルナはよほど嬉しかったのか、両手をぐっと握る。
「カレーって、たしか総帥が好きな料理だったよね?」
リクハルドが思い出したように言った。総帥とは、ヴィルナの父ロディオンのことだ。彼らの母国ニーゲンシュトックの騎士団で総帥を務めている。
ロディオンは以前、リサがフェリフォミア騎士団に野外料理の指導をした際、たまたま視察に来ていて、その時作ったカレーをいたく気に入っていたのだ。
ヴィルナから聞くところによると、ニーゲンシュトックに戻ってからも、リサの作ったカレーを再現しようと、たびたび料理人に作らせているらしい。
「なんか暑い時ってカレーが食べたくなるよね! 暑い、辛い、でもおいしいって感じで!」
「ふふ、わかるわかる」
ヴィルナの抽象的な言葉に、リサは笑って頷く。
たしかに暑い中、汗をかきながら食べるカレーは無性においしい。
「カレー作るなら私も手伝うよ!」
「本当!? 助かる~」
ヴィルナの申し出をありがたく受けたリサだが、ヴィルナには料理ではなく、カレーに使う竈の火おこしをお願いする。
「任せて!」と請け負うヴィルナも端からそのつもりだったらしい。というのも、彼女は料理が苦手なのである。
参鶏湯を煮込んでいるのとは別の竈で、ヴィルナが火をおこし始める。彼女も騎士団の野営で薪の扱いに慣れているのか、あっという間に火がついた。
その竈にジークが鍋をかける。
鍋が温まったところで油を引き、あらかじめみじん切りにしてきた野菜を投入。きつね色になるまでじっくり炒めるのがポイントだ。
焦げつかないよう木べらをしきりに動かしながら、ジークがヴィルナに「火が強い」「今度は弱い」と細かく注文をつけている。
それに文句を言いつつも、ヴィルナは火ばさみを巧みに使い、火加減を調整していた。
「やっぱり仲いいですね、あの二人」
隣にいたリクハルドがリサに話しかけてくる。
「そうですね。学院時代から一緒だったって言ってましたし」
「……ヴィルナはこのままフェリフォミアにいた方がいいのかも」
リクハルドが切なそうに呟く。すぐ近くにいるリサには聞こえたが、ジークと賑やかに言い合っているヴィルナの耳には届いていないだろう。
「うーん、それはどうでしょうか」
「どう、とは……?」
「ヴィルナさん、ニーゲンシュトックに『帰る』って言ってましたよ。当たり前かもしれませんが、帰るっていうのは、そこが自分の居場所だって思ってるからじゃないですか?」
「ヴィルナが……」
リサの言葉に、リクハルドが嬉しそうに頬を緩ませた。
「もちろん私も、ヴィルナさんがニーゲンシュトックに帰っちゃうのは寂しいですよ? でも一生会えないわけじゃないし、手紙とかでもやりとりできますしね」
物理的には離れてしまうが、友達であることは変わりない。
それに国が違ったとしても、会う方法がないわけではないのだ。
――同じ世界にいるんだからね。
リサは元の世界に、もう会うことさえできない人たちがいる。それを思えば、近いうちに訪れるヴィルナとの別れは、そんなに辛くなかった。
「それに」
リサはセンチメンタルな気持ちを振り払うように明るく続ける。
「ヴィルナさん、帰る理由を聞かれた時、照れつつも嬉しそうにしてましたから!」
ヴィルナがニーゲンシュトックに帰る理由は、リクハルドとの結婚だ。幼馴染で長い間婚約していたリクハルドと、ついに式を挙げるという。
フェリフォミアにいるのは、ヴィルナが二十歳になるまでという約束だったらしいのだが、なんやかんやと延びてしまっていた。フェリフォミア騎士団の水がヴィルナに合っていて、居心地がよかったようだ。
しかし、昨年の夏。
リサとジークが新婚旅行でニーゲンシュトックに行った際、案内を買って出てくれたヴィルナとリクハルドが大喧嘩し、あわや婚約解消!? という状態までいってしまった。
だが、結果的に婚約は解消されず、むしろ二人の仲が深まることになったのだ。
また、新婚のリサとジークに触発されてか、ヴィルナもリクハルドとの結婚をより現実のものとして意識したように思える。
だからこの一年は騎士団の仕事を徐々に引き継いだり、お世話になった人に会いに行ったりしていたと、リサはラインハルトから聞いていた。
その姿はニーゲンシュトックに帰り、リクハルドと結婚するのを待ち望んでいるように見えた。
ヴィルナの気持ちは実にわかりやすかったが、ニーゲンシュトックにいたリクハルドにはわからなくて当然だ。
もしかしたら彼は、ヴィルナが嫌々帰ってくるのではないかと不安になっていたのかもしれない。
「ヴィルナさんが、こんなに長くフェリフォミアにいられたのって、リクハルドさんの存在があったからなんじゃないですか? 自分の帰りを絶対に待ってくれてるって、信じてたからだと思います」
リサが微笑みながら言うと、リクハルドもふわりと柔らかく笑った。
「ふふ、そうかも。僕もヴィルナが帰ってくることは疑いもしなかったからね」
小さい頃はずっと一緒だった二人。だからこその信頼関係がある。
もちろん素直になれなかったり、喧嘩したりすることもあるけれど、心の奥底では固い絆で結ばれていた。
ふと視線を動かしたリクハルドにつられ、リサもそちらに目を向ける。
そこには火の調整をしながらも、ジークが作るキーマカレーに熱い視線を注ぐヴィルナの姿があった。
彼女が不意に顔を上げる。
どうやらリサとリクハルドが自分を見ていることに気づいたらしい。
「リクハルド、カレーもうすぐできるよ!」
ヴィルナは屈託のない笑顔で、片手に持った火ばさみを振る。
「いや、しばらく煮込むから食べられるのはまだ先だぞ」
「ええ!? そんなっ!!」
ジークの突っ込みに、絶望したような顔をするヴィルナ。
表情豊かな彼女の大きなリアクションに、リサとリクハルドは思わず顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく肩を震わせ、笑いをはじけさせた。
第五章 それぞれの川遊びです。
ルトヴィアスは釣り竿を手に、せせらぐ川をぼーっと見つめていた。
よくわからないうちにアランに乗せられ、彼と釣り勝負をすることになってしまった。ルールは『より多くの魚を獲った方が勝ち』というシンプルなもの。
ハンデらしいハンデはないが、釣り初心者のルトヴィアスに、アランがある程度のレクチャーをしてくれた。
釣り竿の先に疑似餌と仕掛けをつけ、それを流れに沿って動かせば魚が食らいつくという。
当初は意気込んでいたルトヴィアスだが、しばらく経つと疲れてきてしまった。
何しろ仕掛けは川の流れに流されていくので、時々糸を引き上げてはまた投げるという作業が必要になる。
これが結構疲れるのだ。
ルトヴィアスはちょっと休憩しようと思い、仕掛けを川に流した状態のまま、周りに目を向けてみる。
視界に入るのは、楽しそうな顔で釣りに勤しむアランの姿と、その近くで川に足首までつけて涼むヘレナの姿。
アランは少し前にさっそく一匹目を釣り上げ、きゃあきゃあ喜ぶヘレナの前で得意げになっていた。この勢いで二匹目もゲットしようと、すぐさま仕掛けを投げ入れている。
ルトヴィアスより八つも年上だというのに、とても無邪気に楽しんでいた。
彼のこういうところが少し疎ましくもあり、そして羨ましくもある。今でこそ普通に話せるが、出会った頃は敵意を向けてばかりいた。
アランがカフェ・おむすびで働くようになったのは、ちょうどルトヴィアスが料理人になろうと決めた頃だった。
リサ、ジーク、ヘレナの三人で営業していたカフェに、突如やってきた四人目の店員。
それまで王宮の厨房で働いていた彼は、カフェの即戦力となった。あっという間に馴染み、仕事を覚えていくアラン。リサもジークも一目置くようになったし、これから料理人としてさらに成長していくことを期待していた。
それが、とてつもなく羨ましかったのだ。
まだ学院の初等科に通っていたルトヴィアスは、リサやジークが作る料理を、ただ食べることしかできなかった。
リサの監修のもと創設されることになった料理科も、できるのはまだ先で、たとえ予定が早まったとしても、年齢的に進学することができない。
幼く、何もできない自分がもどかしかった。
正直に言ってしまえば、ルトヴィアスのアランに対する態度は、やつあたりだったのだ。たぶんアランもそれがわかっていて、ルトヴィアスに優しく接してくれていたのだろう。
今考えると、ひどく幼稚でどうしようもない子供だった。そんな自分を恥ずかしく思う。
やがて料理科に入り、料理を学んだことで、アランのすごさを身をもって知った。もちろんリサとジークがすごいのは知っていたが、二人への尊敬の念も増した。
アランのすごさは応用力と発想力だ。さらに言えば柔軟性もある。
リサとジークの作る料理は、この世界ではいい意味で異質と言える。
使う道具から始まり、調理法や食材の組み合わせ、そして味まで、どこをとってもオリジナリティにあふれている。
何より抜群においしい。料理の世界において『おいしい』というのは絶対の正義だ。
そんな二人のすごさを素直に受け入れ、自分なりに応用するのは、決して簡単なことではない。
特に長い間、料理人としてやってきた人は、既存のやり方に慣れている。そんな人ほど、リサやジークの型破りな料理法をなかなか受け入れられないらしい。
だからアランの応用力や柔軟性は、カフェ・おむすびに合っていたのかもしれない。彼はめきめき頭角を現し、今では二号店の店長にまでなっている。
「あ、引いてる!」
アランの竿がしなるのを見て、ヘレナが声を上げた。
「っしゃあ!」
上手くタイミングを合わせて、アランが竿を引き上げる。
すると仕掛けの先には、ピチピチと活きのいい魚が食いついていた。
「もう二匹目! すごいすごい!!」
「今日は調子いいなぁ」
なかなかの釣果にアランは上機嫌で呟く。
釣れた魚を針から外し、水を張ったバケツに入れた。
「ルトくんはどう?」
まだ一匹も釣れていないルトヴィアスの方をヘレナが覗き込んでくる。
「いや、俺は全然……」
もとより釣りをしたかったわけではないので、やる気もそこまでない。投げっぱなしだった仕掛けを引き上げるが、当然そこに魚はついていなかった。
「ビギナーズラックはなかったかぁ」
さっきのルトヴィアスの言葉を覚えていたアランが、からかうような笑みを浮かべる。
――せっかくこの人のこと見直してたのに! やっぱり苦手だ!!
ムッと顔をしかめるルトヴィアス。だが、そこであることを思いついた。
「ふん、ちまちま一匹ずつ釣るなんて俺の性に合わないし、効率が悪いんですよ! ――シャーノア!!」
ルトヴィアスは自身の精霊であるシャーノアを呼んだ。
リサの精霊バジルと共に、水面付近をふわふわ飛んでいたシャーノアが、すぐにこちらにやってくる。
「なんですか? マスター」
「魚を水ごと掬えるか?」
「もちろん!」
ルトヴィアスの言葉に頷いたシャーノアは、魚が集まっているところに飛んでいく。そして小さな手をさっと振った。
「それっ!」
すると、まるで水が生きているかのように動き、塊になって宙に浮かび上がる。その中に魚が何匹もいるのが見えた。
シャーノアはその塊をルトヴィアスのもとへ運んでくる。
バケツの上まで来ると、塊は溶けるように形を変えた。重力に従い、魚ごとバケツの中に落ちていく。
「ええっ!?」
ヘレナが驚きの声を上げる。ルトヴィアスは一瞬のうちにアランの釣果を上回ってしまったのだ。当のアランも目を見開いて仰天していた。
「もしかして精霊が……?」
「はい、俺の精霊は水と相性がいいので、このくらいわけないです」
アランもヘレナも精霊を見ることができない。彼らの目には水が勝手に動き、魚ごとバケツの中に入ったように見えただろう。
「すごい。たしかにこれなら、あっという間に魚が獲れるわね……」
「いや、そうだけど、釣りの醍醐味は……」
ヘレナは唖然としながらも頷き、アランは釣り本来の楽しみとは程遠いやり方に遠い目をしている。
「アランさんのペースだと、人数分の魚が釣れる頃には日が暮れてますよ。それに、より多くの魚を獲った方が勝ち、っていうルールだったじゃないですか。釣った方が勝ちとは言ってませんでしたよね?」
ルトヴィアスはニヤリと笑う。
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