イレンディア・オデッセイ

サイキ ハヤト

文字の大きさ
14 / 125
第一章 幼い冒険者

異変の予兆

しおりを挟む
 欠伸をしながら、ジャシードは目覚めた。窓の向こうで鳥のさえずりが聞こえてくる。とても気持ちが良い朝だ。
 窓を開けて外の景色を眺め……ようとしたが、窓は蔦が絡んでいて開かなかった。

 久しぶりにジャシードは、本当の意味でぐっすりと眠ることができた。
 旅の途中では、大人達が交代で見張りをするため、どうしても夜中に一瞬起きてしまう。中途半端な睡眠で、昼間に眠たいと感じることも何度かあった。
 それに比べて今日のスッキリした感じは、とても気分がいい。

「おはよう、ジャッシュ」
「おはよう、母さん」
 ソルンと朝の挨拶を交わしたジャシードは、ベッドでだらしなく鼾をかいているセグムが目に入った。

「……昨日飲み過ぎたからね。そろそろ起こそうかしら」
「でも楽しそうだったよ」
「そうね。道中ずっと気を張っていたから、少し羽目を外したくなったのかも」
 ソルンはセグムを揺らして、揺らして、揺らして……ようやく起こした。



「さて、準備はいいか」
 ボサボサの頭をしたままセグムが言った。
「父さんの準備が一番できてなさそうだけど」
「本当ね」
「まったくだ」
 ソルンとオンテミオンもジャシードに同意した。

 一行はエルフの衛兵たちに別れを告げ、ケルウィムを出発した。
 約一名の寝坊の影響で出発はやや遅くなり、もう日の光がだいぶん高く昇っていた。

「夜になる前にラジャヌ湖を抜けたかったというのに、まさか寝坊するとは。お前は夜襲のことを忘れたのか?」
 オンテミオンは静かにおかんむりの様子だ。それを見たセグムは、面目ない、とボサボサの頭を掻いた。

 その日は、少し歩く速度を上げて進むことになった。恐らくラジャヌ湖には、ウォータークロッドがまた待ち受けているに違いないのだ。
 ケルウィムの勢力範囲である森を抜けると、再び平原が広がった。暫く海辺に進路を取ることにして、四人は先を急いだ。

「オンテミオンさん、この間の夜に襲われたときに、力場を使わなかったのはどうして?」
 ジャシードはふと、一昨日の戦いを思い出した。
「んん、そう思うのも不思議ではない……。力場というのは生命力を使うものだから、使いすぎてしまっては途中で力尽きてしまう可能性がある。それでは戦士失格なのだ。どうやって戦い、どうやって守るか。常に考えながら戦う必要がある。君を戦わせることはできないが、戦いを見て記憶しているのであれば、自分ならどうするかを考え、心の中で戦え、冒険者ジャシード」
「わかった。ありがとう、オンテミオンさん」
 ジャシードはオンテミオンの言葉を、しっかり心の中に刻み込んだ。



「遠吠えの森が見えてきたな……。そろそろ、北へ折れるか……。おや……?」
 セグムは目を凝らして遠くにある森を見つめ、ラジャヌ湖の方へと視線を滑らせると、途中で顔を止めた。

「平原に怪物の気配が無い。変だな……。いつも怪物が多いはずなのだが。オンテミオン、良く来るんだよな。これは最近良くあることか?」
 セグムは、オンテミオンの知見を頼りにして訊いた。

「んん、滅多にないことだな。わしは一人の場合、なるべく見つからないように、平原は通らないようにしているが」
 オンテミオンは、髭を引っ張りながら答えた。

 セグムはしばらく考え、目を閉じて再び周囲の気配を深く探った。
「よし、平原を進もう。気配があったらすぐに進行方向を変える」
 セグムの言葉を聞いて、それぞれ頷いた。

 平原を選択したため、進行速度は上がった。ラジャヌ湖を左側に遠く眺める位置、遠吠えの森を右に遠く眺める位置。
 怪物たちがたくさんいるはずの地域は、遅くなった昼食を摂る余裕があるほど何もいなかった。

 距離を稼ぐために、できる限り安全な野営地まで進むことにした一行は、再び早足で歩き始めた。

「本当に何もいないね」
 ジャシードは、早歩きで上がった息を整えながら言った。大人の早歩きについて行くのは、ジャシードにとっては、殆ど小走りに近い速度で歩かなければいけないことを意味していた。それでもジャシードは、特訓の一環だと考えて付いていった。

「全く気味が悪い」
 セグムは周囲を窺いつつ同意した。だいたい常に怪物たちがいるはずの場所は、掃討したばかりでなければ、いつ来ても怪物がいるのは常識だ。

「この間の襲撃も変だったし……。何も関係なければ良いんだけど」
 ソルンは、息が上がっている息子を気にかけつつ、できうる限り警戒していた。

 しかし、全く何事もなく、一行は街道の先端までやってきた。既に日は落ちてから、だいぶん時間が経過している。曇り空で星は見えないが、とても静かな夜だ。

 セグムは、この場所で野営することを宣言した。

「一回り周囲を警邏してくる。先に食事していてくれ」
 セグムはそう言うと、闇に溶け込むようにして出て行った。

 レムリスを出て一週間。ジャシードはこの野営生活にもかなり慣れてきていた。比較的快適に過ごすことができているのは、熟練の冒険者三人がいたことが大きい。
 食べられる物に関する知識、テントの張り方、野営の心得、どんなところで野営するべきなのか……。ジャシードは、おおよそ八歳の少年が身につけることのない知識と体験を、自分も参加することでしっかりと身につけていた。

 そして、彼にとって最も大きな収穫は、熟練の冒険者がどのように怪物と戦っているか、を間近に見てきたことだ。
 今のジャシードには到底真似できないような、非常に高度な身の熟し、敵の攻撃を予測し先手を打って動く方法、そして彼らの特殊な技能。それらを実戦として常に最も近い場所で観察し、学習できた。

 ジャシードは、ケルウィムで買ってきたばかりの柔らかいパンを頬張りながら、これまでの戦いを思い出した。
 自分ならどうするのか、どう戦えばいいのか、どう戦えるのかを本気で考えていた。レムリスでやっていた、机上訓練の石が頭の中に浮かんだ。

 オンテミオンも、ジャシードを気に入っていた。まだ子供であることは間違いないが、セグムに育てられたのであろう、努力の結果は申し分ないと考えていた。
 そして彼には非常に高い向上心がある。そして何より……。

「やっぱり、殆ど周囲には怪物がいないようだ」
 セグムが周囲の警邏を終えて戻ってきたことで、オンテミオンの思考は遮られた。

「何処に行っちゃったのかな。衛兵さんがいたところだと、夜寝るのを待って襲ってきたけど」
 ジャシードは、何気なく記憶を辿って言った。殺されかけた恐ろしい記憶だが、次は同じにはならないと思っていた。幼い冒険者は、既にあの出来事を乗り越えていた。

「守衛所の時は、恐らく元々ジャッシュを食べようと思っていた奴が追ってきたのだとは思うが、今は状況が違う」
 セグムは分析してそう言った。今回は、元々いないのだ。いるはずのものがいない……また夜襲か……いや、そうじゃない。もし夜襲なら、今回の警邏で見つけても良いはずだ。

「とりあえず食事なさい、セグム。何かあったら食べられないし、チカラが出ないわよ」
 パンを差し出しつつ、ソルンが言った。大切な戦力の健康管理はとても重要なことだ。

「今日の深夜帯は、朝までおれが見張りにつこう。それまでの時間は、半分にして二人で分担してくれ。おれは先に休ませてもらうよ」
 セグムはそう決めて、パンを一つ食べてからテントで横になった。

「オンテミオンさん、お願いがあるんだけど……」
「んん? なんだ」
「ぼくに剣を教えて欲しいんだ」
「いいだろう。まずは今の腕を見せてくれ。そこの木の枝でかかってこい」
「おねがいします!」

 オンテミオンは鞘を、ジャシードは棒きれを、それぞれ持って向かい合った。

 若かりしセグムが剣を教えてくれ、と頼み込んできたときのことを、オンテミオンは思い出していた。その時のセグムの姿が、この少年と重なる。
 年齢は違うが、血は争えぬかと、オンテミオンは頭の隅で考えていた。

 オンテミオンの思考を遮り、ジャシードは、地面を蹴って瞬間的に加速した。オンテミオンの左側、利き手の反対側へ飛び込んでいく少年。
 そのまま木を振るって一撃、と思ったのも束の間、オンテミオンは長剣の柄をちょいと動かして木を弾き、ジャシードの手の甲を鞘でコツンとやった。

「いたっ!」
 ジャシードが痛がっている間に、オンテミオンは柄でもう一度、今度は肩をコツン。

「痛がっている暇があったら動け。お前は今の一瞬で、手を失い、腕を失ったぞ。戦いは、敵がいなくなるまで続いているのだ。これは絶対に忘れてはいけない」
 オンテミオンは容赦しない様子だった。

 宝石を磨くには、最初から細かく磨きはしない。完成形をイメージして、最初は粗くそぎ落としてから磨くのだ。
 オンテミオンは今、恐らくセグムがやってこなかったであろう、粗くそぎ落とす作業をしていた。

 ジャシードの目が真剣になった。いや、ジャシードは最初から自分は真剣だと思っていた。しかし何度も実戦を目の前にしても、それが示す意味を、実戦の意味をまだ分かっていなかった。
 もう一度しっかり木を握り直し、オンテミオンと向き合い、頭の中に今まで見た戦いとその動きを、頭に描き始めた。

 再び手合わせが始まった。

 ジャシードは再び、オンテミオンの左側へ飛び込んだ。オンテミオンが反応して鞘を動かそうとする瞬間を見極め、瞬間的に勢いを殺して後ろへ飛び、今後はオンテミオンの右側へと飛び込んだ。
 オンテミオンは難なくそれに反応して、鞘を起こしながら右へと振った。
 ジャシードは、迫り来る鞘をギリギリまで引き寄せてから避け、オンテミオンの手に一撃入れようと棒を振った。

 が、ジャシードの頭に鈍痛が走った。オンテミオンが空いた手で、ジャシードの頭をゴツンとやったのだ。
「頭が割れたぞ。お前の負けだ」
「いたた……ずるいよ、剣で戦ってたのに」
「戦いに『ずるい』を持ち出すなら、お前は戦士に向いていない。一人に対して怪物十体と言うことだってあり得るのだぞ。その時、怪物に『ずるい』と言って何とかなるのか」
「……ならない……」
「そう言うことだ。今日はこれで終わりにしよう」

 ジャシードは、余りの不出来と認識の甘さに、少し気持ちが沈んでしまった。だが、それはただの悔しさでは無かった。思った通りにできない自分への、残念な気持ちだった。

 ジャシードは、もっと強くなりたいと念じるように頭の中で戦いを反芻しながら、セグムの隣に寝っ転がった。



 散々警戒していたが、その夜は何もなかった。静かに夜が更け、静かに朝になった。今までと違うのは、弱い雨が降ってきたことだけだった。

 それぞれ皮の敷物を頭に被り、先へと進んだ。
 アベナ湖が街道の東側に見えた頃に、ガーゴイルが一体、また石のふりをしていた。しかし、前回と同じように一瞬で倒された。

 サベナ湖を通り抜ける頃には雨も上がり、夕刻が近づいて来ていた。そのため、先日野営した三叉路で、再び野営することになった。
 見張りの順番は前日と同じだ。何も無かったからと言って、セグムは警戒を緩めようとはしなかった。

 そしてその夜も、ジャシードとオンテミオンは剣の訓練をし、そしてまた何も起こることなく朝を迎えた。

 本当にこのまま、何も起こらないような気がしていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...