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第三章 新たなる旅立ち
調査
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オーリスは、街の南側を担当することになっていた。マーシャルから預かったエルウィンの地図を片手に、城の前の大通りを抜けていく。
城の前には衛兵が何人も警備に当たっていて、城門が閉じられている城の入り口を守っていた。
オーリスはこの衛兵たちにも、噂で聞いたことのあるような、強い怪物は知らないかを尋ねて歩いた。
街並みを眺めることも忘れていないオーリスは、レムリスがいかに小さな街であるかを思い知らされた。いや、ただ単にエルウィンが巨大過ぎるのかも知れない。
そもそも、街中にある城を囲っている城壁が、レムリスの城壁一辺ほどの長さがある。更に街の南西部は、ものすごく広大な農場となっている。農場だけでも、レムリスふたつ分を飲み込んで余りある広さだ。
オーリスは、レムリスを出てきて本当に良かったと、改めて実感していた。街を出ないのは、人生を損していると言いたくなるほどだ。街に閉じ籠もっていては、分からない世界がある。エルウィンは、そのほんの一部に過ぎない。
だが『ゲート』の出現は、この様相を一変させる大いなる可能性を秘めていた。街と街がゲートで結ばれる日が来るかも知れない。その一端を担う仕事を、世界を変える仕事をすることになるとは、小指の先ほども思っていなかった。
「感謝しても、しきれない。僕はなんて恵まれているんだ」
オーリスは、つい独り言ちた。
◆
ガンドとスネイルは、街の北西部を歩いていた。彼らは少し視点を変えて、武器商人や魔術の巻物を取り扱っている店を探しては、その店を調査対象にした。
店主は冒険者たちから情報を手に入れていることもあるだろうし、冒険者本人に出会うこともあると踏んでいたからだ。
二人が店に行ってみると、案の定、それらの店には冒険者たちがいた。冒険者と言うより、護衛稼業の彼らは、街から街へと商隊を防衛する仕事を請け負っているようだった。
『ゲート』の完成とは、彼らの仕事を奪い取ることになるだろう。ガンドはその事に気づき、報告するべきだと感じた。場合によっては、彼らから狙われる可能性だってある。もしかすると、マーシャルはその事を百も承知で、魔法と文化の進歩のために断行するつもりなのかも知れない。
ガンドとスネイルは、護衛を生業としている三人組や、衛兵が足りないときに手伝いをするという傭兵達に話を聞いた。彼らは、ガンドとスネイルが冒険者だと聞いて笑っていたが、やれるもんならやってみろ、と噂に聞く怪物を教えてくれた。
「意外と収穫が多かったなあ」
「冒険者のことは冒険者が知ってる」
ガンドの言葉を聞いて、スネイルがもっともらしいことを言った。
「まあ彼らは、冒険者と呼ぶにはちょっと違ったけど……。店を回って思ったんだけどさ、僕たちみたいな冒険者って、殆どいないのかも知れない」
「みんな、冒険するのが目的じゃない。生きることが目的」
「そうそう。向いてる方向が全然違うんだよ。もっとこう、お宝探してやるぜ! みたいな人がたくさんいると思っていたんだけど、みんな生きるのに精一杯なのかな」
「おいらは、もっと戦いたい」
スネイルは、そう言いながら、腰に付けた二本の剣の柄を撫でた。
「スネイルは、本当に戦うのが好きなんだなあ」
「戦って、勝って、役に立つ!」
「たまに、僕も前衛になれば良かったかなって、思うときもあるよ」
ガンドは、少し寂しげに言った。
「棒術で戦えば?」
「良いのかなあ、なんだか僕は後ろに待機ってのが普通みたいで」
「ぴっかりんがやられたら、誰が治療すんの」
「そこだよねえ。治療できる人が複数いれば、解決なんだけど。というか、自然にぴっかりんって呼ばないでよ」
「返事した」
「真実すぎて言い返せない!」
「勝った!」
二人は笑いながら、次の目的地を目指した。
◆
ジャシードたちは、エルウィンの門へとやってきた。レムリスの門と違って、ここには二十人ほどの衛兵が門の前やら、城壁の上やら、控室やらに集まっている。
二人は、暇そうにしている衛兵に、片っ端から声をかけて情報収集しはじめた。だが、衛兵たちは基本的に街から離れることはないため、あまり有用な情報を得ることはできなかった。その代わり、酒場と宿屋に行ってみるように言われ、酒場の場所を三カ所、宿屋の場所を四カ所教えて貰った。
二人は衛兵たちに礼を言って、酒場を目指した。酒場には、昼間から飲んだくれて騒いでいるようなロクでもない奴と、そうでない奴らが集っていた。
二人は、蜂蜜酒を手にとってから、一旦自分たちのテーブルに戻って飲み始めた。テーブルには、小さな蝋燭が灯っており、薄暗いテーブルを揺らめきながら照らしている。
マーシャは、上目遣いにひとくち飲んで、美味しいと言った。上目遣いになるのは、何も狙ってのことではない。飲んでいるときに、ジャシードの顔を眺めているだけのことだ。好きな人を長く見ていたいのは、当たり前のことなのだ。
マーシャは自然とやっていたことだが、ジャシードには少し効いていた。上目遣いに蜂蜜酒を飲むマーシャの目はクリッとしていて、とてもかわいらしい。ジャシードは、頬が熱くなったのを感じたが、それは蜂蜜酒のせいだと決め込んだ。
蜂蜜酒を飲んで、喉の渇きを潤した二人は、本来の目的のために動き出した。周囲を見渡して、ノンビリと飲んでいる人々へ、強い怪物の噂を聞いて回る。
酒場にいるのは殆どが男性のため、マーシャの存在はとても役に立った。いちいちジャシードが羨ましがられたり、冷やかされたりしたが、彼らが聞き込みをするのを嫌がる者は殆どいなかった。誰しも、マーシャの笑顔でイチコロだったのだ。恐らくジャシードだけでは、これほどスムーズに話をしてくれなかっただろう。
彼らが話していて分かった、冒険者だと思っていた人々は、その殆どが傭兵だったと言うことだ。彼らは街を回って、衛兵の足りない街に住み着く。そして衛兵補強要員となって、街を守るために戦っているとのことだった。
「レムリスでは、全然見ないわね、ああ言う人達」
「そうだね。レムリスでは、衛兵を絶やさないように、頑張っているんだと思う」
「私たちの街は、とても立派だったのね」
「エルウィンと同じにはできないけれどね。ここは街を守るために必要な人数が、比べものにならないほど多いよ」
「それもそうね」
二人はこんな調子で、全ての酒場で聞き取りを進めていった。この日は、宿屋を回る余裕はなかった。酒場を回っているうちに、酔いも回ってきたし、時間もかかっていた。
「今日はこの辺で終わりにしようか。みんなの話も聞いて、纏めておこう」
「うん……」
マーシャは少し、足下がおぼつかない様子だ。
「大丈夫?」
「ふらふらする……」
マーシャはそう言って、ジャシードの腕にしがみついた。
「ち、ちょっと……大丈夫じゃなさそうだな」
「着くまで掴まらせてね」
マーシャは頬を赤らめて、困ったように微笑んだ。
「あ、うん、いいよ」
ジャシードもどぎまぎしながら承諾した。腕に当たる柔らかなものがあって、つい意識してしまう。ジャシードはそれを何とか押さえつけながら、部屋へと向かっていった。
◆◆
「う、ぐ……」
バラルは目を覚ました。既に暗くなり始めている空が見える。ハッとして周りを見渡すと、かなり高い場所にいるのが分かった。今寝ていたところには、柔らかな布が敷かれており、誰かが寝かしたのだと言うことが想像できた。
「あ、起きた?」
バラルの意識の外から、女の声が聞こえた。傍らに置いてあった杖を手にとって身構え、声の主を探す。
「そんなに怒らないでよ。ごめんね。ちょっとした勘違いよ。安心して、もうやらないから」
姿は見えないが、声の主はどこかにいるようだ。
「突然攻撃された上に、姿も見せない。これでどうやって安心しろというのだ」
バラルは、どこにいるか分からない声の主に言った。
「あ、忘れてたわ」
声の主は、バラルのすぐ傍で姿を現した。声の主はバラルより少し高い身長で、美しいエルフの女性に見える。栗色の長い髪は、自然に波打っていて肩より下まであり、豊かな胸の辺りで左右に流れている。やや緑がかった肌をしたその女性は、深い緑色の目をバラルに向けていた。
「何故わしを攻撃した?」
バラルの不機嫌さは、目の前にいる美しい女性を見ても収まらなかった。
「ごめんなさいね、あんな所を飛んでいるなんて、怪物かと思って攻撃しちゃった」
女性は片目を瞑ってペロッと舌を出した。
「どこが怪物に見えるというのだ、どこが」
「気のせいだったのよ。だから謝っているじゃない」
バラルはしばらくこの女性の目を睨んでいたが、言い合いをしても埒があかないと悟って、ため息一つで諦めた。
「あんたは、何者だ。わしの飛行に付いて来ることができ、なおかつわしが回避不能な魔法を放ち、わしの魔法防護壁を突破する事のできる魔法使いだ。イレンディア広しと言えど、そうそういないはずだ。それなのに、わしが認識もしていない者がいるとは、にわかに信じがたい」
「……あなた、ノフォスって聞いたことあるかしら?」
「ノフォスだと!? 幻の街エンファルトルを守護する、エルフとドラゴンを掛け合わせたという、馬鹿げた想像の生物だ。お前がそれだとでも言うのか?」
「なんだ、詳しいじゃない。どこで聞いたのかしら。私はノフォスのダリアー。よろしくね」
「ほ、本当なのか……。エンファルトルは存在し、ノフォスはエルフとドラゴンの掛け合わせなのか……?」
「何にも間違ってないわ」
ダリアーはあっさりと認めた。
「エンファルトルはどこにあるんだ?」
バラルは、自分が生唾を飲み込んでいる事にすら、全く気付かない興奮の中で言った。
エンファルトルは誰しも架空の場所だと思っているが、それが架空のものでは無い、と今しがた宣言された。
世界を知ろうと思う者にとって、それは衝撃的な言葉だった。
「それは教えられないわ」
「なぜだ」
「バカな人間たちは、エンファルトルを自分たちのものにしようと思うからよ」
「わしは違う」
「仮にそうだとしてもダメよ」
「ふむ……」
バラルは鼻でため息をついて、それ以上聞くのを諦めた。確かに知ったところで、観光ができて、誰かに自慢できるだけだ。
「ここは、レンドール山……だよな。こんな場所があったとは。完全に岩山だと思っていたが」
バラルは、改めて周囲を見ると、人が十人くらい寝られるほどの広さのある、平坦な場所だった。地面には青々と草が生えている。
「ここみたいな場所は、あんまり無いわ。たまにこう言う場所があっても、レンドール山が登山できない事に変わりは無いわね」
「まさかこの上に、エンファルトルがあるのではないのか?」
バラルはピンと来て言った。
「まさか。もし飛行魔法がもっと進化して、何千メートルもの高さまで飛べるようになったら、行ってごらんなさい。凍えて死んじゃうかも知れないけれどね」
ダリアーはクスクスと笑った。
「ふむ……」
エルフには魅力を感じたことのないバラルだったが、ダリアーの仕草と、生来持っているのであろう美しさに、一瞬見とれてしまった。
「っと……しまった。わしにはやるべき事があったのだ」
バラルはすっくと立ち上がった。
「そう言えば、お急ぎだったようね。どんなご用事?」
「今、わしとその仲間は、マナの欠片を入手するために、強い怪物達と戦おうと考えている。が、イレンディア全体を探すのは手間だから、強い怪物がいると思しき場所の情報を集め、それを持ち帰ろうとしている。二つの砦なら、何か情報を持っているかと思ってな」
「そう言う事なのね。なら、私が幾つか教えてあげてもいいわ」
「わしの仲間は、まだ成人になりたての若い連中だ。あんたから見て『強い』だと、強すぎるかも知れんな」
バラルには『強い』の尺度は相手によって変化する事がよく分かっていた。バラルをまるで赤子をひねるように扱える、このノフォスという存在から見た『強い』は、破滅的に強い可能性があった。
「そうなのね。それなら……」
「あんたが……あんたが来てくれるなら、強くても構わないかも知れんな。どうだ、わしらのパーティーに入らんか?」
バラルは、ダリアーが次の言葉を発する前に遮った。この発言には、バラル自身が驚いていた。発言を振り返ると、彼女を自分の近くに置いておきたい、という心がそう言わせたのだと気付いて、恥ずかしい気分になった。
「ダメよ。私たちノフォスは、直接的に人間やエルフに協力してはいけないという規則があるの」
バラルの気分など気にも止めず、ダリアーは言った。
「何なんだ、その規則は」
「想像してみて。ノフォスが戦争に駆り出されたらどうなるか」
「う、うむ。確かにそうだな」
「そう言う事だから、ごめんね。でも情報はあげるわ」
ダリアーは、バラルに怪物の情報を教えてやった。
「これだけ集まれば、砦で聞かなくても良さそうだな」
ダリアーの言っていたことを紙に書き込みながら、バラルは独り言ちた。
城の前には衛兵が何人も警備に当たっていて、城門が閉じられている城の入り口を守っていた。
オーリスはこの衛兵たちにも、噂で聞いたことのあるような、強い怪物は知らないかを尋ねて歩いた。
街並みを眺めることも忘れていないオーリスは、レムリスがいかに小さな街であるかを思い知らされた。いや、ただ単にエルウィンが巨大過ぎるのかも知れない。
そもそも、街中にある城を囲っている城壁が、レムリスの城壁一辺ほどの長さがある。更に街の南西部は、ものすごく広大な農場となっている。農場だけでも、レムリスふたつ分を飲み込んで余りある広さだ。
オーリスは、レムリスを出てきて本当に良かったと、改めて実感していた。街を出ないのは、人生を損していると言いたくなるほどだ。街に閉じ籠もっていては、分からない世界がある。エルウィンは、そのほんの一部に過ぎない。
だが『ゲート』の出現は、この様相を一変させる大いなる可能性を秘めていた。街と街がゲートで結ばれる日が来るかも知れない。その一端を担う仕事を、世界を変える仕事をすることになるとは、小指の先ほども思っていなかった。
「感謝しても、しきれない。僕はなんて恵まれているんだ」
オーリスは、つい独り言ちた。
◆
ガンドとスネイルは、街の北西部を歩いていた。彼らは少し視点を変えて、武器商人や魔術の巻物を取り扱っている店を探しては、その店を調査対象にした。
店主は冒険者たちから情報を手に入れていることもあるだろうし、冒険者本人に出会うこともあると踏んでいたからだ。
二人が店に行ってみると、案の定、それらの店には冒険者たちがいた。冒険者と言うより、護衛稼業の彼らは、街から街へと商隊を防衛する仕事を請け負っているようだった。
『ゲート』の完成とは、彼らの仕事を奪い取ることになるだろう。ガンドはその事に気づき、報告するべきだと感じた。場合によっては、彼らから狙われる可能性だってある。もしかすると、マーシャルはその事を百も承知で、魔法と文化の進歩のために断行するつもりなのかも知れない。
ガンドとスネイルは、護衛を生業としている三人組や、衛兵が足りないときに手伝いをするという傭兵達に話を聞いた。彼らは、ガンドとスネイルが冒険者だと聞いて笑っていたが、やれるもんならやってみろ、と噂に聞く怪物を教えてくれた。
「意外と収穫が多かったなあ」
「冒険者のことは冒険者が知ってる」
ガンドの言葉を聞いて、スネイルがもっともらしいことを言った。
「まあ彼らは、冒険者と呼ぶにはちょっと違ったけど……。店を回って思ったんだけどさ、僕たちみたいな冒険者って、殆どいないのかも知れない」
「みんな、冒険するのが目的じゃない。生きることが目的」
「そうそう。向いてる方向が全然違うんだよ。もっとこう、お宝探してやるぜ! みたいな人がたくさんいると思っていたんだけど、みんな生きるのに精一杯なのかな」
「おいらは、もっと戦いたい」
スネイルは、そう言いながら、腰に付けた二本の剣の柄を撫でた。
「スネイルは、本当に戦うのが好きなんだなあ」
「戦って、勝って、役に立つ!」
「たまに、僕も前衛になれば良かったかなって、思うときもあるよ」
ガンドは、少し寂しげに言った。
「棒術で戦えば?」
「良いのかなあ、なんだか僕は後ろに待機ってのが普通みたいで」
「ぴっかりんがやられたら、誰が治療すんの」
「そこだよねえ。治療できる人が複数いれば、解決なんだけど。というか、自然にぴっかりんって呼ばないでよ」
「返事した」
「真実すぎて言い返せない!」
「勝った!」
二人は笑いながら、次の目的地を目指した。
◆
ジャシードたちは、エルウィンの門へとやってきた。レムリスの門と違って、ここには二十人ほどの衛兵が門の前やら、城壁の上やら、控室やらに集まっている。
二人は、暇そうにしている衛兵に、片っ端から声をかけて情報収集しはじめた。だが、衛兵たちは基本的に街から離れることはないため、あまり有用な情報を得ることはできなかった。その代わり、酒場と宿屋に行ってみるように言われ、酒場の場所を三カ所、宿屋の場所を四カ所教えて貰った。
二人は衛兵たちに礼を言って、酒場を目指した。酒場には、昼間から飲んだくれて騒いでいるようなロクでもない奴と、そうでない奴らが集っていた。
二人は、蜂蜜酒を手にとってから、一旦自分たちのテーブルに戻って飲み始めた。テーブルには、小さな蝋燭が灯っており、薄暗いテーブルを揺らめきながら照らしている。
マーシャは、上目遣いにひとくち飲んで、美味しいと言った。上目遣いになるのは、何も狙ってのことではない。飲んでいるときに、ジャシードの顔を眺めているだけのことだ。好きな人を長く見ていたいのは、当たり前のことなのだ。
マーシャは自然とやっていたことだが、ジャシードには少し効いていた。上目遣いに蜂蜜酒を飲むマーシャの目はクリッとしていて、とてもかわいらしい。ジャシードは、頬が熱くなったのを感じたが、それは蜂蜜酒のせいだと決め込んだ。
蜂蜜酒を飲んで、喉の渇きを潤した二人は、本来の目的のために動き出した。周囲を見渡して、ノンビリと飲んでいる人々へ、強い怪物の噂を聞いて回る。
酒場にいるのは殆どが男性のため、マーシャの存在はとても役に立った。いちいちジャシードが羨ましがられたり、冷やかされたりしたが、彼らが聞き込みをするのを嫌がる者は殆どいなかった。誰しも、マーシャの笑顔でイチコロだったのだ。恐らくジャシードだけでは、これほどスムーズに話をしてくれなかっただろう。
彼らが話していて分かった、冒険者だと思っていた人々は、その殆どが傭兵だったと言うことだ。彼らは街を回って、衛兵の足りない街に住み着く。そして衛兵補強要員となって、街を守るために戦っているとのことだった。
「レムリスでは、全然見ないわね、ああ言う人達」
「そうだね。レムリスでは、衛兵を絶やさないように、頑張っているんだと思う」
「私たちの街は、とても立派だったのね」
「エルウィンと同じにはできないけれどね。ここは街を守るために必要な人数が、比べものにならないほど多いよ」
「それもそうね」
二人はこんな調子で、全ての酒場で聞き取りを進めていった。この日は、宿屋を回る余裕はなかった。酒場を回っているうちに、酔いも回ってきたし、時間もかかっていた。
「今日はこの辺で終わりにしようか。みんなの話も聞いて、纏めておこう」
「うん……」
マーシャは少し、足下がおぼつかない様子だ。
「大丈夫?」
「ふらふらする……」
マーシャはそう言って、ジャシードの腕にしがみついた。
「ち、ちょっと……大丈夫じゃなさそうだな」
「着くまで掴まらせてね」
マーシャは頬を赤らめて、困ったように微笑んだ。
「あ、うん、いいよ」
ジャシードもどぎまぎしながら承諾した。腕に当たる柔らかなものがあって、つい意識してしまう。ジャシードはそれを何とか押さえつけながら、部屋へと向かっていった。
◆◆
「う、ぐ……」
バラルは目を覚ました。既に暗くなり始めている空が見える。ハッとして周りを見渡すと、かなり高い場所にいるのが分かった。今寝ていたところには、柔らかな布が敷かれており、誰かが寝かしたのだと言うことが想像できた。
「あ、起きた?」
バラルの意識の外から、女の声が聞こえた。傍らに置いてあった杖を手にとって身構え、声の主を探す。
「そんなに怒らないでよ。ごめんね。ちょっとした勘違いよ。安心して、もうやらないから」
姿は見えないが、声の主はどこかにいるようだ。
「突然攻撃された上に、姿も見せない。これでどうやって安心しろというのだ」
バラルは、どこにいるか分からない声の主に言った。
「あ、忘れてたわ」
声の主は、バラルのすぐ傍で姿を現した。声の主はバラルより少し高い身長で、美しいエルフの女性に見える。栗色の長い髪は、自然に波打っていて肩より下まであり、豊かな胸の辺りで左右に流れている。やや緑がかった肌をしたその女性は、深い緑色の目をバラルに向けていた。
「何故わしを攻撃した?」
バラルの不機嫌さは、目の前にいる美しい女性を見ても収まらなかった。
「ごめんなさいね、あんな所を飛んでいるなんて、怪物かと思って攻撃しちゃった」
女性は片目を瞑ってペロッと舌を出した。
「どこが怪物に見えるというのだ、どこが」
「気のせいだったのよ。だから謝っているじゃない」
バラルはしばらくこの女性の目を睨んでいたが、言い合いをしても埒があかないと悟って、ため息一つで諦めた。
「あんたは、何者だ。わしの飛行に付いて来ることができ、なおかつわしが回避不能な魔法を放ち、わしの魔法防護壁を突破する事のできる魔法使いだ。イレンディア広しと言えど、そうそういないはずだ。それなのに、わしが認識もしていない者がいるとは、にわかに信じがたい」
「……あなた、ノフォスって聞いたことあるかしら?」
「ノフォスだと!? 幻の街エンファルトルを守護する、エルフとドラゴンを掛け合わせたという、馬鹿げた想像の生物だ。お前がそれだとでも言うのか?」
「なんだ、詳しいじゃない。どこで聞いたのかしら。私はノフォスのダリアー。よろしくね」
「ほ、本当なのか……。エンファルトルは存在し、ノフォスはエルフとドラゴンの掛け合わせなのか……?」
「何にも間違ってないわ」
ダリアーはあっさりと認めた。
「エンファルトルはどこにあるんだ?」
バラルは、自分が生唾を飲み込んでいる事にすら、全く気付かない興奮の中で言った。
エンファルトルは誰しも架空の場所だと思っているが、それが架空のものでは無い、と今しがた宣言された。
世界を知ろうと思う者にとって、それは衝撃的な言葉だった。
「それは教えられないわ」
「なぜだ」
「バカな人間たちは、エンファルトルを自分たちのものにしようと思うからよ」
「わしは違う」
「仮にそうだとしてもダメよ」
「ふむ……」
バラルは鼻でため息をついて、それ以上聞くのを諦めた。確かに知ったところで、観光ができて、誰かに自慢できるだけだ。
「ここは、レンドール山……だよな。こんな場所があったとは。完全に岩山だと思っていたが」
バラルは、改めて周囲を見ると、人が十人くらい寝られるほどの広さのある、平坦な場所だった。地面には青々と草が生えている。
「ここみたいな場所は、あんまり無いわ。たまにこう言う場所があっても、レンドール山が登山できない事に変わりは無いわね」
「まさかこの上に、エンファルトルがあるのではないのか?」
バラルはピンと来て言った。
「まさか。もし飛行魔法がもっと進化して、何千メートルもの高さまで飛べるようになったら、行ってごらんなさい。凍えて死んじゃうかも知れないけれどね」
ダリアーはクスクスと笑った。
「ふむ……」
エルフには魅力を感じたことのないバラルだったが、ダリアーの仕草と、生来持っているのであろう美しさに、一瞬見とれてしまった。
「っと……しまった。わしにはやるべき事があったのだ」
バラルはすっくと立ち上がった。
「そう言えば、お急ぎだったようね。どんなご用事?」
「今、わしとその仲間は、マナの欠片を入手するために、強い怪物達と戦おうと考えている。が、イレンディア全体を探すのは手間だから、強い怪物がいると思しき場所の情報を集め、それを持ち帰ろうとしている。二つの砦なら、何か情報を持っているかと思ってな」
「そう言う事なのね。なら、私が幾つか教えてあげてもいいわ」
「わしの仲間は、まだ成人になりたての若い連中だ。あんたから見て『強い』だと、強すぎるかも知れんな」
バラルには『強い』の尺度は相手によって変化する事がよく分かっていた。バラルをまるで赤子をひねるように扱える、このノフォスという存在から見た『強い』は、破滅的に強い可能性があった。
「そうなのね。それなら……」
「あんたが……あんたが来てくれるなら、強くても構わないかも知れんな。どうだ、わしらのパーティーに入らんか?」
バラルは、ダリアーが次の言葉を発する前に遮った。この発言には、バラル自身が驚いていた。発言を振り返ると、彼女を自分の近くに置いておきたい、という心がそう言わせたのだと気付いて、恥ずかしい気分になった。
「ダメよ。私たちノフォスは、直接的に人間やエルフに協力してはいけないという規則があるの」
バラルの気分など気にも止めず、ダリアーは言った。
「何なんだ、その規則は」
「想像してみて。ノフォスが戦争に駆り出されたらどうなるか」
「う、うむ。確かにそうだな」
「そう言う事だから、ごめんね。でも情報はあげるわ」
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