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第三章 新たなる旅立ち
メンダーグロウ
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ヒートヘイズの一行は、メンダーグロウの入口で軽く衛兵たちから軽くチェックを受け、街の中へと入っていった。
メンダーグロウは、縦に長細い街だ。マナクル半島がそれほど広くないため、街のなりも縦長になるという寸法だ。
南側に街を貫通する大通りがあり、全ての建物は、大通りから繋がる細い通りに面している。
その大通りを進んでいくと、街の奥には遺跡のような物があり、更にその奥には農場などが広がっている。
それぞれの建物には、立派な煙突がついており、そこからもくもくと煙が上がっている。
建物の多くはレンガで作られている。そのため、町並みに統一感が生まれていて、小さな街ながら目に映える。
それぞれ準備を整えてから、メンダーグロウ唯一の宿屋『輝き亭』に集合した。
輝き亭は、他の建物と同様にレンガ造りで雰囲気の良い宿だ。宿の内装は外側のレンガと打って変わって木で作られた壁に覆われ、歩くと小気味の良いコツコツとした音を立てる木の床、同じく木で作られたテーブルや椅子が整然と並んでいる。決して広いとは言えないが、居心地の良い空間だ。
小綺麗に磨かれたテーブルの上には、それぞれ小さな花を飾った花瓶と、花をあしらった彫刻が特徴の燭台が置かれている。燭台の蝋燭は、程よくそれぞれのテーブルを照らし、揺らめくことで変化のある室内を演出している。
やや頭の禿げた丸顔のオーナーに、宿のしつらえについて褒め言葉を掛けると、お客さんが来なくてもこの状態を維持していると胸を張った。
確かにヒートヘイズ一行の他には宿泊客はおらず、バーカウンターでメンダーグロウの住民たちが、話しながら酒を酌み交わしているのみだ。
「明日はヴァーラン?」
八人用のテーブルに案内され、リンゴジュースをあてがわれたスネイルは、そう言って一気に飲み干し料理を待っている。
「明後日だな。ヴァーランまではだいたい一日かかる。入り口前で夜を明かして、早朝入るのがいいだろう」
「一日かあ。ああ、馬に乗れたらなぁ」
バラルが一日と言ったのを聞いたガンドは、残念そうにため息をついた。
「何を言っている。ヴァーランは馬に乗って入れるほど広くはない。馬に乗っていったら、馬を外に繋いでおくことになる。怪物に狙われたら、貴重な馬を食われてしまうぞ」
「そ、そうなんだ。それなら無理かあ」
ガンドは、バラルの言葉を聞いて残念そうな顔をしながら、プレートの肉にかぶり付いた。
「なんだか、顔と行動が合わなくて面白いね」
「もっと美味しそうに食べなさいよ」
ジャシードとマーシャはそれぞれ、ガンドを見ながら苦笑している。
「思えば僕たちは、街道の近くでは無い場所に行くのは初めてだよね」
オーリスは少し緊張した面持ちで言った。
「そう言えば、そうね」
マーシャはリンゴジュースをひとくち飲んだ。この間、しこたま飲んで酔っ払ってしまったため、最近は酒を飲むのを控えているのだ。ジャシードによると、特に粗相はしなかったようだが、覚えていないため少し怖いと思っている。
「なんだ、緊張しているのか、オーリスどの?」
バラルはオーリスをからかうような口振りで言った。
「そりゃあ……緊張もしますよ。人生初体験なんですよ」
オーリスは、グラスのエールを蝋燭の光にかざしながら、ゆっくりとグラスを揺らした。グラスのエールは、プチプチと泡を立てながら、泡に光を受けて輝いた。
「なあに、安心せい。ヴァーランには何度か行ったことがある。だいぶん前の事だがな」
バラルは肉にかじりつきながら言った。
「何でマーシャは、そんなにリラックスしていられるんだい?」
オーリスは首を傾げた。
「何でって、一人じゃないもの」
マーシャはあっけらかんとしている。
「な、なんだい。僕はみんなと一緒でも緊張しているのに」
「前衛のオーリスと後衛の私では、緊張度合いが違うのかもね」
マーシャはオーリスに微笑んで言った。
「ジャッシュやスネイルは緊張してないのかい?」
「うーん、別にしてないかな」
「おいらもしてない。わくわくしてる」
「あ、わかる! 僕もワクワクしているんだ」
「何がいるんだろうね? アニキは何だと思う?」
「うーん、なんだろ。やっぱり、骨の怪物とか?」
「骨だけ? かっこいい!」
「かっこいいの?」
オーリスの緊張を置いてきぼりにして、ジャシードとスネイルは盛り上がり始めた。こんな怪物が来たらこう対処するとか、そんな話だ。
オーリスはまたしても、一人で気にしていたような気分になっていた。
「僕は緊張してるよ。ジャッシュとスネイルは、頭がおかしくなっちゃったんじゃないの?」
ガンドは付け合わせのサラダを、もしゃもしゃと食べながら言った。葉っぱが少し口からはみ出ている。
「やっぱり、僕たちが普通なんだよね?」
「そうだよ、なんか戦いに慣れすぎた二人とは違う」
オーリスは、仲間を見つけて少しホッとした。
「緊張もいいし、ワクワクもいいが、食事が済んだら紙とペンを持ってきてくれ。ヴァーランの説明をするぞ」
バラルはそう言って、パイプの葉っぱに火を付けた。
◆
食事が終わり、同じテーブルに広げた紙へ、バラルがざっくりと地図を描き始めた。
「ここが入り口だ。元々採掘のための場所だから、通路は決して広くはない。ただ、入り口から続く道は、鉱石を運ぶために押し車が通っていたから、その分広くなってはいる」
バラルは、用意されたエールをひとくち飲んで続けた。
「所々、広々とした空間が作られている。これは鉱石を一時的に溜めておく場所だ。いちいち奥から運んでくるのは効率が悪いから、一定距離で分担してやっていたんだろう」
バラルはパイプを吸って、天井に向けて煙を吐いた。
「で、怪物どもは、こういった場所にいる。通路をうろついている者もあるが、基本的には広場にいる。だから広場に入るときには、気を付けなければいけない。勢いで飛び込むと、大変なことになるから注意しろ」
一同、真剣な表情で聞いている。
「怪物の構成は、グランナイトがいることから分かるように、殆どが死霊の類だ。つまり、骨の怪物スケルトン、それに肉が付いているゾンビが代表的だ。他には、肉と皮でできたフレッシュゴーレム、スケルトンが人間一人分の骨なのに対して、複数人分の骨が集まったボーンゴーレムなんてのもいる」
バラルは再びエールを喉に注ぎ込んだ。
「倒しづらい怪物もいる。それは、レイスと呼ばれる、半分霊体半分実体の怪物だ。それから、ファントムと呼ばれる地縛霊が所々にいる。こいつらは、魔法を使うから注意が必要だ。そして、恐らく今持っている金属の武器では太刀打ちできん。攻撃が当たらないからだ。だから、そいつらは魔法か、ジャシードのフォーススラッシュのような、生命力で操る攻撃が必要だ」
バラルはパイプを吸って、再び天井に向けて口を開けると、まあるい煙が幾つか出てきた。
「おお、かっこいい」
スネイルは、まあるい煙を指で切ってみたりしている。
「最後にグランナイトだ。こいつはヴァーランの最奥地、天井が崩落した跡地にいる事が多い。ボーンゴーレムやら、レイス、スケルトンにゾンビなど、その時々で異なる手下のような存在に守られている。何故そいつらがグランナイトに付き従うのか全く分からんが、とにかく倒さないとグランナイトには手が届かない」
バラルは、残っている乾燥ナッツを口に放り込んだ。
「道順は、ここから、こういう風に行く。だいたい覚えて置けよ。もし、わしが倒れても出られるようにな」
バラルは、地図に羽根ペンで線を描いていく。それほど分岐点が多いわけではないため、迷うことは無いだろう。
「バラルさんが倒れるなんて、寝る以外にあるの?」
ガンドは首を傾げた。
「言っただろう? この間は、レンドール山の近くでノフォスにやられた。そんな事もある。無いと思っていると準備できないから、あるかも知れないと思って行動するんだ」
バラルは人差し指を立てながら言った。
「わかった、うん。わかった」
ガンドは、分かりたくないと思いつつも、同意を示した。地図を覚えるのは、ガンドの得意とするところだ。まず自分が、この地図を全部覚えてやろうと考えた。
「バラルさん、説明ありがとう。バラルさんが少し警戒している気がするから、多分怪物も結構強いんだよね」
「まあ、そうだな。スケルトンにゾンビは大したことは無いが、他のはなかなか強い。油断するなよ」
バラルはジャシードにパイプを向けた。
「よし。それじゃ、みんな今日は早めに寝て、明日に備えよう」
ジャシードがお開きを宣言し、それぞれ部屋へと向かった。
輝き亭は、部屋もまた素晴らしかった。まず目に飛び込んでくるのは、部屋の真ん中に置かれたテーブルだ。
ガラス製の細長い花瓶に、可愛らしいオレンジ色の花が飾られている。花瓶の下には、細やかな刺繍に彩られたテーブルクロスが敷いてある。
そのテーブルを照らすのは、天井から吊り下げられているランタンだ。ランタンは特別製なのか、完全にガラスでできており、ランタンの真下にも光がぼんやり届くように工夫されている。
右に目をやると、皺一つ無く整えられたベッドが二つある。ベッドの間にはナイトテーブルが置いてあり、ここにも刺繍が入った正方形のテーブルクロスの上に、小さな花瓶と、ささやかな花が飾ってあった。
ベッドの反対方向を見ると、部屋の隅にクローゼットがあり、近くにロッキングチェアが一脚置かれている。
「なんてステキな宿なの……」
マーシャは早速、ロッキングチェアに身体を預け、ゆらゆらと揺らしている。
「今まで見た宿の中で、一番凄いね」
ジャシードは、クローゼットの近くに荷物を纏め、テーブルの椅子に座った。
何もかもが素晴らしく、ベッドカバーにすら皺を付けたくないと思ってしまったほどだ。
そんなジャシードを横目に見ながら、ロッキングチェアから立ち上がったマーシャは、ベッドに飛び込んだ。
「わああああ、ふわふわあ!」
マーシャはベッドに顔を埋めて動かなくなった。
「本当だ。トゥール砦のベッドみたいだ」
ジャシードも真似して、ベッドに身を預けた。途端に眠気が襲ってきて、ジャシードはそのまま、あっという間に寝てしまった。
「ねえ、ジャッシュ」
マーシャはジャシードの方を向いたが、ジャシードが既に寝てしまっていることに気がついた。
「……もう! 風邪ひいても知らないんだから!」
マーシャは掛け布団を被って寝ようとしたが、やはり起き上がって、ジャシードが掛け布団を掛けられるように転がしてから掛け布団を掛けてやった。
「おやすみ、ジャッシュ」
マーシャはジャシードの額に、そっと……そっとキスをしてから、もう一度柔らかなベッドに潜り込んだ。
◆
翌日、輝き亭の素晴らしい朝。やや禿げたオーナーは、素晴らしい朝食を用意してくれた。
全員が心の底から満足した。ゲートができたら、きっとこの宿はとても人気が出るだろう。人気が出る前に、また来たい宿だ。
ヒートヘイズの一行はメンダーグロウに、いや輝き亭に後ろ髪を引かれながら、ヴァーランへ向けて出発した。
メンダーグロウの厩舎にラマを預けているため、メンダーグロウにはもう一度寄ることになるが、宿泊できるタイミングかどうか今のところわからない。
マナクル砂丘を抜け、橋を渡った後、川沿いに北西へと進んだ。暫く進むと、もう一つの橋があった。
橋はやや老朽化して所々に穴が空いていたが、バラルが風の魔法で穴の辺りに風を起こし、全員問題なく渡りきることができた。
橋を渡りきると、いきなり目の前に森が広がる。
「ここはヴァール森林地帯と呼ばれている。トロールが多く棲んでいるから、念のため気を付けてくれ」
バラルが警告を発し、オーリスとスネイルは、周囲の気配を探りながら、ゆっくりと進んだ。
途中、やはり森トロールが何度も襲ってきたが、六人いるヒートヘイズの敵ではなかった。
川沿いに南下していくと、岩山が迫ってきた。岩山の山裾を更に南へと進むと、岩山に大きな入り口があった。
空は夕焼け。もう夜が近くに迫っていた。
「ここがヴァーランだ。今日はここで夜を明かし、明日早朝、中に入るぞ」
バラルはそう言って荷物を下ろした。ラマがいないと、テントの部品も手分けして持ってくる必要があった。
「ああ、わくわくが止まらない!」
スネイルは、かなり興奮していた。好奇心の塊が引き起こす推進力は、並大抵のものではないようだ。
テントを張り、マーシャが用意してきた食事を食べる。いつも通りの野営だった。
メンダーグロウは、縦に長細い街だ。マナクル半島がそれほど広くないため、街のなりも縦長になるという寸法だ。
南側に街を貫通する大通りがあり、全ての建物は、大通りから繋がる細い通りに面している。
その大通りを進んでいくと、街の奥には遺跡のような物があり、更にその奥には農場などが広がっている。
それぞれの建物には、立派な煙突がついており、そこからもくもくと煙が上がっている。
建物の多くはレンガで作られている。そのため、町並みに統一感が生まれていて、小さな街ながら目に映える。
それぞれ準備を整えてから、メンダーグロウ唯一の宿屋『輝き亭』に集合した。
輝き亭は、他の建物と同様にレンガ造りで雰囲気の良い宿だ。宿の内装は外側のレンガと打って変わって木で作られた壁に覆われ、歩くと小気味の良いコツコツとした音を立てる木の床、同じく木で作られたテーブルや椅子が整然と並んでいる。決して広いとは言えないが、居心地の良い空間だ。
小綺麗に磨かれたテーブルの上には、それぞれ小さな花を飾った花瓶と、花をあしらった彫刻が特徴の燭台が置かれている。燭台の蝋燭は、程よくそれぞれのテーブルを照らし、揺らめくことで変化のある室内を演出している。
やや頭の禿げた丸顔のオーナーに、宿のしつらえについて褒め言葉を掛けると、お客さんが来なくてもこの状態を維持していると胸を張った。
確かにヒートヘイズ一行の他には宿泊客はおらず、バーカウンターでメンダーグロウの住民たちが、話しながら酒を酌み交わしているのみだ。
「明日はヴァーラン?」
八人用のテーブルに案内され、リンゴジュースをあてがわれたスネイルは、そう言って一気に飲み干し料理を待っている。
「明後日だな。ヴァーランまではだいたい一日かかる。入り口前で夜を明かして、早朝入るのがいいだろう」
「一日かあ。ああ、馬に乗れたらなぁ」
バラルが一日と言ったのを聞いたガンドは、残念そうにため息をついた。
「何を言っている。ヴァーランは馬に乗って入れるほど広くはない。馬に乗っていったら、馬を外に繋いでおくことになる。怪物に狙われたら、貴重な馬を食われてしまうぞ」
「そ、そうなんだ。それなら無理かあ」
ガンドは、バラルの言葉を聞いて残念そうな顔をしながら、プレートの肉にかぶり付いた。
「なんだか、顔と行動が合わなくて面白いね」
「もっと美味しそうに食べなさいよ」
ジャシードとマーシャはそれぞれ、ガンドを見ながら苦笑している。
「思えば僕たちは、街道の近くでは無い場所に行くのは初めてだよね」
オーリスは少し緊張した面持ちで言った。
「そう言えば、そうね」
マーシャはリンゴジュースをひとくち飲んだ。この間、しこたま飲んで酔っ払ってしまったため、最近は酒を飲むのを控えているのだ。ジャシードによると、特に粗相はしなかったようだが、覚えていないため少し怖いと思っている。
「なんだ、緊張しているのか、オーリスどの?」
バラルはオーリスをからかうような口振りで言った。
「そりゃあ……緊張もしますよ。人生初体験なんですよ」
オーリスは、グラスのエールを蝋燭の光にかざしながら、ゆっくりとグラスを揺らした。グラスのエールは、プチプチと泡を立てながら、泡に光を受けて輝いた。
「なあに、安心せい。ヴァーランには何度か行ったことがある。だいぶん前の事だがな」
バラルは肉にかじりつきながら言った。
「何でマーシャは、そんなにリラックスしていられるんだい?」
オーリスは首を傾げた。
「何でって、一人じゃないもの」
マーシャはあっけらかんとしている。
「な、なんだい。僕はみんなと一緒でも緊張しているのに」
「前衛のオーリスと後衛の私では、緊張度合いが違うのかもね」
マーシャはオーリスに微笑んで言った。
「ジャッシュやスネイルは緊張してないのかい?」
「うーん、別にしてないかな」
「おいらもしてない。わくわくしてる」
「あ、わかる! 僕もワクワクしているんだ」
「何がいるんだろうね? アニキは何だと思う?」
「うーん、なんだろ。やっぱり、骨の怪物とか?」
「骨だけ? かっこいい!」
「かっこいいの?」
オーリスの緊張を置いてきぼりにして、ジャシードとスネイルは盛り上がり始めた。こんな怪物が来たらこう対処するとか、そんな話だ。
オーリスはまたしても、一人で気にしていたような気分になっていた。
「僕は緊張してるよ。ジャッシュとスネイルは、頭がおかしくなっちゃったんじゃないの?」
ガンドは付け合わせのサラダを、もしゃもしゃと食べながら言った。葉っぱが少し口からはみ出ている。
「やっぱり、僕たちが普通なんだよね?」
「そうだよ、なんか戦いに慣れすぎた二人とは違う」
オーリスは、仲間を見つけて少しホッとした。
「緊張もいいし、ワクワクもいいが、食事が済んだら紙とペンを持ってきてくれ。ヴァーランの説明をするぞ」
バラルはそう言って、パイプの葉っぱに火を付けた。
◆
食事が終わり、同じテーブルに広げた紙へ、バラルがざっくりと地図を描き始めた。
「ここが入り口だ。元々採掘のための場所だから、通路は決して広くはない。ただ、入り口から続く道は、鉱石を運ぶために押し車が通っていたから、その分広くなってはいる」
バラルは、用意されたエールをひとくち飲んで続けた。
「所々、広々とした空間が作られている。これは鉱石を一時的に溜めておく場所だ。いちいち奥から運んでくるのは効率が悪いから、一定距離で分担してやっていたんだろう」
バラルはパイプを吸って、天井に向けて煙を吐いた。
「で、怪物どもは、こういった場所にいる。通路をうろついている者もあるが、基本的には広場にいる。だから広場に入るときには、気を付けなければいけない。勢いで飛び込むと、大変なことになるから注意しろ」
一同、真剣な表情で聞いている。
「怪物の構成は、グランナイトがいることから分かるように、殆どが死霊の類だ。つまり、骨の怪物スケルトン、それに肉が付いているゾンビが代表的だ。他には、肉と皮でできたフレッシュゴーレム、スケルトンが人間一人分の骨なのに対して、複数人分の骨が集まったボーンゴーレムなんてのもいる」
バラルは再びエールを喉に注ぎ込んだ。
「倒しづらい怪物もいる。それは、レイスと呼ばれる、半分霊体半分実体の怪物だ。それから、ファントムと呼ばれる地縛霊が所々にいる。こいつらは、魔法を使うから注意が必要だ。そして、恐らく今持っている金属の武器では太刀打ちできん。攻撃が当たらないからだ。だから、そいつらは魔法か、ジャシードのフォーススラッシュのような、生命力で操る攻撃が必要だ」
バラルはパイプを吸って、再び天井に向けて口を開けると、まあるい煙が幾つか出てきた。
「おお、かっこいい」
スネイルは、まあるい煙を指で切ってみたりしている。
「最後にグランナイトだ。こいつはヴァーランの最奥地、天井が崩落した跡地にいる事が多い。ボーンゴーレムやら、レイス、スケルトンにゾンビなど、その時々で異なる手下のような存在に守られている。何故そいつらがグランナイトに付き従うのか全く分からんが、とにかく倒さないとグランナイトには手が届かない」
バラルは、残っている乾燥ナッツを口に放り込んだ。
「道順は、ここから、こういう風に行く。だいたい覚えて置けよ。もし、わしが倒れても出られるようにな」
バラルは、地図に羽根ペンで線を描いていく。それほど分岐点が多いわけではないため、迷うことは無いだろう。
「バラルさんが倒れるなんて、寝る以外にあるの?」
ガンドは首を傾げた。
「言っただろう? この間は、レンドール山の近くでノフォスにやられた。そんな事もある。無いと思っていると準備できないから、あるかも知れないと思って行動するんだ」
バラルは人差し指を立てながら言った。
「わかった、うん。わかった」
ガンドは、分かりたくないと思いつつも、同意を示した。地図を覚えるのは、ガンドの得意とするところだ。まず自分が、この地図を全部覚えてやろうと考えた。
「バラルさん、説明ありがとう。バラルさんが少し警戒している気がするから、多分怪物も結構強いんだよね」
「まあ、そうだな。スケルトンにゾンビは大したことは無いが、他のはなかなか強い。油断するなよ」
バラルはジャシードにパイプを向けた。
「よし。それじゃ、みんな今日は早めに寝て、明日に備えよう」
ジャシードがお開きを宣言し、それぞれ部屋へと向かった。
輝き亭は、部屋もまた素晴らしかった。まず目に飛び込んでくるのは、部屋の真ん中に置かれたテーブルだ。
ガラス製の細長い花瓶に、可愛らしいオレンジ色の花が飾られている。花瓶の下には、細やかな刺繍に彩られたテーブルクロスが敷いてある。
そのテーブルを照らすのは、天井から吊り下げられているランタンだ。ランタンは特別製なのか、完全にガラスでできており、ランタンの真下にも光がぼんやり届くように工夫されている。
右に目をやると、皺一つ無く整えられたベッドが二つある。ベッドの間にはナイトテーブルが置いてあり、ここにも刺繍が入った正方形のテーブルクロスの上に、小さな花瓶と、ささやかな花が飾ってあった。
ベッドの反対方向を見ると、部屋の隅にクローゼットがあり、近くにロッキングチェアが一脚置かれている。
「なんてステキな宿なの……」
マーシャは早速、ロッキングチェアに身体を預け、ゆらゆらと揺らしている。
「今まで見た宿の中で、一番凄いね」
ジャシードは、クローゼットの近くに荷物を纏め、テーブルの椅子に座った。
何もかもが素晴らしく、ベッドカバーにすら皺を付けたくないと思ってしまったほどだ。
そんなジャシードを横目に見ながら、ロッキングチェアから立ち上がったマーシャは、ベッドに飛び込んだ。
「わああああ、ふわふわあ!」
マーシャはベッドに顔を埋めて動かなくなった。
「本当だ。トゥール砦のベッドみたいだ」
ジャシードも真似して、ベッドに身を預けた。途端に眠気が襲ってきて、ジャシードはそのまま、あっという間に寝てしまった。
「ねえ、ジャッシュ」
マーシャはジャシードの方を向いたが、ジャシードが既に寝てしまっていることに気がついた。
「……もう! 風邪ひいても知らないんだから!」
マーシャは掛け布団を被って寝ようとしたが、やはり起き上がって、ジャシードが掛け布団を掛けられるように転がしてから掛け布団を掛けてやった。
「おやすみ、ジャッシュ」
マーシャはジャシードの額に、そっと……そっとキスをしてから、もう一度柔らかなベッドに潜り込んだ。
◆
翌日、輝き亭の素晴らしい朝。やや禿げたオーナーは、素晴らしい朝食を用意してくれた。
全員が心の底から満足した。ゲートができたら、きっとこの宿はとても人気が出るだろう。人気が出る前に、また来たい宿だ。
ヒートヘイズの一行はメンダーグロウに、いや輝き亭に後ろ髪を引かれながら、ヴァーランへ向けて出発した。
メンダーグロウの厩舎にラマを預けているため、メンダーグロウにはもう一度寄ることになるが、宿泊できるタイミングかどうか今のところわからない。
マナクル砂丘を抜け、橋を渡った後、川沿いに北西へと進んだ。暫く進むと、もう一つの橋があった。
橋はやや老朽化して所々に穴が空いていたが、バラルが風の魔法で穴の辺りに風を起こし、全員問題なく渡りきることができた。
橋を渡りきると、いきなり目の前に森が広がる。
「ここはヴァール森林地帯と呼ばれている。トロールが多く棲んでいるから、念のため気を付けてくれ」
バラルが警告を発し、オーリスとスネイルは、周囲の気配を探りながら、ゆっくりと進んだ。
途中、やはり森トロールが何度も襲ってきたが、六人いるヒートヘイズの敵ではなかった。
川沿いに南下していくと、岩山が迫ってきた。岩山の山裾を更に南へと進むと、岩山に大きな入り口があった。
空は夕焼け。もう夜が近くに迫っていた。
「ここがヴァーランだ。今日はここで夜を明かし、明日早朝、中に入るぞ」
バラルはそう言って荷物を下ろした。ラマがいないと、テントの部品も手分けして持ってくる必要があった。
「ああ、わくわくが止まらない!」
スネイルは、かなり興奮していた。好奇心の塊が引き起こす推進力は、並大抵のものではないようだ。
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