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第1話 青天の霹靂
しおりを挟む「お前、才能の欠片もねぇな……よし、クビっ!」
晴天の今日、突然のクビ宣告。まさに青天の霹靂。
唖然とする私の背中を押して工房の外へと締め出す親方。まるで容赦なし。
これで10件目だ、クビを言い渡されたのは。これでも故郷の村では天才武器職人なんて呼ばれてたんだけどなぁ、私。
今年で二十歳となり、村を出て国一番の武器職人として有名になるはずだったのに、まさかこの半年間で10回もクビになるなんて。
「はぁ……これからどうしよう。お金もあと2023マドカしかないし……はぁ……」
賑わう街中を当てもなく彷徨いながら財布の中身を見てため息を2回。その時、ふと幼い頃の記憶が甦る。
【はぁ……あのね、人はため息を吐いた分だけ幸せを逃がしてしまうの……はぁ……】
2度のため息を吐く母より教わりし古き思い出。
母『チェリーナ』はとても優しく、娘の私から見ても凄く綺麗で笑顔が絶えない素敵な人。
特にあの桜色の長い髪を靡かせての微笑みは反則級だ。
けれど、そんな母も父が亡くなってからは変わってしまった。
女手一つで私を育てることとなり、苦労も相当なものだったのか事あるごとにため息を吐くようになって……
「……お母さん、今頃何してるかなぁ。元気にしてるといいんだけど……って、今はそれどころじゃない! 早く仕事見つけなきゃ餓死するじゃん私っ!」
現実に戻り奮起した直後、路地裏から出てきた金髪の少年と激突。その反動で彼が尻もちをつく。
しまった、完全に私の不注意だ……! そう思ったら急に額から冷たい汗が。
慌ててお財布片手に右手を差し伸べると少年は自力で立ち上がり、私の左手からお財布を盗ってそのまま逃走を図ったため、このままでは今日の飯代がなくなると焦った私はなりふり構わず少年を追いかけることに。
「待てぇぇぇーっ!! 今日の飯代返せぇぇぇーっ!!」
形相などお構いなしに、必死になって少年を追いかける……が、思いの外走るのが速くてなかなか差が縮まらず。
それでも追いかけて追いかけて追いかけ続けていると、漸く観念したのか少年はピタリと立ち止まる。
「はぁはぁ……や、やっと観念したか……ほらっ、今日の飯代──じゃなくて、そのお財布返して」
息を切らしながらも右手を伸ばした私に対し、少年はこちらを振り返るなり笑顔でこう一言。
「ようこそ! 国一番の武器工房へ!」
思い掛けない台詞に目を丸くしつつ少年が両手で指し示す先を見ると、そこにはなんとデカいけどボロっちぃ建物が。
国一番の武器工房と聞こえたので取り敢えず熟視してみたところ、中央にある扉の上には【武器工房イリア】と描かれた古い看板を発見。あっ、本当に武器工房なんだ。超ボロいけど──
「──って、ちょっと待って!? イリアぁ!? あの王家御墨付きの!?」
武器工房〝イリア〟
ここで造られた鍋や包丁、特に農具は辺境にある故郷の村でもよく目にしたもので、少し値は張るが品質はこの上なく高い。
もし弓でも買おうものなら村中から羨望の眼差しを向けられること間違いなし。
そして狩人だった父は生前、その弓を以て魔物の脅威から村を守り続けていた。
10年前、そんな父に……いや、そんな弓に惹かれて私は武器職人になったのだ。
「そっかぁ、あの弓はここで造られて……でも、なんか思ってたのと違う。てっきりもっと立派な佇まいなのかと……それにさ、2年前からめっきり見なくなったんだよねぇ、イリアの品……」
私の独り言を聞いて暗い表情を見せる少年。さっきまではあんなに明るかったのに。
もしや失言だったのではと省みて、速攻で言い訳を考えたが何も思い浮かばずにただ狼狽えるだけ。
そんな私を気遣ったのか、少年は無理矢理に明るく振る舞いながら財布を差し出してきた。
「あ、ありがと、返してくれて……あのさ、キミってこの工房に住んでるの?」
私の苦し紛れの質問に対し、少年は黙って頷いてから困ったように笑う。
その表情に何かあると踏み、失礼承知で質問を続けることに。
「もしかしてだけど、私をここへ連れてくるためにお財布盗んだの? もしそうなら何をしてもらいたかったの? 怒らないからキミの願いを聞かせて?」
顔を近づけてそう問うと、少年は顔を赤らめて後ろを振り返り「来て」と私を工房の中へと誘う。
工房の中は外見とは裏腹に隅々まで清掃されており、家具や工具もきちんと整理されていて物に対する愛情のようなものを感じた。
いち職人としてとても嬉しく思いながらも足は止めずに展示室を抜け、作業場を通り、階段を上がって2階の〝ある部屋〟の前で立ち止まる。
この部屋には一体誰が……? そう不思議に思っていると、少年は部屋の扉を2回ノックして「ママ、入るよ?」と部屋の中に声をかけた。
どうやらこの部屋には母親がいるらしく、それを知った途端に緊張して両手から手汗が。
だがこうなるのも当然だ。何故なら〝イリア〟の創設者は女性。
つまり、この部屋にいる女性こそが〝イリア〟の創設者であり『イリア』その人なのだから。
私の憧れであり私の目標。まさかこんな所で会えるなんて……
少年がゆっくりと扉を開けていくにつれて胸の鼓動は速まり、口の中は徐々に乾いていく。
そして遂に扉が開き切った時、私の瞳に映し出された光景……それは、蒼白色の顔に痩せ細った身体をした一人の女性がベッドから起き上がる姿であった。
あまりの想像との違いに戸惑うなか、少年が女性の元へと駆け寄るなり会話を始めたため、勝手に聞くのも失礼だと思い少し離れた場所で二人を眺めていた……がその最中、不意に女性と目が合ってしまい、動揺。
気不味いながらも会釈をすると、女性は優しく微笑みつつ「貴方も武器職人なのね? どうぞこちらにいらして」と私を招く。
女性の側まで寄ると開口一番に謝罪され、それは少年の窃盗未遂に対してのもの。
そのため狼狽えつつも全く気にしていない旨を私が伝えたところ、少年が行為に及んだ理由を女性は徐ろに語り出して……──
「──3年前に心の病を患ったことで困窮に……ッ!? そ、そんなことが……あっ、あのっ! 私に何か力になれることはありませんか!?」
女性の話を聞いて居ても立っても居られなくなったので前のめりになって助力を申し出ると、女性は私の勢いに一瞬驚くも「ありがとう……でも、大丈夫よ」と再びニコリと微笑んでから急に咳き込みだした。
女性の背中を優しく摩りながら「ママ、無理しないで寝てて」と少年は声をかけ、咳が落ち着き次第ゆっくりと女性をベッドに寝かせたのち、私の右手を取り、部屋の外へ連れ出しては独り呟く。
「ママがカラダを壊したのは全部アイツらのせいだ……アイツらがママを裏切ったから──ッ!!」
涙を浮かべながら怒りと悔しさに身体を震わせる少年。余程〝アイツら〟とやらが憎いのだろう。
あの女性……いや、イリアさんの話からは出なかったが彼女ほどの武器職人なら複数人の弟子がいてもなんらおかしくはない。
きっと少年の言う〝アイツら〟とはその弟子たちのことであり、この工房で得た知識や技術を良からぬことに使ってその責任を彼女に全て負わせたのだ。
同様の話を噂好きの元親方から聞いたので間違いない。
……だけど、まさか〝王家御墨付き〟の工房で悪事を働く輩がいるなんて……ううん、今はもう違うんだよね……
女性の境遇に心を痛めていると、突然頭を下げた少年は願いを告げる。
「お姉ちゃん、お財布盗んでごめんなさい……でもママをっ、この工房を助けてください! お願いします!!」
その必死なまでの願いに心震わされ、迷わず応じることに。
「よーし分かった! 全てお姉ちゃんに任せなさい! キミのお母さんとこの工房は私がなんとかしてみせるから! ……そのためにはやっぱり国一番の武器職人にならなきゃ……そうすれば……」
斯くして決意表明をした私は、この工房で国一番の武器職人になることを決心する。
そして、この工房を再び〝王家御墨付き〟にしてもらうことでイリアさんを裏切った弟子たちに復讐すると魂に誓う。
怨嗟の炎を瞳に宿す、この少年と握手を交わすなかで……──
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