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序章【起点】
零話 旅立ちは故郷から
しおりを挟むほんの少しの冒険心とまだ見ぬあの人に伝えるために彼は旅立ちを決意した。
膨大な小麦畑が広がる農村地帯、ワルトゥワの村。まだ収穫には早い青々とした小麦たちが育つ中、点々と家が建ち並ぶ広い平原。南は森林に覆われた旅の道が続く。そんな村の一角で荷造りをする青年がいた。
「おーい、ヴィッツ!」
ヴィッツの親友が朝の牛乳配達の仕事の合間にやってきた。
「村、とうとう出ていくんだな」
旅の支度をしているヴィッツに訊ねてきた。
「ああ、ようやく決心がついたよ。ハーミル、お前の家族には本当世話になった」
「気にするなよ。お前の母さん、イアナさんが亡くなってからずっと俺の家で育ったんだ。家族同然だろ?」
そう言うハーミルの言葉にヴィッツは笑顔を見せた。
「まだ五歳の時だったかな、母さんが死んだのは。正直あんまり母さんのこと覚えてなくて思い出せないんだが、でも優しくて強い人だった」
母のわずかな思い出に浸る。流行病で死んだ母。そのことが幼いヴィッツにはよほどショックだったのか、それ以前の記憶がところどころ抜けている。人間の「恐怖から身を護るために働いた怖い記憶を消す」が働いてしまったが故の記憶の欠落。
「そうだな。この村では珍しいおっとりした人だったよ。遠い遠い所から来たんだっけか」
「場所までは言ってないからわからないけど、たぶん遠い所なんじゃないかな」
ヴィッツの本当の故郷はこのワルトゥワの村ではないものの、生まれ育ったのはこの村のため自分にとっては故郷なのだ。本来ならここからとても遠い街で生まれていたはずだった。しかし母がヴィッツを身籠ったとき、悲劇は起こったのだ。街での大規模な魔法事故による爆破そして火災。街全てが燃えつくされるほどの勢いの中、父は母と腹の中にいる我が息子を助けるため転送魔法で二人を遠くへと送った。転送魔法は「精霊魔法が使える者のみ」転送できる。母は精霊魔法使いであったがまだ精霊とも契約もできない小さな胎内の命は術を使う術がない。そこで父は自分の魔法を子に与え、そして「必ず生きて会う」と言い残し自分の転送分を犠牲にして二人を送ったのだった。
「父さん……名前だけは辛うじて知ってる。「リンドリウン」珍しい名前だからさ、母さんから聴いたときなんかハッキリ覚えてる」
昔の思い出の引き出しを開き色々と整理する。
「その名前なぁ。俺の覚えが正しければこっから南のアルデナス大陸よりさらに南東の方の大陸に似たような綴りの名前の人が多いってのは聞いたことがあるんだよなぁ。まあ俺も村から出たことないから本当の話かわからないけどよ」
ハーミルの言葉に
「まずはアルデナス大陸に向かってから考えるさ。いつか会えたら「母さんは俺を生んで、そして病気で亡くなった」そう伝えたいんだ。多分それが俺に与えられた使命っつーか役割っつーか。なんていうのかな」
とヴィッツが悩むと
「『願い』でいいんじゃねーかな」
とハーミルが言う。
「だな。俺の中で納得のいく結末っつーかけじめ、だな。それを叶えたいって。たとえ父さんが生きててもそうでなくても、墓の前ででも伝えたいってな」
そう言ってヴィッツは大切なものと食料、着替えにと色々入れた袋を担ぐ。
「帰って来るかもわからねぇ。帰ってきたときにはまあ旅の話でもするさ」
ヴィッツがそう言うと
「お前、女難の相があるくらいには女の人との相性悪いから気を付けろよ。万が一にでも嫁さんでも連れて帰ろうもんなら村全体で祝ってやるぜ」
とハーミルが意地悪そうに笑う。
「う、うっせー! そのこたぁ自覚にあらぁ! あんまからかうんじゃねー!」
そう怒鳴りながらヴィッツは村を旅立った。
ここからが物語の全ての始まりだった。
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