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ゆなお

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一章【集結】

一話 武闘家姫とエルフの幼子

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 旅に出たヴィッツは村から南へと下る。ヴィッツの住むザルド大陸は三つの村と一つの城で構成された大陸というものの小さな島のようなところである。ボルト城を中心に東にウェル、南にレイナス、そして西にワルトゥワの村がある。南のレイナスの向かい側にある半島からナスト海峡を抜ければアルデナス大陸に行ける。そこからさらに南に下れば二大都市のひとつアルデナス城があるアルデナスの街があるのだった。とにかくはアルデナスの街に行き、情報収集や船の手配といろいろとすることはあるだろう。そう考えながら道を歩き続けた。

 周りは木々に囲まれた場所。旅の道としてある程度整備されているとはいえ何が出てくるかわからない。そうこうしているうちに半島へと続く道に近づいてきた。そのときだった。ガサガサと木々の中から音がする。ふと見ると人影が二つ走る。目を凝らすとそれは十八歳くらいの軽装であり武闘服である少女と、羽をまとった小さな子供だった。その姿もヴィッツに気付くや否や
「あんた! そこ危ないわよ、早くどっか行きなさい!!」
「そーだよ、今後ろからでっかいくまが追っかけてきてるんだ!」
 とヴィッツに注意を促す。
「でっかいく……うわぁぁぁ! こいつか!」
 しかし時すでに遅し。ヴィッツに向かって熊は大きな手を振りかぶった。寸での所でよけられたが戦闘経験のないヴィッツにはとても相手にできるものではない。すると
「ちょっと! あんたの敵はこのあたしよ!」
「そーだぞ! 決着つけてやるぞ!」

 と少女と子供は熊に対し挑発する。ヴィッツに向かっていた熊であったが、二人の声に標的を替えた。熊は素早い動きで殴りかかるが、少女は軽々とその攻撃を避けた。
「ふっ、そうよ!」
 熊が大きく立ち上がり襲い掛かってこようとした瞬間、少女は屈みこみ拳を握る。そして
「そこっ!」
 と熊の腹にめがけて拳を連打した。目にも見えぬ速さの複数回のパンチにより、熊はドサリと音を立てて倒れ込んだ。少女は倒れた熊に近づくと
「ふふ、ごめんね。毎日戦ってたらあんたの弱点分かっちゃったから。今日は私の勝ちね」
 と頭を撫でる。すると熊も言葉が通じるのか納得したようにのそのそと立ち上がり、そして森の中へと帰っていった。
「じゃあ、気を付けて帰るのよー」
「気を付けてねー」
 少女と子供は去っていく熊に手を振った。それに返事をするように熊は一声鳴いて森の奥に消えていった。
「さて、と」
 ひと騒動落ち着いた状況に少女はヴィッツの方を向く。あまりにも突然のことに地面に座り込んでいたヴィッツに対して少女は手を差し伸べる。
「大丈夫?」
 心配する少女の手を握り起き上がりながら
「あ、ああ……」
 とヴィッツは返事をした。少女は
「ごめんなさいね、変な所見せちゃって。怪我は……ないかしら?」
 と先ほどとは違った穏やかな口調で心配してきた。
「ん、大丈夫だ。怪我はないよ。それよりお前強いなー、すげーや」
 とヴィッツが感心していると
「そう?」
 と不思議そうな顔をしていたがすかさず
「ねぇ、スティア。お腹すいたよー」
 と子供が言い出した。そう言えば時間的にも、もう日が暮れる。夕食の時間だ。
「そういえば、もうそんな時間だったわね。この近くに私たちのテントがあるからよかったらお詫びも兼ねて夕食をごちそうするわ」
 スティアと呼ばれた少女の誘いに
「いいのか?」
 と尋ねるも「急に飛び出して迷惑もかけたし、夜が来ると危ないから」という理由でヴィッツをテントまで案内した。案内されたヴィッツは腰を下ろし、スティアはスープを作る。小さい子供はというとさくっとスープを器に注ぎ、ペロリと一瞬で平らげて気付けばいなくなっていた。それをスティアは見守りつつ出来立ての熱々とろりとしたスープを木の器に入れてスプーンを添えてヴィッツに差し出す。
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
 スープを受け取ったヴィッツは
「俺はヴィッツ。ワルトゥワの村から来たんだ」
 と自己紹介をした。
「あー、あそこはボルト城が害獣駆除部隊と魔物討伐部隊作ってるから周辺の村は平和なのよね。フフ、南に下ってまさかいきなり熊に出くわすとか思ってなかったでしょ。まああの子は私たちの戦友みたいなもんだけど、やっぱり知らない人には襲っていくわよね。本当いきなり巻き込んじゃってごめんなさいね」
 と先ほどの状況を説明する。
「っと、私はスティア。しがない武闘家見習いみたいなものよ」
 スティアがそう自己紹介するが
「そーいや、アルデナス城では『第一王女行方不明』とか話題になってたな。俺の村までその話は届いてる。名前は『スティア』らしいが、まさかお前のことだったり……」
 とヴィッツが言うと
「あー、えーと。それはねぇ……」
 と言葉を濁したためビンゴであることは確定した。そうしてスティアは一部始終を話し始めた。
「そうね、別に隠したって無駄なことだし、それにちょっと他の人にも聞いてほしいってのもあるから話すわ。少し長くなるかもだけどいいかしら」
 飯の友にと構わないとヴィッツが言うのでスティアは話し始めた。
「確かに私はアルデナス城の第一王女『スティア・エレストニア』で合っているわ。昔からの信条でね『籠の中のお姫様にだけはなりたくない』っていう気持ちがずっとあって、小さい頃から城を抜け出しては街のわんぱく小僧たちと遊んだり、こっそり武術道場に弟子入りしては鍛えてた。そして図書館もよく行ったわ。とにかくいろんなことを知ることが楽しかったの。でもある日、お父様に『お前の幼い頃からの許婚が~』って話されてね。あたし、あ、つい口が荒いときの口調になったわね。私は勝手に許婚を決められたことと婚期が近いことを知って『このままじゃまだまだ知りたい世界があるのに籠に閉じ込められる』って思って城を飛び出したのよ。家出みたいなもんね。そのときにザントと出会ったの。あ、さっきの小さい羽が生えてたエルフの子のことね。それからあの熊と出会っては何度も戦ってたの。ようやく決着がついたのが今日だった。まあそんな流れだったのよ。ところでヴィッツはどうしてひとりでワルトゥワの村から出たのかしら。南に向かってたから恐らくアルデナスの街に向かってそうだけど……」
 スティアは自分の話からヴィッツの話に替えた。ヴィッツも特に隠す内容ではないと話を始める。
「ああ、俺ワルトゥワの村で生まれ育ったんだけどよ。母さんと父さんは別のどこか遠い街で暮らしてたらしくさ……」
 こう言いながら母と自分を転送するのに父が犠牲になり、そしてその母も流行病でなくなり、その事を父に伝えるために旅に出た話をする。
「つってもまあ父さんに伝えるのはついでみたいなもんだ。本当は俺ももっと世界を知りたいって、そんな軽い気持ちで旅に出たけど旅って思った以上に大変なんだなって今日の出来事で思ったよ」
 ヴィッツの話にスティアはうんうんと頷く。
「そうよ、旅って結構危険との隣りあわせなのよ。あなたみたいな一般人にはかなり厳しいと思うわ」
 スティアがそう言うと
「だよなぁ……」
 とヴィッツは頭を抱えた。
「ところでアルデナス城に行ったあとはどうするの? さらに南の大陸にすぐ渡っちゃう? あっちはあっちで結構大変よ。よかったらサウザント城のあるサウザントの街に一度行ってみるのはどうかしら。アルデナス城よりかなり大規模な都市よ。もしかしたらあなたのお父さんの情報も入るかもしれないし……」
 スティアはそう言いながら
「私も一度サウザント城に行ってみたいのよね。よかったら一緒に行かない?」
 と本音を漏らした。
「な、なんだよ……。まるで俺を理由にサウザントへ行こうみたいなその言い方」
 ヴィッツが疑うが
「サウザントには私の知り合いがいるの。何かあれば全力で協力してくれるわ」
「とは言ってもなぁ」
「いいじゃない。あなた一人じゃ多分行き倒れよ。旅は仲間が多い方が楽しいって言うじゃない。それに私がいればあなたの護衛にもなるわ」
 と、どうにもヴィッツについて行きたがる様子だった。
「(やっべーな。また女難の相出てんなこれ。かといって断る理由もないっつーか、むしろこいつの、あいやこの姫さんの言うとおり俺一人じゃ行き倒れ待ったなしだ。まあ悪いやつではなさそうだし……)」
 自分の中で納得させたヴィッツは
「んー仕方ないな、いいぜ」
 と同行を許可した。
「あ・り・が・と♪」
 嬉しそうにスティアはポンとヴィッツの頭を叩いた。
「そーいや、飯食ったら途端にいなくなったあのチビは? ザントとか言ったっけか。エルフらしいけど、エルフって羽あったか?」
 いつの間にかいなくなっていたザントのことを話す。
「あー、あの子の羽はね。風の精霊との契約で付けてもらったらしいの」
「風の精霊か。あんなちっこいのにもう精霊魔法使えるんだな」
 ヴィッツがそう言うと
「あの子何か事情があって成長が遅いらしくてね。人間換算だと本来なら十歳くらいの姿のはずなのに五歳くらいのままで、実は生きてる年数は二十年らしいわよ」
「マジかよ。俺と同い年か」
 とスティアからの真実に驚いた。そうこうしていると
「スティア―。帰ってきたよー」
 と木々の中からテントまでザントが戻ってきた。
「あらザント。いつものお散歩かしら」
 スティアがそう聞くと
「うん。渡り鳥さんとお話してた」
 と返事をする。そして西の方を指差しながら
「いまね、近くの船着き場に船が来てるんだって」
 と話す。
「へぇ、ちょうどよかったわね。その船、サウザント行だから」
「そうなのか?」
 ヴィッツが聴くと
「ええ、北の三つの村と城からの人や荷物を運ぶのにこのあたりに船着き場があって、このザルド大陸からサウザント大陸までの唯一の船が出てるの。多分明日の昼前出航予定だと思うから、私たちも早めに寝ましょう。私とザントはテントの中で寝るから、ヴィッツは外ね!」
 そう言ってスティアはヴィッツをテントから離す。
「え、俺はテントじゃ寝られねーのか?」
 ヴィッツがそう聞くと
「当たり前じゃない。私、嫁入り前の女の子ですもの。テントの中には入れられないわ。あ、外でもザントが結界張ってくれてるから危ないものは来ないから安心して」
 とスティアが言うので
「誰がお前みたいなじゃじゃ馬なんかに手を出すかよ」
 と言った瞬間、痛烈なスティアの拳がヴィッツの顔に命中し
「おやすみー」
 とテントの中に消えていった。
「いってーな。まあ確かにそう思われても仕方ねーな。おとなしく火の番でもしつつ、結界も張ってるってことだし寝袋で休ませてもらうか」
 ヴィッツはそう言いながら持ってきた寝袋に入って一晩を過ごすのだった。
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