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ゆなお

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三章【記憶】

二十四話 呪術

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 夕方にようやくキレリアの街に到着した一行は、荷を下ろし宿をとる。しかし、四人部屋や二人部屋の宿はどこも満室。辛うじて離れにあった宿が一人部屋が十室空いているとのことで、高くつくが八部屋頼む。
「こんな時、ザントが小さかったら私の部屋で一緒に寝て、一部屋分減らせたのに」
 とスティアが言うとザントが慌てて
「あああ、僕はもう大人だから無理だし、精神的にも成長しちゃってるから。その話はやめてよ」
 と困っていた。その様子を見てスティアが笑う。
「あはは。あんなにお父さんお母さんが恋しいって泣きついてたザントがずいぶん成長したこと。本当、五歳から精神も知識も止まっていたのが、一瞬で二十歳になっちゃったのね」
「ス、スティア。もう僕の子供の頃の話でからかわないで」
 逃げるスティアを追いかけるザントを見たヴィッツとミーンは
「なんだかんだ言って仲良しなんだな、あの二人」
「そうね。それだけ親しい付き合いだったってことよ」
 と話しつつ、残った全員は鍵を預かり各自の部屋へと入った。

 一夜明け、朝食をとって全員で街を歩く。スティアとナスティが前に来た場所でクリスと会うのが楽しみだと話していた。港に到着して沢山の船を眺める。
「今回は東だから船には乗らないわね」
 スティアがそう言うと
「あー、そういや俺とティアスが世話になった人が西の方に住んでんだよな」
 とヴィッツが言う。
「呪われた森って言われる場所でしたよね? でも結局は迷信の様なものだって話でしたね」
 ナスティの言葉にヴィッツは頷く。
「まあスティーブさんの嫁さんが何の魔法かけたかは、結局分からずじまいだけど。まぁ、呪いの原因は薬草と雨ってこった」
 そして港から渚通りに入った時
「あっ! スティアさん! ナスティさん!」
 と女性の声が聞こえてきた。全員がそちらを向くと
「クリス!」
「また会いましたね!」
 とスティアとナスティが走っていく。そしてスティアがヴィッツたちに振り向き手招きする。
「前に私たちを助けてくれたクリスよ」
「この方のおかげで私たち助かったんです!」
 三人の元にヴィッツたちがやってきた。そしてカルロが
「ああ、キレリアの名族イマニカ家のお嬢さんか」
 と言い、ヴィッツは
「お前ら二人にしちゃあ、おとなしいお友達だな」
 と言う。するとミーンが
「そんな失礼な言い方しないの。クリス、スティアとナスティを助けてくれてありがとう」
 そしてティアスも
「クリスさん、お二人を助けていただきありがとうございます」
 二人が礼を言う。ザントとグレイは少し頭を下げて挨拶をした。するとクリスは
「わぁ、とっても大人数ですね。皆様、お二人とはどのようなご関係で?」
 と不思議そうに聞く。それとなく隠すように八人で旅をしているという話をした。
「なるほどなるほど。とても長い旅をしていらしたのですね。その途中で何らかの転送事故に遭い、そしてお二人はこのキレリアにやってきた、と。先ほど着いたばかりですか?」
 クリスの質問に一晩宿を取ったことを話す。
「それなら私に言ってくださればよかったのに」
 とクリスが言うが
「うん、でももう日暮れ後だったし流石に何も準備してないのに寄ってもダメかなって。一晩は宿に泊まったの。旅に出るのはもう少し後だから、あと数日の宿どうしようかなって」
 とスティアが事情を話す。
「それならば、是非とも皆様、私の家にお泊りください! お二人とまだまだ沢山お話がしたかったところです!」
 クリスがそう言うと
「しかし、スティアとナスティそれにミーンやティアスはともかく、俺たち男勢が屋敷に入ってもいいもんかねぇ」
 とカルロが心配する。すると
「大丈夫です。スティアさんとナスティさんのお仲間でしたら安心できます」
 とクリスが言う。
「そうそう、これ私の許婚」
 そう言ってスティアはカルロを指さす。
「おいおい、モノ扱いかよ、スティア」
 カルロが呆れるが
「何よ、文句あるの?」
「あ、はい……」
 スティアとカルロの夫婦漫才を見てクリス含む他全員が笑った。
「スティアさん、許婚の方がいらっしゃったのですね。いいですね、子供のころからのお約束を守られた感じですか?」
 クリスにそう言われ王族同士の政略結婚の話は出来ないので
「ま、まあそうね。昔っから家同士が仲良しでね。それでお互い結婚させようって親が決めたのよ」
 とスティアは言いながら肘で少しカルロをつつく。
「あ、ああそうなんだ。俺の家もスティアの家も武闘家揃いの一家でな。俺はまあ槍術が得意だが、スティアは格闘術が得意。お互いの長所を生かしつつ短所を補う、そんな感じの付き合いだ」
 カルロはそれとなく家の話をごまかした。
「そうなんですね。実は一緒にお食事した時、もうすでにスティアさんには許婚がいらっしゃった。うーん、ちょっと抜け駆けされてた気分です。でも昔からのお付き合いで仲が良いことはとても素敵なことだと思います。さぁ皆様、私の屋敷にどうぞ」
 こうして一行はクリスの家に招待された。
「ここがクリスの家かぁ」
「でけーなー」
 カルロとヴィッツがそう言うと
「スティアさんとナスティさんも最初に見たとき、そんな反応だったんですよね。皆様、ここより大きなお屋敷に行ったことがあるのですか?」
 とクリスに聞かれ
「あ、いやいや。でかいなぁって驚いてただけだ」
「お、おう。俺なんか田舎育ちだから、すっげーなーって思ってたところだ」
 とカルロとヴィッツはお互い顔を見ながら頷いた。こうして各自二人部屋に案内される。今回はじゃんけんで誰と部屋を組むか決め。スティアとミーン、ナスティとティアス、カルロとザント、ヴィッツとグレイで分かれた。

 昼食が終わり、自由時間となる。ティアスとグレイの二人はお互いが別々の人となって、初めて一緒に他所の街を歩く。半ば強引に連れ出されたグレイだった。
「グレイ。ここは海のそばでとても心地良いですね」
 ティアスがそう言うと
「ああ、そうだな」
 とグレイが返事をした。マスクは付けていないが黒い服。白い壁の街の中では目立つ色だ。場違いな感じを受けつつも、ティアスに手を引かれて街中を回る。似たような髪色に似たような色の目。傍から見れば年の離れた兄妹にも見える。
「あ、グレイ。何か街の人たちが話しています。ちょっとお話を聞いてきますね」

 そう言ってティアスは人だまりに走っていった。これがミーンやフィルが言っていた手に負えない部分なのかと実感しつつ、グレイはティアスについて行く。とりあえずこれ以上ティアスが人だまりの中に入っていかないように、グレイは後ろからティアスの肩に両手を乗せる。そして二人は人々の話に耳を傾けた。話によると、数日ほど前から現れた謎の魔術師の話だ。何でも人の魂を抜き、生きた人形にするという恐ろしい魔術師がいるらしい。本来なら魔法は精霊と契約せねば使えないが、一部呪術と呼ばれる精霊を介せず使う、一種の「呪い」に分する術を使う者がいることは知られている。だれそれがその魔術師に会って目を覚まさなくなった。あの場所で怪しい人影を見た。そう言った話が人々の間で交わされる。昼食の時もクリスが『ここ最近、街中に怪しい魔術師が出るから気を付けて』と言われたところだった。その話がこの人々の話す内容なのだろう。
「怖いですね」
「任務中にも呪術を使う者と戦ったことがあるが、精霊魔法と違って厄介なものだった」
 人々に聞こえぬよう小声で二人は話す。
「気を付けるに越したことはないですね。グレイ、一旦クリスさんのお屋敷に戻りましょう」
 ティアスがそう言うので
「ああ」
 と2人は人だまりを後にし、足早にに戻った。庭園の一角にあるベンチに八人が揃っている。
「……と言う話を街中で聞いてきました」
 とティアスはグレイと共に聞いた街人たちの会話を話した。ミーンは
「呪術……ねぇ。精霊を介さない独自の魔法……ううん、精霊魔法とは全く違う類のもの。一部呪術者たちが共有する『呪い』の力を使ったもの、とまでしか分かってないわ。原理も私は知らない」
 そう言って右手を左右に振る。カルロは
「そんな物騒なのが今この街にいるのか。どんな術を使うか分からねぇし、そりゃあ不気味だな」
 と腕を組み考える。そうこうしていると
「皆さん、お茶が入りましたよ」
 とクリスがメイドたちに八人分のお茶を用意して連れてきた。皆それぞれカップを受け取り、メイドたちは席を外す。ミーンがクリスに対して
「ねえ、クリス。街に出るようになった魔術師の話。他にも詳しく知ってるなら聞かせてもらえないかしら」
 と聞く。すると
「私も本当に詳細まで知っているわけではないのですが、それでもよければお話しましょう」
 スティアの隣が空いていたので、クリスはそこに座り話を始めた。
「三日か四日くらい前からだったでしょうか。その時に街の一角で人が倒れてたそうです。心臓も動いているし、息もありました。でも一向に目を覚まさないのです。その時に目撃した人が『紫のローブを着た何者かに触れられたら倒れた』と言っていたそうです。それからちょくちょく目撃情報があり、これまでに三人が犠牲になった、と聞いています。一体それが何者でどこにいるのか、そして何の目的があるのか分かりません。街の人たちは皆、次は誰が狙われるのかと怯えています。私が把握しているのは以上です」
 クリスの話にヴィッツが
「犠牲になったやつらって、特徴が一緒の部分とかあんのか? それとも誰彼構わずなのか?」
 と聞くとクリスは考え
「あ、そう言えば若い人たちでした。十代の男女、でしょうか。一人は十七歳の女性の方、もう一人は十五歳の男性の方、最後の一人は十四歳の男性の方、ですね。大人の犠牲者は今のところ聞いていません」
 と答えた。
「そんな……、まだ若い子じゃない。そんな子供たちを狙うなんて許せないわね」
 ミーンが右手を口に当てて怒りをあらわにしている。
「十代だと僕やヴィッツ、カルロにグレイとミーンは恐らく大丈夫だろうけど。心配なのはスティアとティアスとナスティの三人だね」
 ザントがそう言って三人の顔を見る。スティアが
「そうね。とはいっても買い出しに出かけたりする必要があるから、常に誰かそばに居て貰わないと危ないかもしれないわね」
 と言うのでスティアにはカルロ、ティアスにはグレイ、ナスティにはヴィッツが外出中は付き添うこととなった。お茶を飲み終え、カップをメイドたちのトレーに乗せ、各部屋に戻る。その後、屋敷内で出会ったミーンにザントが声をかける。
「ねぇ、ミーン」
「どうしたの」
「あのさ、恐らく僕らは狙われないと思うから。何とか僕とミーンで捕まえられないかな」
「例の魔術師のことね。私も考えたわ。でも出てくる条件が恐らく十代の子供の前。そう上手い具合にうろついてるとも思えないのよね」
「そうか……誰かを囮にするのも嫌だしなぁ」
「そうね。この街の平穏の為にも倒しておきたいところだけど、今の私たちじゃお手上げね」
 そう言って二人はため息をつく。念を入れておこうとミーンはザントと共に、ナスティとティアスの部屋の扉をノックする。
「ナスティ、姫。二人ともいるかしら」
 すると中から
「あ、私はいますけどティアスさんはグレイと一緒に出掛けて行きました!」
 とナスティの声が聞こえてきた。その瞬間、ミーンはまたかと頭を抱えた。それを見てザントは
「ははっ、本当にティアスって色んなことに興味津々というか落ち着きないんだね」
 と苦労が分かるという顔でミーンを慰める。
「そう、興味を持ってしまったらすぐに見たり試したりしないといけないのが、姫の悪い癖。正直、あの状態になった姫は誰も抑えることが出来ないくらい暴走するのよ。だから師匠も本当に困ってたし、実際に私も困ってた。グレイの中にいたときの方がまだおとなしかったくらいよ。やはり肉体も精神も十六の当時のままに戻ってしまったみたいね。十六と言っても人間で言うと十四くらい。反抗期真っ最中よ。はぁザント、とりあえず私たちで姫とグレイがどこに行ったか探しましょう」
 そう言ってミーンとザントは屋敷を出て行った。

 一方、一足先に出かけたティアスとグレイ。
「おい。何も言わずに出てきていいのか」
 グレイがそう聞くと
「先ほど聞いたクリスさんのお話、そして街の方々のお話。とても見過ごせません」
 とティアスは両手拳を握りふんっと力を入れる。はぁ、とため息をつきながら
「大体お前は狙われてる側に分類されている。敵に狙ってくれと言ってるようなものだ。それを理解しているか」
 とグレイが説教をする。しかし
「私とグレイでその魔術師にお仕置きするのです。ミーンにいつまでも子供扱いされたくないのです」
 と言い出した。以前の分身としての彼女とは明らかに性格と態度が変わっている。十六歳の見た目とはいえ、実際の中身はもっと若い子供。これは本当に手がつかないなとグレイは思った。
「分かった。だが少しでも危ないと感じたら引くぞ」
「はい」
 そう言って二人は散歩を装い街を歩き回る。しばらく歩いていると、気付けば商業地を離れ、一般人の住む住宅街へと入っていた。小さな通りを歩いていると、前から子供が走ってきて目の前で転ぶ。十歳くらいの少年だった。少年が膝を撫でながら立ち上がろうとしたとき、二人は邪悪な気配を察知した。グレイはとっさに少年の元に走り抱きかかえて飛び上がる。その直後に少年がいた場所に黒焦げた跡があった。着地したグレイは少年をティアスに預ける。そして
「魔法で援護、頼む」
「はい!」
 グレイとティアスがそう合図し
「貴方は私の後ろに隠れてください」
 とティアスは少年に言う。少年は頷きティアスの後ろに隠れた。グレイの前にはフードを深く被っている、紫色のボロボロのローブを着た男が立っている。
「ああ~? 邪魔してくれたなぁ~?」
 グレイはクナイを取り出し構える。男は見下すように話す。
「せっかくの若い魂を集めてんのに、邪魔するたぁいい度胸だぜぇ~」
「貴様。人の魂を集めて何をする」
 グレイが睨みつけると
「んなの教えるわきゃねぇだろぉ~? それになぁ~」
 男は一瞬でグレイの目の前に立ち
「俺が探してたのはそっちのお嬢ちゃんの魂だぁ~!」
 そう言ってティアスに向かって呪文を唱えた。
「(くっ! 間に合えっ!)」
 グレイは急いでティアスの方に走る。まだ呪文を唱えている男にクナイを投げた瞬間
「ざんねんでしたぁ~!」
 残像のように男の姿が消え、ティアスの前に来た。男の左手には蓋の開いた瓶があり
「お嬢ちゃんの魂もらうよぉ~」
 そう言って人差し指をティアスに向けた。しかし、その一瞬にグレイが間に入ってきた。
「させるかっ!」
 男の人差し指がグレイの額に当たり
「っ!」
 そのままグレイはその場に倒れた。
「グレイっ!」
 ティアスがグレイを揺さぶっている間、男は中に光り輝く何かが入った瓶の蓋をし
「ちっジャマが入ったかぁ~。ん……、こいつの魂。ほぅほぅ、こいつぁ大物だ。お嬢ちゃんの魂が欲しかったが、いい獲物が獲れたぜぇ~。思わぬ収穫だなぁ~」
 そう言って姿を消した。

「グレイ! グレイっ!」
 泣きながら必死にティアスが名を呼ぶが、グレイは目を覚まさない。ティアスは涙を拭き
「ルーラ。あの男の行方、追えますか」
 そう言うと
「はい。追いかけられます。彼の者が持ち帰ったグレイの魂にはイグナスが付いています。グレイの体から魂が分離しているため、彼も仮死状態にありますが辿ることが可能です」
 ルーラはそう言ってあの男の行方を追った。そして後ろにいた少年が目の前で起こった事故に泣き出してしまった。ぞろぞろと住民が集まってくる。
「今度はこの男が狙われたのか?」
「いいえ、こっちの女の子をかばおうとしてたわ」
「ってことはやっぱり狙われるのは十代の子供か」
「でも大人の犠牲者は初めてだな」
「とにかく医療所にこの人を運ばなきゃ」
 住民たちがそう言っていると
「ちょっと! どいてください!」
「ごめんなさい! 僕らの知り合いがいるんです!」
 そう言って人だかりを分けながらミーンとザントがやってきた。ザントは
「さっき大きな魔力の反応があった。精霊魔法の類とは違うものだったから駆けつけた」
 と言い、ミーンは
「例の魔術師が出たの? 姫、グレイ無事かしら?」
 そう言うとティアスは泣きながら
「グレイが! グレイが私の代わりに、連れて行かれてしまった……」
 とミーンに抱き着き、ティアスは泣き崩れた。
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