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ゆなお

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三章【記憶】

二十八話 戸惑いに恩愛を(後編)

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「お兄さん大丈夫かな」
「とりあえず濡れた服は干してある。後は目を覚ますかどうか」
 少年と男性のやり取りが耳に入る。その状況から自分は服を脱がされ、ベッドで寝かされていることが分かる。そっと目を開けると
「あっ! お兄さん、大丈夫? 目、覚めた?」
 そう言って黒髪の少年が顔を覗き込んでくる。少年の言葉に体を起こす。上半身は裸になっているようだ。
「あ、すまないね。顔色が悪くて、君も魚人の生まれ変わりかと思って、びしょ濡れだったから勝手に服を脱がせてしまった。その、見てはいけないものを見たのかもしれない」
 右腕を見ると手袋も外されて、義手が見えていた。どうやらこのことを話しているらしい。
「いや、むしろ気持ち悪い物を見せてしまったようだ。すまない」
 グレイが謝る。すると少年が
「そんなことないよ。義手? にしてはすっごく不思議な感じだね。魔法で出来てるみたいだけど、凄いなぁ」
 そして慌てて
「あっ! お兄さん気を悪くしたらごめんね。えっとオレはバルナ。こっちが」
「バルナの父、スティーブだ。いや、息子が興味津々で見てしまってすまない。見世物でもないのに、魔法がどうとか言ってずっと見ていたんだ」
 どうやら無事スティーブとバルナの家に合流できたようだ。グレイは
「いや、構わない。実際、珍しいものだ。とある場所で作ってもらった特注の義手と義足。他では見られない。興味があるなら見ても構わない」
 そう言ってグレイは右腕をバルナの方に差し出す。
「え、いいの? 触っても大丈夫?」
 バルナがそう聞くので頷いた。バルナは物珍しそうにグレイの義手を触る。
「うわっ、すっごいや。これちゃんと体温もある。感触も肌と似てる。でも、見た目は半固形の水状みたいに出来てる。ねえ、お兄さん。あ、そういや名前はグレイだったっけ。ヴィッツがそう言ってたと思うから」
 バルナの問いにグレイは頷く。
「ねえ、グレイさん。これってどんな魔法で出来てるの?」
 そう聞かれ
「何の魔法で出来てるかは詳しく分からんが、普通の腕や足のように動かせる」
 と立ち上がろうとしたが
「待ってくれ! 君の体には雨が浸透している。今はまだ動かない方がいい」
 そう言ってスティーブはグレイにこの森の雨について説明した。
「ああ、それで徐々に体が重くなっていったのか」
「やはり君も魚人の生まれ変わりなんだね」
 スティーブに聞かれたグレイは、以前に自身が魚人の生まれ変わりであることを偶然にも知るきっかけがあったことを話す。そしてここに来るまでの話を話せない部分は隠しつつ説明した。
「なるほど。君は過去の事故で記憶を失っていた。でも、仲間の人たちのおかげで記憶を取り戻せた。でも親のことまでは覚えてない、と言うことなんだね」
 スティーブがそう話していると
「ねえ、前にヴィッツと一緒にいたお姉さんは記憶取り戻したって聞いたけど本当なの?」
 バルナが割り込んできた。大人だった頃のティアスに想いを寄せるバルナに対して
「ああ。だがあいつは変わった。記憶を取り戻したことで、色々変わった。もうここに来ることもないだろう」
 とグレイは話す。
「うん、ヴィッツも言ってた。お姉さんにはお姉さんの事情があるから、会わせられないって。残念だけど、お姉さんにもちゃんとした理由があるんだよね。もう一度会えるなら会いたかったなぁ……」
 バルナがつまらなさそうに椅子を揺らしながら動く。
「息子のことは気にしないでくれ。あの子の母親は遠くに行ってしまって会うことが出来なくてね。私も会いたいところだが、セルヴィーテまでは流石に遠くて無理なんだ」
 バルナに変わりスティーブが妻の話をする。色々な話を聞いているうちに父親と母親と言うものが何なのか、漠然と情報として入ってくる。頭が混乱する。それを見ていたバルナが
「父さん! あんまり惚気話ばっかりしちゃダメだよ。グレイさんも困ってるよ」
 そう立ち上がり指摘され
「あ、ああ、すまない……。まだ体の具合が悪いのに長い話を聞かせてしまったね。浸透した雨水が抜けるまでは横になった方がいい」
 とスティーブはグレイに促す。グレイはそっと横になり、シーツを被った。
「私は昼食の用意をしよう。バルナ、彼に何かあったらすぐに教えてくれ」
「分かったよ、父さん。グレイさん、オレはしばらくここにいるから気持ち悪いとかそういうのあったらすぐに言ってね」
 そう言ってスティーブは部屋を出て、バルナは椅子に座り杖の手入れを始めた。そんな様子を見て
「バルナ。いくつか質問をしてもいいか」
 とグレイが言う。
「え、ええ? オレでいいの?」
 バルナが少し戸惑うとグレイは軽く頷いた。
「じゃあ、どんな質問?」
 バルナは首をかしげる。
「お前はヴィッツと会っているな。あいつの事をどう思った」
 すると
「ああ、最初は名前呼ぶのもイヤだった。お姉さんと仲いいのかなって気になってさ。お姉さんの雰囲気がお母さんに似てたから。だからあいつが一緒にいるのがイヤだった」
 そう言いつつも
「でも悪いヤツじゃないって分かったから。まあ、ちょっとは許してやろうかなってなった」
 とヴィッツのことは気に入らないところがありつつも一応気を許しているようで、グレイは少し笑う。続けるように
「ではあいつは……ヴィッツと一緒にいた……」
 そう言いかけると
「お姉さんのことだね! そういえばお姉さんの記憶戻ったのなら、名前聞いても大丈夫かな?」
 とバルナの方から察して聞いてきた。名前くらいなら教えてもいいかと思い
「あいつの名前はティアス。俺と古い付き合いの仕事仲間だ」
 と言う。
「そっか、ティアスさんなんだね。グレイさんとは仕事一緒なんだ。そういえば服が一緒だったね。最初グレイさんがここ来たとき、一瞬、お姉さんと間違えそうになるくらい似てたからびっくりしたよ」
 自分の体をコピーしたような存在だけに間違われても仕方ないが、そこは言えない話なので黙っておく。そして
「ならば、最後の質問だ。お前にとって父親とはどういう存在だ」
 グレイがそう言うとバルナはうーんと悩みながら
「改めてそう聞かれると難しいなぁ。父さんは父さんなんだよなぁ。お母さんがセルヴィーテに行って、オレが八歳から今まで父さんと二人だけで暮らしてきた。おっちょこちょいで頼りない部分もあるけどさ。でもオレが頼れるし信頼できるのは父さんしか今はいない。オレが態度も口も悪いのは自覚あるんだ。よくそのことは叱られるし、オレのやらかしもちゃんと理由を説明して叱ってくれる。でもオレがケガしたときなんかは、本当心配してくれる。だからオレのこと大事にしてくれる父さんのことは好きだよ」
 バルナはそう言い終わると
「あっ、父さんのことが好きなのはナイショにしておいてよ。知られるの恥ずかしいから……」
 と念を押すようにグレイに言う。グレイは口元に笑みを浮かべながら
「了解した」
 と答えた。
「少し頭が重い。寝る」
 そう言ってグレイは目を閉じた。
「うん。オレはしばらくはここにいるよ」
 こうしてグレイはバルナが見守る中、ひと眠りした。しばし眠りにつき、徐々に体の重みが無くなっていく。目覚める頃にはいつも通りの体調に戻っていた。ジトッとしたこの空気、流石に服は乾いてないらしく、体格的にも近いためスティーブの服を借りる。
「はい、グレイさん。ヘアゴム」
 ヘアゴムを受け取り髪を括る。
「グレイさんって髪長いよね。ジャマにならない?」
 そう聞かれ
「この髪の長さは大事な意味がある」
 と答えた。バルナはよくわからない顔をしつつ
「昼食出来てると思うから、降りよう」
 そう言われてサンダルを履き部屋を出た。
「ああ、二人とも来たかい。料理は出来ているよ」
 肉料理がメインにサラダと少量のパン。あの無人島で過ごした日々を思い出す。スティーブとバルナは精霊への恵みと感謝の言葉を述べる。今までこういった仕草をしたことがなかったが、グレイも合わせるように祈りをささげた。こうして、スティーブとバルナにとっては客人が。グレイにとっては親子という未知の感覚を見ることになる。本当に何気ない話をするスティーブとバルナ。昨日の狩りがどうとか、先日見つけた果物が美味しかったとか。本当に何気ない話をしながら食事が進む。それを黙々と食べつつも眺めていた。空になった皿を眺めていると
「おっと、もう食べきってしまったかい。ヴィッツ君がそういえば言っていたな。君の魔力の器には異常があるらしくよく食べる、と」
 とスティーブが話す。
「そうそう。世の中には魔力の器がおかしい人がいてさ。そういう人は漏れ出した魔力を補充するのによく食べるんだ。あとは本当に器が大きい人。人間だと滅多にいなくてエルフだとよくいるらしい。そういう人たちもよく食べるよね」
 バルナもそう解説する。
「正直俺自身の器がどうなっているのか分からないが、仲間のエルフによると俺の器は異常がある方になるらしい」
 グレイがそう説明している間にスティーブは料理を盛って持ってきた。
「まあ、食料のことに関しては気にしなくて構わない。腹を空かせて倒れられる方が困る。しっかり食べてくれ」
 そう言ってグレイの前に皿を置く。礼を言いたかったが、言葉が詰まって言い出せなかった。グレイは黙々と料理を食べ始めた。こうして昼食の時間が終わる。
「いや、聞いてはいたが本当によく食べるね。ちょうど雨も止んだし、バルナ、猟に行くか」
 スティーブがそう言うと
「グレイさんどうするの? 猟には連れて行けないし」
 バルナがそう聞いて
「ああ、グレイ君。申し訳ないがこの一階でしばらく待ってもらえるかな。退屈しのぎになる物はないが、二階の客室は自由に使ってくれて構わない。うん、改めて君の食欲を見てこの量では足りないことがよくわかったから、私と息子は猟に出かけてくるよ」
 スティーブがそう言うと
「すまない。俺の食欲のせいでいらぬ労力を使わせてしまって」
 グレイはそう言って謝る。すると
「いや、いいんだ。気にしなくていい。私たちは頼まれたことをするために喜んで協力しているだけさ。まあその下準備だ。バルナ、準備はいいか」
「いいよ。じゃあグレイさん。オレと父さんはちょっと猟に行くから待っててね。あんま外うろついちゃダメだよ、また雨降り出したら困るからね」
 二人は準備を整え、家を出て狩猟に向かった。こう言った親子のやり取り。城に居たときは他人のことなど観察することもなかった。もしかしたらディア王とカルロの間でも、これに近いようなやり取りをしていたのだろうか。そう考える。少し一階の部屋の中をうろつく。チェストの上にフォトフレームが置いてある。それを見ると、若かりし頃のスティーブと小さなバルナ、そしてグレイと同じように束ねた黒髪の女性が写っていた。どことなくその女性の雰囲気が、大人だった頃のティアスに似ていると言うのも納得した。恐らく一緒にいる、最後の記念の写真なのであろう。母と父と手を繋ぎ、満面の笑みを見せるバルナ。少し困ったような顔をしているスティーブ。そして優しい笑みを浮かべる母親。三者三様の表情を見せるその写真を見ていると、何故か不思議と胸が痛む。本当は自分はこうやって親に愛されていたのだろうか。もしかするとそうなのかもしれないし、真実は残酷でやはり捨てられたのかもしれない。色々な思考が脳内を巡る。しばらく写真を見つめた後、グレイは写真を置き、テーブルの椅子に座る。腕をテーブルの上で組んで周りを見回す。そうこうしているうちにうとうとと眠気が襲ってきて、そのままテーブルに伏して眠ってしまった。今まで人前で無防備に寝ることなどなかった。しかし、今は安心して居られる。それはヴィッツのおかげであり、皆のおかげでもあった。あれだけ気を張り詰めて生きてきた自分が、これほどまでに気を緩め人前で無防備な姿を見せることがあっただろうか。まどろみの中、手を伸ばすように何かに救いを求めた。そしてその手は温かく握られた。一つではない、二つ、いや三つの手が握ってくる。記憶にない手。大人の手が二つ、そして小さな子供の手が一つ。差し出した手を握ってくる。全く覚えのない手だが、どこかとても懐かしく優しい手だった。そうこうしていると、どうやら眠っていたことに気付き上半身を起こす。パサリと肩に掛けていたものが落ちる。その音に
「おっと、寝ているから静かにと思っていたが。音で目を覚ましてしまったかい?」
 そう言ってスティーブが訊ねてきた。
「いや、ちょうど目が覚めたところだった」
 グレイは少し寝ぼけた様子で話す。
「そうだね。何も娯楽のない場所だ。退屈で寝てしまうのも当然だ」
 スティーブがグレイにかけていた毛布を拾いながら言い、辺りを見回すがバルナの姿は見当たらない。グレイの視線を見て
「ああ、息子なら今、魔法の練習するのに外に出ているよ。少し離れたところだから音も聞こえないだろう」
 かすかに感じる魔法の反応に、大体の場所は把握した。グレイが窓の外を見ていると、スティーブはグレイの斜め前の椅子に座る。そして話を始めた。
「君がここに来た本来の目的。『親』というものを知りたい、だったね。正直、君と親子ほど離れているわけでもないし、親らしいことが出来ているかも分からない。だがヴィッツ君に頭を下げて頼まれたから引き受けた。彼は君を本当に心配して頼んできたんだろうね。彼と君とは旅の仲間、で合ってるかい?」
 スティーブがそう確認し
「旅の仲間……そして、親友」
 とグレイは答えた。その答えを聞いて
「そうか。君と彼は信頼し合った仲なんだね。息子にもそう言った友達がいればよかったが……。おっと話が逸れた。複雑な事情があるとは聞いている。だから話せる部分だけで構わない。君の生い立ちを聞いてもいいかな」
 と再度質問を投げかける。グレイはしばらく黙った後
「俺は……とある山奥の村の孤児院で育った。周りからは『金髪は忌み子だ』と言われ続けた。だから親にも捨てられた、と言われていた。だが、俺には『グレイ・ハウ・ラインド』という本名があることが分かった。その経緯に関しては、すまないが言えない。それを知った時、俺は『子を捨てるようなら名前を付けるのか』と疑問に思い、そして親が何を考えていたのか。親とはいったい何なのか。それが分からなくなった」
 と答えた。それを聞いて
「ああ。金髪は災厄を起こすと言われている地域があることは、うわさ程度には聞いているよ。それを言ったら、セルヴィーテの王族には金髪が多い。そうなったら災厄だらけだよ。けれどもあの街は凄く大きく発展している。まあ迷信を頑なに信じている地方もあるんだね。そこで君は育ってしまい、複雑な心境になってしまったというわけか」
 スティーブはそう言うと
「だが君は立派な名前を親から授かっている。ならば、そこに愛はあるはずだ。断言はできないけれども、君は捨てられたわけではないと思う」
 そう言ってグレイの手を両手で握る。
「正直な話、自信はない。でも、私の親としての経験では君は両親に、家族に愛されていたと思う。そして今の君は独りじゃない、そうだろう?」
 スティーブの言葉を聞き、グレイはうつむいたまま動かなかった。そしてしばらくしてぽたりぽたりと涙が落ちる。必死に泣くのをこらえているのが分かる。スティーブはそっと手を放して立ち上がると、グレイのそばに立ち
「今まで『辛い』『悲しい』『寂しい』そう言った感情を押し殺し続けていたんだね。今は泣いていい」
 と言って背中を撫でる。グレイはとっさにスティーブの体に抱きついた。無意識の行動だったが、それは他人に救いを求める行動だった。
「俺は……ずっと、ずっと……独りだと思っていた。でもあいつも、ヴィッツも、他の奴らも……皆、独りじゃないって言ってくれた。俺は怖かった……。親が、怖かった。知るのが……見るのが……聞くのが、怖かった。でも……独りじゃない、独りじゃないなら……俺は……この先の為にも、皆のためにも……知らなきゃいけない。親というものを」
「そうだね。怖かっただろう。でも、そう君はたくさんの仲間がいるんだね。彼も、彼女もいる。他にもいる。そして、私もいる。君の親代わりにはふさわしくないけれども。君の背中を押してあげよう。君は、親に愛されているよ」
 スティーブのその言葉にグレイは号泣した。スティーブは言葉を続ける。
「人に弱みを見せてはいけない場面もあるだろう。でも弱みを見せて良い時も、そして誰かに頼って良い時もある。君は、今その時なんだ。それを知っている相手にはできなかった、そうだね? 自分を知っている人間に弱いところを見せたくなかった。その役割が、私だった。だから、今はただ泣いていい」
 弱みを見せることは死を意味する。そうずっと思っていた。けれどもそうではないことを彼らも、目の前にいるこの人も教えてくれた。怖い、ただただ怖い。その感情を一気に吐き出した。しばらく泣き続け、そして落ち着きスティーブから離れる。
「もう、大丈夫かい?」
 その言葉に涙を拭きながらこくりと頷く。
「もう……大丈夫だ」
 グレイは大きなため息をつく。それを見て
「それだけ感情をため込んでいたんだ。疲れただろう。でも、少しは気持ちは軽くなったかな?」
 とスティーブは言う。それに対して
「弱みを見せるのは絶対しない、とそう誓った。でも、自分が弱いことを認めることも大事だ、とそう思った」
 とグレイは答える。
「俺は強い人間なんかじゃなかった。何もかもに怯え、それを隠すように生きてきた。逃げていただけだった。でも、泣いて、気持ちが軽くなった」
 フッと軽くため息をつく。それを見てスティーブは
「人間誰しもが強いわけじゃない。弱い部分だってある。でもそれは悪いことじゃないし、誰かに助けてもらうのも、生きることには大事だよ。君には彼がいるだろう? 親友と呼べる相手が」
 と言う。グレイは頷く。
「頼りっぱなしはよくないが、仲間なら、親友なら、頼っていい。だからこそ彼は私に君を託しに来たわけだ。彼もまた私に頼り、君も私を頼った。私のような親としてはまだまだ若輩者の力でも、少しでも君の心の何かに触れられたなら、それは嬉しいことだよ」
 そう言ってスティーブは椅子に座る。
「君の中で覚悟は恐らく出来た、かな?」
 スティーブの問いにグレイはこくりと頷いた。
「覚悟、と言えるものかは分からないが。だが、前に進む気持ちにはなれた」
 その答えにスティーブは頷き
「うん。それならよかった。まあせっかくだしもう一日か二日くらいは家でゆっくりしたらどうだい? 明日は一緒に狩りに行ってみよう。君の戦い方を見てみたいのもある」
 恐らく服を脱がしたときに持っていたクナイを見ているのだろう。
「見たことない武器を持っていたからね。あれはどんな使い方をするんだい?」
 スティーブの問いに
「基本は突いたり切ったり。投げることもある。他にも地面を掘ることや、崖を登るのに楔として使う場合もある」
 と説明する。興味深そうにスティーブが聞いていると
「ただいまー」
 とバルナが帰ってきた。
「あ、グレイさん。目、覚めた? まあこの家って何にもないから退屈だったよね。寝て当然だよ」
 そう言ってバルナは杖を自分の部屋に置いてきて戻ってきた。
「もう夕飯の時間だね。今日はいい獲物取れたから、グレイさんもたくさん食べてね!」
 そう歓迎されて三人で夕食を済ませる。こうして一日目が終わる。

 翌日、薄曇りの森へ三人で狩りに出かける。グレイが戦闘服で木の枝を軽々と跳びながら移動するのを見て
「グレイさん、すごいなー! あんなに枝を軽々跳んで行くとか、オレには出来ないよ」
「ははっ。私も無理だな。木に登ることはあるが、あんなに早く移動することは出来ない」
 バルナとスティーブは感心しながら見る。するとグレイから笛の音が聞こえた。
「あ、魔物の笛の音! やっぱり出て来たか」
「今日は日差しがない。獲物探しと思ったが、今日は魔物討伐だな」
 笛の音がする方向へ向かうと、人型の魔物が現れる。グレイは早速クナイを投げ、そばの木に魔物を固定する。スティーブは弓を構え、バルナは魔法を唱える。スティーブが矢を放った瞬間、バルナは合成魔法を唱える。
「イウル!」
 炎をまとった風が吹き抜ける。その炎は矢と共に走り抜け、魔物に命中した。最後にグレイが魔物の腹の脇にある紋にクナイを刺し、そして魔物の姿はなくなった。グレイは浄化魔法を唱えて残り火を消した。バルナとスティーブが近づいてくる。
「いやはや、流石戦闘慣れしているようで、凄い腕だったよ」
「魔物を固定してくれたおかげですっごく狙いやすかった。グレイさん、すごいねー」
 グレイは木に刺さったクナイを回収した。
「俺の専門ではないが、魔物と戦うことも多かった。慣れてはいる」
 こうして魔物討伐も終わり、通常の狩りも終えて三人は家に帰る。獲物の処理はスティーブが終わらせる。その間、グレイはバルナと魔法について話した。グレイは魔法には詳しくないので、バルナから色々と学ぶ。合成魔法のことを特に熱心に話していたバルナだった。合成魔法は通常の魔法とは違って、独特の呪文を唱えなければならないらしい。その属性の持つ本来の文字同士を掛け合わせたのが呪文として詠唱されることになる。ただし相反する属性を合成すると大事故になることが圧倒的に多いらしい。グレイが巻き込まれた事故もその一つだった。こうしてバルナは話し相手を見つけて、自分の知識を一生懸命自慢げに話した。他にもバルナの目線でのスティーブの話も色々と聞かされた。途中から話に混ざってきたスティーブに頭を軽く叩かれるバルナを見て、グレイは少し笑う。そんな2日目が終わる。

 三日目の朝食を終え、自分の中での覚悟が決まったグレイは
「世話になった。俺は、前に進む勇気が出来た。怖くないと言えば嘘になるが、だが今は心強い味方が、仲間がいる」
 とスティーブと目を合わせて言った。
「うん。それだけまっすぐな目なら大丈夫だ。迷いはもうない目、後はしっかり受け止めるんだよ」
 スティーブの言葉にグレイは頷いた。そんな二人の様子を見て
「え? なんかもう解決したの?」
 不思議そうにバルナは言う。グレイはバルナの頭を撫でながら
「お前の父親は立派だ。俺はお前の父親に助けられた。誇りに思っていい」
 と言う。
「なに? なに? オレがいない間に二人の間で何か話したの?」
 そう言って不服そうな顔をしていると、スティーブが背中を叩き
「お前が気にすることじゃない。彼にとって大事な話を少ししただけだ」
 と言う。どうにも腑に落ちない様子だったが
「んー、まあグレイさんが納得したのならいいか。オレたちの役目はグレイさんに親子ってもんを見せることだったからね」
 と言う。スティーブは
「いつの日か、旅に出てる皆を連れてきてほしいものだ。どんな仲間と旅に出てたのか、色々話も聞きたいよ」
 と言う。グレイは
「まあ、旅が終わったら。そのうち来ることがあるかもしれない。全員は無理かもしれないがな」
 と言った。呼吸を整え
「二人とも、ありがとう。今日まで世話になった。俺は、俺の親へ会うことの覚悟が出来た。もう、迷いはない」
 そう言った。スティーブはそれに頷く。バルナは
「グレイさん! 色々お話できて楽しかったよ! また今度来るときはヴィッツのヤツも連れてきて。それまでに魔法の練習いっぱいしてあいつに自慢してやるんだ」
 と意気込みを見せる。その様子にスティーブとグレイは笑う。
「では」
 グレイはそう一言だけ言って帰還魔法で城に戻る。魔法科学研究所の魔法陣に魔法反応が出た。急いで研究員が行くとグレイが戻ってきた。
「皆様をお呼びします」
「ああ」
 研究員はカルロたちに連絡を入れる。続々と皆が集まってきた。
「兄貴!」
「大丈夫だった?」
「グレイ、皆さん心配してました!」
「何日かかかるかと思ったけど、意外と早かったな」
「僕らもだいぶかかるかと覚悟してたけど」
「そうね、こうして戻ってきたというのなら」
「覚悟ができたのですね」
 七人が集まってきた。
「待たせてすまなかった。俺の、俺の中で親に会う覚悟は出来た。会えても、会うことが出来なくても。知る覚悟は出来た」
 今までのグレイとは違うまっすぐで迷いのない眼差しだった。
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