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ゆなお

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三章【記憶】

二十九話 記憶

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 過去を知ることを決断したグレイ。
「ようやく覚悟が決まったのね。話してしまってもいいけれど、一度自身の目で見ておいた方がいいわ。早速だけどキレリアの街から南東に向かいましょう」
 そう言ってミーンは行き先を告げる。
「ん、セルヴィーテからはちと方角が違うな。その方角は地図によればウィル湖方面、か」
 カルロが地図を広げて方向を確認する。
「あの周辺の村々では金髪は災厄を招く迷信が根付いてるのよ」
 ミーンの言葉に
「そのどこかに、俺の生まれた場所があるんだな」
 とグレイが言う。
「どこか、までは行ってからよ。あと、周辺の村に近づくと混乱を招くから、村を避けて進むようにしましょう。しばらくは野宿生活になるわ。歩いていくとして、三日か四日くらいかしらね」
 ミーンは地図をなぞりながら周辺の村を避けて進むルートを決める。
「あ、一か所だけ寄る場所があるわ」
 地図上には川以外何もないが、どうやら用事があるらしい。こうして各自準備をし、キレリアの街へと移動した。
「クリスー」
 クリスの屋敷に向かうスティアたち。ほどなくしてクリスが出てくる。
「あ、皆さん! あれからどうでしたか?」
 犠牲者の一人となったグレイを気にかけているようで
「うん、もう大丈夫。来て早々で悪いけど、私たちもう先に進まないといけない。ちょっと寄り道して、その後はセルヴィーテにも向かう予定だから。旅が終わったらまた会いに来るわ」
 とスティアが言った。クリスも
「そうですか。無事とのことでよかったです。では、あまり引き留めてもご迷惑ですし。皆様の旅が無事終わるよう祈ります」
 と言って挨拶をした。一行はクリスに礼を言ってからキレリアの街を後にし、南東のウィル湖方面に向かう。平原から徐々に山に囲まれた場所になってくる。数時間ほど歩くと川があり、そこには大きな一本の木が立っていた。その木を見たヴィッツが
「あ、これもしかして……」
 そう言うと
「ああ、お前と会ったあの場所だ」
 とグレイが答えた。
「子供の頃の俺と今のお前が会ってパンを食べたあの場所だ。覚えてる、この場所。あの村のそばだ」
 グレイはそう言って先頭を歩く。皆はそれについて行く。そこはすでに草木が蔓延る村があった跡地だった。門も建物も、何もかもが崩れ落ち。そして苔と草と蔓で覆われていた。グレイは村の入り口であろう場所から入り、左にあるまだ辛うじて積まれたレンガが残っている場所に立った。そしてグレイは語る。
「あの日、俺は村に食物を探しに行こうと、この小屋のあった場所に隠れていた。そして顔を覗かせたときだった。爆音と共に目の前が真っ白になり、何もかもが吹き飛んだ。少なくとも手足を失った激痛だけは理解した。その時だった、国王陛下が俺の元に走ってきた。爆音で何も聞こえなかったが、必死に俺に声をかけていたのだけは覚えている。布で損傷部分を覆い、そして親衛隊の回復魔法で止血していた。その途中で俺は気を失い、目が覚めたときには魔法科学研究所で手足が再生された状態だった。国王陛下は俺に『これは君の物かい』と言って布袋を渡してきた。そう、ヴィッツから貰ったピアスの入った袋だ。それが誰から貰ったか分からないのに、何故か手放してはいけない大事な物だというのは分かっていた。だから国王陛下から奪い取るように俺はその袋を握りしめた。そんな俺を見て国王陛下は俺に記憶があるかどうか聞いてきた。いくつかの質問に答えたが、忌み子であると言われ続けたこと以外、何もかも覚えていなかった。そんな俺の目をずっと見つめて、国王陛下はこう言った。『君の名前は今日からグレイだ。私からのささやかな祝福だ』と。何故その名を付けたかは分からない。だが、国王陛下としては何か意味があったのかもしれない。そして俺の本名はグレイ・ハウ・ラインドだった。偶然の一致なのかどうかは、親と合えばわかる。そうだな、ミーン」
 グレイの言葉に
「そうね」
 と一言だけ言った。それを聞き
「ここに居ても時間の無駄だ。先に進もう」
 そう言ってグレイは先に進む。荷物を背負ったヴィッツとカルロは
「あいつ、スティーブさん家に行ってから、なんつーか変わったな」
「恐らく兄貴にとっちゃ一番自分を追い詰めてた何かが落ちたんだろう。憑き物が取れたって感じだな」
「俺が過去に干渉して変わったけど。それとまた違った変わり方だ。本当に、迷いが消えたんだな」
 そう話しつつ荷物を運ぶ。一日目は他の村を避けてテントで過ごす。ザントの結界で魔物が来ることはない。食事を終えて夜が来た。ヴィッツとナスティ以外はテントの中に入る。焚火を挟み二人は向かい合って座る。
「なあ、ナスティ」
「どうしましたか? ヴィッツさん」
 突然声をかけられ少し驚くナスティ。
「俺とお前はさ。一般人じゃん? まあお前は一般人とはいえ国王に使える直属傭兵だけど。スティアもカルロもティアスも王族で、ミーンはティアスの教育係いわば選ばれた奴だ。ザントもエルフの杖を使いこなすくらいには魔力が強い。グレイは……あいつはまだ分からねーが闇を司る者になる。そう考えたら俺だけは本当の一般人だなーって。で、ナスティも城から離れたら、ある意味俺と同じだなって」
 ヴィッツがそう話すと
「ふふっ、そうですね。私も偶然なのか必然なのかは分かりませんが、ディア様に助けられた身。そこを除けばただの一般人です。正直そんな私がこのような旅について行くことになり、使命を果たさねばならないことになったのは、驚きしかありません」
 ナスティは焚火に薪をくべる。
「それでも私が静の精霊に選ばれた身ならば、その使命は最後まで果たしたい。そう思っています」
 燃える薪を見ながらそう話すナスティを見て
「なんつーか、皆ちゃんと考えてんだなぁ。俺なんかいまだこの旅に連れてこられた理由が分かんねーよ。でも、グレイの鍵であることは大事な事だった。それだけは分かった。でもやっぱり動の精霊に選ばれて、こうやって竜人を探す旅に出てるのはよくわかんねーな」
 ヴィッツは笑いながら話す。
「ヴィッツさんのお父さんってどんな方なんですかね」
「さっぱりだ。名前以外分かんねぇ。しいて言うなら母さんと俺を必死に護るために、自分を犠牲にするような人ってところが分かってるくらいか」
「精霊と契約していない人を送る、それだけ凄い魔法を使えるんですし、きっとどこかで生きてますよ。その時にはきちんと伝えたいことが伝えられるといいですね」
 ナスティの笑顔に
「ああ、やっぱお前は笑ってる方がいいな。エアイアの街からちと元気なさそうだったから心配してたが」
 とヴィッツが言う。
「あ、気付いてましたか。家族に会えなかったこと、少し寂しかったのです。でもこうやって旅を続けていて思いました。私、この旅が終わったらエアイアの街に戻ろうって。ちゃんと街で働いて、家族と一緒に暮らそうって。ディア様や王子、グレイたちと離れ離れになってしまうのは寂しいですが。きっと私に必要なものは家族のそばにあるって、そう思いました」
 ナスティの中では旅が終わったその後は決まっていたようだった。
「そうか。俺はどうすっかなぁ。旅の途中で父さんに会えたら、旅が終われば父さんと暮らすか。それとも死んじまってたら、まあワルトゥワの村に戻るかなぁ。まあまず会えるかどうかが問題だな」
「そうですね。まずは旅を進めてから、ですね」
 こうして長話をし、カルロに火の番を交代してヴィッツとナスティはテントに入った。それから二日経って、ウィル湖の近くまで来た。湖まで歩くには少し時間がかかる。
「まだ日は高いけれど、ここを拠点にしましょう」
 ミーンの一声で広い場所でザントが結界を張り、カルロとヴィッツとスティアとナスティでテントを張る。
「グレイ、そして姫。ウィル湖に向かうわ」
 この呼ばれた面子から何を意味するか全員が察した。
「兄貴がとうとう親のことを知ることになるんだな」
 カルロの言葉に顔を引き締めるグレイ。そしてティアスも歩を進める。ミーンを先頭に歩いていくと、その先にまるで人工的に作られた堀の様なまっすぐな川にたどり着く。そばにはもう一本別の川が流れ、その川と合流していた。その堀のような川をたどるように進んで行くと、水門のようにも見える建造物と、一面に広がる広い湖があった。
「ここが、ウィル湖か」
 グレイがそう言うと
「本来のウィル湖はあの上よ」

 と湖の真ん中にある崖の上を指した。その崖からは滝のように水がこの下に流れている。ミーンは腕を下ろすと
「ここには人知れず名も知れぬ村があった。水の中をよく見てみなさい」
 ミーンに言われ水の中を見て見ると、石で出来たであろう建物が埋もれていた。
「水の神を祀り敬う村。数百年ぶりに、水神の加護を得た子供が生まれた。そして誕生に村は祝福で満たされる。とある旅人一行もその子に祝福を祈った。水神の生まれ変わりである子に」
 ミーンは話を続ける。
「本来ならこのまま平穏な日々を過ごし、そして水神として生を全うするはずだった。けれども大雨によりウィル湖は決壊し、この村を飲み込んだ。全てを流し尽くし、村人は全員亡くなった。水の神の加護を得た赤子一人残してね。そして流れついた先がキレリアから出たこの川の中流の村付近だった」
 グレイは震えながら聞く。
「その赤子、それは……」
「ええそう、あなたよ」
 点と点が繋がった。グレイはもう一つ質問する。
「な、ならば。その、祝福を祈った旅人一行というのは……即位前の……」
「そう、ディア国王よ。国王が祝福を祈った子、それがグレイ・ハウ・ラインド」
 さらに点と点が繋がる。
「国王陛下は……俺がその子供だと思って、俺にグレイと名を付けたというのか」
「さあ、どうかしら。そこは国王本人に聞けばいいわ」
 ミーンは振り返り
「グレイ。あなたの家はこの門の先にある噴水から左に行った右側の二軒目にあるわ」
「あっ、私が場所だけ案内します。グレイの過去を見守り続けていたすべて、私自身も思い出したので」
 そう言ってティアスが先に湖に飛び込んだ。グレイも追うように飛び込む。
『ここからまっすぐ行けば噴水にたどり着きます』
 不思議な感じで声が聞こえてくる。グレイは水の中で喋ることは出来ないので、そのままついて行った。噴水前に到着する。そこから左に行くと家が左右に建ち並んでいる。
『ここです。ここがグレイの家です』
 そう言ってティアスは右側の二軒目の家の前に案内し
『では私は戻ります。グレイ、少し家の中を探してみてください。何か見つかるかもしれません』
 と言い残してミーンの元へと帰っていった。一人残されたグレイは一度呼吸を整えに水面に顔を出し、そして再び潜って家の中に入っていった。四角く加工した石を積んで固めて出来た二階建ての家。入った目の前には朽ちた食器棚と小さな収納棚があった。食器棚の方はボロボロで、引き出しも扉も全て触れない状態だった。辛うじて隣にあった収納棚は形状を保っていた。そっと一番上の引き出しを動かす。そこには小さな木箱が収められていた。そっと持ち上げて蓋を開けてみる。綺麗な状態で布で何かが包まれている。布をめくるとそこには手のひらに収まるくらいの細かい細工がされた金属で出来たメダルのような物があった。どうやらペンダントになっているようで、鎖がついていた。表の面には透き通るような青い水晶が埋め込まれている。裏面を見ると
「(これは……文字か。『水の月、水の日に生まれ、水神の加護を授かりしグレイ・ハウ・ラインドに祝福を』)」
 そう読める掘られた文字を指でなぞる。
「(本来なら、これを俺が持つはずだったのか……)」
 ある意味家族の形見。グレイはそっと首にかけ、肩掛けで隠した。そして他の引き出しも見て見たが、朽ちた日常品しかなかった。泳いで二階に上がる。一つ広い部屋、もう一つは少し小さな部屋があった。どちらも家具や扉は流されてしまったのか何も残っていない。
「(俺はここで生まれ、そして家族に、村人に、そして国王陛下に祝福された……。俺は、親の顔も声も、何もかも知ることは出来ないのだろうか……)」
 結局この形見になるであろうペンダントを手に入れ、グレイはミーンとティアスの待つ場所に戻る。しかしすでに二人は皆がいるであろう拠点に戻ったようで、周辺に姿も気配もなかった。グレイは濡れた服でゆっくりと歩みを進め、拠点へと帰ろうとした。
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