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ゆなお

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三章【記憶】

三十一話 闇を司る者

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 寂し気な足取りで拠点へと戻るグレイ。心の中で自問自答する。家族を、村の皆を救えたのではないか。救ったことで生きて会えたのでは。だがそれにより未来が変わっていたのなら、今の自分がいなかったのではないか。色んな疑問とそれに対する自分の答えが葛藤する。しかし家族が選んだ道を無碍には出来ない。ならば今を、未来を自分は生きねばならないのだ。そう言い聞かせて気持ちを切り替えようとした。こうしてようやく拠点にたどり着く。
「あれ? 服が違うぞ?」
 ヴィッツがそれに気付き
「ああ、いつもの任務の服じゃなくなってるな」
 とカルロも言う。

「もう、そんなことより。ちょっと、グレイ。顔色悪いわ。座って休みなさいよ」
 とスティアに言われ
「あ、ああ」
 とグレイは真ん中の焚火の前に行き、座った。ナスティが水を差し出す。ゆらゆらと揺らめく水面を見て先ほどまでのことを思い出しつつ、水を飲んだ。そして、ふぅとため息をつく。何か大きなことが起こったのは間違いない。しかしそれを聞き出す勇気はなかった。そこで勇気を振り絞って声をかけたのはザントだった。
「ねぇ、グレイ。その姿からして君は闇を司る者として認められたはず。何があったか、その……君が話せる範囲でいいから聞かせてもらえるかな」
 その瞬間、全員の視線がグレイに集まる。視線に気づかないようにグレイは杖を握りしめ、独り言のように重い口を開いた。
「ヴィッツに続いて俺まで過去に行くことになろうとは思わなかった。ウィル湖に沈んだ名前も分からない村。俺は水に沈む前のその村に行った。水の月、水の日に生まれた水神の生まれ変わりとされる子供の祝福で、村中は溢れかえっていた。その村の一角にある家に行き、その子供の家族に会った。子は村人全員に、そして旅の一行にも祝福を受けていた。皆に愛された存在だった。そんな、沢山の人に愛された子はこうして今、お前たちの前にいる。俺は……俺を愛してくれた家族も、村人も、誰一人救えなかった。神と崇め祀られる自分の無力さが悔しい。何故だ! 何故なんだ! 俺はどうして誰も救えなかったんだ! 何故、皆、死を受け入れたんだ! 知っているなら助かる方法はいくつでもあったのに。何故皆、死ぬことを選んだんだ。俺は、俺は何のために祝福を受けたんだ。俺は、無力だ……。無力すぎて、これ以上は言葉が出ない……」
 そう言って肩を震わせながらグレイはうつむいてしまった。沈黙が続く。しばらくして口を開いたのはカルロだった。
「兄貴の言わんとすることは分からんでもない。でもまぁ、ヴィッツと兄貴との出会いは過去にすでにあった出来事だから、必然で今に影響してる。でも兄貴の場合は、村の皆が死んだことで今の兄貴がいることになっている。それを覆すってなると、それは今という未来が消えることになる。その世界の理を変えちゃいけねぇってのが、多分家族にはあったんじゃねぇかな。もうちっと詳しく話聞いてみないと判断は難しいが、未来のこの現在の兄貴のためにあえて死ぬ道を選んだ。そうじゃねぇかな。助かりたい気持ちもあっただろうし、死にたくない気持ちもあっただろうけど。少なくとも兄貴の家族は兄貴の『今』を護るために、その『死』という未来を選んだ、と俺は思う」
 カルロがそう話すと
「王子も家族と同じような話をするんだな。俺は家族を、村の皆を護りたかった。救いたかった。ただそれだけだったんだ……」
 これ以上、話をさせれば取り乱すだけだと思い、誰も何も話しかけなかった。何かあった時のためにグレイの隣にヴィッツが座る。ヴィッツはそっとグレイの背中を撫で
「一人で抱えんじゃねーぞ。俺もいるし、皆もいる。それだけは忘れんな」
 と言って手を離して焚火に薪をくべる。長い長い沈黙が続いた。そして日は暮れた。食事の用意をして皆で食べる。グレイの食欲があからさまにないのがよく分かる。しかし、皆どう声をかけていいのか、励ましていいのか分からないため、ただただ見守るしかなかった。夜になり、焚火の番をするスティアとミーンを除き、全員が男女に分かれてテントに入る。男勢は寝袋に入り、カルロ、グレイ、ヴィッツ、ザントの順に並ぶ。グレイの大きなため息がテントの中に響く。
「兄貴、あんま一人で気負うなよ」
 カルロがそう言うと
「分かっている。だが、俺自身受け止めつつも、受け止めきれない部分がある」
 そう言ってウィル湖であった話を先ほどより細かく話した。
「なるほどね。親父さんと長老は知ってたってことか。そこで、もう覚悟は決まってたんだろうな」
 カルロがそう言うと
「グレイ自身が来ること、分かってたのかもしれないね。そして、そのグレイが水神の生まれ変わりであり、闇を司る者でもあることを。その服は闇を司る者としての正装。決して水神の生まれ変わりの服ではない。そして、その杖は水神の力もあるけれど、闇を司る者の杖でもある。少し確かめたいことがある。明日でいい。グレイ、僕に付き合ってくれるかい」
 ザントがそう言うと
「分かった」
 とグレイは返事をした。こうして焚火の当番を交代しつつ朝を迎えた。朝食を終えたザントとグレイがテントから少し離れた場所にいる。
「君は水神としては目覚めたが、闇を司る者として完全には目覚めていない。だからちょっとした儀式をさせてもらいたい。君がきちんと闇を司る者としての自覚を持たない限り、この旅は成功しない。そのために君の記憶を少し探るよ」
 心が読まれるのは気持ち悪いが、自身が目覚めないことには世界の均衡を保つために影響がある。グレイが頷くとザントはエルフの杖を取り出し、グレイの頭の上に掲げた。
「目を閉じて、穏やかな気持ちで。乱れることなく、静かに……」
 ザントの言葉に目を閉じる。そして目まぐるしく流れる見てきた過去が動く。一つの歴史が流れるように、脳内を駆け巡る。そこでたどり着いた闇、それは安息にして安楽。自身の持つ力の使い道、使い方。自分に備わるその力に飲み込まれるように包まれた。どれくらいの時間が経ったか分からないが、目を開け周りの動きから察するにさほど時間は経ってないようだった。
「これで……いいのか」
 グレイは少し肩透かしをした気分だったが
「うん。君の中には自分が捉えるべく闇をちゃんと見つけた。これで君は闇を司る者として目覚めたよ」
 とザントが答える。
「自分の中の闇……。それは冷たいより、むしろ心地良い温かさだった」
 グレイがそう言うと
「大体の人って闇と言えば悪だとか敵だとか、そういう怖いものを連想する。でも君が心地良さを感じたのなら、それは間違いなく闇を司る者としての感じ方だよ。闇は安息であり安楽だからね。その自身の力、怖がらないでね」
 ザントはそう言ってグレイの元から離れて、拠点の片付けをする皆の元に向かった。テントを片付けたところで、しばらく離れたところに居たグレイがやってきて
「すまない。皆、一回城に戻ってもいいだろうか」
 と聞いてきた。すると
「あー、ちょうどここからまっすぐセルヴィーテ行くにも色々足りないものがあるから、補充に行きたいところだった。兄貴は別の要件があるようだが。まあ一回戻ろうか」
 とカルロが言う。
「そうね。グレイも国王陛下に聞きたいことがあるんでしょう?」
 ミーンの言葉に
「それもある。が……」
 何か言いたげだったが、それ以上何も言わなかった。
「まあ、一度戻りましょう。ここにはすぐ戻ってこれるから」
 ミーンの言葉に全員は荷物を持ち、帰還魔法を唱えた。

「皆様! ちょうどよかった!」
 転送魔法陣の前に研究員が集まる。
「グレイ様の精霊反応に異変がありましたが、何かありましたか?」
「精霊反応が二つ、闇以外に水が追加されました」
「何らかの契約が行われたようですが……」
 そう話す研究員にグレイは彼ら本人ではないにせよ、自身の命を繋ぎとめた過去の研究員たちのことも考えてすべてを話した。研究員は考えながら
「なるほど、そのようなことがあったのですね。我々は国王陛下、そして先輩方にグレイ様の命を預かった身。その話の内容は真摯に受け止めましょう。ですが、今回戻ってきた目的は研究所ではないですよね?」
 研究員がグレイの姿を見て確認すると
「ああ。国王陛下に会いに行く」
 とグレイは言った。研究員たちは頭を下げて、一行が研究所を出ていくのを見送った。
「あー親父。ちと兄貴が親父に用事があるってさ。帰ってきた」
 ペンダントに話しかけるカルロはディア王が驚くかと思ったが
『ああ、研究員からグレイの精霊反応に異変があったと聞いている。その件も含めて、私に聞きたいことがあるのだろう』
 と事情が分かっている様子で
『謁見の間で待っている。皆、来るように』
 と言って通信を切った。
「親父、知ってる風な感じだな。ま、とにかく親父に会おう」
 そう言ってカルロたちは謁見の間にたどり着いた。扉が開きグレイを先頭に中に入る。グレイはディア王の前に着くと膝をつき
「グレイ・ハウ・ラインド。国王陛下にお聞きしたいことがあります」
 と言った。ディア王は
「うむ」
 と一言だけ返事をした。グレイはいくつか質問を始める。
「今から二十七年前に修行の旅の一つに訪れたウィル湖の村で、とある子供に祝福を祈りましたか」
「ああ。旅の途中で訪れた名も知らぬ村に着いた。水の神の生まれ変わりとされる子がいるから祝福をしてほしいと頼まれ、全員でその子に祝福を祈った。その子の目は水のように澄んだ青い目で私を見つめて来たよ。今でもはっきり覚えている」
「それから十年後。国王陛下として即位してから、一度修行の旅を振り返るために旅に出たとき……」
「ウィル湖を下った場所で、物凄い爆音がした。慌てて駆け付け兵たちに生き残りを探させたが、入り口付近に倒れていた子供だけしかいなかった。その目を見たとき、この子だけは救わねばならない。そう駆り立てるような気持になり必死に命を繋ぎとめた。そして城に緊急帰還魔法で帰り、魔法科学研究所のまだ未完成の人体の一部再生を施した。研究段階の結果とは違ったが、無事手足の再生に成功した。そして目を覚ましたお前に色々質問をして、自身のことを忌み子だと言われ続けた記憶以外はないことが分かった。その目を見て、髪の色を見て確証はないが、この子こそあの祝福を授けた子だと思った私は名を付けた。『君の名前は今日からグレイだ。私からのささやかな祝福だ』と言ってね」
 グレイとディア王のやり取りは続く。
「俺は、ウィル湖で過去に行き。そして家族に会った。家族はまだ生まれたばかりの俺を愛し、そして大事にしてくれた。俺は正体を話した。そしてこの村で起こる悲劇も話した。でも家族はその悲劇を受け入れる道を選んだ。どんなに俺が救おうとしても『未来は変えてはいけない』と固い意志を持っていた。悔しいけれど俺はそれを受け入れざるを得なかった。そして、水の神である力と闇を司る者としての力を授かった。こんな力があるのに、誰も目の前の人間を救えなかったのが悔しかった。でもその家族の気持ちを無碍にしたくない。だから、俺は前を歩く決意をした」
 そして立ち上がるとグレイは腰に忍ばせていたナイフを取り出し、自分の髪を掴みそして根元からバッサリと切り落とす。その場はディア王以外騒然とする。グレイはナイフを仕舞うと髪の束を両手で握り呟いた。

「これは今までの国王陛下への忠誠の証。俺は、新たな一歩を進むため、一度すべてを清算したい」
 少し間を置いて
「国王陛下、一度貴方への忠誠をお返しします。そしてこれからは新たな自分として、新たな仲間のために気持ちを整えて。そしてまた旅が終わったら戻ります」
 そう言って再び膝をついた。親衛隊の一人が布を持ってきて、グレイの髪を乗せて包む。自分の手から髪が離れたグレイは立ち上がり
「国王陛下。ここまで育てていただきありがとうございました。これからも国王陛下のために生きようと思います。ですが、今しばらく旅が終わるまでは、国王陛下の元から離れます」
 とまっすぐな瞳でディア王を見た。
「ようやく過去との清算がついた、か。あのときのお前の家族に恩返しが出来たこと。それだけでも安心した。グレイ。お前はもう自由だ。もし、誰か他に大事な者が現れたなら、その者のところに行くのもいい。お前にはもう枷はないはずだ」
 ディア王の言葉にグレイはこくりと頷いた。そして親衛隊の一人に切った髪を整えてもらう。
「兄貴。髪、本当にバッサリ切っちまったなぁ」
 カルロの言葉に
「これが、したかった。国王陛下への忠誠を、改めてしたかった。それともうひとつ……」
 とグレイは答える。そして
「ふぅ……。何か安心したら腹が減った」
 と言う。それを聞いて
「ははっ、いつもの兄貴に戻ったな。今日は城でゆっくりして、明日またウィル湖の近辺からセルヴィーテに向かおう」
 こうしてグレイはカルロたちに囲まれて謁見の間を後にした。
「国王陛下。あのときの旅、報われましたね」
「我々の行い、間違いではなかったのですね」
 二人の親衛隊に言われ
「ああ。私たちの祝福、ようやくグレイの元に届いたようだ」
 ディア王は安堵のため息をついた。

 食堂に向かうグレイとカルロとヴィッツ。他の面々は各自の部屋に行った。
「グレイ。本当にその髪、切っちまってよかったのか?」
 ヴィッツが首をかしげると
「ああ、過去の清算だ。新たな国王陛下への忠誠、それと……」
 と言いかけてグレイは咳払いをする。
「あ、いや。何でもない」
 と言うので
「なんだよ。勿体ぶって、何言おうとしたんだよ」
「何でもないと言っているだろう」
 そんなやり取りをしながら急いで食堂に逃げるグレイと、追いかけるヴィッツを見て
「あーなるほどね。兄貴の言いかけた『もうひとつ』って、そういうことか」
 と笑いながら食堂に入っていった二人を追った。食堂は朝食と昼食の間で料理の準備はされてなかったが、厨房に声をかけ食べたいものを注文する。グレイは山盛りの大皿をトレーに載せて席に座る。向かい合わせにヴィッツとカルロが座る。グレイは食事の祈りを捧げて無言で食べ始めた。その食べっぷりを見ながら
「兄貴の魔力の器が大きいのは異常でもなんでもなく。闇の精霊と水の精霊と二つをどっちも、しっかりと受け止めるためだったんだな」
「でも普通は合成魔法を使う場合で二つの精霊と契約するのも、特に器が二ついるってことはねーよな? バルナだって一つだし」
「まあ兄貴の場合は特別なんだよ。水神としての器と闇を司る者としての器。二つ必要だったんだ」
「じゃあティアスは?」
「んー。姉貴の場合は光の精霊で光を司る者だから一つでいいんじゃねぇかな?」
「そんなもんなのか」
 カルロとヴィッツがそんなやり取りをする中、黙々と食べ続けていたグレイだが、二人の視線に気付く。手を止めて
「どうした。何か気になることでもあるのか」
 と二人に聞く。すると
「いやぁ。お前があれだけ大事にしてた髪を切っちまったのが、本当に驚きでさ。短い髪に違和感がある」
 とヴィッツが答える。それに対して
「俺なりの『助けてもらってから今までの忠誠』を返して『ここから始まる新たな忠誠』を誓っただけだ。けじめ、の様なものだ」
 とグレイは答える。それを聞きながら
「あーはいはい。兄貴の親父とヴィッツへの忠誠ねー」
 その瞬間、取り出された杖が振り下ろされる。カルロは軽々とその杖を受け止めた。
「そ、それ以上言うな!」
 グレイは顔を赤くして言うが
「隠すことはねぇだろ。親父は兄貴の命を救ったし、ヴィッツも兄貴の危機を救ってくれた。どっちにも忠誠を誓うのも俺は分かるよ」
 とカルロが言うが
「王子は黙れ!」
 とグレイは焦る。
「なんで俺に忠誠?」
 ヴィッツはよくわからない様子で首をかしげる。
「お、お前は知らなくていい!」
 そう言われても気になるヴィッツに
「兄貴なりの『これからも親友でいてくれ』ってことだよ」
 と笑いながらカルロは話す。これ以上は何を言っても無駄だと思ったグレイは、皿に残った料理を全部平らげるとカウンターに皿を渡して食堂を出て行った。
「なんだ? あいつ」
 不思議そうにヴィッツが言うと
「兄貴は本人の前で本音が言えないってだけだ。兄貴なりにあんたと仲良くしたいんだよ。素直じゃないだけだ」
 とカルロは笑う。
「お前、それ分かったうえで挑発したのか」
 ヴィッツがやや呆れた顔で言う。
「いやぁ。兄貴はクールタイプだと思ってたが、単なる素直じゃないタイプなだけか。いや、面白いな。あんたが来てから兄貴の色んな固まったものがどんどん剥げ落ちる。それは悪い意味じゃなくて、本来の兄貴の性格に近づいてるんだと俺は思うんだ。俺はその役目になれなかったし、なることもできなかった。そこがあんたのことを羨ましいと思うところなんだ、俺にとっちゃな」
 カルロは笑いながらため息をつき
「まあ、兄貴の事はあんたに頼んだ。兄貴に何かあったときの心の支えは、ヴィッツだ」
 そう言ってヴィッツの肩を叩く。
「あいつの、心の支え、か」
 少し間をおいて
「親友だからな。あいつに初めて出来た親友が俺だ。年上で年下の親友。俺があいつに出来ることがあるか分からねーが、そばにいるくらいはできる」
 と言った。それを聞いて
「それでいいんだよ。兄貴の支えはそれでいい」
 そう言って二人も食堂を後にした。
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