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第3章 立ち上がれ! 絶望に汚されても
2.灯り無き夜
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「いや~、それは居づれーわ……」
ロシャナクと言い争った翌日。ティルスが入浴後、真っ先に向かったのはテンプルの部屋だった。ロシャナクと同じ部屋で過ごすのはあまりにも気まずいからである。大会当日までこの部屋で寝泊まりをさせてほしいと頼むと、テンプルは快く引き受けてくれた。
「ごめんなテンプル、なんかお前をいいように使ってしまって……」
「なーに! 気にすんなって! 俺達、友達……だろ?」
(友達、か……)
普段なら言われて嬉しいはずの言葉が、今この場所では複雑な意味をはらんでしまった。ティルスの心に、重苦しいものが影を落とす。薄暗い部屋の中で、ティルスは寝床に腰かけながら、石床の汚れをぼんやりと見つめていた。
「ってか、むしろティルスがいてくれた方が俺もありがてぇっていうか……」
「え?」
顔を上げると、もう一つの寝床に座ったテンプルと目が合う。
テンプルは浮かない顏で、ふぅとため息をついた。
「どうしたテンプル? お前も何かあったか?」
心配になり、思わず声をかける。
「なぁティルス。闘技場ってどうだった?」
「闘技場?」
「俺、試合に出るのが今回で初めてなんだ」
「えっ!? え!?」
確かテンプルは貴族達の前には整列せず、最後まで輪の中に残っていたはずだ。
「俺達さ、“集団戦”に出るんだ」
「集団戦!? なんだそれ!?」
「闘技大会は、一対一の個人戦だけじゃねぇ。五人対五人だったり、もっと大人数で、実際にあった戦いを再現する演目──集団戦、ってのがある」
そう説明してから、ばつの悪そうな顔でテンプルは続けた。
「──今回やるのは、ティエーラ王国対、レグノヴァ帝国の戦いなんだってさ。ティルスの故郷、ティエーラ王国を……」
ここまで言ってテンプルは口ごもった。
(ティエーラ属州、完全平定記念大会……)
ティエーラ王国全土を属州化した記念に開かれる大会。その試合に自分が出る。ロシャナクと殺し合う。
その様を、レグノヴァ帝国の皇帝と将軍アヴェルヌスがゲラゲラと笑いながら観覧しに来るのだと思うと、胃の腑から強烈な怒りが込み上げてきて、ティルスはギュッと拳を握りしめた。あの日あの時の悔しさと惨めさが、まざまざと脳裏に蘇る。
「悪趣味だよな、ほんと帝国ってのはよ……」
ティルスの心中を察してか、テンプルは静かに呟いた。
「でさ、まぁ当日は、ティエーラ王国兵を演じるチームと、レグノヴァ帝国兵を演じるチームに分かれて戦うんだよ。俺達がどっちのチームをやるのかはまだ分かんねえけど、とりあえず対戦相手は別の養成所の剣奴らしいんだ」
テンプルの説明によれば、輪の中に残った剣奴達は全員、集団戦の方へと出場するらしい。この二十人が二つのチームに分かれて“仲間”同士で殺し合いをするのではなく、対戦相手はどうやら顔も素性も分からない別の養成所の剣奴達になるようだ。
(じゃあアルクも集団戦の方に出るのか……)
「──ティルス、俺こわい」
テンプルは寝床の上で、膝を抱えてうずくまった。
「集団戦って言ってもさ、結局殺し合いだろ? 逃げ場のない広場でさ……」
初めて聞く弱々しい声で、テンプルは続けた。
「俺なんて半年前まで鉱山でこき使われてただけの奴隷で、剣の扱いなんて養成所に来てやっと教わったのに、そんな俺が試合に出たところで……」
──どうせ俺は“やられ役”の剣闘士だ。
そう呟いて、テンプルは両膝に顔をうずめた。
「テンプル……」
膝を抱える手が震えていることに気づき、ティルスは咄嗟に反対側の寝床へと駆け寄って、テンプルの隣に腰を下ろした。
「──大丈夫だテンプル! 落ち着いて戦えば勝機はきっとある。集団戦ってことは、背を預けられる仲間もいる。皆で協力して、戦うんだ!」
気持ちが少しでも落ち着くように、とティルスはテンプルの肩に手を置いた。しばらく寄り添っているとしだいに震えは治まり、テンプルは少しだけ顔を上げた。
「ごめんなティルス、お前だって……お前の方が辛いよな」
「気にすんなって。話して少しでも楽になるなら、いくらでも聴く」
そう伝えると、テンプルの纏っていた雰囲気が少しだけ和らいだようにティルスは感じた。しかし当然、不安の色は薄れることは無く、テンプルは顔を上げるや、先ほどまでティルスが座っていた場所──誰もいない寝床へと視線を向け、ほの暗い虚空をじっと見つめた。
「一ヶ月ぐらい前まではさ、俺にも同居人が居たんだよ。でもそいつは……闘技場から帰っては来なかった」
「え…………」
「そいつと居たのはたった数ヶ月間だけで、短い間だったけれど、けっこうウマが合ってさ、寝る前によく、こうやって話をしてたんだよなぁ」
「……そうだったのか……」
寂しさを湛えつつもどこか愛おしそうに寝床を見やるテンプルを見て、多くを語らずとも、今は亡きその“友人”が、テンプルの心の支えとなっていたことをティルスはまざまざと感じ取った。胸になんとも言えない悲しみが込み上げてきて、涙がこぼれそうになる。
「だから部屋にこうやって誰かが……ティルスがいてくれて、寝る前に少しでも話しをしてくれたら気がまぎれるっていうか」
そう言って、テンプルは静かに涙を流した。
そして胸につかえていた気持ちをぽつり、ぽつりと吐きだし始めた。
「この部屋に一人で居るとさ、いつも考えるんだ」
「うん」
「暗闇の中だと、ぐるぐる、ぐるぐる」
「うん……」
「次は俺が……ってさ、考えたくもねぇのによ……」
テンプルのか細く、骨ばった背中が小刻みに震える。
長身の体躯からはとても想像がつかなかった、そのほっそりとした背中を。
天井から漏れる松明の灯りが消え去っても尚、すすり泣きが止むまで。
ティルスはそっと、そっと、さすり続けた。
いつかの夜に、ロシャナクが同じように、ティルスの背中を優しくさすり続けたように。
(ああ……)
そうだ、剣闘士養成所に着いたばかりの日だ。
ロシャナクの“温かさ”に触れて、初めてひとしきり泣くことができた夜。
(ロシャナクはどんな気持ちで……)
泣きじゃくる自分を見つめていたのだろうか。
(…………)
どうしてだろう。
たった三週間前の出来事なのに、遠い昔のように感じてしまうのは。
ロシャナクと言い争った翌日。ティルスが入浴後、真っ先に向かったのはテンプルの部屋だった。ロシャナクと同じ部屋で過ごすのはあまりにも気まずいからである。大会当日までこの部屋で寝泊まりをさせてほしいと頼むと、テンプルは快く引き受けてくれた。
「ごめんなテンプル、なんかお前をいいように使ってしまって……」
「なーに! 気にすんなって! 俺達、友達……だろ?」
(友達、か……)
普段なら言われて嬉しいはずの言葉が、今この場所では複雑な意味をはらんでしまった。ティルスの心に、重苦しいものが影を落とす。薄暗い部屋の中で、ティルスは寝床に腰かけながら、石床の汚れをぼんやりと見つめていた。
「ってか、むしろティルスがいてくれた方が俺もありがてぇっていうか……」
「え?」
顔を上げると、もう一つの寝床に座ったテンプルと目が合う。
テンプルは浮かない顏で、ふぅとため息をついた。
「どうしたテンプル? お前も何かあったか?」
心配になり、思わず声をかける。
「なぁティルス。闘技場ってどうだった?」
「闘技場?」
「俺、試合に出るのが今回で初めてなんだ」
「えっ!? え!?」
確かテンプルは貴族達の前には整列せず、最後まで輪の中に残っていたはずだ。
「俺達さ、“集団戦”に出るんだ」
「集団戦!? なんだそれ!?」
「闘技大会は、一対一の個人戦だけじゃねぇ。五人対五人だったり、もっと大人数で、実際にあった戦いを再現する演目──集団戦、ってのがある」
そう説明してから、ばつの悪そうな顔でテンプルは続けた。
「──今回やるのは、ティエーラ王国対、レグノヴァ帝国の戦いなんだってさ。ティルスの故郷、ティエーラ王国を……」
ここまで言ってテンプルは口ごもった。
(ティエーラ属州、完全平定記念大会……)
ティエーラ王国全土を属州化した記念に開かれる大会。その試合に自分が出る。ロシャナクと殺し合う。
その様を、レグノヴァ帝国の皇帝と将軍アヴェルヌスがゲラゲラと笑いながら観覧しに来るのだと思うと、胃の腑から強烈な怒りが込み上げてきて、ティルスはギュッと拳を握りしめた。あの日あの時の悔しさと惨めさが、まざまざと脳裏に蘇る。
「悪趣味だよな、ほんと帝国ってのはよ……」
ティルスの心中を察してか、テンプルは静かに呟いた。
「でさ、まぁ当日は、ティエーラ王国兵を演じるチームと、レグノヴァ帝国兵を演じるチームに分かれて戦うんだよ。俺達がどっちのチームをやるのかはまだ分かんねえけど、とりあえず対戦相手は別の養成所の剣奴らしいんだ」
テンプルの説明によれば、輪の中に残った剣奴達は全員、集団戦の方へと出場するらしい。この二十人が二つのチームに分かれて“仲間”同士で殺し合いをするのではなく、対戦相手はどうやら顔も素性も分からない別の養成所の剣奴達になるようだ。
(じゃあアルクも集団戦の方に出るのか……)
「──ティルス、俺こわい」
テンプルは寝床の上で、膝を抱えてうずくまった。
「集団戦って言ってもさ、結局殺し合いだろ? 逃げ場のない広場でさ……」
初めて聞く弱々しい声で、テンプルは続けた。
「俺なんて半年前まで鉱山でこき使われてただけの奴隷で、剣の扱いなんて養成所に来てやっと教わったのに、そんな俺が試合に出たところで……」
──どうせ俺は“やられ役”の剣闘士だ。
そう呟いて、テンプルは両膝に顔をうずめた。
「テンプル……」
膝を抱える手が震えていることに気づき、ティルスは咄嗟に反対側の寝床へと駆け寄って、テンプルの隣に腰を下ろした。
「──大丈夫だテンプル! 落ち着いて戦えば勝機はきっとある。集団戦ってことは、背を預けられる仲間もいる。皆で協力して、戦うんだ!」
気持ちが少しでも落ち着くように、とティルスはテンプルの肩に手を置いた。しばらく寄り添っているとしだいに震えは治まり、テンプルは少しだけ顔を上げた。
「ごめんなティルス、お前だって……お前の方が辛いよな」
「気にすんなって。話して少しでも楽になるなら、いくらでも聴く」
そう伝えると、テンプルの纏っていた雰囲気が少しだけ和らいだようにティルスは感じた。しかし当然、不安の色は薄れることは無く、テンプルは顔を上げるや、先ほどまでティルスが座っていた場所──誰もいない寝床へと視線を向け、ほの暗い虚空をじっと見つめた。
「一ヶ月ぐらい前まではさ、俺にも同居人が居たんだよ。でもそいつは……闘技場から帰っては来なかった」
「え…………」
「そいつと居たのはたった数ヶ月間だけで、短い間だったけれど、けっこうウマが合ってさ、寝る前によく、こうやって話をしてたんだよなぁ」
「……そうだったのか……」
寂しさを湛えつつもどこか愛おしそうに寝床を見やるテンプルを見て、多くを語らずとも、今は亡きその“友人”が、テンプルの心の支えとなっていたことをティルスはまざまざと感じ取った。胸になんとも言えない悲しみが込み上げてきて、涙がこぼれそうになる。
「だから部屋にこうやって誰かが……ティルスがいてくれて、寝る前に少しでも話しをしてくれたら気がまぎれるっていうか」
そう言って、テンプルは静かに涙を流した。
そして胸につかえていた気持ちをぽつり、ぽつりと吐きだし始めた。
「この部屋に一人で居るとさ、いつも考えるんだ」
「うん」
「暗闇の中だと、ぐるぐる、ぐるぐる」
「うん……」
「次は俺が……ってさ、考えたくもねぇのによ……」
テンプルのか細く、骨ばった背中が小刻みに震える。
長身の体躯からはとても想像がつかなかった、そのほっそりとした背中を。
天井から漏れる松明の灯りが消え去っても尚、すすり泣きが止むまで。
ティルスはそっと、そっと、さすり続けた。
いつかの夜に、ロシャナクが同じように、ティルスの背中を優しくさすり続けたように。
(ああ……)
そうだ、剣闘士養成所に着いたばかりの日だ。
ロシャナクの“温かさ”に触れて、初めてひとしきり泣くことができた夜。
(ロシャナクはどんな気持ちで……)
泣きじゃくる自分を見つめていたのだろうか。
(…………)
どうしてだろう。
たった三週間前の出来事なのに、遠い昔のように感じてしまうのは。
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