ダイ・ゾーン

不来方久遠

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 TOPとプレートが貼られた雑居ビルの一室のドアが蹴破られた。
「レナの担当者は?」
 乱入してきた男が、聞いた。
「イデー」
 有無を言わさず、男に社員の右腕が後ろ手に捩じ上げられて悲鳴を上げた。
「いきなり何だ! 追っかけか?」
 騒ぎを聞き付けて、奥の部屋からマネージャーが出て来た。
「レナを救出する」
 男は、言った。
「そいつを放せ。そのままだとマスもかけなくなる。バウンテンハンターか」
 男を値踏みするように、マネージャーが聞いた。
「必要経費込みで100万だ。飲まず食わずの状態で生存率が急激に下がるとさ
れる72時間前に、ここに連れて来る」
 男が、答えた。
「馬鹿を言うな。どこの馬の骨とも分からん輩に出せるか。週休二日を利用した
バイトのつもりか知らないが、ダイ・ゾーンのエンペラー相手にお前一人でか」
 マネージャーは、小馬鹿にしたようにせせら笑った。
「それで文句があんのか」
 デスクを引っ繰り返して、マネージャーの胸倉をつかんで男は言った。
「苦しい。全額成功報酬なら」
 マネージャーは呻きながら答えた。
 男は、突き放すようにマネージャーから手を放した。
「その力を仕事のほうに向けてもらいたいね」
 乱れた襟を直しながらマネージャーは言った。
 次に男が訪れたのはサラ金屋であった。
 受付嬢に提示されたマイナンバーカードには、“犬神 彰”と記名されていた。
 契約を済ませると、その場で犬神は数十枚の札を受け取った。
 同様に複数のサラ金屋を回って、軍資金を準備した犬神は埠頭に現われた。
 犬神は、幼い頃に事故で両親を失っていた。
 親戚をたらい回された末に、最後は施設で育った。
 18歳の成人間際には、人手不足の組織からスカウトがやって来た。
 頭の回転の良さと運動能力に優れていたのと、何よりもその強い精神力を買わ
れた。
 高校在学時の成績優秀さから大学進学への推薦の話もあったが、自活する道を
望んだ。
 そして、給料を貰える道に進んだ。
「Tケ島まで」
 犬神が、言った。
「あそこは汚れの度合いがひどいから値が張るよ」
 そう、船頭は答えた。
「幾らだ」
 犬神は、聞いた。
「人件費、往復の燃料代、その他危険手当を入れて35万だ」
 船頭は、説明した。
「帰りも頼めるか」
 犬神は言って、現金で金を渡した。
「生きてればな」
 と不吉な事を言って、船頭は金を受け取った。
 深夜に、人目を避けるようにそっとボロボロのポンコツ船が出港した。
 朝方、Tケ島に男は潜入した。
 “倒産”と落書きされた駐在所があった。
 島は街灯の全く点いていない荒廃したゴーストタウンと化していた。
 遠くに、閉鎖された米軍の旧演習場が見えていた。
 うらぶれたオヤジが一人で経営していたそのコンビニの窓は、スモークガラス
で鉄格子がはめられていた。
 店内には冷凍食品と大きなポリ容器のミネラルウオーターが所狭しと置かれて
いた。
 別の陳列台には大麻の吸引パイプ、日本刀、火炎ビン、銃器類が無造作に揃っ
ていた。
 レジカウンターに、ライフル銃・ガソリン缶・地図・暗視ゴーグル・C─4プ
ラスチック爆弾等を犬神が置いた。
「カードは、使えねえよ」
 ぶっきらぼうに言いながらオヤジはカウンター下に44マグナムを隠し持った。
「タマを1ケース付けて、いくらだ?」
 犬神は、聞いた。
「大麻はどうだい。女もレンタルするよ」
 オヤジは、言った。
「それだけだ」
 犬神は、言った。
「そうかい。では、消費税込みで50万だ」
 オヤジが、答えた。
「どうせ、軍からクスねた故買品だろ。それに、ここでは税金を払ってるヤツは
いないはずだ。40万だ」
 犬神は、言った。
 舌打ちをしながら札の一枚が抜き取って、オヤジはライターで火を点けた。
 メラメラと綺麗に燃えて灰になった。
「何の真似だ」
 犬神が、訝った。
「おお、モノホンだ。印刷の圧力が低い偽札だと均等に燃えずに、クルクルと札
が丸まるんでな」
 オヤジが、説明した。
「アンタ、新聞で見たツラだ。トバクの借金を公金で穴埋めしたのがばれて、あ
っちからフケた市長だろ」
 犬神は、かまをかけた。
 オヤジが、マグナムを構えた。
 犬神は、弾倉部分を握ってバッと取り上げ、弾丸を抜いてオヤジに返した。
「やってみろ、市長サンよぉ」
 呆気に取られているオヤジから、犬神は再びマグナムを取り、弾丸を一発つめ
て弾倉をカラカラと回して銃口を向けた。
「ロシアン・ルーレットだ」
 犬神は、迫った。
「40万で結構です」
 オヤジはビビりながら言った。
「これは、サービスだな」
 マグナムを見て、犬神は言った。
「どうぞ、お持ち帰り下さい」
 丁重に言うオヤジに、靴下から40枚のピン札を抜いて犬神が支払った。


 病院の駐車場に、米軍仕様の装甲ジープが前に停めてあった。
 病棟のベッドには多くの老人達が寝ていた。
 寝たきりで痴呆症の老婆に、緑色に髪を染めたミニスカートのヤンキー系の看
護師が寄り添っていた。
「オムツは、替えたのか」
 総長が、ヤンキー看護師に話しかけた。
「ちゃんと、やってるよ。それよか、新しい歩行器はどうなってんのよ。このま
まじゃ、見捨てられた姥捨て山じゃん」
 ヤンキー看護師は、言った。
「その通りだな」
 頷きながら総長が退室した。
 それから、院長室を訪ねた。
「資金繰りが、苦しいのか?」
 片目のつぶれた院長が聞いた。
「ロンダリングが、厳しくなってきた…」
 そう、総長は答えた。
「この眼で医師免許を取り消された私には、オペの自信はあっても商才はないか
らな」
 と、ダイ・ゾーンのブラックジャックと異名を取る無免許医師の院長は呟いた。
 次に、装甲ジープを駆り銀行を回った。
 建物屋上にはパラボラアンテナが見えていた。
 店内にいるハッカー達が、暗号資産(仮想通貨)を盗み出すため高性能な汎用
コンピューターを操作していた。
 誤爆災害により、ダイ・ゾーン一帯の有線回線が遮断された。
 電波基地局が停波し、携帯電話もネットも通じなくなった。
 唯一、衛星回線でのみ外部と通信が可能であった。
 別室では本州でリストラされた中高年達が特殊印刷機を使っていた。
 各種のクレジットカードがプレスされていた。
 隣では壱万円紙幣の他、ドルやユーロの偽紙幣がガンガン刷られていた。
 一通り、総長が見て回った。
 ダイ・ゾーンに巣食っていられるのは、こうした闇のビジネスがあったからだ
った。
 各国で持て余す放射性核廃棄物や汚染水、処理に困った各種産業廃棄物が違法
に持ち込まれていた。
 政官財の繋がりも生じていたため、必要悪としてダイ・ゾーンでの存在を黙認
されていた。
 総長は、それら産廃を安い手数料で一手に引き受けていた。
 闇のゴミは、核汚染された周辺の島々に埋められた。
 かつて、渋谷駅のコインロッカーに、産まれたばかりの男の赤子が遺棄された
事件があった。
 臍の緒が付いた状態だった。
 両親共に知らずに生を受けたコインロッカーベイビーは施設に預けられた。
 少年となり、物心付くと施設を飛び出した。
 街を徘徊し、失うモノのない青春を使い捨てる青年はゆすり・たかりといった
カツアゲで食いつないでいった。
 やがて、徒党を組み半グレ集団のリーダー格にのし上がった。
 ヤクザまがいの恐喝や違法ドラッグの売買で資金を稼ぐ半グレに、警察が動き
出した。
 逮捕される直前に、水爆の誤爆事故が発生した。
 機を見るに敏の髪を金色に染めた青年は子分を引き連れ、新天地を求めてこの
ダイ・ゾーンに渡った。
 それが、総長であった。
 廃校の出入口にドラム缶のかがり火が焚かれていた。
 炎越しに校門のプレートが見える。
 県立Tケ島高等学校の上に、“LAST ENPERORS”とペイントスプ
レーでなぐり書きされていた。
 半グレ暴走族の牙城と化した校舎は1980年代のニューヨークの地下鉄並み
に、ゾーンのバンクシーと呼ばれた無名作家によってポップアートされていた。
 校庭では半グレ等が酒を飲み奇声を上げながらスプレーペインティングされた
ボコボコのパトカーを乗り回していた。
 数十台のガソリン発電機が、体育館倉庫でガンガン回っていた。
 各教室はインターネットを介したカジノ場になっていた。
 スペシャルルームでは大麻を吸引しながら乱交している男女がいた。
 SMグッズで満たされた保健室のベッドに、下着姿で手錠をはめられたレナの
姿があった。
 校舎に、装甲ジープのヘッドライトが近づてきた。
 保健室の戸を開けて、総長が入って来た。
「まだ、グズってんのか。2週間ほど相手をしてくれりゃ、無事に帰してやる。
オレは、紳士なんだ。断れば、シャブ漬にして24時間100人の野郎どもに嬲
らせるぞ」
 総長が、顔を近づけた。
 レナは、ペッと唾を吐きかけた。
 レナの唾を指に取って、総長がなめた。
「オレは、自発的にやってくれる女が好きなんだが…リラックスしな」
 身動き出来ないレナの身体をサバイバルナイフで、総長はなで回した。
 スパッスパッと、レナの下着が切られていった。
 レナは、恐怖に脅えた。
「ここの連中にはドラッグとセックス以外の娯楽を与える必要があるんだ。ライ
ブをやってくれりゃ、ギャラは相場の3倍出す」
 総長は、言った。
「何様のつもり! アタシはそんなに安くないよ」
 レナが、吼えた。


 そのドライブインは、スキンヘッドでヘビメタルックの勝気そうな女が一人で
店を切り盛りしていた。
 客は誰もいなかった。
「水をくれ」
 そこに、犬神が入って来て言った。
 そして、タバコに火を点けた。
 ヘビメタ女が警戒するように見ながら無言でミネラルウオーターをコップに注
いだ。
「それと、ネタが欲しい。レナの……ライブ中にサラわれた女の現在位置だ」
 犬神が、聞いた。
「知んないね。あんた、何なんだ」
 テーブルにコップを置きながらヘビメタ女は問い返した。
「聞いてんのは、こっちが先だぞ」
 犬神は、言った。
「水一杯で、何様のつもり」
 売り言葉に買い言葉で、ヘビメタ女も返した。
「これで、思い出せ」
 3万円を、犬神がテーブルに置いた。
「どんなマエしょって逃げて来たか知んないけど、エンペラーにタテ突いたら生
きていけないよ」
 ヘビメタ女は、答えた。
 もう2万円を、犬神は出した。
「あっちでは人を100人殺ったって、判決が出るまで死なずに済むけど、ここ
じゃ法律もクソもないからね」
 そう、ヘビメタ女は息巻いた。
 更に5万円を出して、犬神は地図を広げた。
 ヘビメタ女が、札をクシャクシャに丸めて伸ばして透かしを見た。
「この学校」
 そして、地図に示された、“”マークを指差した。
「これは、口止め料としてのチップだ」
 犬神が、10万円分の札を追加した。
「あっちで、銀行でもやったのかい」
 眼の色を変えて、ヘビメタ女が紙幣をかき集めた。
「ヤツラに一言でもチクったら、オマエの身体に穴が一つ増える事になる」
 そう言って、コップの水を犬神はタバコの残り火にかけた。
「ああ。でも、無線機の故障を言い訳にできる、せいぜい半日くらいが限度だ。
エイズキャリのあたしだって、未だ命は惜しいからね。この道を行くといいよ。
残留放射能レベルが高いから、エンペラーの連中にガンつけられずに学校に着け
る」
 と、ヘビメタ女が地図をなぞった。
 犬神は、店を出た。
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