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仮登録と棺桶ルーム
しおりを挟む「お疲れさまでした。報告書はギルドからユモト社へ送信済みです。違法海賊討伐の報奨金も振り込み完了。手続きは以上となります」
「ぷはーっ! 一仕事終えた後の一杯は最高だね~!」
「おい、何飲んでんだよ。またリセット喰らうぞ」
「大丈夫大丈夫。お金返せば艦は返ってくるし。問題な~し!」
「お前の取り分、1割だぞ。まだまだかかるんじゃないのか?」
「えっ? 山分けじゃないの?」
「んなわけあるか。艦はこっち持ち、燃料も弾薬もこっち持ち。そんなんで1割ももらえるんだ。ありがたく思え、酒カス」
マリナがむくれて口をとがらせる。
「うっわー、ブラック企業だわ~。これだから個人艦は……」
「それ以前に、お前まだ“仮登録パイロット”だからな。正式クルーですらない」
「え、じゃあ保険とかない感じ?」
「あるわけないだろ」
「地味くん冷たくな~い!? あたしのこの命がけの戦いが、2割って……」
「勝手に増やすな。1割だ」
「ていうか、命がけなのは俺の精神の方なんだが」
「艦長、そろそろ休息をお取りください。現在ストレス値、通常時の137パーセントを超過しています」
「それはお前らのせいだ!」
マリナはカップを振って、残りの酒を飲み干す。
「ねえ……このまま仮登録って、ちょっと寂しくない?」
「は?」
「だってさ、ここまでやったんだし? 艦長もアイカも、私がいないと寂しいんじゃないの~?」
「自己評価の高さに乾杯したいところだが、酒臭いから遠慮する」
「艦長、仮にマリナさんが正式登録された場合、ストレス値は185パーセントを超えます。ご確認ください」
「そんなにかよ……」
「はい。ただし、戦闘勝率はマリナさん抜きで37パーセント低下します」
「おっ、それってつまり……私、必要ってこと?」
「はい。艦長の判断力と操縦技術を補う“騒がしい外付けパーツ”として有用です」
「なによその言い方! でもちょっと嬉しい!」
「じゃあ、正式登録してやってもいい。条件次第ではな」
「マジで!? えっ、なに? 条件って何!? 洗い物? 掃除? 毎日アイカに挨拶?」
「“今月分の借金を返すこと”です」
「…………やっぱ仮登録のままでいいや」
「でかした、アイカ」
「ありがとうございます、艦長」
──こうして戦闘が終わっても、艦内はいつもどおりうるさい。
でも──悪くない。今はまだ、そう思える。
翌日、マリナが艦にやってきた。
「──てことで! 節約のために、今日からここに泊まらせてくださーい!」
両手を広げて、なんの悪びれもなく言い放つ。
「は?」
「いやほら、ホテル代もバカになんないし? 報奨金返済に回すじゃん? だったらここに泊まった方が節約になるってわけ!」
「節約ってレベルじゃねぇだろ……艦を居候先にすんなよ」
「ちょっとくらいいいじゃん! 艦内って、寝る場所くらいあるでしょ? ほら、艦長のベッドでも──」
「断る。なんでお前にベッド貸さなきゃならん」
「これは個人運用のプライベート艦だ。乗員も設備も最低限。余ってる部屋なんかない」
「じゃあ廊下でいいから! 廊下で! 寝かせてよ~!」
「邪魔だ。帰れ」
「お願い! どこでもいいから! お願い泊めて~!」
「──ご安心を」
アイカのモニターがふわりと艦内マップを表示した。
「本艦には“非常時用クルースペース”が存在します。艦尾の整備区画を転用した、狭くて硬くて、空調も不安定な──通称“棺桶ルーム”です」
「やだあああああああ!!」
「現在、雑工具と使用済みの冷却フィルターが散乱していますが、清掃すれば横にはなれます。天井まで五十センチ。手を伸ばせば鉄骨が当たり、寝返りは打てませんが」
「絶対やだ!! コウキぃ! 艦長権限でベッドに入れてぇぇぇ!」
「だから一つしかないって言ってるだろ! 絶対ベッドは貸さないからな!」
「だったら! せめてソファとかないの!? クッション的な何か! 柔らかい床材!」
「予備クッションは戦闘中に耐衝撃材として使用済み。汗と油の香りつき」
「うげぇ……」
「ここは戦艦じゃなくて旧式の小型艇。快適性なんか微塵もない」
「そこをなんとか~。ねぇお願い、コウキく~ん」
「……その声やめろ。気持ち悪い。アイカ、棺桶ルームの掃除準備。今日からそこがマリナの寝床だ」
「了解しました。なお清掃ロボは故障中のため、作業はマリナさんにお願いします」
「そっち任せかよ!」
「艦長命令だ」
「艦長の命令です」
「なんでハモるのよ!」
俺は深く息を吐いた。自由に生きたかった。孤独でもよかった。
──なのに。
「……わかったよ。一晩だけな。棺桶ルーム以外は使うなよ」
「えっ、マジで!? やったー! やっぱ地味くんは話がわかる~!」
「わかったら騒ぐな。あと“地味くん”言うな」
「艦長、それでは非常時用寝具を整備区画に搬入します。“寝袋(工事用)”と“パイプ枕(部品ケース)”です」
「アイカてめぇぇぇ!!」
──今日もハイペリオンは、静かになる気配がまったくなかった。
結局、マリナが掃除を終えるころには、日もとっぷり暮れた後だった。
もっとも、宇宙に“日”なんてものはない。
人工照明が落ちて、壁面のパネルが夜間モードに切り替わる。それだけのことだ。
だがその、ほの暗いブルーライトに包まれると、不思議と“今日”が終わったような気がしてくる。
艦の空調が、わずかに息を吐くように音を立てた。
静かだ。マリナが黙ってると、宇宙ってのは本当に静かだ。
──貴重な時間だ。
俺は艦長席に腰かけ、ぬるくなった缶コーヒーをひとくち啜る。
整備区画のほうから、かすかに何かを引きずる音が聞こえてきた。
たぶん、マリナが“パイプ枕”を運んでるんだろう。
「アイカ、棺桶ルームの様子は?」
「異常ありません。すでにマリナさんは寝袋を展開済み。現在、壁面に貼られた警告ステッカーと“睨み合い”中です」
「……なんだそりゃ」
「曰く、“『工員以外立入禁止』って、なんかすごく負けた気がする”とのことです」
「そりゃ負けてるんだろ……」
「なお、彼女のストレス値は現在72パーセントと、平時に比べてやや低下しています」
「……楽しんでんじゃねえか」
俺は呆れて笑い、立ち上がる。
シャワー区画へ向かう途中、ふと思った。
この艦に他人が寝ている夜は、これが初めてだ。
今まではずっと、一人だった。
それが当然で、気楽で、煩わしさなんていらなかったはずなのに──
なのに。
「……なんか、騒がしくないと落ち着かなくなってきたな」
自分で言って、すぐに苦笑する。
まさか、こんな未来を想像したことはなかった。
明日もどうせ、うるさくて、やかましくて、頭痛くなる一日になるだろう。
だけど──
「……まあ、悪くない」
俺は、そう小さく呟いた。
艦内に、深夜モードの静かな灯が滲んでいた。
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