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出会い編
吹雪の中 5
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「キースとか?」
「ふうん?」
カップの白湯がなくなったようなのでまた注いでアルフレートに渡す。
ついでにテオドールがもたせてくれた荷をもってくる。
着替えの服や、怪我をしていた時のための治療薬や包帯、凍傷を起こしかけていた時は介抱をするように、と血行をよくするためのクリームや諸々。
テオドールの相変わらずの準備の良さに苦笑しているとアルフレートはカップを自分の横において、カイルをひきよせて髪に指をくぐらせた。
「……考えなしに雪の中を出た私が悪かったが。吹雪の中飛ぶな、危ないだろう」
「吹雪の中なら俺が一番、適任だったんだ。ニニギと会話しながら飛べるしヒロイの気配もわかるし。それに」
「それに?」
アルフレートは長い指でカイルの髪をもてあそんで、頭を引き寄せた。
カイルは笑ってアルフレートの肩に頭をこてんと乗せた。アルフレートの体温がすこし、あがったようで安心する。
「大丈夫だろうって思ってはいたけど。あのまま何もせずにあそこにいて、もしもアルフに何かあったら――」
いいながら、目を閉じる。続きを促すように、アルフレートの長い指が遊ぶ。
アルフレートに髪を触られるのがカイルは好きだ。初めて会った時から。何か、許されているような気になる。
「死んだ方がましだと思った」
指が止まる。
「……おおげさだな」
「大げさじゃないけどな。テオドールにもだけど、アルフにも俺は世話されてばっかりだし。これが」
言いかけて、カイルは目を閉じた。情けないことに不意に泣きそうになったからだ。
アルフレートもテオドールも北へ帰る。北はこんな風に吹雪のずっと続く寒い土地だと言う。
カイルは目を閉じて、轟という風の音に耳を澄ました。
この音を、アルフレートはこれからずっと聞いて過ごすのだろう。瞼の裏に浮かんだ涙をこらえて笑う。いまさら晒したところでどうしようもない弱音など、吐きたくない。
「……これがアルフレートの下で遂行する最後の任務なら、役に立ちたいし」
自分はもうひとりでも大丈夫だと示して、せめて強がりたい。
アルフレートの青い目が何か言いたげにカイルをみたが、彼は無言だった。カイルはぱちぱちと火の爆ぜる暖炉を見た。
「俺、役にたったろう?アルフは探せたし、暖炉に火もつけれたし」
「そうだな。実はカイルが来るまでうまく火が起こせなくて凍え死ぬかと思っていた」
「……坊ちゃんはこれだから」
アルフレートがまじめ腐った顔で言った軽口にカイルは笑った。アルフレートも、ふ、と肩の力を抜く。
「礼をしないといけないな。――命の恩人に。カイル、何か望むことはあるか?」
「褒美が欲しかったわけじゃないよ。あんたに恩を返したかっただけ」
「だが、何かは望むものがあるだろう?」
アルフレートの問いかけに、キースの言葉が脳裏によみがえった。
(役に立ちます、どうか連れて行ってくださいーって。頭下げてみりゃいいじゃないか。断られたら、その時はその時だろ)
そうだな、と頭の中でキースに話しかける。
アルフレートに懇願すればいいのだ。
北部へ俺も連れて行ってください。
あんたの奥方に疎まれてもいい。蔑まれてもいい。
あんたの側にいられるならそれでいい、あんたが側にいないのは寂しい、寂しいよアルフレート。
だから、遠くでいい。あんたの姿が見える所にいさせてほしい……。
そう、泣いて縋れば、アルフレートは同情して側においてくれるだろうか。
今までのように。
カイルは前を向き、しばし沈黙して、暖炉を見つめた。
「……なにも」
「カイル?」
「あんたからは何もいらない。もう、いっぱいもらったから。でも、そうだな。時々は思い出してくれたら嬉しい」
「思い出す?」
何を言っている?というアルフレートの言葉を、カイルは遮った。
「北部に戻って……、菓子を食うときとか。あんた甘いのが駄目だから食わないかもだけど。もしくは、吹雪の中荒れた館で一夜過ごすことがあった時とか」
「そっちの方が滅多にないぞ」
「ないか。……でも、そういう事があったら……、本当にたまにでいいよ。俺の事、思い出してよ」
アルフレートは馬鹿だなと笑った。
その指がためらうように髪から耳に降りてそのまま首をなぞる。
後頭部を右の掌でつかまれて引き寄せられた先、すぐ目の前に、アルフレートの綺麗なアイスブルーの瞳がある。青い瞳に映る己は随分と頼りなくてカイルは、無理に口の端をあげた。
不格好な表情がアルフレートの瞳の中に現れる。
馬鹿だな、と繰り返されて。
無言で口づけられるのを、カイルは――避けなかった。
軽くキスをした唇が離れて、アルフレートが静かに低い声で聞く。
「寒くないか」
「……暖炉の前だから、寒くない」
「俺は寒い」
言って、また口づけられる。
器用な手がカイルのシャツを脱がしにかかるのを一瞬みじろぎしたカイルは、だがアルフレートが指の動きを止めないのを察して力を抜いた。
これが、さいごなら。
どうか、思い出が欲しい。この手を忘れないように、刻み付けて欲しい。
「アルフ、寒いのか?」
「ああ。だからお前が温めてくれ。凍える前に」
まだ少し冷たさの残る指がシャツをたくし上げて背骨を首から腰まで、つ――となぞる。
小さく声をあげて、カイルは頷いた。
「いいよ」
「ふうん?」
カップの白湯がなくなったようなのでまた注いでアルフレートに渡す。
ついでにテオドールがもたせてくれた荷をもってくる。
着替えの服や、怪我をしていた時のための治療薬や包帯、凍傷を起こしかけていた時は介抱をするように、と血行をよくするためのクリームや諸々。
テオドールの相変わらずの準備の良さに苦笑しているとアルフレートはカップを自分の横において、カイルをひきよせて髪に指をくぐらせた。
「……考えなしに雪の中を出た私が悪かったが。吹雪の中飛ぶな、危ないだろう」
「吹雪の中なら俺が一番、適任だったんだ。ニニギと会話しながら飛べるしヒロイの気配もわかるし。それに」
「それに?」
アルフレートは長い指でカイルの髪をもてあそんで、頭を引き寄せた。
カイルは笑ってアルフレートの肩に頭をこてんと乗せた。アルフレートの体温がすこし、あがったようで安心する。
「大丈夫だろうって思ってはいたけど。あのまま何もせずにあそこにいて、もしもアルフに何かあったら――」
いいながら、目を閉じる。続きを促すように、アルフレートの長い指が遊ぶ。
アルフレートに髪を触られるのがカイルは好きだ。初めて会った時から。何か、許されているような気になる。
「死んだ方がましだと思った」
指が止まる。
「……おおげさだな」
「大げさじゃないけどな。テオドールにもだけど、アルフにも俺は世話されてばっかりだし。これが」
言いかけて、カイルは目を閉じた。情けないことに不意に泣きそうになったからだ。
アルフレートもテオドールも北へ帰る。北はこんな風に吹雪のずっと続く寒い土地だと言う。
カイルは目を閉じて、轟という風の音に耳を澄ました。
この音を、アルフレートはこれからずっと聞いて過ごすのだろう。瞼の裏に浮かんだ涙をこらえて笑う。いまさら晒したところでどうしようもない弱音など、吐きたくない。
「……これがアルフレートの下で遂行する最後の任務なら、役に立ちたいし」
自分はもうひとりでも大丈夫だと示して、せめて強がりたい。
アルフレートの青い目が何か言いたげにカイルをみたが、彼は無言だった。カイルはぱちぱちと火の爆ぜる暖炉を見た。
「俺、役にたったろう?アルフは探せたし、暖炉に火もつけれたし」
「そうだな。実はカイルが来るまでうまく火が起こせなくて凍え死ぬかと思っていた」
「……坊ちゃんはこれだから」
アルフレートがまじめ腐った顔で言った軽口にカイルは笑った。アルフレートも、ふ、と肩の力を抜く。
「礼をしないといけないな。――命の恩人に。カイル、何か望むことはあるか?」
「褒美が欲しかったわけじゃないよ。あんたに恩を返したかっただけ」
「だが、何かは望むものがあるだろう?」
アルフレートの問いかけに、キースの言葉が脳裏によみがえった。
(役に立ちます、どうか連れて行ってくださいーって。頭下げてみりゃいいじゃないか。断られたら、その時はその時だろ)
そうだな、と頭の中でキースに話しかける。
アルフレートに懇願すればいいのだ。
北部へ俺も連れて行ってください。
あんたの奥方に疎まれてもいい。蔑まれてもいい。
あんたの側にいられるならそれでいい、あんたが側にいないのは寂しい、寂しいよアルフレート。
だから、遠くでいい。あんたの姿が見える所にいさせてほしい……。
そう、泣いて縋れば、アルフレートは同情して側においてくれるだろうか。
今までのように。
カイルは前を向き、しばし沈黙して、暖炉を見つめた。
「……なにも」
「カイル?」
「あんたからは何もいらない。もう、いっぱいもらったから。でも、そうだな。時々は思い出してくれたら嬉しい」
「思い出す?」
何を言っている?というアルフレートの言葉を、カイルは遮った。
「北部に戻って……、菓子を食うときとか。あんた甘いのが駄目だから食わないかもだけど。もしくは、吹雪の中荒れた館で一夜過ごすことがあった時とか」
「そっちの方が滅多にないぞ」
「ないか。……でも、そういう事があったら……、本当にたまにでいいよ。俺の事、思い出してよ」
アルフレートは馬鹿だなと笑った。
その指がためらうように髪から耳に降りてそのまま首をなぞる。
後頭部を右の掌でつかまれて引き寄せられた先、すぐ目の前に、アルフレートの綺麗なアイスブルーの瞳がある。青い瞳に映る己は随分と頼りなくてカイルは、無理に口の端をあげた。
不格好な表情がアルフレートの瞳の中に現れる。
馬鹿だな、と繰り返されて。
無言で口づけられるのを、カイルは――避けなかった。
軽くキスをした唇が離れて、アルフレートが静かに低い声で聞く。
「寒くないか」
「……暖炉の前だから、寒くない」
「俺は寒い」
言って、また口づけられる。
器用な手がカイルのシャツを脱がしにかかるのを一瞬みじろぎしたカイルは、だがアルフレートが指の動きを止めないのを察して力を抜いた。
これが、さいごなら。
どうか、思い出が欲しい。この手を忘れないように、刻み付けて欲しい。
「アルフ、寒いのか?」
「ああ。だからお前が温めてくれ。凍える前に」
まだ少し冷たさの残る指がシャツをたくし上げて背骨を首から腰まで、つ――となぞる。
小さく声をあげて、カイルは頷いた。
「いいよ」
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