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1巻
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しおりを挟む序章
「災厄を遺して先に逝く。――ゆるせ、ゆるせ祥」
血の気を失い、ひび割れた唇から掠れ声が紡がれる。すすり泣きが深夜の房間に満ちて、扉の向こう、風に乗って中庭に流れていく。
さやさやと葉擦れの音にまぎれてしまえ、と思いながら祥は発言した男に近づいた。
寒い日は嫌いだ、と祥は震える己の指を拳の下に固く握り込んだ。
震えを気取られてはいけない。平静に振る舞わなくてはいけない。
そう遠くないうちに現世を去ろうとしている人の前であっては特に、だ。祥は己の背後で泣いている女たちを下がらせて、ふたりきりになる。
「弱気なことをおっしゃるな、兄上。太医は養生が肝心だと言っていましたよ。きっとすぐによくなられる」
すっかり薄くなった兄の上半身に夜具をかけてやりながら、祥は目を伏せた。
汗で頬に張りついた髪をそっと避ける。かつては光を弾く美しい銀色だったそれは、もはや艶を失った老人のそれ。
落ちくぼんだ眼窩はかつて皇都輝曜の花、王の鳥よ、と百官百華から褒めそやされた美貌の影もない。
気休めの言葉を紡いでも互いにわかっている。別れは近いのだと。
兄に気取られない角度で、祥は唇を噛む。母の身分の低さゆえに、かつて一族から虐げられていた祥に、この次兄だけが優しかった。
咳き込んだ兄を慌てて抱え起こして、背中をさすってやる。
兄は祥の袖を思いもよらない強さでつかむと、しっかりとした口調で名を呼んだ。
「祥。弟よ……」
「はい、兄上ここに」
「――おまえに一族のことを頼む。俗世を離れたおまえを呼び戻して申し訳ないと思っている……。だが、おまえしかおらぬのだ。一族を、妻を、子等を――そして主上をお守りせよ……」
「……兄上」
弱気なことを言うな、と再度口にしそうになったのを呑み込む。覚悟を決めた兄に、うわべだけの慰めを言うのはかえって不誠実だ。
「必ず」
祥は骨ばった手を握りしめた。
安堵したのか、すう、と兄が大きく息を吐く。
「こうなるとわかっていたら、おまえを崑崙へやるのではなかった」
「……兄上のおかげで、私は崑崙で多くを学べました。感謝しております」
兄弟が同じ色で見つめ合った数秒、穏やかな時間が流れる。
コトリ、と音がしたのはふたりの背後からだった。人払いをしたのに誰が、といささか苛立ちを込めて祥が振り返る。
キィと音がしてわずかに開いた扉。隙間から少しだけ顔を出すようにして現れたのは、あどけなく、素晴らしく美しい幼女だった。銀色の髪に透き通ったガラス玉のように蒼い瞳。
兄、仲紘の娘、だ。
「お父様、おきていらっしゃる?」
珊瑚の唇が紡ぐあどけない声に祥は一瞬頬をゆるめ、対照的に兄は顔をこわばらせた。
「伽耶」
「お父様はお元気になった? ねえ、姫と遊んでください。最近、みな姫と遊んでくれずつまらないのです。小鈴は姫が外に出ていくと怒るし」
小鈴は、姫の侍女でおとなしい、生真面目な娘だ。父親の看病で母も侍女も小鈴以外はみな、そばを離れていて寂しいのだろう。
かわいそうにと思って手を伸ばしかけた祥はこれ幸いと、小さな体で転がり込んできた姪の姿に息を止めた。
白い衣服は、べたりと赤黒く汚れている。小さなふくふくとした指にはポタリと血が滴り、白刃が握られていた。
「……姫。その姿はいかがした」
伽耶は、あは、と邪気なく笑って刃を示す。野原で摘んできた花をみせびらかすように、楽しげに。
「小鈴が姫を怒ったの。怒って部屋に閉じ込めようとしたから叱ってあげたのよ」
祥は絶句し、その背後で兄はうめいた。
扉の向こう、耳をつんざくような鋭い女の悲鳴がいく筋も聞こえる。姫の乳母だろう。
「誰か! 誰かある! 小鈴が! 小鈴が! 姫は、姫はどこにおわす……!」
転げるように仲紘は寝台を降りた。娘の細い肩をつかみ、問いただす。
「侍女に何をした、何をしたのだ……! 姫っ……」
「叱りました」
きょとんとした顔で答える伽耶の姿に祥は声を失い、仲紘は、ただはらはらと涙を流して悲嘆にくれた。
幼い姫が首をかしげる。
「お父様? どうしたのです?」
それには答えずに、仲紘は娘をかき抱いた。
「祥、弟、弟よ……息子と妻を頼む。一族を……どうか……」
兄のすすり泣く声を聞きながら祥はその場で立ち尽くした。
「どうして泣いているのです?」
血まみれの姪は、ただ心配そうに父親に駆け寄って顔を覗き込んでいる。
阿鼻叫喚の声が屋敷から聞こえなくなったのは夜半。
翌朝は屋敷中が嘘のように静まりかえった。
数日後、大華皇国の皇都、輝曜の皇宮に訃報がもたらされた。
国家の宰相、皇帝の幼馴染にして刎頚の友、迦陵頻伽の一族の長、青仲紘が、娘と共に儚くなった、と。
皇帝は悲嘆にくれたが仲紘の遺言を尊重して、宰相――天聖君――の位を仲紘の異母弟、青祥に譲るよう命じた。
皇都にいる者たちはみな噂した。
――弟が兄を弑したのではないか、と。
父王の死後、皇帝が兄から玉座を簒奪した九年後のことである。
第一章 王の鳥は鳴かず黙して羽ばたく/王鳥不鳴黙踊
晴れた日のことだった。
その日、皇帝の住まう紫黎城の中央、中明殿の前の広場では文武百官が集い、皇帝の即位十年を寿いでいた。
よろいに身を包んだ武官は左、文官は右にと官吏は並び、打ち鳴らされる銅鑼に合わせて叩頭し、寿ぎの言葉を唱和する。
「陛下の御世を祝して万歳万歳、万万歳」
「太平の世がいついつまでも永く続きますように」
「大華に栄えあれ、民に誉あれ」
彼らの視線が結ぶ先には石で作られた十数段の階段があり、そのまま中明殿へ続いている。皇帝はいつも中明殿の玉座が配された房で御簾の内から重臣たちを眺める。だが、今は階段すぐの石の間に姿を現し、祝典とあってか、その玉面を百官にさらしていた。
――在位十年。即位を盛大に祝うには、やや時間が経ちすぎたのは仕方がない。
皇帝が即位するまでには血なまぐさい争いがあった。父王が身まかったあと、五王子がそれぞれ麾下を率いて争い、生き残ったのが今上帝である。残党を狩り、あるいは篭絡し己の配下に組み込んでようやく天下は太平になった。
そのための式典なのだ。
初めて主の顔を見る、まだ年若い、あるいは上級ではない官吏たちも多い。そういう者たちは皇帝を盗み見て、その隣に座る皇后を見て歓喜に震える。そして皇帝が背後に引き連れた白い衣装に身を包んだ背の高い若者を認めて、あ、と一様に息を呑んだ。
白。あるいは銀。遠目にわかるのはその特異な色味だけ。
鮮やかな龍や鳳凰の刺繍で彩られた袞服を身にまとった皇帝と対照的に、その人物は白を基調とした衣装を着ていた。
即位十年という、めでたい祝賀の場だというのに袖にも裾にもきらびやかな刺繍はされていない。袖に銀色の糸で左右に番の鳥が描かれているのも近くに行かなければわからなかっただろう。
中明殿の中、さらに皇帝の背後にいるとあっては青年の詳細な容貌までは窺えない。
だが老人でもないのに白い髪を……否、遠目には白と見紛うような銀色の長い髪を惜しげもなく背中に流している者が誰なのか、ここに居並ぶ百官の誰もが……いいや皇都に住まう誰もが知っているだろう。
「天聖君。……あれがそうか」
ぼそりと口にしたのは百官の左右にわかれた左、武官の高い位置に場所をとっていた男だった。思わずというより、たしかな感情を乗せたせいで思いのほか大きな独り言になってしまう。
武官のつぶやきが耳に入ったのか、隣にいた赤い髪の青年がわずかに目を細める。こちらも皮甲に身を包んでいるが顔をさらしている。
頬にわずかな幼さが残る青年の年のころは人で言えば二十歳かそこら。髪も緋色で瞳も赤で、揺らぐ炎を思わせる。青年は視線だけを横の男のほうへ動かすと、あれがそうだとも、と鷹揚に応じた。
「真君。貴兄ともあろう者が彼の方に会うのは初めてか」
「会ってなどいない。下から仰ぎ見ているだけだ。噂以上の……美貌の主でいらっしゃる」
「はっ、相変わらず目がよいな。真君」
「あいにく、取り柄はそれくらいなのでな」
真君と呼ばれた男は、どこか皮肉な声音で鼻を鳴らした。目深にかぶった兜の下、鋭い眼光を隠しもせずに皇帝を飛び越えてその背後に向かわせる。
「迦陵頻伽の一族が美しいのは今さらなことではあるが。あの一族は誰も彼もまるで人形のように美しい」
褒め言葉だが、口調には棘と悪意がある。
「仕方がない、天帝があの一族をそのようにお作りになったのだから」
周囲の歓声にまぎれてふたりはなおも会話を交わす。
「貴殿はアレを見知っているのか。焔公よ」
焔公と呼ばれた青年は再びうなずく。
「つい先日、久方……二十年ぶりに都に入ったのでな。その日に主上に挨拶に伺った。そのときに言葉を交わしただけだが……。生真面目な御仁だ」
「ふん」
齢がそもそも二十歳にしか見えぬ青年の二十年ぶりという言葉に真君は特に驚きもせず、視線を迦陵頻伽の若者から皇帝に戻した。
皇帝の在位は今年で十年。
堂々たる様子で百官を睥睨する皇帝劉文護は、外見は三十過ぎの男盛りだが、齢は百を超えたはずだ。ここで皇帝を仰いでいる真君も焔公もそろそろ百に手が届こうというもの。
――みな、神族なのだから年齢と外見がそぐわないのは仕方がない。
この世界の中央に位置する大華皇国には、二種類の人間が住んでいる。異能を持ち数百年の時を生きる神々の末裔を自称する神族と、数十年を駆け抜けていく人間。
国の中枢を担う者たちは、飛び抜けて優秀なひと握りの人間を除けば九割九分、人ではない。焔公も真君も無論、神族だ。
「……兄上は、何をお考えやら」
真君は今度は誰にも聞こえないように独り言ちた。兜の影で色が見えない瞳で皇帝を見つめながら鼻に皺を寄せる。
各所で皇帝を称える声が上がる。その歓声を聞き流しつつ、ギリと歯ぎしりした。
皇帝の背後に澄ました顔の美貌の青年がいるのが。
――気に食わぬ。
と思う。
大華が建国されて三千年あまり。
初代皇帝は、森羅万象の主である天帝が、その妻女禍と共に作ったヒトガタであった……と言われている。
天帝と同じく額に第三の瞳を持つ稀有な異能をもったヒトガタは肉体を得て、知恵を得て、武力を得て。地上に下るや、たちまちに天下を手中に収め、数多の神族をその配下に従えた。そうして作られたのがこの「大華」である。
天帝と女禍はこの「息子」の功績をおおいに喜んで、祝いとして彼に美しい番の鳥を贈った。迦陵頻伽という鳥だ。
銀の羽に金色の瞳、歌う声は天上の音曲。
やがて鳥は主を真似て人の姿を取り、皇帝と交わって彼の娘と息子を多く産んだ。さらには迦陵頻伽同士でも交わってその数を増やすと、その子どもたちも互いに婚姻して一族を成す。その末裔がまさに「迦陵頻伽」と呼ばれる一族だ。
金か銀色の髪をして、薄い青や紫の瞳を持つ美しい神族。一族以外と番うと、その美しい色彩は次代には受け継がれない、不思議な神族だった。
裏を返せば他種族が迦陵頻伽の妻や夫を持てば、その形質は迦陵頻伽では「ない」ものを受け継ぐことになるのだから、この国の始祖は子どもたちに厳命した。
『皇帝の妻は、迦陵頻伽の一族の娘でなければならぬ。皇帝の宰相は、迦陵頻伽の一族から出さねばならぬ、彼らは我が一族の同胞。尊ぶべし』と。
それから三千年あまり。迦陵頻伽の一族はほかの神族よりも優遇され、準皇族としての扱いを受けてきた。
さすがに歴代のすべての皇帝が迦陵頻伽の皇后をめとったわけではないが、どの時代でも皇帝の傍らには迦陵頻伽の一族の長が宰相、天聖君として控えている。
ゆえに迦陵頻伽の長は「王の鳥」と呼ばれる。
――皇帝の正妃は争いの最中、病を得て崩御した。次の正妃には迦陵頻伽の娘がなる、ともっぱらの噂だ。おそらくその娘は新しい天聖君と近しい者だろう、とも。
だからと言って、真君は眉間に皺を寄せる。
――皇位を争う熾烈な戦を共に駆けた先代の天聖君ならば、いざしらず。
戦の最中呑気に崑崙にこもって西王母の側近になろうとしていた男が兄の死を幸いと、皇帝のそばに控えている。
――ありえぬ。
真君はギリと再度歯ぎしりをした。舌打ちして、文句を口にしようとして理性で抑える。口元には犬歯がチラリと見えた。
まるで獣のようだ、と真君を真正面から見る者がいれば、そんな感想を抱いたかもしれない。
百官を睥睨する皇帝を仰いでいると、目が合ったように思う。まっすぐに見つめ返すと、皇帝は、ふっと笑ったように見えた。仕方のない奴々め、と呆れた声が聞こえる気がする。
モヤモヤとした思いを引きずったまま式典はつつがなく終わり、宴に移行する。つまらんと思ってやや離れたところで酒に溺れる同輩を眺めていると、笑い含みの声が聞こえてきた。
「めでたい日だというのにずいぶんとつまらなそうな顔をしているな。真君は何か不満か」
振り向けば護衛をひとりだけ従えた皇帝、その人が立っていた。
「主上」
慌てて拱手して礼をとると、よい、と彼は鷹揚に微笑む。
「楽にせよ。……おまえの行儀がよいのは気味が悪い」
「兄上。それはあまりな言われようでは?」
真君……西域の主たる煬真君はむっと口をへの字に曲げた。それから気を取り直して、再び頭を下げる。
「改めて即位をお祝いいたします。……十年、長うございましたな」
「実に」
言葉短く皇帝は応じた。
皇帝劉文護は、先帝の五男。身分の低い母を持ち、もともとは到底玉座に座るような立場ではなかった。皇宮に居場所もなく、若いころは祖母を頼って真君の一族が治める西域で暮らしていた。
真君が懐いたのはこのころ。幼い真君は『文兄、文兄』と彼を慕って育ったのだった。血の繋がりは薄いが今でも「兄上」と呼ぶのはその時代の名残。文護が長兄の圧政に叛旗を翻した際にはいの一番に恭順したし、腹心の部下といえば己だという自負があり、
『兄上に一番近いのは俺であるべきでないか! 先代の天聖君が生きていたならばいざ知らず』
……という不満がある。先代天聖君は、幼いころから劉文護の親友だった。麗しく、才気煥発で武芸にも長け、おおよそ欠点というものがない御仁だった。
兄と慕う劉文護を盗られたようで、真君は正直なところ仲紘を好きではなかったが、玉座を争う熾烈な戦の中での彼の数々の功績はゆるぎないものであり、「皇帝劉文護」の隣に立つのは青仲紘でなければならぬ、と納得はしていた。
その仲紘が急な病で呆気なく亡くなり、代わりに皇帝のそばに立つのがあのぽっと出の、戦に参加してもいない弟か、と。
そういうわだかまりが心の裡にある。
「おひとりで歩き回ってよいのですか、皇帝ともあろう方が」
苛立ちを隠しつつ、真君はたずねた。
普通、酒宴で主人は席を外さぬものだが、皇帝もほかの面々も好き勝手に歩き回っている。護衛を連れているとはいえ不用心だ。
「式典の間中、不機嫌な視線でこちらを見ていたおまえが気になってな。追いかけてきたのだ」
いたずらめいた顔で微笑まれては矛を収めるほかない。
「目つきが悪いのは、昔からです。兄上」
「おまえが不機嫌だと周囲が怖がる。いつものように笑っておれ」
承知しました、と頭を下げる。
「あとで紹介したい者がいるしな」
「紹介?」
皇帝は半歩足をずらして、斜めうしろの方角を見た。皇帝の視線を追いかけると、重鎮に囲まれて静かに話をしている青年を視界にとらえる。
銀色の髪、白皙の肌、紫の瞳。絵に描いたような美形だ。女官や数少ない女性の武官がチラチラと盗み見るのも、まあわからないではない。気に食わぬが。
「当代の天聖君と引き合わせよう。祥はおまえと年が近いし、あれで剣術もたしなむ。――きっとおまえと馬が合うだろう」
「……御意」
紹介される必要などまったくない、うらなりと俺の腕を比べてもらっては困る、と心中で反発するが、皇帝の眼前でそれを出すほど子どもではない。
――いや待て、と意地悪く考える。
「当代の天聖君が楽ではなく、剣術をお好みだとは知りませんでした」
迦陵頻伽は歌舞音曲を得意とする一族だ。一族の者ならば皆、何かしらの楽器を奏でることができるとも聞く。
「崑崙にいたころ、仙術ではなく剣ばかり好んで学んでいたとか」
神族は異能を持つ者が多い。その異能を体系立てて術にしたものが「仙術」だ。崑崙は仙術を学ぶ場所。
「それはよい。ぜひ一本、お手合わせ願いたい……」
何の苦労もなく晴れの場に出てきた若造に少々痛い目を見せてやる。
悪意を隠すために目を伏せて、真君は拱手をして主人に頭を垂れた。
◆
「天聖君、先日は世話になった」
緋色の髪をした若者に名を呼ばれ、それが己のことだと気づくのにわずかな間がある。
天聖君は兄のことだ、自分ではない……、と祥は無意識にとうにいない人を捜してわずかに歯を食い縛る。あらためて声の主の涼やかな瞳を見つめ返した。
「焔公」
互いに軽く挨拶をする。
髪も緋色ならばこちらをまっすぐに見据える瞳も、赤。彼も傑物と名高かった兄の座を労せず手に入れた男がどのようなものか見に来ただけやもしれぬと多少疑心暗鬼になりつつ向き合う。青年が現れると今の今まで祥を囲んでいた幾人かの文官たちはサッと身を引いた。それを一瞬おもしろそうに見た焔公は口の端だけで笑う。
「申し訳ない。歓談を邪魔したか」
「お気づかいなく。あちらが一方的にさえずっていただけなので」
先ほどまでそばにいた面々の歯が浮くような美辞麗句と顔を思い出しながら祥はぼやく。
祥の皮肉がおもしろかったのか、クッ、と焔公は喉を鳴らした。
南方の雄、焔氏の長、焔公だ。つい先日、彼が皇帝に挨拶に現れたときに祥は同席していた。わずかばかり言葉を交わしただけだが、印象的な青年なのですぐにわかった。
彼の登場に、それまでうんざりするほど近寄ってきていた烏合の衆がばらけていく。焔公を避けたのだろう。
――焔氏は昔から国の中枢と関係が芳しくない。
先だっての内乱では皇家の諍いをこれ幸い、と一族だけの独立国を建てようとした。皇帝が兄たちを打ち破り平定まであと一歩となった時分でも、彼らは皇帝への恭順を嫌がった。
焔氏は暗に独立を匂わせ、皇帝側がそれはならぬと怒りをあらわにし、開戦まで一触即発のところまできて――皇帝が自ら南方に出向いて目の前の男を口説き落とした。
なんとか「公」という形で配下に加えて一年。彼が反旗を翻すのではないか、と周囲はヒヤヒヤと監視しているといったところか。
彼ら焔族は気性の荒さも有名で、それもあって諸官からは恐れられ、敬遠されている。
「さえずる、か。きれいな顔で天聖君はおもしろいことを言う」
「……はあ」
祥は気のない返事をした。目の前の男にきれいと言われるのは何やら違和感がある。
横暴で好戦的な一族という評判から「焔族の長」は筋骨隆々の粗野な男だろうと想像していたが、眼前の焔公はいかにも貴公子然としていて非の打ち所がない容姿の青年だ。都ではなかなか見かけない見事な緋色の髪と瞳もあいまって蠱惑的ですらある。
皮甲でさえ贅をこらした設えの見事なもの。だが、それを派手にも不自然に感じさせない気品があった。
一族を率いるべく幼いころから人の上に立つ者として育ってきたからだろう。少ない会話であるにもかかわらず、まるで王侯と話しているような気分になる。こういう場が似合う人だな、と妬ましささえ感じながら祥は苦笑しつつ改めて軽く礼をとった。
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