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マリ・シンジュ

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新城、二回目の施術

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1. 赤いインクの熱

アトリエに差し込む光は、窓ガラス越しに温度を奪われ、薄氷のように冷ややかだった。 施術台に横たわる新城は、ただ静かに脚を割り、白い内腿を無防備に晒している。

皮膚の深層を叩く機械的な振動。それはやがて神経を逆撫でするような、甘い疼きへと変質していく。 新城は表情ひとつ変えず、押し寄せる刺激を黙って受け入れた。

新城:(下絵を見たあの瞬間から、俺はこれを求めていた。理屈じゃない。……抗えるはずもなかった)

羽生は身を乗り出し、獲物を定める獣の眼差しでその光景を眺める。 新城の肌から立ち昇る、微かな汗と体温の混じった匂いを、肺の奥まで深く吸い込んだ。 羽生の視線はもはや物理的な質量を持ち、新城の剥き出しの肌を、愛撫の感触をなぞるように執拗に舐めとっていく。

羽生:(針が沈むたびに、先生が細く震える。その「赤」が肌に馴染んでいくのを見るだけで……喉が渇いて、おかしくなりそうだ)

針が往復するたび、インクに鮮血が混じり、鮮烈な深紅が密度を増していく。 鉄臭さと生々しい香りが、羽生の奥底にある飢えを呼び覚ます。 同時にその赤は、新城の白さを救済するような、淫靡で慈悲深い色彩にも見えた。

羽生はあえて目を合わせず、指先を震わせながら必死に平静を装った。 溢れ出す血の粒に釘付けになるほど鼓動は早まり、呼吸は肺を焼くように熱い。 羽生はさらに身を寄せ、新城の耳元に、熱に浮かされたような湿った吐息をこぼした。

羽生:「ね、先生。この赤、綺麗だろ? あんたの体温が、僕の名前を覚えるための色だよ」

新城の口元が、感情を抑え込むように微かに引き締まる。

新城:「……っ、大袈裟だ。勝手な意味をつけるな」

言葉とは裏腹に、新城の喉仏が堪えきれない期待を飲み込むように小さく上下した。 羽生の放つ甘い気配と、内腿を貫く疼き。二つの熱が重なり、新城の思考はぷつりと途切れた。

大学の講壇に立つ自分。スーツの裾から覗く、この禍々しい彩り。 羽生の唇がそこを覆い、意識がすべて吸い尽くされる――。

新城:(……くそ。体が、勝手に……っ)

Mariが洗浄液を含んだコットンで、余分なインクと血を拭い去る。 一瞬だけ熱が引くが、露わになった肌には、緻密なレース模様がくっきりと浮かび上がっていた。 長時間強られた体勢のせいで、脚の付け根の筋肉が微かに攣れ、新城の足の指先が白くなるほど丸まった。

羽生は刻まれていく装飾を、食い入るように目で追った。 額には、自制の限界を示す薄い汗が滲んでいる。

羽生:(……一生、消えない。明日から先生がどんなに冷静に振る舞っても、この肌の下には、僕がつけたこの色がずっと残ってるんだ。……落ち着け、まだだ。ここで手を出したら台無しになる)

針はリボンの結び目の中心、孔雀の目玉を模した核心部へと移行する。 マシンの駆動音が低く、威圧的な響きに変わった。 感覚は最も鋭い疼きを刻む場所に集中し、新城は逃げ場が完全に塞がれたことを肌で感じ取る。

針は一点を執拗に、時間をかけて深く貫き、粘り気のあるインクを注ぎ込んでいく。

新城:「……っ、あ、……っ」

耐えきれず漏れた声は、掠れて湿り気を帯びていた。 針が骨まで響くたび、新城の腰がわずかに浮き、衣服の擦れる音が生々しく響く。

新城:(神経を、直接……焼き潰されて、いるみたいだ……っ!)

中心の瞳孔が完成し、Mariが余分な赤を拭い上げる。 タトゥーはまるで、愛を求めて脈打つ生き物のような色合いに変わった。 羽生はその不可逆な現実に、激しい陶酔を覚える。

羽生:(これで核はできた。……だが、僕が冷静でいる限り、あんたは壊れない。この自制こそが、僕なりの愛なんだ)

2. 視線の不在と、再び重なる熱

羽生は自身の指先が目に見えて震えていることに気づき、奥歯を強く噛み締めた。 これ以上の同席は、自身の衝動を暴発させかねない。彼は一度、逃げるように席を立つ。

羽生:「Mariさん、すみません。少し……中座します。すぐ戻るから」

立ち去る際、羽生は新城の耳元に顔を寄せ、低い声で呪いのように言い置いた。

羽生:「先生。すぐ戻る。……この色のこと、ずっと考えてて」

羽生の視線が肌から外れる。ドアが静かに閉まる音。 視線の重圧から解放されたはずなのに、一人残された新城を襲ったのは、内腿の「赤」が急激に冷えていくような、妙に落ち着かない空白だった。

新城:(……ずるい男だ。こうして、俺を独りにするなんて……)

羽生が不在の間も、容赦のない針の音だけがアトリエに響き続ける。 逃げ場のないその音に意識を削られながら、新城はただ、刻まれていく熱に耐えていた。

やがて、静かにドアが開く気配。 戻ってきた羽生は、どこか一度「放たれた」後のような、冷ややかですらある整った笑みを浮かべて元の位置に座る。影になった肌の起伏にまで這わせるような視線に、新城の皮膚は粟立ち、意識はふたたび一点へと繋ぎ止められた。

それからもしばらくの間、沈黙の中で施術は続いた。 羽生は一言も発さず、ただ新城の肌にインクが沈み、赤が深まっていく様を見つめ続けている。 新城はその視線に晒されながら、終わりのないような痛みの反復に身を委ねるしかなかった。

ようやく、マシンの駆動音が止まった。 Mariが最後の手入れとして、肌をいたわるように専用の洗浄液をたっぷりと含ませたコットンを当てる。 余分な汚れが洗い流されるたびに、新城は微かに身体を震わせ、その冷たさと痺れるような残痛に耐えた。

施術の終了とともに、羽生が静かに立ち上がる。 新城は羞恥を覚えながらも、瞬時に教授としての仮面を被り直した。

羽生:「お疲れ様、先生。完璧だね。痛みはもう大丈夫?」

羽生の声は穏やかだが、新城に向ける瞳の奥には、抑えきれない渇きが滲んでいた。 彼は新城の傍らで膝をつくと、タトゥーを避けて、その少し上の付け根にひんやりとした手の甲をそっと押し当てた。

羽生:「でも、これだけ熱くなってる。……冷やそうか?」

その気遣いに、新城は抗えず目を閉じ、低く息を吐き出した。

新城:「……っ、刺激、が、強すぎた」

羽生はそっと新城の手を包み込んだ。新城の指先が、まだ微かに震えている。

羽生:「そうだね。だから、僕が看病するよ」

手の甲に、小さく唇を寄せた。 人前でこんな真似をされることに新城は息を呑み、動揺を隠せないままわずかに目を見開く。

羽生は新城の腰を抱き寄せると、彫り終えたばかりの熱い箇所を避けながら、そこを逃がさないようにぐっと指先に力を込めて掴んだ。 早く家で休ませてやりたいという気遣いと、一刻も早く自分だけの場所に連れ去りたいという焦り。

相反する温度が、服越しにじかに伝わってくる。 羽生の手は、冷やそうとしているはずなのに、その内側には新城の肌を焼き切るような狂おしい熱が籠もっていた。

新城:「……ああ、上がれる」

掠れたその声が、ようやくこの場を去れる合図となった。 Mariは滑らかな動作で近づき、最終的な保護作業に入る。 肌の熱を封じ込めるように、清潔なラップが内腿にぴたりと密着させられた。

新城が立ち上がろうとした瞬間、アトリエに漂っていた空気は一瞬で引いていった。 羽生は腰からそっと手を離し、立ち上がる彼を支えるための、ごく自然な介助の動作に切り替えた。

新城は羽生の手に頼りながらも、自力で服に着替えを済ませる。 身なりを整えた彼は、人を寄せ付けないいつもの落ち着きをすでに取り戻していた。

二人がドアの前でMariに向き直る。

新城:「Mariさん、ありがとうございました。見事な技術です。ディテールについては、また後日相談させてください。おかげで、彼も大変喜んでいます」

新城は落ち着いた声で感謝を述べた。 Mariは微笑み、アフターケアの注意を淡々と伝えた。 

新城:「承知しました。努めます」

羽生は新城の隣で、礼儀正しく深く頭を下げた。

羽生:「先生のケアは、僕が責任を持って行いますので。じゃあ、Mariさん、失礼します」

Mariの見送りの声を背に、羽生は新城の背中の、誰にも見えない位置にそっと手を添えた。 ドアノブを掴む直前、羽生は耳元にだけ聞こえるほどの低い声で囁いた。

羽生:「『大変喜んでいます』、だって? あんたが本当に喜んでいるかどうか、家で、その喜びをちゃんと証明してよね、先生」

新城は一瞬呼吸を詰まらせたが、その手を振り払うことなく、僅かな力を込めてその存在に応じた。 羽生は満足げな笑みを浮かべたまま、その場を動かない。 新城は振り返ることなく、一人アトリエの外へ踏み出した。

♡あとがき♡
喜びは証明されますよ。お楽しみに!
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