刻印

マリ・シンジュ

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後始末

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*陥落の清拭

1. 証拠の回収

部屋を支配していた狂おしい駆動音と、新城の四肢を跳ねさせた激しい振動は、嘘のように遠のいた。後に残ったのは、鼓膜の奥で鳴り止まない耳鳴りと、刺すような沈黙だけだ。

新城は、底なしの泥沼に沈んでいくような感覚の中にいた。指先ひとつ動かす自由もなく、肺はただ、熱く濁った酸素を浅く求めることしかできない。肌には、自分と羽生が混じり合った乾きかけの体液が、糊のようにこびりついている。背後から腰を抱く、羽生の身体の重みと体温だけが、剥き出しの現実だった。

意識の空白。理性が追いつかず、機械の振動に身体だけが先に反応して意識を手放した――その「事実」が、冷え切った汗とともにじわりと肌を伝う。

それが、いつの出来事だったのか、新城にはもう判別がつかなかった。
直前の記憶も、今この瞬間も、同じ濁った水の底で重なり合っている。

新城の肩がピクリと動いた。それが拒絶なのか、ただの反射なのか、本人にも分からなかった。だが、その強張りとは裏腹に、羽生の腕の中に収まった肉体は、与えられた暴挙を肯定するように熱く、ローターに掻き回された内側の粘膜が、異物がいなくなった後も、なおその形を記憶したままヒクつく。

新城は鉛のような倦怠感を振り切り、シーツの上で腰をわずかに捩った。 だが、その微かな動きを、羽生は逃さなかった。

羽生:「……ん。……先生、分かる? ……ちゃんと、戻ってきた?」

髪の生え際に、湿った唇が押し当てられる。眠りから覚めたばかりのような、独占欲に満ちた甘い囁き。新城の背中に押し当てられた胸板から、暴力的なほど力強い鼓動がドクドクと伝わってきた。

新城:「……っ、おま、え……。……っ」

掠れた声は形をなさず、湿った空気となって消える。 羽生は新城の極度の羞恥を愉しむように、首筋に鼻先を擦り寄せ、汗と潤滑剤が混じり合った濃厚な匂いを深く嗅いだ。

羽生:「……よかった。身構えなくていいよ、先生。……止めたから。今は、崩れない。……ほら、僕の印……ちゃんと、残ってる」

落ち着き払った声には、事態が最悪の方向へ転がらなかったことを確認した者だけが持つ、張り詰めた安堵が含まれている。 新城は一度だけ、ひどく乱れた呼吸を吐き出した。反発する気力さえ、羽生の体温に溶かされていく。

やがて羽生は、名残惜しそうに新城の身体を離した。キッチンから戻った羽生の手には、温かなタオルがある。彼は新城の上に覆いかぶさると、汚れた肌を、自分が引き起こした事態を回収するような手つきで、丹念に拭き取り始めた。――証拠を残さないために。

肌を滑る熱いタオルの感触が、かえって意識消失中の醜態を想起させる。 自分のナカから溢れ、腹を汚した白濁が拭われるたび、新城は視線を逸らし、奥歯を噛み締めた。自分がどれほど淫らに果てたのか、その物証をひとつひとつ、羽生の指が確かめるように、なぞっていく。

向けられた視線の熱さに、新城の喉がひきつり、小さな呻きが漏れた。

新城:「……っ、いい。……自分で、やる。」

震える腕で身体を起こそうとしたが、肩に置かれた羽生の手が、即座にそれを封じた。

羽生:「ダメ。……今は、動かなくていい。……僕がやる。……先生、さっき無茶したでしょ。だから……せめて、ここまでは僕にさせて」

羽生は抗議を無視し、タオルの先で股の内側を、まだ熱を孕んで閉じきらない粘膜のキワまで、指を割り込ませるようにして拭い清める。 

そして、鮮やかに浮き出た孔雀の印を、陶酔しきった瞳で見つめた。羽生に掻き回され、柔らかく解されたそこが、無意識に彼の指を求めてキュッと窄まる。

新城:「……っ、見るな……!」

羽生は答えず、満足げに目を細めると、タオルを放り出して再び新城の背後に滑り込んだ。 先ほどよりも深く、骨まで軋むような強さで抱きしめる。

羽生:「僕の印は、ちゃんと綺麗だよ。……安心して、先生。あんたの身体が、こんなに熱くなって守ってくれたんだから。」

耳朶に熱い吐息が注がれる。満たされたはずの欲望が、再びドロリと濁り始める気配。
2. 逃げ道のない宣告

羽生:「……これ、さ。……ちょっと、やりすぎた。……分かってるよ。でも……途中で止めるほうが、もっと怖かった」

新城の腰を強引に抱き寄せ、羽生は自身の、既に次の熱を帯び始めた「芯」を、新城の臀部に強く押し当てた。 先ほどまで機械に蹂躙されていた場所に、今度は「生身の硬さ」が容赦なく食い込む。その圧倒的な質量と脈動。

新城:(……違う。これは、違う)

思考はそう結論づけようとしていた。
だが、その言葉は形になる前に喉の奥で潰れ、代わりに、羽生の体温だけが異様な現実味をもって迫ってくる。

機械の振動は、たしかに終わった。
それなのに、内側に残った熱は引かず、むしろ――誰かの意思を待つように、そこに在り続けている。

恐怖だと理解している。
逃げるべきだとも、判断はしている。
それでも、新城の身体は、判断とは無関係な場所で、わずかに羽生の腰へと寄ろうとした。

――自分が今、選ぼうとしているのではなく、選べなくなりつつあることだけが、はっきりと分かっていた。

羽生:「……覚悟、しておいて。次は……今日より、たぶん、もっと来る。……先生が一番、踏ん張ってる時に……ちゃんと、逃げ道、塞ぐから」

新城の視界が、予期される次の衝撃に白く明滅した。 もはや拒絶の言葉は浮かばない。ただ、抱擁の中で小刻みに強張るその身体は、意思とは無関係に、次にくる破壊を待ちわびるかのように、羽生の熱へと引き寄せられていった。

羽生:「……少し休んで。……今日は、ここまででいい。……無理させると、また僕が止まらなくなる」

羽生は、震え続ける背中に優しく毛布を掛けた。その手つきは、慈愛を装った確信に満ちていたが、掛けられた毛布の重みが、意識を再び暗い底へと沈めていく。

​*管理の夜

1. 管理された滋養

​新城は、食卓に着いた瞬間に違和感を覚えた。
皿の配置も、照明の落とし方も、完璧すぎる。背筋を伸ばしたはずなのに、肩の力が抜けない。

――静かだ、と認識するより先に、脳の神経系が「支配が終わったあとだ」と理解し、強制的にシステムをシャットダウンさせようとしていた。

​羽生が用意した夕食は、驚くほど簡素だった。湯気の立つスープと、軽く焼かれた白身魚。消化のよさだけを追求した献立が、過不足なく並んでいる。
新城は、ただ無機質な皿を見つめた。

新城:「……ずいぶん、気を遣った内容だな」

喉の奥が焼けつくように乾き、声は掠れている。羽生は皿を置きながら、曖昧に笑った。

羽生:「今日はね。先生、まだ“戻りきってない”から」

​その言葉が、数時間前に機械的な高周波振動に翻弄され、自らの体液を撒き散らして意識を飛ばした記憶を、強制的に引き摺り出す。限界を超えて焼き切られた受容体が、今も体内をかき回されるような残響を幻視させていた。 

新城は不快感を押し殺すように、スプーンを握る手に力を込めた。本来ならその手を振り上げ、羽生の顔を殴りつけるべきなのだ。だが、神経伝達物質が枯渇している今の彼には、その怒りを肉体の挙動へと変換するだけのエネルギーさえ残っていなかった。

​二人は向かい合って座ったが、その距離は妙に遠い。羽生は一切、触れてこない。だが、新城がスプーンを落としそうになるたび、その視線が鋭く飛んでくる。

保護という名の監視。新城にとって、同意なき慈愛は侮辱に他ならない。だが、その侮辱を跳ね除けるための牙は、すでに根元から折られていた。

​新城は、泥をすするような思いでスープを嚥下した。滋養が身体に染み渡る感覚すら、羽生という異物に内側から塗り潰されていくようで吐き気がする。だが、これを拒んで寝たきりでいることは、今の自分にとって何より耐え難い敗北だった。動くために、彼は自ら屈辱を胃に流し込んだ。

​新城:「……食事まで管理されるとは思わなかった」

羽生:「嫌?」

即座に返ってきた問いに、新城は答えられなかった。
嫌だ、と突き放す気力さえ残っていない。かといって肯定すれば、それは人間としての権利を放棄した敗北の宣言になる。彼は折れそうな理性を「合理性」という名の冷徹な鎧で強引に包み隠した。

新城:「……合理的だとは思う」

――だがそれは、受け入れたという意味ではなかった。単に思考の摩耗を防ぐため、反論を放棄しただけだ。
​羽生は小さく頷き、それ以上は踏み込んでこなかった。

その沈黙が、判断を委ねているのではなく、すでに決められた前提の上で与えられた猶予に過ぎないことを、新城は理解していた。ただ、理解したまま従うしかない場所に立たされている――そんな沈黙だった。

その踏み込まない距離が、かえって新城の神経を逆撫でする。新城は、空になった皿を睨みつけた。
​慈愛に満ちた栄養で満たされていく恐怖。

羽生に「生かされる」ことを受け入れた瞬間、新城の自尊心は、空になった皿と同じように、音もなく底が抜けた。――それでも皿を返したという事実だけが、「彼は今も正しい選択をしている」と錯覚させる、最後の罠だった。
​羽生が食器を下げる。

羽生:「お風呂、先にどうぞ。長湯はダメだから」

新城:「……指示が多いな。俺は子供ではない」

羽生:「だって先生、言わないと無理するでしょ。僕の大事な印、これ以上赤くさせたくないんだ」

​新城は立ち上がりかけて、一瞬だけ羽生を振り返った。その瞳には、かつての厳格な教授の面影が、辛うじて灯っている。

新城:「……お前は、どうするんだ」

羽生:「あとで。ちゃんと戻ってくるところまで、見届けてから」

慈愛の言葉で包まれた、完全な飼育。新城は何も言わず、閉じられた浴室へと向かった。

​2. 身体の自動改定

​浴室の扉が閉まる音が、思いのほか大きく響いた。
新城は一度だけ深く息を吸い、服を脱いだ。鏡を見ることは避けた。自分の身体に、羽生の指の熱や、ローターの駆動音がこびりついているような錯覚が消えない。

​湯はすでに張られていた。温度はいつもよりほんの少し低く、それが羽生による配慮――あるいは制限――だと、すぐに察しがつく。

湯船に身を沈めた瞬間、弛緩しかけた筋肉が、羽生の言葉を思い出して即座に強張った。心地よさを感じる暇さえ与えられない。理性が抗うより先に、蹂躙された肉体のほうが、彼の禁忌を犯すことを何よりも恐れていた。

​自分の体温調節さえ羽生の手中にある事実が、肌を刺す。楽になるというよりは、もはや抗う気力さえ強奪された感覚に近かった。長湯は許されない。その無機質な呪縛だけが、過敏になった耳の奥で警報のように鳴り続けていた。

​浴室を出ると、廊下の明かりは落とされていた。寝室の扉だけが、細く開いている。
羽生はベッドサイドに腰掛け、スマートフォンを伏せていた。新城の足音に気づくと、顔を上げる。

羽生:「無理、してない?」

新城は首を横に振った。それが問いへの返答なのか、絶望の合図なのか、自分でも判別がつかなかった。
​羽生は何も言わず、ベッド脇のスタンドライトを落とした。部屋はすぐに、輪郭だけが残る暗さになる。

羽生は、それ以上触れなかった。
新城の背中はどこにも行けなかった。
​新城は横になり、天井を見つめた。思考の輪郭は、羽生の体温が伝わってくる背中から溶け出し、形を成す前に消えていく。

抗うことさえ放棄させる強制終了。その悍ましい静寂が、泥のように重く自意識を飲み込んでいった。その逃れられない安息を「安らぎ」だと一瞬でも本能が誤認したことに、彼は暗闇の中で絶望した。

​次に目を開けたとき、カーテン越しの光が部屋を満たしていた。
眠った、という自覚だけが残っている。夢も、眠りに落ちた瞬間も、何一つ思い出せない。身体は動く。痛みもない。

だが、かつて彼を突き動かしていた苛烈なまでの自尊心が、脳内から掃き出されたように空虚に凪いでいた。その焼け野原のような静寂こそが、何よりも彼を戦慄させた。

​眼鏡を掛け、レンズ越しに世界を切り離す。――だが、自分が今立っている場所が、羽生の手で丁寧に掃き清められた「檻」の中でしかないことを、彼はもう知っている。

そして、その檻が差し出す安息という名の毒を、一瞬でも求めてしまった自身の生物的な敗北。彼は剥き出しの自己嫌悪で、ただ冷酷に、己を切り刻んでいた。
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