刻印

マリ・シンジュ

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計画通り

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​新城は書斎でデスクに向かい、何事もなかったかのように医学書を追っていた。折り目の正しいシャツを喉元まで留め、眼鏡を掛けたその姿に、隙はない。

カチャリ、と控えめな音を立てて、羽生がコーヒーカップを置いた。

羽生:「先生、ちょっと聞いてほしいことがあって。……一昨日、Mariさんに『内緒のお願い』をされちゃって」

新城の指先が、ページを繰る途中で止まった。視線は紙面にあるが、意識は隣に立つ羽生へと向けられる。

新城:「……施術のとき?」

羽生は椅子の背に手をかけ、新城の肩にそっと顎を乗せた。羽生のしなやかな体躯が、上から新城を包み込むように影を落とす。

羽生:「うん。僕をカタログのモデルにしたいんだって。顔は出さないし、僕の腰の羽根を、最高の芸術として記録に残したいって。先生にはまだ内緒で、まず僕の意思を確かめたかったみたい」

新城の肩が、微かに強張る。自分がすぐそばにいながら、知らないところで羽生の身体が「素材」として求められていたという事実。その空白の時間が、新城の奥底にある独占欲をチリチリと焼いた。

羽生:「先生は、Mariさんに感謝してるでしょ? 僕の一部を、先生だけの『芸術』に仕立ててくれた恩人なんだから。……彼女の頼みを断るなんて、先生のポリシーに反すると思わない?」

新城は、中指の先で眼鏡のフレームを押し上げ、目を伏せた。「Mariさんへの義理」という大義名分。それは、新城が自分の嫉妬心に蓋をし、「理解あるパートナー」を演じるための唯一の逃げ道だった。

新城:「……Mariさんの仕事に対する敬意は、俺も持っている。君が彼女のキャリアに貢献したいというなら……止める理由は、ない」

羽生:「ありがとう、先生。やっぱり先生は、僕の自慢のパートナーだ」

羽生は満足げに微笑み、新城の髪を指先で弄んだ。

羽生:「先生が背中を押してくれたから、踏ん切りがついたよ。……それでね、肝心の撮影なんだけど。先生、少し先の予定、見てもらえるかな」

新城は促されるまま、デスクの端にある手帳を開いた。羽生が示したのは、数ヶ月も先に記された、――半年後の、新城にとっては避けて通れない重要な学術会議の期間だった。

新城:「……っ。この時期か。……よりによって」

羽生:「あ……本当だ。埋まってるね。撮影、ちょうどその期間の中日なんだ」

細い指が、整然と並ぶ予定の上をなぞる。
――出来すぎている話だ。
だが、目の前の羽生は「困った被害者」の顔を崩さない。新城は、自分の社会的責任に縛られ、ただ見送るしかない無力感に、静かに息を詰まらせた。

羽生:「……やっぱり、一人で行くしかないよね。カメラマンも、ライトを当てる人も、知らない人ばっかりだけど。……誰かにあの『印』を見られるの、本当は怖いけど。先生が仕事なら、僕、一人で耐えてくるよ」

新城は手帳の余白を睨み、苦渋を滲ませた。数ヶ月後という十分な猶予がありながら、社会的な立場がそれを許さない。羽生を一人、衆目に晒されるスタジオへ送り出すという事実が、重い鉛のように胸に沈む。

新城:「……済まない。その期間は、どうしても動くことができない。……一人で行かせることになってしまうが」

羽生:「いいんだよ。先生が仕事頑張ってる間、僕も一人で頑張ってくる。……先生の分まで、僕がしっかり挨拶してくるね」

羽生は、新城の膝の上で固く握りしめられた拳を、愛おしそうに一本ずつ解いていった。上から降ってくる羽生の視線が、新城の強張った指先を慈しむように撫でる。

羽生:「……先生。そんなに怖い顔しなくても、僕の心はここにしかないよ」

新城は、羽生に解されたばかりの自分の指先を見つめ、静かに息を吐いた。

新城:「……終わったら、どこにも寄らずに帰ってこい。……誰にも、触れさせるな。……約束しろ。」

羽生は答えの代わりに、新城の手のひらに唇を寄せた。屈み込み、至近距離で覗き込んでくる大きな瞳。新城はその視線から逃げられず、静かに毒を飲まされるようにそれを受け入れた。

羽生:(……そんなに怖い顔して。撮影が終わった日の夜、僕のカメラが何を撮りたがるか……楽しみにしててね、先生)

羽生は満足げに目を細め、新城の胸元にそっと顔を寄せた。 自分を律しようとする新城の理性が、数ヶ月後のその夜にどう崩れるのか。その答え合わせを、羽生だけが静かに待ちわびていた。
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