暗殺者だってバズりたい!〜異世界最強の暗殺者、魔王といっしょに現実へ帰還してバズりまくり、無双系ダンジョン配信者になる〜

会澤 迅一

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第5話 最終階層最奥部

「待ちなさい! こんにゃろ……絶対とっちめてやる!!」

 逃げるリヒトの後方、追うエレナが叫ぶ。
 配信のコメント欄は、大盛り上がりだ。

 :草
 :草
 :流石に草
 :煽り全一w
 :煽りスキルたけぇなwwww
 :エレナちゃんがこんなキレてんの初めてだろ笑
 :切 り 抜 き 確 定
 :なんか書いとけ

「いいねいいね、結構バズってんね」

 笑うリヒトの背後、エレナが魔術を発動する。彼女の足元の床が凍り、即席のスケートリンクと化す。エレナは氷上を滑走しリヒトを猛追する。

「映《ば》える技だね。うらやましいよ」

 言いながらリヒトは走り続ける。凍結の拡大はエレナの疾走よりも速いが、しかしリヒトに追いつけない。それどころか、どんどん引き離されてゆく。リヒトの逃げ足は加速し続けている。

(相も変わらず見事に逃げるのう、主様よ)

 走るリヒトの脳内に魔王アニマの声が響いた。姿は無い。霊体化したままで念話している。

(小手調べがしたかっただけだからね。もう十分彼女の実力は理解できた。は彼女には無理だ)

(同感じゃ。向こうに居るのはサファイアドラゴンが怯え狂うほどの強者じゃからな。しかし、解せんな。自由と栄光を求める今の主様が、あの小娘を守る理由などあるのかえ? 殺さぬまでも、力で黙らせる方が楽じゃろうに)

「くくっ」

 リヒトは含み笑いを漏らした。

(いや失礼。君は優しいが、やっぱそういうとこは人外的だよな)

(む。どういう意味かえ?)

(僕が求める自由は『人々からの許し』さ。力で周囲を圧して独裁者になりたいわけじゃない)

 リヒトは異世界での日々を思い出していた。
 血を血で洗う暗殺者の日常。欺瞞と陰謀に満ちた暗躍の日々。昨日の仲間が今日の敵として立ちはだかるなど茶飯事だった。そうして人々を騙し、それゆえに人々から忌み嫌われた。

 それが間違っていたとは思わないが、もうそんなのは懲り懲りだった。

(どうせならヒーローになりたいんだよ。余り者の偽者の分際で、勇者でいたいんだ、僕は)

(……お好きに。妾はどこまでも付き随《したが》おう)

 呆れたようなアニマの声色は、確かな温もりを伴っていた。 



「クソ、完全に見失った……!」

 ダンジョンの最終階層、最奥部付近。
 誰もいない石窟で、エレナは舌打ちした。
 辺りは静寂に包まれており、魔物の姿は無い。それも当然だ。最奥部から、絶大な魔力の気配がする。

 数合理人ではない。あの男はむしろ、不気味なほど魔力の気配が無かった。

 他の魔物が寄り付けないほどの魔力量。一個体では到底ありえない。群れだ。このダンジョンの主《ボス》とその眷属たちのものと考えるべきだろう。

 恐らく龍族。それも、稀少鉱物の名を冠する高位の龍、『宝龍』の類。例えば、サファイアドラゴンのような。

(魔力の気配が大きすぎて感覚が狂う。個体数も距離もまるで掴めない……!)

 いつ会敵してもおかしくない。加えて、氷雪系の自分と相性の悪い炎熱系。さらに、エレナはリヒトとの戦いで魔力の大半を消耗している。

 一寸先は闇と言うべき窮地。
 しかしエレナは最高速で最奥部へ滑走していた。

 リヒトより先に辿り着かねばならない。
 リヒトを危険に晒してはならない。
 リヒトを見殺しにしてはならない。

 リヒトが自分より強いことは理解している。パワーもスピードもセンスもテクニックも、リヒトが圧倒していたとわかっている。

 それでも、ここから先は危険だろう。

 だから自分が戦うべきなのだ。
 たとえ自分より強かったとしても、リヒトは一般人なのだから。
 探索者たる自分が、真っ先に矢面へ立つべきだ。

 愚直なまでの使命感がエレナを突き動かしていた。

(最奥部への経路はこの道だけ。私はあの男を見失った瞬間この道へ切り替えた。私が先に到着する!)

 角を曲がり、最奥部へと辿り着いた。
 魔力反応はある。リヒトの姿は無い。

 ただ、宝龍の群れがいた。
 蒼玉、紅玉、黄金、白金、極彩色に煌めく宝龍の群れが、一様にその巨体を石床へ横たえていた。

「死んでる……?」

 どの個体も、頭部や胸部を欠損している。煌めく鱗のところどころが融解している。そして、エレナが縄張りへ侵入したというのに微動だにしない。

 殺されたのだ。
 宝龍の群れを焼き滅ぼすほど強力な魔物の群れが居たのだ。

 信じ難いが、認めざるを得ない。

 予期せぬ事態に戸惑いながらも警戒態勢を取り直す。

 その瞬間、目の前の石床が割れ、人の腕が飛び出してきた。
 まるでゾンビ映画のような悍《おぞ》ましい光景にエレナは一層警戒心を強める。
 飛び出した腕は地面を押さえ、割れ目から頭が這い出てくる。頭は顔を上げ、エレナと目を合わせた。

 リヒトだった。

「や、さっきぶり」

 石屑まみれになった頭と服を手で払いながら、リヒトはそう言った。

「ど、どうして……」

「石床の中を掘り進んできたんだよ。悪いね、見苦しい姿で」

「違う! どうして……」

 エレナは唇を引き結び、リヒトから目を逸らす。

「どうして……そうまでして、ここへ来てしまったのよ……」

 無力感に苛まれるエレナを前に、リヒトは肩をすくめた。

「ここに来ようとしてるのがバレたら、君は死に物狂いで僕を止めたでしょう。それを避けたくてね。ま、僕にも事情があるんだよ」

 エレナは黙り込む。リヒトは困ったように微笑んだ。

「配信はだいぶ前に切った。話したいことがある。君がどうするかは、その後に決めてよ」

「話している暇なんて無いわ」

 毅然とした声。
 思考を切り替えたエレナは、いつもどおりの凛とした表情に戻っていた。

「正体はわからないけど、絶大な魔力の気配がある。宝龍たちを殲滅できるほど強力な魔物の群れがすぐ近くに居るのよ。早く離れないと──」

「群れじゃないよ」

「……え?」

 予想外の言葉にエレナの脳はフリーズした。

「魔力の気配を足下から感じたんで、アニマに偵察を頼んだんだ。そしたら、結界で隔離された隠し階層が見つかってね。元は宝龍の巣だったんだろうが、今は別の奴が陣取ってるよ。映像共有できるけど、見る?」

 エレナはリヒトの動向を警戒しつつ、静かに頷く。
 リヒトが指を鳴らすと、二人の目の前に映像が投影された。

 きらびやかな宝物殿を俯瞰で映している。
 雑然と並ぶ財宝の狭間に、異質な存在感を放つ男が居た。

 異形の男だった。
 一対の角、赤銅色の肌、黒く染まった結膜、琥珀色の虹彩。異形の男は豪奢な衣を身に纏い、輝く玉座に腰掛けていた。

「こいつだよ」

 リヒトが言った。

「この『魔人』が、たった一体で宝龍の群れを滅ぼしたんだ」

「魔人、って……」

「あらゆる魔物の中で最も強く、最も凶悪で、最も狡猾で、そして最もヒトに近い種族だね。龍族とは桁違いの魔力量だから、君が勘違いしてしまったのも無理ないよ」

「……逃げましょう」

「僕が討伐する」

「そんなこと──!」

 できるわけない、と。
 エレナが続きを言おうとした瞬間、映像の中の魔人が口を開いた。

『貴様、見ているな』

 煩わしげな声だった。
 リヒトは『静かに』とジェスチャーで伝える。エレナもそれに従った。

『声も聞こえているだろう。一度しか言わんからよく聴け。宝龍どもを滅ぼしたのは俺だ。示威には丁度よかったのでな。次は地上に出て人を滅ぼす。これは決定事項だが、貴様に希望をやろう』

 魔人は牙を剥いて笑った。

『命懸けで俺に挑め。時間稼ぎでもしてみせろ』

 言って、指を鳴らす。
 爆音の後に、火柱が立ち昇る。宝物殿の床を爆破したのだろう。

 爆風に巻き上げられた塵が宝物庫を包み、魔人の姿は見えなくなった。

「ほー、詠唱破棄でこの破壊規模か。それなりにやれそうだね」

 映像が切れると同時、アニマが石床を透過して現れた。

「やれやれ、これでは覗きを続けるわけにもいかんな」

「お疲れ様。結界の解析は?」

「妾を誰と心得る? この程度の結界なんぞ、一目見るだけでチョチョイのチョイぞ」

「さっすが~。じゃ、ここからは僕の仕事だね」

 リヒトが屈み込み、石床を掘り抜こうとする。
 エレナは慌ててそれを止めようとした。

 そして、目を疑った。
 リヒトの姿が、自分の──エレナの姿へと変わっていた。

「ようやく主様のスキルに気付いたか、小娘」

 アニマの声に意識を割かれた隙に、エレナの姿をしたリヒトは地の底へと旅立った。

「ちょっと待って。あいつのスキルは【電脳】でしょう?」

「否。【電脳】は主様本来のスキルではない。魂の接続によって妾のスキルの極一部を継承し、それを独自に発展させただけじゃ」

「じゃあ、あいつが元々持ってるスキルは……」

 エレナの問いに、アニマは瞳を煌めかせる。そして、我が事を誇るかのように答えた。

「【変身】! 自由自在に己の姿を変えることができる。それが勇者リヒトのスキルじゃ」

 エレナは息を呑んだ。
 姿を変えるだけのスキルで、どう戦うというのか。エレナに見せたような体術で、あの魔人に抗うつもりか。

 青褪めるエレナを流し目で見て、アニマは指を鳴らした。二人の目の前に映像が投影される。土の中を掘り進んで行く映像だ。

 今、リヒトが見ている映像だった。

「まあ見ておれ、小娘よ。ものの数分で決着するぞ」






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