アバンギャルド

安道玄朔

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一章

アスラン襲来

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 聖魔導師アスランは民衆の人気も根強く、生きた伝説として崇拝を受ける方である。

「上の人間の突飛な行動に振り回されるのはいつだって我々のような弱者だ…」
「貴方だって上から数えた方が早い役職でしょうに」
 グッタリとした魔法省長官の呟きに事務次官はすかさず突っ込みを入れた。
 
「はぁ、厄介な案件が次から次へと湧いてくるんだから、これなんか国家機密関連の書類じゃないか。こういうのは魔術師団管轄だろ、普段なら」
 長官は目頭を指で解しながら重い溜息をついた。そして、先程傍らに押しやった開封済みの手紙を横目に見て、また一際大きな溜息を零した。

ーー例の件で捕縛していた少年を弟子にとりたい。               
                                              
            アスラン


  意味がわからない…… 。
 捕縛した密偵を弟子にしたいだなんて頭湧いてるんじゃないか。
  昔から突拍子のないことばかり仕出かす奴だが今回は一際タチが悪い。
 
 頬杖をつきながら、片手で手紙を持ち上げた。こんな紙っぺら一枚寄越されたところで返事など出せる訳がない。
 長官は側に控えていた秘書官にアスランにアポイントメントを取るように指示を出した。
 

  * * *


「久しいなナタン」
 部屋の中を爽やかな微風が駆け抜ける。机に積み上げられた書類の山脈がペーパーウェイトの下で小さく音を立てた。

「何処から入って来られたのですか?」
 長官は不法侵入者を凪いだ目で見た。
「見た通りでしょ?」
 執務机の真向かいに転移してきたアスランは長官ににっこりと微笑んだ。
「俺とナタンの仲じゃないか」
 神経の図太さは相変わらずのようで、ナタン嫌味を飄々と受け流した。
 ナタンは重たいと言いたげな動作で腰を持ち上げた。
 「応接室に移動しますよ」
 秘書官に視線で指示を出すと、アスランの方を振り返らずにスタスタと扉へ向かった。


  * * *


 ナタンはアスランと対面する椅子に腰掛けると質疑を始めた。

 「今まで、散っ々弟子の志願者を蹴ってこられたというのに、どういう風の吹き回しなのでしょうか」’散々’の部分を溜めて強調した語気は、アスランにあれやこれやで防波堤にされた恨み辛みだろうか。まぁ、アスランに師事したいという人間は国を問わず大勢いるのである。

「勿体ないと思ったからかな…」
「何故ですか?」
「理由がないとダメ?」
「当然です。賊として捕らえられた者を聖魔導師の弟子にするなど前代未聞です」
 ナタンは飲みやすい温度になった紅茶を一口含む。
「事件は表沙汰にされてないんだろう?」だから問題ないよねとアスランは無邪気に笑う。

 ナタンはその顔を険しい表情で見つめた。
「確かに、密偵を捕らえた際、二重スパイとして活用する為にあえて生かしておくという場合もございますが、それはあくまで戸籍を持たない影として活用する場合です」
 「そんなことないよね?」
 君の弟の従者とか。とアスランは小さく口を動かした。
  珍しいことじゃないだろと暗に指摘したいのだろう。この人はーー
 その指摘は間違いではない、間違ってはいないが、それとこれとは話が別である。

 ナタンは目を閉じて一呼吸間をおくとカッと見開いた。
「自宅を襲撃した犯人を囲う要領で、国の要人を襲った少年を囲うことが出来るとお思いですか?出来る訳ないでしょうが!それが出来るなら貴方はとっくに手続きを済ませている。違いますか?」
 何をしらばっくれたいのか知らないが、こちとら未処理の案件山積みで忙しいんだ。言葉遊びしてる暇ないからキリキリ吐けと思いながらナタンは言葉を繋ぐ。
 「事件の被害者の中にうちの魔術師団長の義妹さんがいるんですよ。まさか師団長に話しを通していないとか言いませんよね?」

 魔術師団長の義妹が意識不明の重体となった直接的な原因は紛れもなく件の少年だ。一命をとりとめたとはいえ、何らかの後遺症が残る可能性もあるらしい。
「そんなの、黙っておけば問題ないでしょ。バレないバレない」
 アスランはわざとらしく斜め上に視線を泳がせた。
「ハハ、笑えない冗談ですね。問題しかないですよ」
 アスランとて『黙っておけば大丈夫』とは考えていない。だからこそ急いでナタンの元にやってきたのだ。
 
「でもさ、情状酌量の余地はあると思うんだよね。未成年だし、服従の紋で縛られてたし」
「少年が命令に逆らえる立場でなかったことを推し量ることは出来ますが、国家規模の重犯罪者ですよ、未遂とはいえ甚大な被害が出ているんです」
「国のトップと法務省のトップからは既に許可貰ってるから」
「は?なんの」
「戸籍を作る許可」
 アスランは鞄から2枚の紙を取り出してナタンの前に置いた。
「これで文句ないでしょ」
「……………」
 ナタンは暫し書類に目を向けた状態で固まった。紙に穴が空きそうである。
本気マジかよ……」
「うん、だって光属性と闇属性の複合型の魔術師なんだよ?凄くない?」
 何処の国でも喉の奥から手が出そうなぐらいに欲しがりそうな人材だよね。と、アスランは言った。

ーーそうだとしても犯罪者を無罪放免でアスランの弟子にするのはやっぱり違う気がするのだが。



 ーXX分後ー

 素気無い返答しか返さないナタンにアスランは、少年が如何に将来性のある人材なのかということを、無駄に豊富なボキャブラリーを駆使して熱弁し続けていた。お前は吟遊詩人か!饒舌すぎて気持ち悪い……。
 
 最早、右から左へと聞き流しているナタンだったが、ふと、思い出したのだ。幼い頃、弟が「どうしても欲しいものなのに手に入らない」と癇癪を起こして、大暴れして屋敷中を荒らし回ったことがあったと。

ーー アスランが少年について語る目は、当に面白そうな玩具を見つけた子どもの様ではないか?

 執拗に駄々を捏ねるアスランの姿を想像したナタンはゾゾッと背中に冷や汗が流れるのを感じた。
 何をしでかすかわからないアスランの対応に追われるか、魔術師団長と聖魔導師の間で板挟みになるかを素早く天平にかけたナタンは、後者の方がアスランに恩が売れる上に、労力が少なくて済むと判断した。
 陶然と囀り続けるアスランに半ば割って入るような形で、協力する旨を伝えるとアスランは満足そうに頷いた。掌の上で踊らされた気がしないでもないが、どうせ上でもう決まったことである。人を見る目に定評のあるアスランがこれ程入れ込んでいる少年なのだから悪い様にはならないだろう……ならないと良いな、とナタンは思った。



ー~蛇足~ー
 「で?貴方のことですから、もう対策は取られているのでしょう?」 
  アスランがアレなのは今に始まったことではないので、ナタンは話を元に戻すことにした。

  「一応やれるだけのことはやったよ、おかげで警察庁とか法務省とかがかなり忙しくなったけど」

 ナタンの所にも仕事、回ってきてるんじゃない?とアスランは指を折り曲げながら丁寧に説明する。
 優雅に紅茶を飲みながらとんでもないことを宣うアスランに、ナタンは角砂糖じゃなくて大盛りの塩を用意してやれば良かったと思うのだった。
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