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未来に思いをはせる

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ミア嬢の手が旦那様の手をゆるやかに誘導する。

まだ平らな腹に。

突然聞かされた告白は旦那様にも初耳だったようで、目を見開いたまま呆然としているお顔がなんだか不思議だった。

旦那様は、そのような表情もするのだなと
どこか他人事のような感想が芽生えた。

────することをすれば、子は宿るのだ。

私ではない、腹の上に重ねられた二人の手を呆けるように、ただ見ていた。
まるで芝居でも見ているかのように、完成された二人を。ただ見ていた。

事実を受け止められないのかもしれない。

私に優しく触れた手が
私を見つめていたあの熱い視線が
私の心を震わせるあの声が
私に降り注ぐ星の軌跡のような髪が

────私以外にも、
いや、私に向けられていたものが偽りだったのか。

私の中に降り積もってきた旦那様との時間や思い出は、なんの意味も無かったのだろうか。
貴族の娘は婚姻まで純潔を求められる。
だから、貴族たる旦那様がいくら記憶を無くされミア嬢を恋人だと思っていたとしても、一線を越えるとは思ってもみなかった。

ミア嬢は未婚であるし、旦那様が結婚していることを知らなかったから……
私が知らないだけで、愛で結ばれた恋人同士であるならば……しかるべき結果だとでもいうのだろうか。

そもそもミア嬢は未婚のまま子を宿して、どうするつもりだったのだろうか。
大体、旦那様が事故にあわれてから今日で1月と2週間経った。こんなにも早く子が宿ったことがわかるものだろうか。

────母となったことが無い私にはわからない。

私の旦那様だったはずなのに。

子が出来たと、そう伝えたら旦那様はどのようなお顔をされるだろうかと期待したり
手に手を重ね、旦那様の子を産み、旦那様と家族になるのは私のはずだった……のに。

「お子様が……」

おめでとうございます、とはどうしても言えなかった。

「初期はことさら……大切なお体ですわ。私は南側のお部屋をおすすめします」
喉がひきつれる。声が震えたことを気づかれなかっただろうか。

いや、二人は私の様子なんて気にもなっていないかもしれない。
それどころか今の声だって届いてはいない、かもしれない。

行き場の無い怒りや失望、悲しみ、しかしまだ旦那様を信じ縋る気持ち
全てがない交ぜになり、じくじくと心が痛んだ。

不思議と、涙は出なかった。
心はこんなにも泣いて暴れているのに。

言葉を切り、ゆっくりと余裕が見えるように、演じるようにつづけた。

「急ぎ、ミア様のお医者様をお呼びしましょう。
ジョエル様も馬車の長旅でお疲れと存じます。今一度、ジョエル様の診察も手配しますわ」

そう言うなり、旦那様の返事を待つことなく身をひるがえし部屋を辞した。
これ以上その場にいて、旦那様の喜ぶ顔や未来に思いをはせる二人の姿を見るのが辛かったから。

部屋を辞すると、扉の外に執事長のステファンが立っていた。

逃げるように部屋から一人で出てきた私を見て、無表情が常の男は目を丸くして驚いた様子だった。
珍しく心配してくれていたのだろうか。まさか扉のすぐ近くに立っているとは思わなかった。

今日は珍しい表情ばかりする執事に目で部屋に戻ると伝えると、ステファンは表情を戻し私の後に続いた。

私のことを忘れてしまった旦那様

貴族らしからぬ様子でありながら、綺麗な手をしたミア嬢

それに……公爵家次期当主のお子……

まずは何から、この執事に説明をしたらいいのだろうか。


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