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魔法使い

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ミア視点
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それから一月と少し経った頃にまたジョシィがルートンへ、私の元にやってきた。

その夜も、以前と同じようにジョシィの泊まる部屋へと向かった。
あの、クピド様から貰ったお守りを持って。

いつも私を見ると厳しい顔をしていた従僕が、今日はいつもに増して嫌な顔をしていた。
まるで野良犬でも見たような顔だわ、とベールの中で笑ってしまう。

従僕にとって嫌な来客でも主人に伝えない訳にはいかない。従僕がわざとゆっくりと部屋の中へ戻り、かなり待たされた。

やっと通されたかと思ったら中で待っていたジョシィは少し困ったような顔をしていた。しかし、誰かの部屋に入らないと叱られてしまうから……と告げると、仕方ないと受け入れてくれた。

ほらね、ジョシィは優しい。

その日もジョシィはワインを飲んでご機嫌だった。宴の後、着替えていないのか華美な服をほんの少しくつろげ、ワインを傾ける姿は気を許されているようで嬉しい。

一瞬も逃さないように、目に焼き付けるように。ベールの中からジョシィを見つめる私に気付いたのか、先ほどから手に持っていた小さな箱の中身を教えてくれた。

「これはね。妻への土産なんだ」

心臓から軋む音が鳴った。

「道中で見かけたんだが、なかなか凝った意匠でね」

誰かに見せたかったのか、いそいそと箱を開け取り出されたのは深い蒼色の石がついた耳飾りだった。

「とても綺麗ですね」

「あぁ。日の下で見るとさらに綺麗な石なんだ。きっと白い肌に映えるだろうな」

今、こんな時にもジョシィの心を独占する女がこの世にいる。
私がどれだけジョシィのことを想い涙を流しても、ほんの少しも彼らには伝わらない。

それからジョシィは嬉しそうに婚礼の時の様子や、妻と歩いた庭の様子、他にもたくさんのことを話して聞かせてくれた。

とても幸せそうな顔だった。

安心しきっていて。

その幸せが続くと思っていて。

「なんだか今日は酔いが早いな。もうワインはやめておこう。他に飲むものを出すよ」

「いいえ、私がやります。あなた様は座っていてください」

私はジョシィの名を呼ぶことすら出来ない。

「ありがとう」

後ろに振り向き、何刻前かに従僕が用意したティーポットに手をかける。
そして、懐から”お守り”を取り出した。

布袋を広げ、中身を出す。

「───なんだか君は不思議な人だね」

傾けていた手が止まる。

「不思議、ですか」

「あぁ。ベールに隠れて顔が見えないからかな。──それとも声が落ち着くのか。君にはなんでも話してしまうよ。……実は、まだ妻とはこんなになんでも話せるようにはなっていなくてね」

背を向けているから、今、ジョシィがどんな顔をしているのか見えない。

「……そうですか」

「あぁ。妻になったというのに、まだ嫌われるのが怖いなんて、笑ってしまうな。でも、だんだん妻が俺と一緒にいる時に幸せそうに笑うようになってきたんだ」

不自然に言葉が途切れた。

「あぁ、妻のことを話していたら会いたくなってしまった」

ふっと笑う声がした。

「──きっと、奥様も会いたがっていると思います」

振り向きジョシィの目の前に、淹れたての、備え置かれていた茶葉を使用した紅茶を置いた。

「ありがとう。もう遅い、君も戻るといい」



ジョシィはルートンから愛する奥様の待つ王都へと発つ。
私は結局、ジョシィにあの惚れ薬を使えなかった。



ジョシィの会いたい人は私ではない。
こんなに欲しいのに、私ではない。

一夜でも夢を見てしまったら、きっと私は引き返せないだろう。

ジョシィを見送ったその足でクピド様のところへ惚れ薬を返しに行った。

「おや? どうやら夢を見た乙女の顔ではないようだ。使わなかったのかい」

クピド様に差し出されたお茶の香りが鼻から抜ける。一口飲み、ティーカップをのぞき込んだ。

「……一夜だけの夢なんて、見ても虚しいだけだわ」

揺らめく茶に映る私の顔はひどい顔をしていた。
クピド様は私が出合い頭に差し出した布袋を一瞥すると、深く椅子に座り直した。

「では、一夜と言わずうつつにしようじゃないか」

弾かれるように顔を上げると、あの金の瞳が私を見ていた。

「今日の夜半までに、この地図の場所にある小屋で待っていてくれ。しばらく戻れないから仲間に手紙を残しておくのを忘れないで。この場所や内容を書いてはいけないよ。そうすると魔法が効きにくくなってしまうからね」

いつまでもクピド様の、その声が頭の中で反響していた。

その言葉通り私は急いで戻り荷物をまとめると、一座のお姉さま達に向けて置手紙を書いた。

親代わりの座長や他にうまく言ってくれることを期待して、ジョシィからもらっていたお金や、隠し持っていた取り分も置いておいた。多分これでしばらくは探さないでくれるだろう。

クピド様から渡された地図に書かれていた小屋を見つけ、竈に火を入れたついでに地図の紙を燃やした。その火に炙られ、紙が踊るように燃える様子をじっと見ていた。

──夢が現に……とはどういう意味だろうか。






約束通り夜半にクピド様は小屋にやってきた。
ボロボロになったジョシィを連れて。

「なんてこと!」

意識が朦朧としているのか、目は閉じられたままだが息はしているようだった。
クピド様はジョシィをベッドに下すと、荷物を机に置いた。

「……この方の馬車が崖から転落してね。なんとか一人だけ助けることが出来たよ。多分、賊の仕業じゃないかな。見つからないようにここに隠れて看病してあげてくれないか」

全く焦った様子も無く、決まった台詞を読み上げるかのような声色だった。

「崖から転落……?」

「そうだ。見てごらん、ひどい怪我だろう?」

ジョシィの体に視線を戻すと、先ほどまで無かった部分からじんわりと血が滲んで出て来た。あぁなんてことだろう

「大丈夫、慌てないで。この薬を飲ませたから、じきにに怪我も綺麗さっぱり消えるよ」

「怪我が綺麗に? 治るのね?」

「あぁ。大丈夫。私は魔法使いだからね」

こんなに血が出て本当に大丈夫だろうか。いや、魔法使い様がそう言うなら大丈夫に違いない。
ホッとしてゆっくりとジョシィの色を失った頬を撫でた。

「その人を救いたい?」

「ええ、もちろん! 当たり前よ! だって、この人は……」

「あぁ。この人がローレライの愛しの彼なんだね!」

魔法使い様は芝居がかった仕草で手を合わせ、驚いた! というような口調で続けた。

「では、愛しい彼を救うためにローレライは何が出来る?」

また、あの瞳が光った。

「──なんだって出来るわ。ジョシィのためなら、なんだってするわ」

「いいね。君は良い目をしている!では取り引きしよう。哀れなローレライのために……君の愛しのジョシィを救うために、"魔法"をあげるよ。その代わり、この"魔法"が無くなる頃までに──ぼくが欲しいものを持ってきてほしい」

「欲しいもの」

「君ならすぐに手に入るさ」

金の瞳が私を見ていた。

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