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ヒロイン、従える
しおりを挟む「よろしくね、アニー」
「……………はい、よろしくお願いします。アンネリーゼお嬢様」
初対面とは打って変わってアニーは全身から発する負のオーラを隠しもせず、申し訳程度に頭を下げた。危機察知能力の高いアニーは、この場に呼ばれたことが人生終了のお知らせなのだろう。
大丈夫、大丈夫
ヒロインの慈悲深スマイルで包み込むように、アニーの手を握る。ちなみに噛まれたら普通に痛いので気を付けてほしい。
「何事も最初の一歩は不安でいっぱいよね。わかるわ。でも大丈夫。始めてみれば楽しいから!」
うんうんと労わるような視線を返し、次にやや怯えた様子の悪ガキ二人に視線を流す。
「あなたたちにも期待しているわ。ジョン、アッシュ」
「「は、はいぃ!!!」」
うんうん。”悪ガキ”ことジョンとアッシュは、初対面の時に比べてとても素直になった。『どっちが上か~』とかすごまれたことは忘れてないが、上下関係を重んじるというのは群れとして大事な心がけよね。大丈夫、あなたたちに対して恥ずかしくない上でいるからね!
ニコッとしたつもりなのに、二人ともキュッとしているのはなぜ?
もしかしたら今はちょっと委縮しているが、だんだん慣れて本来の快活さが出てくるだろう。みんないるから大丈夫。
ひとりひとりと目をしっかりと合わせ、最後にユーリに向き直る。
ユーリは私に対して【獲ってきた戦利品(虫)を見せつける飼い猫】でも見るような目を向けて来ているが、これは平常運転だ。むしろ天敵のジョンとアッシュがそばにいるのに平常運転なのは喜ばしい。後でクッキーをあげよう。
畑の前に集められた四人は、私の側仕えという名の遊び相手に選ばれた。
先日、私とユーリが二人で倒れているところを見た使用人長ジニーは、貧弱ボッチの私たち二人だけでは危険だと思ったらしい。そこでこの人選だ。
私は何も言っていないが、よくわかっている。さすが代々この男爵家の補佐をしているだけある。後でクッキーを二枚あげよう。
アニーは未来の男爵夫人の侍女と目される、しっかり者のお姉さんだ。私たちの監督役だろう。
使用人の子どもの中で一番身体の大きいジョン。仲間意識が強いので、仲間になれば頼もしい。私たちが倒れたらまとめて担いでくれそうだ。期待している。
ジョンの子分のアッシュ。参謀型のようで、直情型のジョンに水責めや泥団子などを提案していたのはアッシュだった。人の嫌がることがわかる人間は、観察眼に優れている。執事の素質があるに違いない。正しい道でその能力を使ってほしい限りだ。
ユーリはいつまでも子どもたちに馴染まないから入れられたのだろう。がんばろうね。
「三人とも、ユーリと仲良くしてね。ユーリもこの三人を家族だと思って、仲良くするのよ」
「言われなくても出来ますけど?俺は」
ここまで平常運転だといっそ気持ちがいい。
早速ジョンとアッシュが「ンダコラ」「ヤンノカ」とユーリに絡んでいるが、大丈夫だろうか。
アニーは関わりたくないとばかりに邸の方を見て意識を飛ばしているが、大丈夫だろうか。
そういえば、前世でも女上司が気に入らないと反抗的な部隊をまとめる時もあった。あの時は砲撃魔法を何度か打って力で従わせた。大きい音で静まり返るし、一石二鳥だったのだ。弟子には人員を減らす気かと怒られたが。
今回は砲撃魔法も無いので、自力で大きな音を出すしかない。よーし、一回目だから気合い入れていこうね!初めが肝心ってね!
キョロキョロ見回し、丁度良く足元に転がっていたブリキのバケツの底に園芸用の片手で持てるスコップを振り下ろした……つもりだったが、スコップはスルッと手から抜けてジョンとユーリの顔の隙間を通り畑のフカフカな土につき刺さる。
四人の視線は畑に埋まるスコップを見て、次に私の方へとゆっくりと向く。
一応、農村出身なので肩は強いみたい。握力は無かったようだけど。
手が滑ったなんて言い訳は咳払いで誤魔化して、手は腰に仁王立ちする。
「────皆、これは命令よ。【皆は私のために、私は皆のために】塊だという意識を持って取り組みなさい」
一拍の後、「え、なに?」「カタマリ?」「カマキリ?」「うまいこと言ったみたいな顔してるぞ……」と囁き合う四人。
おずおずとアニーが片手を上げた。
「…………あの私たち、お嬢様のお世話係だって聞いたのですけど」
「ええ。つまり四人は”アンネリーゼ守り隊”ってことよね。私も皆のために頑張るわ。がんばりましょう。塊として」
両手を広げ、信頼できる公正公平なヒロインの笑顔を皆に向ける。
今後の働き次第では”アンネリーゼのウキウキ★ドキドキ!?逆ハーレムの会(仮)”に昇格登用ありの方針である。
「私の将来が……!」
「センスがやばいな」
「壊滅的っすね……」
「口に気を付けろ。あれは本気の顔だ」
さっそく意見が一致したようで満足だ。塊の中心は私だということは忘れないでほしい。
──ヒロインはいつも話題の中心にいるものなのだ。
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