天才魔術師、ヒロインになる

コーヒー牛乳

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ヒロイン、遭難する

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 雪風が吹雪になりそうな予兆を見せた頃。
 ひとまずどこか休める場所に移動しようということになった。

 私の胴に巻かれた紐はジョンが看守よろしくガッチリと握る。
 そして余計なものを触ろうとする私の手をユーリが引く。
 アッシュは休憩ポイントに心当たりがあるのか、先頭を歩く。
 アニーは小枝やら何やらを拾いながら歩いている。私も手伝いた「やめろ、動くな」まるで犯罪者の護送である。不満だ。我ヒロインぞ。

 ────そんなこんなで(便利な言葉)我々は遭難したのだ。
 ここで声を大にして言いたいのは、最後の一押しは私由来ではなく、偶然が重なったことをここに記しておきたい。毎回私が原因だと思われるのは癪だ。

 まず私とユーリがちょっとした世間話の延長でどちらが投石能力に優れているかの話になった。

 ふっ、おもしろい。その細腕で私の肩に勝てるかな……?
 私の強者の面構えに思うところがあったのか、珍しくユーリが勝負ごとにのってきた。

 私の雪玉はヒュンッとまるで狩人かのような音をたて木々の間に消えていった。そしてユーリの雪玉は、雪を被った木の枝に当たる。

 バサバサと雪が落ち出てきた何かの実。

 アッシュとジョンがあれは食べられると言うものだから、目を輝かせた私をチラリと見たアニーがヤレヤレと取りに行ったがそこは雪で隠れていたが穴があったというわけだ。

 ぼそりと冬になっても実が残っているのは不審だと言っていたアッシュが一番早くアニーを止めに行くが、間に合わずアニーは不思議そうな顔で穴に吸い込まれていくところだった。

「あ?」

 とっさに魔術で加速をつけ駆けだした私は穴から身を乗り出しアニーの手を掴むが、貧弱な私と手を繋いだまま引っ張られた貧弱仲間のユーリではもちろん落ち行くアニーを引き留められない。

「あ……」
「あ!?」

 そして追いついたアッシュが立ち止まろうとして滑り、貧弱コンビにぶつかり穴に落ちていく三人。最後に私の腰紐を握ったまま釣り上げられるように上に乗ったジョンで落ちていった。文字通り”塊”のように。

「あー……」
「あ」

 これは後に”悲劇の力学的運動”と呼ばれる。主に私に。

***

 パチパチと爆ぜる音にゆっくりと目を開ける。
 寝づらい床だ、と姿勢を変えると少し視界が暗くなった。

 ぼんやりと目を開け、視界がクリアになればユーリが私の顔を覗いていたのに気付く。

「……ちょっと。近いわ」
「……………っ、この!バカ!!」

「ふぁ!?」

 初めて聞くユーリの大声に間抜けな声を出してパチパチと目を瞬く。
 誤魔化すようにヘラリと笑って見せたのに、ユーリは口をへの字に曲げて泣きそうな顔をしたと思った次の瞬間にはプイッと怒ってるんだぞ!とアピールしながらどこかに行ってしまった。

「お、やっと起きたか」
「アニー! お嬢様が起きたぞー!」

 今度はジョンとアッシュが覗きに来て、次いでアニーが顔をくしゃくしゃにしながらやって来た。どうやら口を開こうとすると涙が出てしまうらしく、力いっぱい抱きしめられた。

 アニーがデレた!

 幸いにも塊になって穴の中を転がり落ちたことで、みんなも怪我は無く、私の魔術は気付かれずに済んだようだ。よかったよかった。勘づかれたら断罪されてしまうところだった。

 今いる穴の先は人の手が作った坑道に繋がっていた。
 坑道の中はポカポカと温かく、着こんでいた防寒具は敷物になっている。『こんな装備は無駄よ』が凍死フラグにならずに本当によかった。結果的に雪や風をしのげる場所もみつけることが出来て一安心だ。

 うんうんとみんなの肩を抱きしめると、強張っていた空気が徐々に柔らかくなっていく。

「グスッ……お嬢様の分まで私たちがしっかりしないと、ですね」
「さらに迷ってるっつーのに安心出来るのはすげえな。肝が座ってる」
「だんだん慣れてきたっすね」

 なぜか悟ったような目をしている三人の横で、ユーリはまだ口をへの字にして恨めしそうな視線を向けてきていた。

 目が覚めたのは私が最後だったようで、焚火を囲んでピクニックのために持ってきていた食料をつまむ。こんな野営……じゃなかった、キャンプをする予定では無かったので豪華な食事とまではいかず、みんな心なしかションボリしている。

 チッチッチ。

 そして満を持してゴソゴソとポシェットから取り出したのは、ベンお父さまが持たせてくれたギモーヴである!誰ですか、その荷物は飾りじゃなかったのかって言った子は。

 皆は初めて見るホワホワの白い物体に釘付けである。ユーリを除いて。ユーリは新しいものに否定的な伝統を重んじる属性なのか、興味なさげだ。やれやれ。
 ギモーヴとは貴族階級ではありふれた菓子だ。私も前世ぶりに見た。

 あの初対面の日からベンお父さまは私に対して溺愛という言葉を体現するかのように甘い。何をしてもしなくても『妖精さん』と褒めそやす。

 このピクニック案もベンお父さま発案だ。雪の中で食べるギモーヴは格別だと言っていたが、外は白い雪ばかりで白いものを食べる気にはなれなかった。死の危険の方が近かったのも理由に含まれる。

 貴族流に紅茶と頂くお上品な食べ方もいいが、私が前世でよく野営時にやったのはこうだ。
 白く柔らかなギモーヴを枝に刺し火で炙る。膨れるギモーヴ。とろけるギモーヴ。どうだ、やって楽しい・見て楽しい・食べて楽しいギモーヴは。

 ドヤ顔で皆の方を振り返れば、珍しく年相応に目を輝かせている。その表情を見て、私もふぅと息をつき視線を戻した。火に近い部分だけじゃなく、温まった気がした。

 ポツポツと皆がそれぞれ口を開くのは自然な流れだった。

 焚き火を囲み、パチパチと木が弾ける音がそうさせるのか。当たり障りない話がいつの間にか深い話へと移行していた。

「将来っすか。うーん……まぁ、楽して普通に暮らせれば十分っすね」
「お前、夢がないな。俺は騎士になりたい。いや、なる」
「平民に騎士は厳しいっすよ。それに普通が一番難しいんです。可愛い嫁さんもらって長生きして孫に囲まれて死ぬことが出来れば十分っす。戦場で野郎と死ぬのはちょっと」
「アッシュみたいな幸せな生活を守るために、騎士がいるんじゃないかしら。素敵よ、ジョン。私はこのまま男爵家で侍女長になれれば文句ないけど、そうね、王宮で侍女として働けたら最高ね」

「それこそ平民は下働きが限界っすよ。それほど貴族と平民は世界が違うっす」

 ピクリとユーリの肩が小さく揺れたのが視界の端に見えた。

「あら、アンネリーゼお嬢様が王族と結婚して私を連れて行ってくださればいいのよ」
「おっ、そうしたら俺も頼む。そうしたら近衛騎士かー。大出世だな」
「オレは呼ばないで大丈夫ですから。王宮なんて面倒なんで。普通が一番っす」

「何勝手なことを言ってるのよ。私も普通が一番。結婚相手は貴族でも平民でもなんでもいいわ」

「サルージ男爵家の子女はアンネリーゼお嬢様一人なんですから、貴族から婿をとるに決まっています。旦那様のように素敵な方が見つかるといいのですが……」

 アニーの目にはベンお父さまは憧れの王子様級の存在らしく、うっとり顔だ。
 優しくハンサムなベンお父さまはサルージ男爵家の婿養子らしく、常にアリアお母さまを立てて影に日向に尽くす姿が使用人たちの間で大人気である。こうして詳しくなるほど何度も聞いた話だ。

 そして同じくアニーはアリアお母さまも崇拝していて、常々アリアお母さまのように可憐で美しく慈愛に溢れた聖母……?のようなお姿を見習ってほしいと私に切々と語っている。見解の相違だ。

 まあでも可憐だの慈愛だの聖母だのは同意しかねるが(なんせ故郷の村を燃やすと脅されている身なので)アリアお母さまとは分かり合えそうな部分はある。

「そうね、万事有能で、私のことを溺愛して、私のためなら死ねるほど忠誠心の高い男であればいいわね」

 まさに、アリアお母さまにとってのベンお父さまである。耳に入って来る噂では、そうらしい。邸内の全女子の夢と希望が詰まった噂の可能性もあるが。

「なんでもよくないじゃねえか」
「珍獣を探す気っすね」

 男子側の視点では珍獣らしい。主人の配偶者を珍獣と言ったことに気付いているのだろうか。
 それにせっかく私も心の内を語らいの場に乗せたというのに、私の夢を肴に言いたい放題である。
 まあ、いい。話題提供も出来る上司の仕事というものだ。穏やかに語らう皆を眺めてやれやれと肩をすくめるに留めた。

 肩肘張らず、自然体で語らう仲間。そう、これが見たかったのだ……!
 ここに来るまで想定外なイベントはあったものの、ようやく塊らしくなってきたじゃないかと目頭が熱い。

「ユーリは?」

 順番通りに自然と皆の視線は黙々と食べるユーリに向く。

「将来、なにになりたい?」

 つい前のめりになって聞いてしまう。
 もぐもぐと動いていた口が、ごくんと鳴った。

「俺は、とくにない……です」

 ユーリは焚火を見ても心の壁が溶けないらしい。なんだこの要塞のような心の壁は。火力が足りないのか?
 心の壁を溶かしてやりたいとハラハラ・メラメラ見守る私をよそに、ジョンが干し肉をユーリに投げた。

「お前は将来のために今から鍛えろ。食え。枯れ木みたいに軽すぎる」
「ジョンの基準で言われても困るっす」
「さすが力自慢のジニーおじいちゃんの孫よね」

 なんと……ジョンはムキムキ使用人長ジニーの本当の孫だったのか!
 もしかしたら孫がムキムキだからこそ、華奢美少女な私が余計に可愛いのかもしれない。

 枯れ木と言われた貧弱仲間のユーリは、また口をへの字にして黙り込んでしまった。
 そっちのけで盛り上がる昔馴染みの三人を見ながら、ユーリにだけ聞こえるようにこっそりと囁く。

「ユーリは気にすることないわ。今やりたいことをしていれば、いずれ将来に目が向くものよ」
「……やりたいことなんてない、です」

 ぽつりと返された声色は、どこか寂し気だった。
 心の内を隠しているのでは無く、ユーリ自身が自分の心を見失っているのかもしれない。

 最初に見た、あの諦めたような目を思い出す。
 なんだかたまらなくなって、ユーリの手を温めるように重ねた。

「諦めるのはまだ早いわ。人生は短くて長いから」

 その最中。カタカタと地面の石が揺れだし、自然と会話はピタリと止まった。

 いつの間にか用意していた松明に火を移すアッシュに、敷物と化していた防寒具を私に着せるアニー。そしてジョンは私とユーリの首根っこを掴んだ。

 どこにも行かないし、もう何も投げないったら。

 ユーリは何かを感じるようで視線を揺らし、壁の一点を見て叫んだ。

「──────来る!!!」

 ドドドドドドドド

 岩が弾ける音に肩をすくめる。
 そして弾かれるようにジョンが私を抱え駆けだした。
 揺れる視界に防寒具と髪が邪魔で何事か全く把握出来ないまま、坑道を駆けていく。

 限られた視界の中でアッシュの持つ松明が揺れ、何か塊のようなものが壁や天井や地面を埋め尽くし闇が染み込んでいくように追いかけてくるのが見えた。
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