天才魔術師、ヒロインになる

コーヒー牛乳

文字の大きさ
18 / 27

ヒロイン、逃げる

しおりを挟む

 閉じ込められていた扉を開け、こそこそと壁際を歩く。どうやら地下らしい。

「あの、ユーリって……」
「あっ、おいガキが逃げてるぞ!」

 私の声にかぶせるように、男のがなり声が背中にかかった。それに弾かれるように駆け出す。つい加速の魔術を使ったが、私たちには必要だと思う!

 ビュンビュンと角を曲がりつつ男の視界から消える。
 もしこの華麗な逃走劇をユーリが何も考えずにやっているなら、かなり天才だと思う。

 美形で、殿下って呼ばれてて、他の人間とはちょっと違いますよーって孤高な雰囲気(ロイヤルな身分になるとボッチでは無く孤高になる)出しちゃってて、なんだか暗そうな過去もありそうで。

 それってもうヒロイン級のキャラ設定では!?
 私より意味ありげな設定を背負って来るのはやめてくれないかな!

 どちらがヒロインかハッキリさせないとと思うが、今は今を生き延びる方が先決である。哲学的!

 こちらの葛藤などお構いなしな逃走劇の中、上階に繋がる階段を見つけた。
 駆け上がろうとするが上にはニヤつくあのおじいさんが立ちふさがっていた。

 そう、あの憎きおじいさんである!!

 今度は私が手を引き階段を一目散に駆け上がる。ユーリは私の急な殺る気……じゃなかった、やる気に怯んだようだったが、後ろから追手が来る音が聞こえたのだろう。私と駆け上がることにしたようだ。

「おー、おいでおいで。こっちだよ」

 あのしわがれた声でニヤニヤするおじいさん。
 私はもう優しさを捨てたのだ。荷馬車で痛めた頭が疼くわ!

 指先からシュルリと紐を伸ばし、パァンとしならせおじいさんに巻き付けた。

 そして 

「ユーリ!しゃがんで!」

 平民育ちの強靭な肩で引っ張り落としながら、紐を釣りの要領でしならせ私たちの後ろへ落とす!オラァ!!

「ぁあああ!!?」
「おい!ばか、じいさんが落ちてくるぞ!戻れ!」

 おじいさんの悲鳴と追手がしっちゃかめっちゃかになっている声が下から聞こえて満足です。

「……よし、行こう」

 ユーリは至って冷静に先を急いだ。まあ、荷馬車で頭をぶつけたのはユーリが私を押したからなんだけどね。守ろうとしてくれたんだもんね!

 ダダダと駆け上がれば、どうやら上階は酒場のようだった。
 何人かがこちらを振り向いた。ポカンとしていたり、焦った顔をしているのが何人かいた。どうやらここはまだ敵地だ。

 そのままテーブルの影に走り寄り、厨房を駆け抜け、裏口へと出た。

 裏口は私が知っている農村や男爵家の周辺とは違って、民家の密集地のようだった。板で打ち付けられた民家が重なり、うず高く空を遮る民家には洗濯物が所狭しと干されている。

 初めての光景に一瞬、ポカンとしていたらユーリに手を引かれ思い出したように駆ける。
 そして一拍後に派手な音を出しながら男たちが追ってきた。

 慌てて角を曲がり、魔術で風を起こす。

「おい!まて、クソが……!?」

 ビュウーーーと建物の間を突風が吹き、空に渡されていた洗濯ものが巻き上がる。衣類や布は通りを舞い上がり、男たちの視界を塞いだ。

「ぶわっ!おい、まて!」

 ユーリは慣れたように角を曲がり、壁を超え、人や物の音のする方へ、土煙が濃い方へと走った。

 追手たちの声が離れると同時に、遣り込める高揚感の代わりに疲労が強くなる。足がもつれはじめたのが伝わってしまったのか、道端の荷の影に隠れ呼吸を整える。

 荒い息を飲み込み、張り付いてしまう喉をはがそうと唾を何度も飲み込む。

 そんな時に、空気が変わったような気がして荷の影から日の当たる通りを覗き込んだ。

 彩度の低い平民の服とは違う、揃いの仕立ての隊服。
 歩くたびに鳴る金物の音。
 姿を見れば、平民たちはさわさわと私語を止め、視線を下げた。

 騎士団だ。

 ────私たちの、勝ちだ。

****

 どうやら騎士団の巡回に間に合っただけでは無く、巡回路を当てたらしい。

「……あの二人のところへ、走れ」

 巡回する騎士二人の姿はユーリにも見えたらしい。安堵で身体が重くなる。でも、まだだ。

「ユーリも行こう!」
「いけない」

 は、と一瞬固まる。そういえば、騎士団の中に因縁の相手がどうとか、あのヤンデレ野郎が言っていた気がする。

「……ユーリは戻るの?男爵家に。でも、いつかまた偶然を装って殺されちゃうかもしれないよ。だから一緒に、」

 ユーリは行く気はないのだというように、腰を下した。

「いいんだ、もう。何回も殺されそうになってたし。ここに来たのも、男爵家に俺の死の原因をなすりつけるためというか……だから、死に場所がかわっただけだ」

 そう言うユーリの目は、あの最初に見た湖面のようで。
 全てを諦めた、あの目だった。

 ぐわりと、肩に、耳に、頭に血が上る。痛いくらいに。

「諦めるな!馬鹿!!!」
「なっ、」

 隠れているというのに大声で怒鳴ってしまった。
 ぴゃ!と身体を跳ねさせたユーリは驚いたようにこちらを見て、へにゃりと眉毛を下げた。

「泣くなよ……」

 ぐしぐしとユーリの袖で顔を拭われる。もうちょっと優しく拭ってほしい。

「アンネリーゼは、魔術を使えるんだろう」

 もう少し言ってやらねば気が済まない、と口を開こうとしたがユーリの鋭い指摘にピタリと止まってしまう。いかん、黙ってしまえばそうだと認めているようなもんじゃないか!

 あわわわと誤魔化そうとするも、ユーリは今までに無く、優しい顔をした。

「隠すな。魔術が使えるとなると男爵家を飛び越して公爵が喜んで迎えるだろう。だから、そこに行けばアンネリーゼは助かる。騎士団にそう言うんだ」

 そう言い聞かすユーリの表情を見て。
 あぁ、本当に、ユーリは行かないつもりなのだとわかってしまった。

「やだ。ユーリも一緒に行くの」

 口が勝手に駄々をこねる。ただの子どものように。何度も何度も、ユーリに続きを言わせまいと、嫌だと駄々をこねる。

 嫌だ嫌だと顔を振るたび、ユーリの優しい顔が、悲しそうに歪んでいく。

「公爵家の人に、身を粉にして働くからユーリも守ってって言う。だから、一緒に行こう。ユーリが行かないなら私も行かない」
「なんでいつもアンネリーゼは……」

 歪んで歪んで、苦しそうにそう言うと下を向いてしまった。

「……うんざりだ。いつもいつもまとわりついて邪魔だったんだ。そうやって恩着せがましいのも、心底面倒だ。もう顔も見たくない」

 繋がれていた手が強く、振り払われた。

 ハッと視線を上げるのと、ユーリが私を睨み上げるのは同時だった。

「───アンネリーゼなんて、大っ嫌いだ……ッ」

 ユーリの千切れるような声を、私の心が受け止めるところだった。

「みーつけた」

 ニチャリと粘ついた声が真後ろからまとわりつくように落ちた。
 振り返ろうとしたが、目の前にヌッと出てきた刃物に息を飲む。

「ひッ!たすけ……っ」
「やめろ!離せ!!」

 騎士たちがこちらを見る。

「ほら、どこに行ってたんだ。探したぞ。遊んでばっかりいないで家の手伝いもしなさい」

 慣れたような声色で、まるで父親かのように振舞う。騎士たちはこちらに気付いたのに、親子喧嘩だとでも思ったのか、やれやれと視線を流した。

 追手は騎士たちに背を向け、あの臭い布を口の中につっこんで来た。

「……声を出すなよ。騒いだら片方を殺してやる」

 ぐぅ、と生理的な吐瀉感が込み上げてくる。

 私を布でくるむと「ん?眠くなった?そうかそうか、早く家に帰ろう」と担ぎあげた。

 騎士は私たちに背中を向けた。こっちを見て!!気付いて!!

 ユーリを、助けて

 願いは空しく、騎士たちは去っていく。
 もうダメなのだ。何もかも。弱い立場に産まれたら、こうしてなぶられ他人の都合で死んでいくのだ。あんまりじゃないか。

 男の肩越しに騎士団の背中を見続ける。そこに、もう一人。見るからに上級の騎士が現れた。その騎士は私たちを一瞥し、眉を寄せた。

 あきらかにその上級の騎士が現れた瞬間に、男たちは小さく目くばせをして足早に去ろうとしている。

 今しかない。

 今残っている魔力でユーリを助けたら、私は気絶する。
 これがユーリとの最後だ。

 こちらを怪訝そうに見ている騎士を見つめる。
 その脇に携えられている剣に、意識を集中させる。
 
 浮遊。

「……ッ、アンネリーゼ!やめろ!」
「な、なんだッ!?」
「団長の剣が!」

 ユーリの慌てた声と、状況を把握できない騎士二人の声。
 剣の持ち主は一瞬驚いたように目を見開き、こちらを見た。私の目を。

 気づいて。

 くるりと回転させ、切先をこちらに向け、引き寄せる。

「あッ、おい!」
「なんだありゃあ……飛んでる……!?」

 騎士たちの慌てる声で、やっと状況の変化に気付いたのか男たちが浮遊する剣を見た。

 加速。

「ヒッ」

 ヒュンッと、よく磨かれた剣の切っ先がこちらに向かって飛んで来る。
 そのままユーリに刃を向ける男へと向かって行った。

 ガツンだの、喧々囂々とした人の声や馬のいななき、あとなんだろう。たぶん、また落とされたかも。優しく扱ってよね。あと口の中に入ってる布をどうにかしてください。臭いのは布の方なので。私じゃないからね。

 ────ヒロインは、ここぞって判断を間違えないの。  
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生した女性騎士は隣国の王太子に愛される!?

恋愛
仕事帰りの夜道で交通事故で死亡。転生先で家族に愛されながらも武術を極めながら育って行った。ある日突然の出会いから隣国の王太子に見染められ、溺愛されることに……

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

転生公爵令嬢は2度目の人生を穏やかに送りたい〰️なぜか宿敵王子に溺愛されています〰️

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リリーはクラフト王子殿下が好きだったが クラフト王子殿下には聖女マリナが寄り添っていた そして殿下にリリーは殺される? 転生して2度目の人生ではクラフト王子殿下に関わらないようにするが 何故か関わってしまいその上溺愛されてしまう

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...