終末レンタル家族

井上シオ

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第1章:静かな終末

第6話「おもちの記録」

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 深夜。家の中はしんと静まり返っていた。

 “父”と“母”と“妹”は、それぞれの寝室で就寝中。
 ……いや、正確には“スタンバイモード”なのかもしれない。
 あの人工的すぎる寝息を思い出すたび、ヒカルは背筋が冷える。

 リビングに残っていたのはヒカルと、おもちだけだった。

 ヒカルは床に膝をつき、おもちと向かい合っていた。
 月明かりがカーテンの隙間から差し込んで、おもちの白い身体をぼんやり照らしている。

「おまえ……やっぱり、ただのペットじゃないよな?」

 おもちは無言で、ヒカルの目を見返していた。
 その黒くてつぶらな瞳には、確かに“意思”のようなものが宿っていた。

 ヒカルはゆっくりと、おもちの首元を探った。
 ふわふわの毛の奥に、小さなスリットがある。
 慎重にそこへ指を差し込むと、カチ、と小さく機械的な音が鳴った。

 おもちの身体から、微かに光がこぼれる。
 ヒカルの膝の上に、小さなホログラムがふわりと浮かび上がった。

「……これ……」

 そこには映像があった。
 自宅のリビング――まだ、“本物の母”がいた頃の光景。

 
《ねぇ、ヒカル。歯、ちゃんと磨いた?》
《んー……》
《ちゃんと見せて。ほら、べーして。》
《べー……》
《ふふ、変な顔。よし、合格!》
 

 笑い声が聞こえる。
 柔らかい照明。夕飯の匂い。
 カーテンの隙間から、おもちがこっそりのぞいている。

 この映像は――おもちの「視点」だった。

 ヒカルは、思わず涙をこぼした。

「……覚えてたんだ……おまえ……」

 “母”の顔は、完璧ではなかった。
 少し目の下にクマがあって、髪もぼさぼさで、笑顔の裏に疲れがにじんでいた。

 でも、温かかった。
 ちゃんと、心がそこにあった。
 

 映像が切り替わる。

 政府の施設と思しき白い部屋。
 防護服を着た大人たちが、データ化された母の記録を次々と抽出していく。

《被験者001、感情ログ完了。人格ファイル、上書き》
《元データの保管、どうしますか?》
《要請により、破棄処理》
《承認。削除まで、あと10分》

 
 ヒカルは息をのんだ。
 その瞬間、画面の片隅で――母が、
 防護服の男たちに取り囲まれながら、何かを叫んでいた。

《この子は――ヒカルは――私の――》
《お願い、やめて――やめて!!》

 音声が途切れた。
 映像も、そこで終わった。
 

 ヒカルは、頭を抱えた。

 政府は、“理想の家族”を与える代わりに、
 本物の家族を――「要らないもの」として処分していた。

 そして、おもちはそれを、すべて記録していた。
 

「……なあ」

 ヒカルは震える声で、目の前のおもちに語りかけた。

「母さん……まだ、生きてるのか?」

 おもちは、ゆっくりと首をかしげた。

 わからないのか。
 それとも、答えたくないのか。
 どちらでも、ヒカルは理解できた。
 

 だけど、決まった。

 ヒカルは立ち上がる。
 眠っている“家族”の部屋に、もう一度だけ視線を送る。

 完璧な笑顔。完璧なセリフ。完璧な献立。
 でも、そこに「母」はいない。

「……探しに行く」

 ヒカルはつぶやいた。
 “家族”ではなく、“母”を。

 ホログラムが静かに消え、
 おもちがその足元に、そっと並んだ。
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