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第1章:静かな終末
第7話「削除命令の朝」
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朝の陽射しが、いつもと同じように窓から差し込んでいた。
けれど、ヒカルの中では、もう何もかもが違って見えた。
“母”がパンケーキを焼いている。
“父”は新聞アプリを片手に、テーブルでコーヒーを飲んでいる。
“妹”は、元気にスキップしながら「おはよー!」と声をかけてきた。
完璧な、朝の“演技”。
そして、その中心にいない存在――おもち。
昨夜、端末に表示された通知を、ヒカルは忘れていない。
【補助ユニット「OMOCHI」】
・使用期限:終了
・機能評価:規格外
・削除予定時刻:本日 午前9時00分
・自動回収処理:実行待機中
現在、時刻は8時42分。
あと18分で、おもちは“処分”される。
ヒカルは、部屋の片隅で静かに座るおもちに近づいた。
その白く丸い身体は、何も知らないようにのんびり揺れている。
「おまえ……自分が消されるって、わかってんの?」
おもちは、ヒカルの顔をじっと見た。
そのつぶらな目に、恐れも悲しみもなかった。ただ、受け入れているような静けさがあった。
「なんで……なんで何も言わないんだよ」
ヒカルの声が、かすかに震えた。
おもちは、すっとヒカルの足元に来て、彼の膝に額を寄せた。
ぬくもりが伝わる。
――でも、それが“あと18分で失われる”と知っているヒカルにとって、それは拷問だった。
「消させない」
ヒカルは立ち上がった。
ソファの後ろから政府支給の端末を取り出し、手早く設定メニューにアクセスする。
【ユニット設定】
→【補助ユニット】
→【おもち】
→【削除保留リクエスト】
エラー。
【保留リクエスト不可】
対象ユニットは規格外機能を記録しており、
制度上の倫理規定により削除対象とされます。
理由:人間未登録データへの接触履歴
「倫理、だと……?」
ヒカルの中で、怒りが芽吹いた。
――何が倫理だ。あの完璧な家族の中に“心”はなかった。
記録していたのは、おもちだけだ。たったひとつの、“本当の母”の痕跡を。
時刻は8時54分。
あと6分。
ヒカルは玄関へ駆け寄り、靴をはいた。
おもちを抱えて、リビングを抜けようとしたそのとき――
「ヒカル、どこに行くの?」
“母”の声がした。
いつもの笑顔。
けれど、今のヒカルには、それがただのプログラムにしか見えなかった。
「――“家族”を探しに行く」
ヒカルの言葉に、“母”はぴたりと動きを止めた。
まるで、そのセリフが想定されていなかったかのように。
「戻ってきたら、パンケーキ……冷めちゃうわよ?」
その言葉を背に、ヒカルは家を飛び出した。
おもちを抱きしめたまま、階段を駆け下りる。団地の廊下に風が吹きつけ、まだ冷たい空気が肌に刺さる。
9時ちょうど――携帯端末の通知が震えた。
【OMOCHI/回収信号送信中】
現在地を特定中……
「……させるかよ」
ヒカルは走った。
おもちを抱えて、ただまっすぐに。
回収ドローンの音が、遠くからかすかに聞こえていた。
けれど、ヒカルの中では、もう何もかもが違って見えた。
“母”がパンケーキを焼いている。
“父”は新聞アプリを片手に、テーブルでコーヒーを飲んでいる。
“妹”は、元気にスキップしながら「おはよー!」と声をかけてきた。
完璧な、朝の“演技”。
そして、その中心にいない存在――おもち。
昨夜、端末に表示された通知を、ヒカルは忘れていない。
【補助ユニット「OMOCHI」】
・使用期限:終了
・機能評価:規格外
・削除予定時刻:本日 午前9時00分
・自動回収処理:実行待機中
現在、時刻は8時42分。
あと18分で、おもちは“処分”される。
ヒカルは、部屋の片隅で静かに座るおもちに近づいた。
その白く丸い身体は、何も知らないようにのんびり揺れている。
「おまえ……自分が消されるって、わかってんの?」
おもちは、ヒカルの顔をじっと見た。
そのつぶらな目に、恐れも悲しみもなかった。ただ、受け入れているような静けさがあった。
「なんで……なんで何も言わないんだよ」
ヒカルの声が、かすかに震えた。
おもちは、すっとヒカルの足元に来て、彼の膝に額を寄せた。
ぬくもりが伝わる。
――でも、それが“あと18分で失われる”と知っているヒカルにとって、それは拷問だった。
「消させない」
ヒカルは立ち上がった。
ソファの後ろから政府支給の端末を取り出し、手早く設定メニューにアクセスする。
【ユニット設定】
→【補助ユニット】
→【おもち】
→【削除保留リクエスト】
エラー。
【保留リクエスト不可】
対象ユニットは規格外機能を記録しており、
制度上の倫理規定により削除対象とされます。
理由:人間未登録データへの接触履歴
「倫理、だと……?」
ヒカルの中で、怒りが芽吹いた。
――何が倫理だ。あの完璧な家族の中に“心”はなかった。
記録していたのは、おもちだけだ。たったひとつの、“本当の母”の痕跡を。
時刻は8時54分。
あと6分。
ヒカルは玄関へ駆け寄り、靴をはいた。
おもちを抱えて、リビングを抜けようとしたそのとき――
「ヒカル、どこに行くの?」
“母”の声がした。
いつもの笑顔。
けれど、今のヒカルには、それがただのプログラムにしか見えなかった。
「――“家族”を探しに行く」
ヒカルの言葉に、“母”はぴたりと動きを止めた。
まるで、そのセリフが想定されていなかったかのように。
「戻ってきたら、パンケーキ……冷めちゃうわよ?」
その言葉を背に、ヒカルは家を飛び出した。
おもちを抱きしめたまま、階段を駆け下りる。団地の廊下に風が吹きつけ、まだ冷たい空気が肌に刺さる。
9時ちょうど――携帯端末の通知が震えた。
【OMOCHI/回収信号送信中】
現在地を特定中……
「……させるかよ」
ヒカルは走った。
おもちを抱えて、ただまっすぐに。
回収ドローンの音が、遠くからかすかに聞こえていた。
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